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召喚獣☆育成ファーム  作者: カノン
第Ⅱ章 初仕事は失敗?成功?
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Ⅰ 初仕事

「召喚獣育成ファーム・クロム」と書かれた宙に浮く魔法の看板がある大きな透明のドーム。その中は大きく六つのエリアに分かれている。

一つはジャングルのように生い茂る木々が沢山生えた森。

その隣の二つ目は耕された土に、苗が並んで植えられている畑。

三つ目は畑や森と同じ大きさの巨大な湖。

四つ目は色とりどりの花が沢山咲いている花畑。

五つ目は高さの低い木々が広がる、一番広大な場所だった。

その五つのエリアに周りを囲まれた六つ目のエリアには、少し盛り上がっている草原に大きな木と家が建っていた。


まだ日も昇らぬ早朝。

そんなファームの中、第二エリアの木の苗が沢山植えられた畑に、二つの人影があった。


「おい!そこはあまり水を掛けると、根が腐っちまうんだから、他の所へ持ってけ!」


「は、はいっ!」


「ほらほら!もたもたすんな!きびきび働け!」


(もたもた…って!自分は魔法使ってるじゃない!)


一つはベージュのクラシカルな服を着た金髪碧眼の少年ファイ。そしてもう一つは御加瀬心音の影だった。

彼女は異世界トリップなるものをして、この世界へとやってきた高校生だ。

最初は人攫いに連れて行かれそうになったり、少年に剣を向けられ殺されそうになったり、大変な目にあった。

けれど、運良く仮面騎士シルバに助けてもらい、此処「召喚獣育成ファーム・クロム」で働くことが出来た。


異世界から来た者も働かなくてはいけない。というファスティアス国で心音は仕事を早々に見つけることが出来たので、どんな仕事でもどんと来い!と意気込んだいたのだが…。


『え…召喚獣…育成ファーム?』


クロムから教わったのは、此処が農場(ファーム)、しかも普通のファームではないということだ。

植物から野菜まで、日本で見られるような形をした物も多かったが、その全部が心音の背丈を越えるほど大きな物だったのだ。


それを育てること。まずはそこからだとクロムはファイを教育係に付け、水をあげる作業から始めるよう心音に言い渡したのだった。


──そして心音はこの何日間、この世界に来た時に着ていた学校の制服姿で、よろよろとふらつきながら大きなバケツに水を汲み、畑へと運ぶ作業をしていた。

決して体力が無いわけではないのだが、第三エリアにある湖から畑までの距離が長いことが心音の体力を奪っていた。


しかし教育係のファイは魔法を使い、水を巧みに操ると最適な量の水を的確に苗へと掛けていた。

日本にはあらゆる精巧な機械がある。それがこの世界には無いが、変わりに魔法という便利な物があった。


(不公平だよ!私は魔法使えないのに…!)


内心苛立ちでいっぱいだった心音は、それでも慎重に苗へと適量の水を掛ける。

そしてバケツの中身が無くなれば、クロムたちの家の後ろに位置する湖に水を汲みに行く。という作業を延々と繰り返していた。


「ファイ。ミカセ。」


そこへゆったりとした足取りで、クロムが手に小さめのバスケットを持って心音達の方へ歩いてきた。


「クロムさんっ!どうしたんですか?」


クロムの姿を見つけると、ファイは駆け足で近づいていった。

心音はというとバケツを地に下ろし、そのまま座り込み荒く息を吐いていた。


「差し入れを持ってきたよ。……大丈夫?ミカセ」


ファイにバスケットを預けると、クロムは座り込む心音に近づき、その顔を覗き込んだ。


「すみ、ません…はあ、はあっ…体力なくてっ…」


「初めは誰だってそうだよ。それに…この子達は君に水を貰えてとても喜んでいる。見て…日が昇る」


優しく目を細めたクロムが心音の手を取り立ち上がらせる。

すると横から一筋の光が、心音の顔を照らした。その光に一瞬目をキツく閉じたが、何かキラキラと光るものに気付くとゆっくりと瞼を開いた。


「わぁ…!!」


そこでは心音とファイが与えた水が、苗の葉の上で太陽の光を浴び、キラキラと輝いていた。

優しい日の出と、まるで星々が散りばめられたような光景に、心音は疲れなど忘れ、見入っていた。


「一旦休憩にしよう。差し入れは…朝ご飯のクロワッサンサンドを作ってきたから」


「あ、はい!」


歩き始めたクロムの言葉に、いつの間にか家の前でファイが朝食の準備をしているのを知り、心音は急いでクロムの後を追った。


「あの、クロムさん」


「ん…そうだ、言おうと思ってた。クロムでいい。」


心音の歩幅に合わせたクロムに、心音は遠慮がちに名を呼んだ。


「それじゃあ…えっと、クロム?」


「何…ミカセ」


「あ、そのミカセっていう呼び方なんですけど…私の名前…心音って言うんです。」


「ココネ?…そういえば、シルバもそう呼んでいた…。なら、ココネだね」


「…基準がシルバなのが気になりますけど、それでお願いします」


コクッと頷いたクロムに、心音は少し戸惑っていた。 

最初出会った時は差ほど気にしていなかったクロムの“のほほん”とした態度に、心音は今なら小さな子供を見守る母親の気持ちが少し分かるような気がしていた。


(気づけば屋根から落ちそうになっているし、いないと思えばベンチで寝てるし…。危なっかしい…というか、目が離せないというかだよね)


この数日間、心音より年も背丈も上のクロムは彼女に対し、肝を冷やすような行動しか見せていなかった。

それだけでなく、クロムの事になると過剰に反応するファイという年下の仕事の先輩。

一度受け入れたからには最後までやり通す!…と思っていた心音も、本当に此処で働けるのかと再び不安になっていた。


「あの、クロム……私は力も体力もないし、魔法も使えない。…そんな私でも、役に立てていますか?」


正直な気持ちを心音はクロムにぶつけてみた。

するとクロムは立ち止まり、心音を見下ろした。


「…なら、昼は僕と一緒に第五エリアへ行こう」


「えっ…それって?」


「僕達の仕事。召喚獣育成ファームの姿を見せてあげる…から」 


そう言ったクロムの目は、心音が初めて見る自信に満ち溢れた目をしていた。


「…っ!はい!」


その瞳に元気よく頷いた心音は期待に胸を膨らませ、クロムとファイと共に外のテーブルで朝食を取るのだった。


 * *  * *


昼になり心音、ファイ、クロムの三人は、家から二十分近く歩いた先にある第五エリアへと足を運んだ。

そこは低木の立ち並ぶ所であったが、やはり鳥や動物の姿は見当たらなかった。


「此処は…?」


「この第五エリアは主に“リジュウ”と“クレリア”の木が植えられてる所だ。下は土になってるから、気をつけろ」


「う、うん。で…リジュウとクレリアって?」


木々を指差しながら説明をするファイを心音が首を傾げ見つめると、彼はため息を吐きながら側にあった木の幹に触れた。


「これがリジュウだ。リジュウってのは果実の木の総称…で、あっちの木に似てるけど蔦や花の茎の部分みたいな木の総称がクレリアだ」


ファイが次いで指差した方向には、まるで街灯のように先端が垂れ下がる緑色の木のようなものが生えていた。

それを興味津々といったように見つめる心音の肩に、クロムが手を置いた。


「とりあえず、知識は後で覚えるとして…ココネ、あれを見て」 


「わ…っ」


「シッ。…あまり声を出さずに近づいて」


クロムの抑えめの声に、何故小声なのか疑問に思った心音だったが、コクッと頷くとゆっくり足を前に進めた。

その先にあったのは、先程ファイの説明したクレリアの木だった。

垂れ下がったその先端には、まだ他の木には無い、大きな赤い実が成っていた。

身長の半分はあるだろうその実の大きさに、心音は言葉を失った。


「…?」


だが、次第にあることに気づく。


(どこかで…見たことある形…してるよね?…赤くて、実の外には胡麻みたいな種のようなもの。蔕は緑で…垂れ下がってて…。)


「あぁ!!?」


「シー!何大声出してんだよ!!」


「ご、ごめん!」


小声で叱ったファイに、心音は内心穏やかではなかった。


(これ…苺だよ!!)


彼女の脳裏に、手のひらサイズの赤くて甘い苺の姿が思い浮かぶ。

それと大きさ以外は全く一緒の目の前の物を、心音は驚愕の表情で見上げた。


(食べたら甘かったりするのかな…)


徐々に思考は別の方向へと向かう。

なめらかなクリームの苺のショートケーキ。

サクッとした食感の生地の上にシロップでコーティングされた苺が乗ったタルト。

ふわふわの生地に苺を乗せて巻いたロールケーキ…。次々と美味しそうな洋菓子が彼女の回りを飛んでいる。

しかし、そんな彼女を現実へと引き戻したのはクロムだった。


「この子は、今日生まれる」 


「生まれる?」


「うん。新しい命が、これから生きていく世界へと飛び立つ時を……しっかりと見てて。」


「は、はいっ!」


ココネの返事に満足げに頷くと、クロムは(おもむろ)に巨大苺へと近づいた。

すると垂れ下がっていた実がポトリと地に落ちた。

しかし落ちてから数分経つも、巨大苺はぴくりとも動かなかった。

普通なら苺が動くことはないだろう。けれど「生まれる」というクロムの言葉に何か起こるのだろうと思っていた心音は、心配そうに隣に立つファイを見た。


「大丈夫だ」


そう言われれば、黙って見守るしかない。と再度巨大苺へと視線を移した。

その瞬間、小さな赤い光が巨大苺の中からスルリと飛び出し、ふわふわと宙に浮いた。


「わっ!」


その光はクロムとファイ、そして心音の周りを一周すると、大きな光を放ち巨大苺を包み込んだ。

心音が赤くキラキラと光るその幻想的な光景に目を奪われていると、次の瞬間──パァンッ!と音を立て、光が弾けた。

そこには巨大苺の姿はなく、変わりに…不思議な生物がいた。


「ピューイ…!ピュー!ピューイ!」


大きさは先程の巨大苺と同じくらいで、体毛は赤というよりは桜色をしていた。

四足の獣足の先には鋭く尖った爪、顔は鷹のようで、鋭い(くちばし)があり、背には体毛と同じ色をした翼があった。

まだうっすらとしか開けない目の代わりに顔を動かし、辺りを確認している姿に心音は思わず口に手を当てる。


(か…可愛い!!)


頬に少し熱を持たせた心音を振り返ったクロムは、微笑ましげに見つめた。

その視線に気づいた心音は、訳の分からない手の動きで気持ちを伝えようとする。


「ク、クロム!う、うう…生まれた!!」


やっと出た心音の声は少し上擦り、興奮していることが分かる。


「うん…この子は“グリフォン”という生物だよ」


「グリフォンってのは希少価値の高い生物なんだ。ファームでも滅多に産まれないんだ!」


クロムの言葉を引き継いだファイも、興奮したように笑みを浮かべていた。


(これが…ファームで育てていた生物。新しい…命の誕生!)


胸に熱く込み上げてくる気持ちに、心音は真っ直ぐにグリフォンを見つめた。

産まれたばかりだというのに、グリフォンは自身の力で立ち上がろうとする。

足から崩れ、倒れ込もうとも立ち上がろうと必死に踏ん張るその姿に、心音は知らず拳を握り締める。


(頑張れっ…!)


それを見つめていたクロムは、フッと表情を緩めると心音に声を掛けた。


「…君に…任せていい?」


「え…」


「ちょ!クロムさん!?まさかコイツにこのグリフォンの世話を任せる気ですか!?」


何を言われているのか分からないと言ったように瞬きを繰り返す心音の隣で、グリフォンがやっと立ち上がることができ、スッと目を開けた。

吸い込まれそうな藍色の大きくクリクリとした瞳に、心音の姿が映る。


「ピューイッ!」


するとグリフォンは大きく嘴を開け、心音に近づくとその手をカプリ。 

誰もが固まる中、一番最初に我に返った心音は悲鳴を上げた。


「きゃーー!!?たべっ、食べられる!?」


「お、落ち着けって!それはただ甘えてるだけだから!痛くないだろ?」


「へっ…?」


慌てるファイの声に冷静さを取り戻した心音は、目に浮かぶ涙を気にすることなく手の感触を確かめる。

すると噛まれたかと思われた手は、痛いというよりはくすぐったかった。


「やっぱり…。これはココネの初仕事だね」


グリフォンの行動を見たクロムは、独り呟くと心音に言った。


「ココネ。君の初仕事が決まったよ。

数週間後、その子の買い手が来る。その日までにこの子を立派に育てること。それがココネの初仕事だ」


「私が…この子を」


ようやく嘴を放したグリフォンは、心音の腕にスリスリと頭を寄せた。

動物嫌いではなく、寧ろ大好きな心音は育てることを任され、とても嬉しく思っていた。

けれどそれと同じくらい、グリフォンという未知の生物の世話を自分がすることに不安があり、すぐに頷くことが出来なかった。


「本当は僕が育てる所を観察して、学んで貰おうと思ったけど…」 


「見て覚えるのではなく、やって覚えろ…ってことですか?」


クロムとファイの言葉に、心音は俯く。


(私が世話を…。)


隣にいるグリフォンを見つめる。

それをキョトンと見つめ返すグリフォン。


(この子は生きてる。命あるもの…だから失敗は許されない。だけど…!)


「あの!」


心音の声にクロムとファイはじっと次の言葉を待つ。


「初めてのこと、だからっ…不安は多いです。けど!精一杯頑張りますので、この子のお世話、私やります!いえ、やらせて下さい!お願いします!!」


勢いよく頭を下げる心音に、クロムは頷き、ファイも納得いかないという表情をしながらも「分かった。手伝ってやるよ」と渋々了承したのだった。


「ありがとうございます!」


顔を上げた心音は、次にグリフォンを見る。


「短い間だけど…よろしくね!」


「ピュ?…ピューイ!」


話の内容は分かっていないだろうグリフォンは、一瞬コテンと首を傾げた。だが心音の嬉しそうな笑顔に大きく鳴いたのだった。


こうして、心音の初仕事が決まった───




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


誤字脱字などございましたら、お知らせ頂けると幸いです。

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