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召喚獣☆育成ファーム  作者: カノン
第Ⅱ章 初仕事は失敗?成功?
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Ⅳ 初仕事Ⅳ

背の高い草と、高い木々が生い茂る第一エリア。

そこは心音がシルバと最初にファームを訪れた際に足を運んだジャングルだった。

その中を心音は無我夢中で走り、やがてゆっくりと歩みを止めた。


(…私…逃げ出したんだっ…)


「ピイィー!ピイィーー!!」


空を飛ばず、ジャングルの中を駆けてきたグリフォンの声に、心音は振り返る。


「ピュイ…?」


そんな心音を見つけたグリフォンは、嬉しそうに駆けよるが、少しして歩みを止めた。

何故なら彼女の目に映ったのは…涙を流す心音の姿だったから。


「ごめんっ…ごめんね。私っ…」


嗚咽交じりに話す心音を、グリフォンは静かに見つめていた。


「いつかアナタと別れることになるって、分かってたのに…。

いつの間にか一緒に居ることが当たり前になってっ…こんな気持ちになるなんて、知らなかった。

この仕事のことも…なんにも分かってなかった!」


ファイとクロムのこと。心音は二人が此処で何年も働いているのだろうと考える。

それは目の前のグリフォンのように育てた子たちとの別れを何回も繰り返してきたということ。

心音の今の気持ちは、グリフォンと離れたくない。別れるのは嫌だという気持ちだ。

それを抑え、彼らはずっと此処ファームで働いているんだと、心音は知った。


(こういう気持ちを、持ってしまう。それでも別れを通らずにこの仕事は出来ないんだ。…それを、全然分かってなかった!!)


心音は自分が“ファームで働く”ということに関して、分かっているつもりでいたことを恥じた。

そして現実を突きつけられ、逃げ出してしまったことに悔しさを滲ませた。


「アナタを迎えに来る人に喜んでもらえるように、アナタと一緒に暮らして、お世話することが仕事だって…。

私…どこかでそんな風に思ってたっ! アナタは生きてて、私達と同じ生きものなのに…っ。戦いに巻き込まれたり危険だってこと、知らずにいたっ。わた、し…最低だよっ!」


ぽろぽろと溢れる涙を拭うことなく心音はただただ立ち尽くし、グリフォンを見つめる。

彼らは召喚獣なのだと。自分の知らない世界で生きていくということ。辛いことが待っているかもしれない。


(私は…この子をそんな世界に送り出すために育てたわけじゃない。だけど、それが此処での仕事なんだ…っ!)


出来ることならこの子と一緒にいたい。けれどそんな自分勝手な想いがあることを知ってしまったことで、心音の中で様々な感情が溢れ、今、涙となり流れていった。

グリフォンは、そんな心音の初めてみせる涙に、瞳を揺らした。


―――ピチャンッ。


そして、一滴。大きな涙がグリフォンの目から零れた。

すると聞いたことのない鳴き声を上げ、グリフォンは真っ直ぐに心音を見る。

その姿はまるで子供が泣き叫び、親を呼んでいるように心音には見えたのだった。


「泣いてるの?」


動物が泣くということに驚き、心音の涙は止まる。しかしグリフォンは未だ涙を流し、鳴き続けていた。


「…っ!!」


その声に心音は駆けだし、グリフォンの首に飛びつく。そして優しく抱きしめると、グリフォンはようやく鳴きやんだ。


「ごめん…私が不安がってたら、アナタだって怖いよね? ごめんねっ!!」


グリフォンのぬくもりを感じた瞬間、心音は子供のように泣き出してしまう。

けれどそれを受け止めるように、グリフォンは頭を心音の背に擦り寄せたのだった。


――その時。突然奥の茂みがガサッと揺れ、心音はハッとしてグリフォンから離れる。


(ファイかクロム? …ううん、二人は家の方にいるから、反対方向だよね。も、もしかして…また!?)


心音の脳裏に「人攫い」の三文字が浮かび、恐怖で顔を強張らせる。

そんな彼女の気配に気づいたグリフォンは、心音を守るように立ちはだかった。


(な、なんか…頼もしくなってる!!)


子を溺愛する親バカ発言を胸に留め、心音は茂みに意識を集中させた。

徐々に近づく音が、心音たちの前の茂みで止まる。そしてバサッと青い何かが見え、心音は警戒心を解いた。

茂みからは青いマントを身に纏ったシルバが仏頂面で出てきた。


「やっぱり、シルバ!」


その姿を目に留めると、心音はシルバに駆け寄った。


「お前…そんなに殺気をむき出しにして、俺をなんだと思っ…!」


側に感じる心音の気配と声に、茂みに引っかかっていたマントを外したシルバは、彼女の顔を見て言葉を失う。


「…シルバ?」


「何か…あったのか」


眉間に皺を寄せ、シルバは心配そうに心音に手を伸ばすと、彼女の頬を流れる涙を優しく拭った。


(どうしよう…シルバがなんか優しい?)


紳士的な対応をされ、心音の頬が熱を持つ。それに首を傾げたシルバは、ニヤリと口角を上げた。


「何だ? 俺に惚れでもしたか?」


「し、してません!!」


反論するも少しカッコイイなと思っていた心音はもっと頬を赤く染める。

それを愉快そうに見下ろしていたシルバは、心音とは別の殺気を放っていた者へと視線を移す。


「立派になったものだな。…お前が育てたのだろう?」


「…うん」


シルバ同様にグリフォンを見つめた心音は、先程までの葛藤を思い出し言葉に詰まる。そんな沈んだ気持ちを悟ってか、シルバは彼女の手を取った。


「少し付き合え。」


「え? で、でも…!」


心音はシルバがクロム達のところへ行こうとしていると思い、足を止める。


「そうだったな、お前は体力がないんだった。」


「なっ! 失礼ね! 私だって、此処から家までくら…いっ!?」


私の悩みも知らないで無神経なこと言って! と思い、言い返す心音はフワッと体の浮かぶ感覚に驚き、目を丸くする。


「黙れ。…でなければ、舌を噛むぞ」


「っ!?」


すぐ近くにシルバの声が聞こえ、整った顔が間近に迫り、心音は顔を真っ赤にさせた。


(こ、これって!?)


膝下に回された腕、背を支える大きな手。

心音はやっと自分がシルバに横抱きにされていることに気づく。つまり俗に言う『お姫様抱っこ』だった。


「飛ぶぞ。お前も、コイツのことが心配なら後からついてこい」


心音を取られたと思い憤慨するグリフォンを振り返ったシルバは、次に顔を真っ赤にさせ口をパクパクと動かすことしかできない心音を見ると微笑を浮かべた。


「心配するな。クロムたちには後で訳を説明すればいい」


「え…」


「だから…今だけは、俺に身を預けろ」


「……。」


シルバの言葉に、心音はフッと強張る体から力を抜いてみる。

すると優しく地面から浮かび上がったシルバの手が、しっかりと体を支えた。気恥ずかしく感じたが、先程までのモヤモヤとした気持ちが消えていることに心音は気付いた。


 * *  * *


しばらくして、シルバが空中で止まる。

それを不思議そうに見つめる心音に、シルバは一瞬目を瞑り短く息を吸った。


「“魔の風よ。我が詠昌に応え、此処に我の地となれ”」


呪文のような言葉と共にシルバから何かが溢れだす。

心音は自身の奥底から湧きあがる何かと、体中を涼しげな“風”が駆け廻るような感覚に目を見開く。


(今の…魔法を使ったの?)


期待と好奇心から胸を高鳴らせる心音に、シルバは「騒ぐなよ」と一言だけ残し、彼女を支えていた手を放した。


「え…きゃああああ!?」


(落ちる!? 死んじゃうよ!? 考えてんのよ、シルバ!!)


少しカッコイイなとか思って損した!恨んでやる!と心の中で叫び、心音はジェットコースターに乗った時のような落下する感覚が来るだろうと思い、きつく目を閉じる。

けれどなかなかその感覚が来ないどころか、何か柔らかいものが体に当たり、心音は薄く目を開いた。


「だから騒ぐなよと言っただろう」


そこには上から覗き込むシルバの顔があり、心音は自分が仰向けで寝転がっていることに気づき、ゆっくりと上半身を起こした。

落ちなかったことに安堵していたのも束の間。心音は下を見て顔を青くさせる。


「し、下がっ!? シルバッ!?」


そこには何もなく、広大なファームの景色だけが広がり、心音は宙に浮くようにして座っていた。


「落ち着け、落ちたりはしない。」


「へっ…?」


そう言うとシルバは慌てる心音の隣に腰を下ろし、床を手で叩いた。するとモフッとシルバの手は何か透明な布のようなものに当たる。

そこにはミントグリーン色の糸のように細い何かが蛇のようにくねり、何重もの層を作り上げ、たまにビュウビュウと風の音を響かせていた。

しかし糸が見えたのはシルバが触った一瞬だけで、彼の手が離れるとそこはまた透明になり、下に広がるファームの風景しか見えなかった。


「これも…魔法なの?」


ふわふわとまるでハンモックのようなそれに、心音の表情が次第に和らぐ。


「そうだ。…いつまでも飛んでいるのは流石に疲れる。だから、たまにこうして休む事がある」


そう言ってだんだんと沈み始めた太陽を見つめるシルバに心音は唇を尖らせる。


「そういうことなら、落とさなくても口で言ってくれればよかったじゃない。

……恨んでやる、とか思った自分が恥ずかしいじゃないの!」


半ばヤケクソ気味に言った心音に、ふと視線を移したシルバはアメジストの瞳に真剣な色を滲ませた。


「それはどうでもいい。…何に悩んでいるんだ」


「っ!」


シルバの質問に、心音はやっと彼が此処に連れてきた意味を知った。


(もしかして私が悩んでいるのが分かって、気分転換のために連れてきてくれたのかな?)


口には出さないが自分を気遣かってくれたシルバに、自然と頬が緩む心音。

そこへ追いかけてきたグリフォンが隣に優しく着地するのを見届け、心音はシルバに悩んでいたことを伝えた。


「私ね、この子を育てるって自分でクロムに言ったのに…成長していくこの子を見て、別れは近いんだってちゃんと理解…してたと思ってた。

でも…今日ね、クロム達に言われて初めて実感したの。この子は…違う世界に行かなくちゃいけないんだって」


そっと手を伸ばせば触れられる距離にいるグリフォンを見て、心音は悲しげな表情を浮かべる。


「離ればなれになって、この子は此処でのこと、私のこと…忘れちゃうのかなって…。そう、思ったらなんかさ! …悲しく、なっちゃったんだ」


笑って必死に泣かぬようにする心音。そんな彼女に、シルバは静かに口を開いた。


「別れが…辛くないやつなどいない。」


「え…?」


「クロムもファイも…今までにそういった経験をしてきた。だけどこの仕事に誇りをもってやっている。それは…何故か分かるか?」


シルバに問われ、心音はふるふると首を横に振る。けれど目だけは逸らさなかった。


「それは…何?」


「……。自分で考えろ」 


ズサッ。…と音がしそうに心音は転ける。


「引っ張っといて、それは無いよ!!」


「何故、俺がお前に教えなくちゃいけない?

それに…それが分からないのなら、騎士にでもなればいい。」


「え…」


きょとんとする心音に意地悪く微笑むと、シルバはその顎に手を掛け上を向かせた。


「ファームでの仕事が嫌ならば、俺と同じように騎士になればいい。

あくまで此処は俺が紹介したまでだ。お前が望むなら、俺がお前を騎士にしてやってもいい」


「……。」


シルバは何を言っているのだろう。

そう思うのに、心音には嫌な考えが浮かぶ。


(…シルバと同じ騎士になったら、この子のように育てた子たちとの別れに苦しまなくて済む? でもそれは此処ではもう働くことは出来ないってこと。…そんなの!!)


心音はキッとシルバを睨み付けると、顎に掛かる手を弾いた。


「私は…此処で働きたい! 確かに、この子とお別れするのは悲しくて、逃げたりもした。だけど! この子と過ごして、命の温かさを知ったの!

…育てることの大変さや、クロムとファイの大変さを知っても…。私は…この仕事に興味を持ったの! だからっ!」


(此処で頑張りたい!!)


悲しさを乗り越え、心音の瞳にキラキラとした光が宿る。

それを眩しそうに目を細めて見たシルバは、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。


「なんだ、迷う必要がどこにある」


「あ…」


「お前の思うままにやればいい。もしそれを否定する者がいたならば、俺が容赦なく叩き切ってやるから安心しろ」


シルバの言葉にそれは流石に…と思いつつも、心音は晴ればれとした表情を浮かべた。


(もしこの子が私やファームの事を忘れても、私は忘れない。…それなら、一緒にいられる残りの時間を大切にすればいいんだ!)


心音に笑った顔を向けられ、グリフォンは嬉しそうに鳴いた。


(そっか。だからシルバはわざと…)


「ありがとう、シルバ!」


心音は振り返ると満面の笑みでシルバを見上げた。

そんな彼女の表情に一瞬だけシルバの頬が熱を帯びたことは、本人以外誰も知らぬことだ───


「そうだ。クロム達にも、その…勝手に家を飛び出したこと、謝りに行きたいから…。そろそろ降りない?」


「構わないが…。お前は、グリフォンの背にでも乗せてもらえばいいだろう?」


「へ…?」


思いもよらぬ返事に心音が首を傾げた時、何か不思議な力で心音の身体が浮かび上がる。


「え? え?? …えぇ!?」


「ピューーイ!!」


見ればグリフォンの藍色の瞳が輝き、その色と同じ光が心音の身体を覆っていた。


「ほう…。魔法を使えたのか、そのグリフォン」


「え…はい!?」


シルバの言葉に一番驚いたのは心音だった。

ファイとクロムに魔法を教えなくてはならないと言われ、悩んでいた。けれどそれをグリフォン自らが解決してしまったのだ。心音は、複雑な表情を浮かべるしかない。


「まあ、いい。…魔法を解くぞ」


「あ、うん」


シルバがそう言った瞬間。緑色の光を放ち、透明なハンモックの床が消える感覚が心音にも伝わった。

それと同時にシルバは宙に浮かび、心音の身体はゆっくりとグリフォンの背に乗せられた。ふわふわとした感触に心音は頬を緩める。


(わあ~…羽毛布団だぁー…)


危うく眠りそうになった心音に、シルバの渇が飛ぶ。


「言っておくが、グリフォンのスピードは桁外れだ。…今のうちに息をしておくのを忘れるなよ」


「え…───」


シルバがそう言った瞬間。

心音の体は強く後ろに引っ張られる感覚に襲われ、必死にグリフォンの首にしがみついた。


(これ、ジェットコースターより怖いんですけどおぉー!?)


心音の声にならない絶叫は、地面に着くまで続いたのだった。





ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


次回も宜しくお願い致します!!

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