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召喚獣☆育成ファーム  作者: カノン
第Ⅳ章 魔王と勇者のダブルブッキング!?
49/50

ⅩⅥ 信じる手のひら

確認はしましたが、しばらく更新していなかったので矛盾などありましたらすみません(汗)


「クロム、だよね?」


間違うはずがない。そう思えるほどの時間は一緒に過ごしてきた。

けれど心音は信じたくないと、つい疑問形になってしまう。


「きみ…は?」


虚ろな目を向けられ、無意識に後ろに下がる。そんな心音にクロムはゆっくりと首を傾げた。


「ここ…なんで、いる…の? りゅうが…みちびいた?」


まるで幼子のように途切れ途切れに言葉を紡ぐ。それが余計にクロムの不気味さを際立たせた。


「それ…きみは……カギ?」


時が遅く進んでいるかのように、クロムの手が心音に向けて伸ばされる。距離は遠いはずなのに、心音は何故か心臓を掴まれそうだと錯覚する。

ドクン、ドクンと鼓動は激しくなり、手足はガタガタと震えだす。


(なにこれ…。や、だ……こわいっ……怖い!!)


感じた事のない恐怖が心音を襲う。


「いやああぁ!!」


自分を護るように抱きしめた心音が叫んだ、次の瞬間――彼女の右腕が激しい青色の光を放つ。それは刃物のように鋭く発光し、彼女の服の袖を引きちぎった。


「きゃあっ!?」


驚く心音の視線の先、露わになった腕には同じ青色をした、細かい紋様が刺青のように刻まれていた。一見して「龍」に見えなくもないそれは、肩から手の甲まで描かれていた。


「痛っ!!」


ピリッとした痛みが腕を走り、心音はそのまま膝を着く。


『ココネ!?』


どんどん光が強くなる腕を押さえながら蹲る彼女の悲鳴に、狼・全が駆け寄ろうとした。


「じゃま…する……ダメ」


クロムは心音へと伸ばしていた手を狼に向ける。途端、激しい水色の光線が一直線に放たれた。

跳躍することでそれを避けた狼は足元で、バシュンと地面の焼ける音を聞く。


『くっ! この!!』


壁に着地した狼はそのまま壁を走り、深く踏み込むとクロムに向かって突撃した。


『なにっ!?』


しかしあと一歩で爪が届くというところで、クロムを護るようにして現れた木の根が行く手を阻み、弾き飛ばされる。


――ドオォン!


『ぐが…ぁ』


轟音と共に根の壁に減り込んだ狼は、掠れた声を漏らす。

腕の痛みに声を出すことが出来ない心音は横目にだが、狼の消耗が見て取れた。

召喚獣は召喚契約者の魔力を糧にこの世界に実体化している。そのため契約者が意識を失うと、彼等は強制的に亜空間に戻されてしまうのだ。

今、彼が辛うじてこの世界に留まれているのは、自身の魔力を使っているからだ。

それも全という種族だから出来ることだが、それでも相当な負担が掛かっているのは間違いなかった。


「カギの…じゃま、ダメ」


先程よりも俊敏に両手を狼に向けるクロム。水色の光が両手に集まり、球体を形作る。

ひしひしと感じる強い何か。それが魔力だと心音が気付いた時、既に光は発射されようとしていた。


「やめ――」


二つの球体が大きな一つの光球になると、シュンッと音を立てて一直線に狼に向かっていった。

その速さは到底人間が追いつけるものではなく、悲惨な光景を想像した心音はギュッと目を瞑った。


「まったく。我がいないというのに、随分と派手にやっておるようだな?」


聞こえてきた声に心音はハッと顔を上げようとして、不意に激しく痛む腕に手が添えられる。

すると不思議なことに、徐々に痛みが引いていった。


「もう大丈夫だ、ココネ」


不意に心音の目の前が陰る。ゆっくりと視線を上げると、そこには愛しい人を見つめるように優しい眼差しを向ける、シャッテンの顔があった。


「どうやって……この場所が?」


「嫁のピンチに駆けつけるのは、旦那の務めであろう?」


「私は真面目に聞いて…!」


「我はいつでも真のことしか言わぬのだが……まあ、簡単なことだ。我はこの場所を知っておるし、そこにココネの気配がした。だから駆けつけた。な? 簡単であろう?」


先程までの緊迫した空気が嘘のように、柔らかいものに変わる。

これが人を魅了する「魔王」の力なのか。魔王の脅威を知るものは畏怖の念を抱いたかもしれない。

あるいは――一人の少女の為に、ここまでする魔王シャッテンに戸惑いを覚えたことだろう。


「そうだ、全さんは!?」


「あの犬のことであろう? それならば、ほら」


シャッテンに促されるまま振り向いた心音は、後ろで狼がシルバの隣に横たわっているのを見た。

遠目からでも怪我はなく、気を失っているだけだと分かる。


「そう…ですか……そうなんですね、ふふ」


「ん? なぜ笑う? まあ我は笑った顔が見られて嬉しいがな! ははははは!!」


自分勝手だが、どこか憎めない。それでいて頼りになるシャッテンに心音は微笑み返した。

シャッテンが来ただけで不安や恐怖が和らぐ。


(なんかヒーローみたい。魔王がそれってのも、なんか変な感じ。だけど……)


この場に似つかわしくない彼の明るい姿を、自然と心音が受け入れられたのはきっと、彼を魔王ではなく“シャッテン”として見ているためだ。


「さて――後は我に任せておけ。一瞬で終わらせよう」


表情の和らいだ心音の頭を一撫ですると、シャッテンはゆっくりとクロムを見据える。

対峙した二人の間に、どこか張りつめた空気が漂う。


「久しいな。クロムよ」


「……?」


無機質な瞳で、クロムは小首を傾げる。


「我のことも忘れてしまったか……愚かな」


低い声で吐き捨てたシャッテンは、心音を庇うように立つと邪魔だからと消していた二枚の黒き翼を、背に出現させた。天使の白い羽を闇で染めたような翼は、幻想的なこの空間には異質と言えた。


「そうなる前に何故、手を打たなかった? ……確かに“シューゴ”の願いはお前をここに留めておくことだった」


ピクッとクロムがその名前に反応を見せる。

それを見逃さなかったシャッテンは翼に黒い光を宿らせた。


「しかし決してそのような苦しみを一人背負わせるためではない!!」


「しゅう…ご…」


「ここにもうシューゴはいない! いつまでも“樹”に捕らわれているな!」


叫ぶと同時に、シャッテンの両翼が大きく開く。

そして一度羽ばたいたかと思うと、黒い羽根を飛び散らし、シャッテンはクロムとの間合いを一瞬にして詰めた。


「この大馬鹿者がぁ!!」


ドガッ! 胸倉を掴まれたクロムは抵抗することなく、シャッテンに殴られる。

胸倉を掴まれたままぐったりと、微動だにしないクロム。心音はふらりとよろめきながらも二人に歩み寄った。


「心配せずとも良い。気を失わせただけだからな」


(それにしては感情の籠った一発だったような?)


クロムをそっと横たわらせたシャッテンの横顔を疑惑の眼差しで見つめる心音。

しかし当の本人は熱い視線を感じる、と違う意味でドキドキしていたのだった。


「よ、よし。ではさっそく……」


シャッテンは一つ咳払いをすると、おもむろにクロムの服を脱がせ始めた。


「な、何やってんですか!?」


「あてっ」


引き締まった腹部がチラ見えした状態のクロムを見て赤面した心音は、思わずシャッテンの頭を叩く。


「な、何もやましいことをしている訳では無い。それに我はただ“コレ”を確かめたかっただけだ」


叩かれた箇所を摩りながら、シャッテンはもう片方の手でクロムを差し示す。


「え……」


言葉を失った心音の視線の先。クロムの腹部には淡い桃色の光が幾千にも重なり、複雑な文様を描いた刺青があった。それは色や形は違えど、先刻、心音の腕に現れたモノと酷似していた。

次にシャッテンは左腕の袖を捲る。そこには茶色の光で同じような刺青が静かに明滅していた――まるで呼吸するように。


「なるほど……」


「あの、これって…なんなんですか?」


シャッテンは答えることなく、意識の無いクロムと心配そうに見つめてくる心音を残し、大樹に歩み寄った。


「ココネ。其方の力が必要だ」


「え?」


「ここに来る前に言っただろう。其方にしかできぬことがあると」


どこか強い意志の籠った瞳で大樹を見上げていたシャッテンは心音の方を振り返る。だが、そこには不安そうな表情を一層曇らせた心音が自身の両手を握りしめていた。


「私に…本当に出来ることですか?」


「ココネ?」


「シルバも怪我して、シャッテンさんにも迷惑かけて……。やっぱりファイの言う通り、私は足手まといです」


自分の居場所がどんどん狭まっていくようで、そこが消えてなくなったら―――自分は一人ぼっちだ。

心音の中でそんな不安と恐怖が広がり、瞼を閉じた。

自分でもどうして今になってそんな事を悩むのか分からなかった。

けれど今、自分に力を求められている状況だからこそ、心音は不安に押し潰されそうになった。

脳裏に過ぎるのはファイの『ココネは何もしなくて良い』という言葉。


(ファイがそういう意味で言った訳じゃないのは分かってる。でも私は……自分のことを信じられないよ)


自分は非力だと、心音自身が自分に言い聞かせてしまっている。

だからこそ一度は頑張ろうと決意したにも関わらず、不意に胸中に不安が生まれれば、それは簡単に大きく、広がってしまう。

それが人の“弱さ”であり、人の持つ“心”が引き起こす現象と言えた。


(こんな風にうじうじと色々考える自分が嫌だって思っても、やっぱり自信なんて持てないよ)


きゅっと瞑った瞼に力を入れる心音に、シャッテンが静かに口を開いた。


「ココネはあの小僧のことが好きか?」


「え…」


「小僧だけではない。其方は、其方が大切にしたいと思う者たちを、好いているか?」


ゆっくりと顔を上げた心音の目の前には、真剣な黒の双眸をまっすぐに向けてくるシャッテンの顔があった。何か意味がある問いなのだろう。ふざけた様子のないシャッテンに心音も真剣に答えた。


「はい……クロムも、ファイも、ラルも大好きです。それにユーリさんやユキナさんたち、シャッテンさんのことも」


(それに――)


振り向きはしない。けれど心音は後ろにいる、大切な人の顔も思い浮かべた。


「なら、自分の好いているものたちを信じるが良い」


小さく息を呑んだ心音に、シャッテンが目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「ファイは確かに“何もしなくて良い”と言った。しかしそれだけだ。アヤツは一言も足手まといだとは言っていない。だから、自分が信じられぬというのなら……我を信じてくれないか?」


目の前に差し出された大きな手を前に、心音は小さく深呼吸をする。

思い出すのは幼いころ、同じように伸ばされた手を取った時だ。その時は何の疑いもなく、ただ純粋に受け入れられると思っていた。けれど結果として心音は裏切られ、心を閉ざした。

時間は進み、前を向こうとしても、過去というモノは必ずどこかで自分を苦しめる。しかしそれは同時に、過去と向き合い、また前に進むためのチャンスとも言えた。


(私にとって、今がそれなんだ)


心音は先程までクロムに感じていた恐怖と似たものを胸に、手を伸ばした。


「私……シャッテンさんを信じます」


心音が震えながらも、シャッテンの手に手を添えた。


「ああ。ありがとう、ココネ」


シャッテンは彼女の全てを受け入れる、と示すように優しくその手を握った。





ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


次回は少し長めにしようとおもっております。



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