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霧吹の恋心は5分と持たない

 サウナでのことを思い出し、一人赤面する葵など知る由も無い霧吹は、次郎を引き連れて夜の街へ繰り出して行くところだった。

『スナック 赤パンツ』は今日も閑古鳥が鳴いていた。霧吹はここぞとばかりに湯水のように金を使う。

「霧吹さん、なんか近頃ほんわりしてません?」

 さすがは水商売を生業とする女たちだ。客のことはお見通し。と言っても霧吹はこの辺をしきるへっぽこヤクザだから、気にする必要もないわけだが。

「もしかして、好きな人でも出来たんですかぁ?」

 安い酒を煽る無言な霧吹。

「おい、初めての女はやっぱ面倒くさいか?」

「はぁ? そんなのって男同士で話す話でしょう? 女の私たちに聞いてどうするんですか?」

「だからよ、女的にはだよ、「初」ってのはどんな感じなんだよ」

「あぁ、そういうこと? それは人に寄りけりだと思いますよ」

「あ?」

「だからぁ、まともな女? なんてゆうかなぁ、未経験者ってきっとそれなりに夢もあるし、なんかほら、恋愛小説のような憧れもありますでしょうから...初めてが霧吹さんだったらまずどん引きでしょうね、だから、そういう相手にはあんまりつっこんだことしないほうが身のためだと思いますよ」

「そんなもんなのか」

 物心ついた頃には既にどうしようもなかった霧吹に、そんな純粋な話が分かる訳もない。

 どうにもこうにも霧吹はまともな恋愛を知らず、はたまた葵はまともな恋愛経験が無い。

 この二人がくっつくことがあるのかどうか、その確率は高いのか低いのか、計算する次郎の顔はいつになく渋い顔になっていた。

 霧吹にはまだ葵に言っていない秘密があるが、本人は言う気はさらさらないようだ。


 察しのいい次郎は霧吹の汚い心の可愛らしい動きに敏感に反応した。

 やっぱ若、葵さんのこと気になってるんすね。でも、確実に無理っす。

 きっと葵さんが逃げますし、万が一手を出したら犬山の親父さんも黙っちゃいないだろうし、それに若には......

 心の声は心の中だけに留めておくことにした次郎は賢明だ。

 霧吹は仕方なく安い鏡月をくいっとやって明日行くべきところのことに頭を切り換えることにした。


 霧吹は次郎に明日の野兎組でのやりとりを確認し、金の用立てを早めにしとけと言った。

 面倒くさいことは蹴り飛ばして無かったことにするのが得意な霧吹は、この問題についても、同じように蹴り飛ばすべきかどうか、迷っているのを悟られないように周りに接していたのだが、それは既にみんなにバレている。


 ということに気付いていない霧吹の頭にも、やはりひまわりが咲いていた。



 三郎は葵の部屋で気ままにのんびりとやっていた。


 夜のゴールデンタイムも終わった頃、葵のiPhoneに着信があった。

 この数字の羅列はあの男からだ。

 しばらくすると留守電に切り替わり、すぐに切れた。

 今度はメールだ。

『今から行きますね』

 あ? 今から行くだと? どこにだ? ここにか? ここか? そうか?

 まずいな。

 部屋の電気はつけっぱなしにしろと言われている三郎は、部屋中の電気をつけっぱなしにしていた。

 どっかの刑事の張り込みのように、カップラーメン片手にカーテンの隅から外を覗った。

 まだ誰もいない。

『部屋のカギは持っていますから大丈夫ですよ』

「おい、何考えてんだこいつは」

 三郎は速やかにその辺のものを片付け、クローゼットの中に隠れた。

 クローゼットの隙間から部屋の中を覗う三郎は、なぜか楽しい気分になっていた。子供の頃にやったかくれんぼをしている気分になり、鬼が見つけにくるのをひたすらに待つ子供に返っていた。

 しばらくそうして隠れていると、部屋のカギがかちゃかちゃと回される音がした。

 来たな。

 三郎は黄色い歯を見せて握り拳に力を入れた。

 カギを開け、少しの間部屋の中に神経を送り込む外にいる変な奴。

 聞こえるべきはずの葵の声や物音が聞こえないことを不思議に感じたのか、一度ドアを閉めて玄関先でごそごそする。

 と、そこでまた葵のiPhoneが振動した。

 ベッドサイドに置きっぱなしのそれは、いない主にメールが来たことをかたくなにお知らせしていた。

 部屋のドアが開く。

 今度は躊躇無く、まだ見ぬその男が入って来た。靴を脱ぎ、部屋の中へ入り電話を確認した。

「そうですか、僕のメールは見ていないのですね」

 着信ありましたよランプが点滅している葵のiPhoneを見下ろしている男。

 こいつがその例の男か。

 クローゼットの隙間からその男の後ろ姿を確認した。顔を拝みたいところだが、残念なことにその男はこちらに顔をむける予定は無いようだ。

 くそっ!

 心で大きく舌打ちをした。

 今すぐここを飛び出して、ジャンピング・ニー・バットをぶちかましたいところだが、ここは若に言われた通りの行動をしないと、自分が逆にチョークスリーパーをかけられ自らの意志に反して意識を飛ばすことになりかねない。


 振り返れ~

 振り返れ~

 振り返れこの野郎が~!


 黒魔術のような呪いをクローゼットの隙間から、部屋に侵入中の男の背中に送る。

 通じたか通じないかはさておき、男の体がぶるっと身震いした。

「ふ...いないなら仕方ありませんね。せっかく会いに来たのに残念です」

 男はメモに何か一言書いた。

「僕が来るまで待ってから買い物にでも行けばよかったのに」

 含み笑いをお土産に、男はメモをベッドの上に置いて静かに部屋を後にした。

 玄関にはきちんと靴を揃えて脱いだようだ。

 礼儀正しいストーカーは、聞いたことが無い。

 こいつが本当に犯人なのかと疑いの眼差しをクローゼットの隙間から向ける三郎の額に三本の線が入った。

 カギをしっかりかけて、念のためか一回ドアが閉まっているかを確認していた。

 なかなかの神経質な奴なのか? そして用心深いのか?

 三郎はクローゼットから出て、シャカシャカジャージのポッケからガーゼのハンカチを出し、スキンヘッドの頭を軽く拭いた。

 すぐさまカーテンの隙間から外を覗うと、例の男が去っていく後ろ姿が目に入った。

「クソが」

 罵声だけしか頭に入っていない三郎は、例の男の後ろ姿が見えなくなるまで、カーテンの隙間からその背中を睨み続けていた。

 霧吹に連絡することを思い出した三郎は、そこでやっとベッドに置かれたメモのことを思い出す。

「おいマジかよ」

 メモを読んだ三郎は体中の毛穴から汗が噴き出した。

 あの野郎。

 怒りに満ちた三郎は真っ赤になり、とりたてそれは茹でダコのようだ。

 メモを握り潰し、怒り震える体をこらえることしか出来ない自分にもどかしさを感じながら、携帯の『若』へ連絡することを優先した。



 霧吹は唐草模様の手ぬぐいを頭に被り、顎の下で固結びにしていた。真っ黒いジャージに黒い靴下で自宅の廊下を腰を落として前進中。

 目的地は葵の部屋だ。

 誰もいるはずがない長い廊下を足音を立てずにこそこそと歩く姿は、さしずめ、こそ泥ってところか。

「次郎さん、すいません」

 舎弟の一人、小柄で華奢なめがね小僧の四郎が、監視室で横になってオンラインゲームに夢中の次郎を呼んだ。

『すとっぷ』を押し、「なんだよ」と四郎を睨む。

 呼ばれただけでその人を睨むなんて、なんて失礼なことか。

「ちょっと確認してもらいたい画がありまして」

 四郎は50インチの一番でかいモニターにその画を映し出した。

「な...なんだこれは」

 次郎はその画を見てソファーから転げ落ち、言葉を失った。

「これはきっとわ...」

「そこまで言うんじゃねー!」

 ゴツンと四郎の頭を殴る次郎。

「俺が行って来る、こんな画面は切り替えろ」

 次郎はすぐさま監視室を出て、そこへと走り出した。

 四郎は言われた通りに画面を切り替えて、小さいモニターに例のモノを映し出すことにした。


 霧吹は葵の部屋の襖に手をかけ、静かに戸を......


「若っ!」

 霧吹はそのウィスパーボイスに飛び上がった。それはまさしくびっくりした猫が毛を逆立てて飛ぶ様によく似ていた。

「何やってんすか! 勘弁してくださいよ!」

「お前こそ何やってんだよ」

 こそこそ話す声はその怖い風貌には全くもって似合わない。

「ここ葵さんのとこじゃないっすか!」

「あ? そうか? そうだったのか? 俺としたことが、俺の部屋と間違えたっぽいな」

 ペシリと自分の額を手で打つ霧吹の態度を冷ややかに見守る次郎。


 ・・・・・・・・・・


 一通りの苦しい言い訳が終わったのを見計らって、霧吹を強引に監視室まで引き戻した。

「本当にお願いしますよ!」

 次郎は霧吹が頭に被っていた唐草模様のてぬぐいをひっぺがした。


「こんなもんまで! これじゃ泥棒じゃないっすか! ヤクザですよ! ヤクザ! 泥棒とヤクザじゃそのフィールドが違うんですから」

 四郎は聞かぬふりをして、自分の仕事に集中していた。

 彼の仕事は監視だ。

 家中の監視カメラの画像を一日中確認するのがその役目だ。

 霧吹はジャージのチャックを下ろし、リラックスする。

 「次郎、あいつはどうやったら墜ちるんだ?」

 ソファーにふんぞり返ってタバコの箱を出し、テーブルにコンコンと打ち付けた。

「葵さんはどう思ってるんすかね」

 え? と目を猫のようにまん丸くした霧吹の頭の中にその考えはなかった。

 霧吹は、自分中心に世界が回っていると思っている。

 従って、人の気持ちなんぞどうでもよいというところだ。

  自分が好き=相手も好き。

 この方程式だけしか霧吹の頭の中には入っていない。

「葵さんがどう思うかによってだと思いますけど。でもいいんですか? その...」

「あぁ、どうでもいいだろう」

 金色のジッポの蓋をカッキーンときれいな音を響かせてタバコに火をつける霧吹。

「なんだか出てきてから立て続けに面倒くせーなぁ」

 自分で面倒くさいことに入り込んでるとも知らず、人のせいにするあたり、誠に人が出来ていない。

「ひとまずは明日の野兎のことだけ考えるか」

 やっと本線に戻ってきた暴走車に一息つく次郎。

「そうっすよ。明日の件をこなしてから考えましょう」

 次郎も同意する。

 霧吹の携帯に着信が入った。

 それは、葵の家で監視をしている三郎からのものだった。


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