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車と体とこんにちは


 大安吉日の雲一つ無い青空。初夏の快晴は誠に清々(すがすが)しい。


 あの男から逃げ切る為に走り続けている葵の姿は全くもって清々しくない。

 路地裏に入り、冷たい壁に背を預け、一端休んで呼吸を整える。

 手に握りしめていたiPhoneが振動する。メールだ。

『もうすぐ捕まえるよ』

「ほんと・・・無理」

 胃の辺りがくすぐったく疼くのを感じ、気分が悪くなるが、額の汗を腕で拭き取り、壁を後ろ手に押しつけ、体に勢いをつけて地面を蹴り上げる。路地裏に所狭しと置かれている鉄製のゴミ箱に脚をぶつけ、鈍い音とともにゴミ箱が倒れた。スカートも切れた気がするが、そんなの気にしているわけにはいかない。

 逃げなきゃ!逃げ切るしかない。あんな奴に捉まったら終わりだ。

 またiPhoneがメールのお知らせを入れてきた。


『そんなに暗くて狭い所に一人じゃ危ないじゃないですか・・・僕が行くからそこにいて、動かないで』

「え?ちょっと・・・どういうこと」

 走るのをやめて前後左右を確認し、頭上も見上げたが誰もいない。汚いビルの間に申し訳なさそうにはためく洗濯物が数枚・・・あとは、何も無い。

 ダメだ、逃げよう・・・逃げなきゃ!

 路地裏は狭くて汚くて怖い。でもあいつはもっと怖い。あと少しで路地から抜けられる。大学から逃げて来ているから、かれこれもう1時間弱は逃げていることになる。路地を抜けたら地下鉄に乗ろう。電波さえ入らなければ、メールだってこないはずだ。

 暗い路地の向こうには明るい光。

 『早くこっちにいらっしゃいよ』と言われている気がするし、そこに出たらもう、なんとかなるという気にさえ思えてくる。

 走らなきゃ!逃げなきゃ!逃げ切るためには、走らなきゃ!

 野良猫がびっくりして威嚇してる横を、引っかかれないように気をつけながら通り抜けた。あと少しで道路に出られる。光が眩しくなってきて、熱い太陽の日差しを体に感じ始めた。

 何かにぶつかった衝撃音、その後に車が急ブレーキを踏む耳障りな音が辺りに響いた。

 跳ね上がる体。手からこぼれ落ちるiPhoneは、車にぶつかった衝撃でスクリーンに亀裂が入り、無残にも壊れた。

 最後に見たものは、澄み渡る程に青く、深海のように深い夏の空。

 跳ね上げられた衝撃は強く、頂点まで達した体はあとは重力に任せて落ちるだけだ。重力に反発するように空へ向かう私の茶色い髪が、青い空に滑らかに茶色い線を描く。

 瞼が閉じるその前に、私の意識は私から離れて行った。


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