ⅩⅣ ファームの秘密 Ⅱ
更新が遅れて申し訳ありませんでした!!
「このファームは五つのエリアにそれぞれの『扉』があるのだ」
(それって…ファイが開いたあの?)
心音の脳裏に浮かんだのはファイがウォルンティシーアを召喚した際に見た、大きな扉だった。
重厚で両開きの扉の重圧を感じるも、どこか澄んだ空気を纏っているような、なんとも不思議な感覚がしたことを思い出す。シャッテンはそれが正解だと小さく頷いた。
「先刻も言ったがファームは外と中で空間が違っている。その空間を形作っているのが扉の中に封印されている《守護獣》達の力なのだ。ココネが会ったウォルンティシーアもその一人だ」
「あの…守護獣というのは?」
「その名の通りファームを護っている召喚獣たちのことだ。
Ⅰの獣を総べる王者、Ⅱの地を駆け荒らす者、Ⅲの天かけし水神の者、Ⅳの額に輝く角を持つ者、Ⅴの大空を舞う風の者。
…どやつも昔この近辺で暴れていた魔獣でな。それを守護獣としてファームに封印したのが始まりだった。
彼等の一人一人が『神獣』クラスの力、それも人が考えているものより遥かに強大な力を持っていた為、守護獣たちは此処に封印されたのだ」
ファイを飲み込んだウォルンの纏う洗練された気には確かに『神獣』と呼べるほどの力を感じた。
今あの出来事を思い返すと、皆が無事だったことが奇跡のように感じられた。
「と、言っても獣たちが自ら封印されることを望んでいたのだがな」
「え。何でですか?」
「自らの強大な力を恐れて…というのが正しいだろうな」
暗い闇の中、小さな明かりだけを頼りに歩いていた心音は、不意に沈んた声になったシャッテンを見た。
「自分が恐ろしいと、思ってしまったのだろう」
シャッテンは目を合わせようとしなかった。
その横顔は酷く悲しんでいるような、傷ついているように見えた。
「……。シャッテンさんは怖くなんかないですよ」
小さく息を呑む音が聞こえる。
暗闇の中、二人しかいない空間で心音はシャッテンの手を優しく握る。
「私が思っていた魔王は冷酷で、残忍で、人には容赦がない。そんなイメージでした。
でもシャッテンさんは違います。優しくて温かい手を持った笑顔の似合う人です。他の人がどう思っていても、私はシャッテンさんのことをそういう人だって思っています」
誰にだって他人に話せない悩みの一つくらいある。
心音もクロムたちに言えていない『過去』がある。だからこそ、シャッテンの横顔に少しでも力になりたいという想いが沸き上がった。
「ココネ…」
温もりのある小さな手。その暖かさにシャッテンの心が少し軽くなった。
「其方は…やはり眩しいな」
「そんなことないですよ。私なんて悩んでばかりで、いっつも迷惑ばかりかけてしまって…」
「謙虚なのだな。…そこがまた良いのだがな!」
調子を取り戻したようにシャッテンが豪快な笑みを浮かべる。それを見た心音も嬉しそうに微笑んだのだった。
「すまない、話が逸れてしまったな。
―――このファームは元々召喚獣を育てるのに適していない土地であった。そこで“初代”ファームの主は守護獣たちにファームを護り、力を与えて欲しいと頼んだ。
封印されることに異論のなかった彼らは封印され、ファームはふさわしい土地へと変わった。
だがファームの主は一生封印されたままでは守護獣たちが可哀相だと思い―――《鍵守り》を用意させた」
(前にクロムがファイのことをそう呼んでたっけ)
「あの鍵守りって…何なんですか?」
続きを促すように見上げた心音に、シャッテンは視線を向ける。
「鍵守りは『神獣と契約した者』のことだ。彼等は守護獣たちと契約することで守護獣たちの力を「召喚魔法」として使うことができる。
守護獣たちはそうして、ファームを護るために外へは出られぬ身なれど、世界に出現できるというわけだ」
「つまり…鍵守りは守護獣たちの分身のような存在なんですか?」
「分身、か。良い表現だな」
フッと表情を和らげるシャッテンだが、心音の浮かない表情に首を傾げる。
「どうした?」
「…守護獣たちがいなければこのファームが保てないからって、いくら分身でも鍵守りの命を引き換えにして現実世界に守護獣たちを召喚させるなんて酷すぎます!
そのファームの主が守護獣たちを想っての行動だったとしても、私は…納得できません」
(守護獣たちにはそれで良いのかもしれない。でも鍵守りはそれで命を落としてしまうなんて、それじゃあただの生贄だよ。ファイだって…死にかけた。私はもうあんな思いしたくない!)
きゅっと胸元で拳を握る心音に、シャッテンは益々首を傾げた。
「命と引き換えだと? 何を言っているんだ、ココネ?」
「え…。だって、ファイは自分の命…正確には魔力を引き換えにしてウォルンティシーアを召喚しました。でも何とか引き換えにすることなく、ウォルンから取り戻すことが出来ましたけど…」
そこまで言って心音はシャッテンの表情に息を呑む。今まで見た事も無いほど険しい眼差し。それが向けられているのは暗闇の先―――クロムがいるであろう場所だった。
「奴は『第三の鍵守り』だった…。だがもしも急を要するあまり不完全な契約となってしまい、その反動であってはならぬ取引が行われてしまった。あるいは…ファーム自体に何らかの変化が起きている?」
独り呟くシャッテンに声を掛けようとして止めた。
(分からないけど…。シャッテンさんの知っているファームの情報と私の知っていることに食い違いがあるみたい。やっぱり…全てはクロムが知っているのかも。考えてみれば、私ってクロムについてもファームについても良くは知らないんだよね)
人間というものは親密になればなるほど相手についての情報が知りたくなるものだ。
クロムに家族はいるのか。どうしてこのファームをやることになったのか。聞こうと思えば簡単に出来ただろう。
けれど心音自身も伝えていないことがある。その後ろめたさから気になっても、聞けずにいた。
(それも…信じきれてないってことなのかな)
いつも突き当たる壁。それを乗り越えようとしてはいるものの、心音には具体的な方法がまだはっきりと解っていなかった。
(うん、悩んでも仕方ない。今はクロムを助けないとね!)
きっとクロムに会えば自然と言葉が出てくる。そんな思いを胸にシャッテンを見たその時、心音は自身の横で空を切る音を聞いた。
(なんだろ? まるで鞭を上から振り落としたような…)
ゆっくりと上を見た心音はサッと血の気が引くのを感じた。
そこに広がっていたのは暗闇の中を蛇のようにうねうねと蠢く何か。既に心音たちの真上はその何かによって埋め尽くされていた。
小さな明かりで分かるのは、それが茶色に似た色をし、肌が木の表面のようにザラザラとしていることだけだ。
「し、しゃってん…しゃんっ」
上擦った声と共に手を引かれたシャッテンは少し嬉しそうに心音を見る。しかし青ざめた彼女が指さす方を見上げて目を丸くする。
「おっと…」
「なんですか、その、やっちまったみたいな声は!?」
心音の声に反応するように、蠢いていたものが一斉に動きを活発化させる。その気持ち悪さに「ひっ!?」と小さく悲鳴を上げてしがみ付いてきた心音の背を支え、シャッテンは冷静に周りをみつめる。
「うむ…。ココネ。」
「は、はい?」
「走るぞ」
「え……えぇ!?」
駆け出したシャッテンに手を引かれ、心音も遅れて駆け出す。すると蠢いていた物たちが一斉に心音達に狙いを定め、襲って来た。
―――ドオオオォン!
「きゃあ!?」
黒い床を貫くように蠢いていた物が、先刻、心音たちのいた場所に突き刺さる。振り返った心音がそれを確認すると、蠢いていた物の正体は木の根だった。
「な、なんで木の根っこが私たちを襲うんですか!?」
走りながら叫ぶ心音の真横を、また音を立てて木の根が突き刺さる。
「先程言い忘れていたが!『扉』を護るのは守護獣と鍵守りだけではない! 大本の、守護獣を管理し、彼らを取り締まるモノこそ今目の前におる樹の者なのだ!」
樹の根が突き刺さる音に負けなぬよう声を張り上げるシャッテンについていくのがやっとの心音。
「こやつらは言わばこの場に入りし異物を除去する者だ!」
(それって白血球みたいなものってこと? じゃあ、この根っこは私達を…)
ドォン!と新しく出来た穴を見る。地面である黒い床に減り込むように木の根が突き刺さり、もしそこに人がいたならば命はなかっただろう。
「話しに夢中で気付いてなかったが、すでに此処は中枢付近。樹が過剰に反応しておるのだろう。だが、逆に考えるならば…」
「クロムは近くにいる!」
力強く頷いたシャッテンに心音も頷き返す。
交差するように右から、左から、はたまた上から、下からと容赦なく根が心音たちを襲う。
シャッテンの上手い指示のもと、心音は走りながらも襲い来る根を避ける。
「“炎よ!”」
時にはシャッテンが呪文を唱え、根を一層したりと、二人は走り続けた。しかし、いくら炎で根を消そうとも次から次へと新たな根が現れる。
そして問題はもう一つ。暗闇の中、シャッテンの魔法で明るくなっているのは彼らの周りのみ。後ろはおろか、先すらもぼんやりとしか把握できなかった。
(どこかに出口はないの?―――クロムっ!!)
シャッテンに手を引かれながら駆けていた心音は、迫る根の音にハッと振り返る。
「危ない!!」
「うお!?」
前方の根を相手にしていたシャッテンは振り返ると同時に温かな手に押され、地面に倒れ込む。
「ココ…っ?!」
すぐさま起き上ったシャッテンは目に入った光景に息を呑む。
樹の根に囲まれるようにして倒れ込む心音は頭から血を流しているように見えた。ピクリとも動かない彼女に周りの根たちが徐々に迫っていく。
「ココネ!!」
ドクンッと跳ねた鼓動に駆け出すシャッテン。しかしそんな彼の腕や足に今まで襲い掛かってくるだけだった根たちが絡みつき、足止めをする。
「放さぬか!このっ!!」
炎の魔法を駆使し根を引きちぎるも、その度に新たな根がシャッテンに絡みつく。
(まるで我だけを此処に留めておきたいかのようだな…!)
人間などに興味はない。しかし、彼女だけは違う。
(魔王を庇う奴があるかっ…バカ者!)
自信の力を過信していたわけではない。
けれど、心音を護ることくらい自分になら容易いことだとは思っていた。しかし実際にことは起きてしまった。
目の前で、樹に阻まれただけの距離で、大切なモノを失ってしまう。その恐怖にシャッテンの白い顔が青ざめてゆく。
(我は魔王だ。人のことなど…気にも留めん。だが…お主だけはっ!)
こんな気持ちになるのは初めてだ。
そう心の中で呟いたシャッテンの顔は『人間』の、誰かを想う時のモノだった。
だが、樹の根は嘲笑うかのように心音の体に巻き付いていくと、地面の中に引きずり込んでいく。
「っ―――ココネ!!」
魔法を諦め、素早く出現させた剣で何度も切り刻み脱出を試みようとするも、シャッテンを逃がすまいと何本もの根が行く手を阻むように突き刺さる。
(くっ、このままでは!!)
吸い込まれるようにどんどん地面に埋まっていく心音を前に、シャッテンがままならない感情を声にして上げようとした次の瞬間―――光が一閃、彼の横を通り過ぎた。
あまりの速さに瞬きも忘れたシャッテンが見たのは、心音と共に地面の中に消えていく『銀色の光』だった。
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