Ⅷ 勇者と白髪の姫君 Ⅰ
「つうか、話が脱線し過ぎなんだよ!誰だよ、いきなり斬りかかった奴!!」
逆ギレしたファイが叫べば、ユキヤが悪びれた様子もなく「はーい」と手を上げた。その態度に血管がブチッといってしまいそうなファイに、ユーリとシャッテンが近づく。
「気にするな、小僧」
「そうだよ、気にしないでファイ君」
「なんか…お前らに言われるのが一番ムカつく!」
ニコニコと晴れやかな笑みを浮かべ両側から肩を叩いてきたシャッテンとユーリの慰めの言葉に、ムッとしたようにファイは二人を睨んだ。
(良かった。ファイ、立ち直ったんだね。…なんで落ち込んでたのか分からないけど)
からかうユーリとシャッテンから逃れようと声を荒げるファイの様子に心音がほっと息を吐くと、そこでユキヤが口を開いた。
「ともあれ此処での戦闘はもうしないよから安心してくれ、お嬢さん」
そう言いつつ、さり気なくユキヤの手は心音の肩に触れたままだった。
「はい、ありがとうございます」
心音はニコッと笑みを浮かべると肩に置かれたユキヤの手の甲を抓りつつ放し、距離も取った。
目の端ではファイをからかうのを止めたシャッテンが魔法により自身の服に付いた血を落とし、破けた部分は再度構築させていた。
その様子をずっとユキナが見つめていることに心音が気付く。
「あの…ユキナさん?」
「……。」
反応がないユキナに心音がもう一度話しかけようとした時、
「で、話戻すけどさ…どうすんの?卵、一つしか無いんだろ?」
「あ、はい…で、でも今から探しに行けばもしかしたら―――」
心音が必死に失態を挽回しようと試みるも、それはユキヤの鋭い言葉に遮られる。
「“でも”とか“もし”とか言って探したとしてさ、見つからなかったら?」
「っ!…それは」
「それはない。必ず、見つけ出してくるさ」
言いよどむ心音を庇うように立ったファイがそう断言する。それは比喩ではなく、本心からだとファイの目を見て気付いたユキヤは溜め息を吐く。が、すぐに苦笑を浮かべた。
「呆れるくらい諦めの悪い奴だったんだな、お前」
「側に俺より諦めが悪くて、一生懸命なやつがいるからだよ」
「え?誰の事?」
ファイとユキヤの視線を一身に浴びても気付かない心音にシャッテンとユーリが堪らず噴き出した。
「まあ、それは俺も分かるかな」
「うむ。分かりやすいからな」
「え?え??」
シャッテンとユーリにまで見つめられた心音は不思議そうに首を傾げるばかりだった。
「じゃあ、とりあえず俺は心音が見つけたって言う実を見に行ってくるよ」
(あ、じゃあ案内をした方が良いかな?)
心音がそう思い声を上げようとすれば、それより先にシャッテンがファイの肩に手を置き、もう片方の手で自身の胸を叩いた。
「ならば案内は我がしよう」
「は?別に場所さえ教えてもらえれば俺一人で―――」
「ココネはその者たちと共に探すが良い」
「人の話聞けよ!」
ファイとシャッテンのやり取りに困惑した表情を浮かべるしか出来ない心音にユキヤが笑みを浮かべる。
「それは良いな!俺は野郎より、女子と一緒の方が嬉しいからな!」
(よくもまあ清々しくそんな事を言えるな…)
呆れを通り越して関心すらしてしまったユーリとは対照的に、ファイはムッとした表情を浮かべて反論しようとした。
だがそれをシャッテンが制し、顔を寄せた。
「我はともかく、奴等は此処を熟知してはおらぬ。ならば、良く知る者が側にいなくては何をされるか分からぬぞ?」
「んなこと言ったって、ココネだって此処にきてまだ数か月だぞ?!確かにファームで剣を抜く奴だから監視は必要だろうけど……ココネをアイツと一緒に行動させる事の方が不安だ」
小声で本音を吐露するファイにシャッテンは何か言いたげな目でジッとファイを見た。と、そこでふと先程から会話には入らず心音を見つめているユーリに気付くと軽く拳を打った。
「では、あの赤毛の小僧をココネの側に付ければ良い」
「は?」
シャッテンとファイは同時にユーリを見る。
「え、何…」
背に鋭い視線を感じたユーリは恐る恐る振り返り、ジッと見つめてくる二人に冷や汗を流しながらもとりあえず微笑み返しておいた。
その様子にファイは一つ頷き、シャッテンも頷き返した。
「じゃあ、私はユキヤさんとユキナさんと一緒に探しに行けばいいのかな?…でも、お客さんにそんなことさせていいのかな?」
未だ笑みを張り付けたまま固まるユーリの横で心音が不安そうにユキヤとユキナの方を向く。
「良いって良いって。俺たちは召喚獣を求めて此処に来てるわけだし、あるかもしれないんだったら一緒に探すよ。それにファームを荒らしちゃったお詫びも兼ねてるからさ」
気にすんな。と笑みを浮かべるユキヤに少し見直したと心音が微笑を浮かべた時、歩み寄ったファイが待ったを掛けた。
「ココネはその二人と、あとコイツと一緒に探しにいけ」
「コイツ呼び?!俺の方が年は上なんだけどな…しかも十一も」
ファイに背を押されたユーリはショックのあまり少し涙を目に浮かべる。しかし、その後のファイの言葉に気を引き締めた。
「あのユキヤって奴がココネに何もしないように護ってくれ。頼んだからな……ユーリ」
「!!!」
驚いてファイを見たユーリは彼の頬が照れたように赤くなっていることに、頼られたことは勿論のこと名前で呼ばれたことへの嬉しさを隠すことなく小さな声で返事をした。
「任せてくれ。俺はこれでもヒガミヤ騎士団長だ、絶対にココネちゃんは護る」
グッと親指を立てたユーリに同じように親指を立てたファイは視線だけで会話をした。
「えっと…じゃあ、ユーリさんもよろしくお願いします」
「うん、精一杯頑張るよ」
頷くユーリに心音は感謝の意を込めて微笑み返すと、ファイに向き直った。
「まだ探してないのってどこ?」
「昨日第一、第三、第四は調べて、今朝は第五。残るは…」
「第二エリア。じゃあ、そこを探せばいいんだね」
「おう。」
ファイに頷き返した心音はユキヤたちを振り返ると力強く拳を握った。
「では、召喚獣の卵を求めて…出発!」
「「おー!!」」
先程までの殺伐とした空気を祓うかのように心音が掲げた拳に合わせるように、ノリ良くユキヤとユーリも自身の拳を掲げれば、ファイが苦笑する。
「浮かれすぎて迷うなよ」
「だ、大丈夫だよ!第二エリアは第一エリアみたいに木がある訳じゃないから!」
「ならいいけど。…じゃあ、俺らも第一の実を確認した後第二に行くから。そしたら休憩な」
「分かった」
心音の返事にファイはシャッテンを連れて第一エリアの方へと歩いて行った。
「じゃあ、私達も行きましょうか」
「そうだね」
二人を見送った心音が歩き出せばユキヤとユーリも歩き出す。
しかし、心音は一歩も動いていないユキナに気付くと歩みを止めて振り返った。
「ユキナさん?…やっぱり、お客さんを探しに行かせるのは間違いですよね」
心音が申し訳なさそうに眉尻を下げてユキナに近づく。
「でも皆で探せば、私やファイだけで探すよりも早く見つかると思うんです。何より人数が増えれば気付くことも多くなります。見逃していた場所にある実をもしかしたらユキナさんが見つけるってこともあるかもしれないですし…!」
(なんて、言い訳でしかないのかな)
用意できていなかったという事はファームの信用を落とすことになる。
そんな失態を棚に上げてつもりは無いが、今の行動はそう取られてもおかしくない状況だった。だからこそ、ユキナが動こうとしないのは自分たちに対して怒っているのではと考えた心音は必死に言葉を続けた。
「だから…一緒に探していただけないでしょうか?お願いします!」
深く頭を下げる心音の姿にユキヤとユーリは言葉を失う。しかし、ユキナは何の反応も示さなかった。
「っ…ごめんなさい、ユキナさん。…あのっ、強制するつもりもないですし、良ければ家の中で待っていただいても!」
心音がユキナの沈黙に耐えきれず、彼女の手を引いて家の中へと案内しようとしたその瞬間。
「触らないでっ!!」
パシンッと乾いた音が響き、心音の手に痛みが走る。どんどん赤みを帯びて行く自身の手を見た心音は驚きのあまりユキナを見つめることしか出来なかった。
「ユキナ!!」
「っ!!」
咎めるようなユキヤの鋭い声が響き、ユキナはハッとしたように目の前を見た。そこには目を見開いたまま呆然と赤くなった手を押さえて自分を見つめる心音の姿があった。
「わた、しっ…ごめんなさい!」
自身の掌に感じる何かを叩いたかのような小さな痺れに自分が何をしたのか悟ったユキナは慌てて口元を両手で押さえた。
「ココネちゃん、大丈夫?」
「あ…は、はい!大丈夫です!」
慌てて駆け寄ってきたユーリに手を優しく掴まれ、心音は我を取り戻すと大きく頷いた。
「悪かったな、お嬢さん。…ユキナを責めないでやってくれ」
ユーリが心音を支えるように、ユキナを支えるように肩に手を回したユキヤが懇願するような瞳で心音を見た。
「それは気にしてません。…それより、ユキナさん」
「っ…!」
どんな責めの言葉を言われても受け止めるときつく目を閉じるユキナに、心音はふっと肩の力を抜くとユキナの手を握る。ビクッと肩を揺らしたユキナは恐る恐る目を開けた。
「ごめんなさい!」
「えっ…?」
驚くユキナの目の前では心音が深く頭を下げていた。
「こんな事で許してもらえるなんて思ってないです!でも、召喚獣を求めてきたのにそれがなくて、挙句に一緒に探させられるなんて…本当なら手ではなくて頬や顔に一発平手を食らってもおかしくないくらいで…!」
頭を下げたまま話す心音に誰もがポカンと目を瞬かせていると、心音が顔を勢いよく上げた。
「だけど、此処はとっても良い所なんです!
管理人の…えっと今はいないんですけど、クロムはちょっと抜けてる所はあるけど召喚獣や私達にも優しくて、一番ファーム想いで!
ファイはつんけんした態度だし、年上相手にも容赦がないし、たまにムカつくところもあるけど…人一倍家族想いでたまに自分が傷ついたりするくらい優しすぎて!
ラルはクロムの召喚獣で、ペットは飼い主に似るっていうくらいおっとりしてるけど、困ってる時は進んで手を貸してくれて!…皆、みんなとっても良い人達なんです!」
頬を赤らめてまで熱の入った心音の言葉に、いつしかユキヤもユーリも聞き入っていた。
「だから…怒るのは無理ないと思います。それでも此処だけは!…ファーム・クロムだけは嫌いにならないでくれませんか!?」
ユキナを真っ直ぐに見つめて心音は言う。
瞳を潤ませて、此処が自分にとってどれだけ大切で、温もりを与えてくれる場所なのかを。
「貴女は…?」
「え?」
「貴女のことはまだ何も分かっていませんよ、ココネさん」
「あ、わ…私は」
ユキナの問いに心音は言葉を詰まらせた。けれど直ぐに苦笑を浮かべる。
「私は…いつも人のことを疑って、信じることが出来なかった。いえ、怖かったんです…信じて裏切られるのが。だから私はクロムみたいに優しくもなければ、ファイみたいに強くもない。
何にも役に立たなくて、いつも助けてもらっている側に人間なんです」
「……。なら、どうしてそこまで此処を弁護するのですか?」
ユキナは目を反らすことなく見つめてくる心音の瞳に引き込まれるように見つめ返した。
「私が此処に来て日は浅いです。…でも、此処が大好きだから」
愛おしげなものを想い浮かべた時の自然な笑み。
それを容易く浮かべた心音にユキナは息を呑むと、小さく笑みを零すと肩に置かれたユキヤの手に触れた。
「貴方の独断で此処に召喚獣を依頼しようとした時はどうなる事かと思いましたが…今回ばかりはユキヤ様の行いは正しかったようですね」
「それだと、普段の行いが相当悪いみたいに聞こえるんだけど?」
「事実ですから。仕方ありません」
顔を覗き込んできたユキヤに「ふふっ」と自然に笑みを零したユキナ。
その表情にユキヤは言いようのない嬉しさを感じた。
「と、いうか…すごいな、お嬢さん」
「え?何がですか?」
心底不思議そうにする心音にユキヤは呆れたように肩を竦めた。
「だって、勘違いからよくそこまで熱く語れるよな。関心しちゃうぜ」
「え…勘違い?!」
ユキヤとユキナに苦笑を向けられ、未だにどういう事か理解していない心音にユーリが口を開いた。
「たぶんだけどさ、ユキナちゃんはココネちゃんの態度に怒ってた訳じゃないよ?」
「え?」
「あと…ファームにも彼女は怒ってないと思う」
「えぇ!?」
驚愕から大きな声を上げてしまった心音は自分を見つめ何度も頷くユキナに気付き、途端に顔を真っ赤に染めた。勿論、恥ずかしさゆえだ。
(嘘!?ユキナさんはファームの対応や私に対して怒ったから手を叩いた訳じゃない!?…人の顔色を読んだりするの得意だと思ってたのに!!恥ずかしぃ~!!)
真っ赤に染まった顔を両手で覆うとしゃがみ込んでしまった心音に、ユキナが口を開く。
「でも…ココネさんのファームへの愛情は確かに伝わりました。それに……アナタの笑顔で少し気が楽になった気がします」
「へ…何か言いましたか?」
「いいえ、何も」
ユキナの小さな呟きを聞き取れなかった心音が首を傾げた時、ユキヤがユキナに目配せをした後、心音に手を差し出した。
「ユキナが言ったのは、例え見つかったとしてもどれくらい時間がかかるか分からないだろうってことだよ」
「た、確かに…時間は分からないです」
心音がしゃがんだままユキヤを見上げ伸ばされた手を借りて立ち上がれば、その隣でユキナが顔を伏せた。
「…私達には時間がないんです」
「どういうこと、ですか?」
深刻な顔つきに変わったユキナに代わり、ユキヤが心音の問いに答える。
「勝手に戦闘を始めた俺も悪いとは思っているけどさ…俺たちはそんなに此処で待っていられるほど時間がないってこと」
(時間…?)
最後の台詞だけを小さな声で呟いたユキヤだったがハッキリと聞こえた心音は首を傾げる。それはユーリもだったのかユキヤに視線を向けた。
「戦いが始まるのです」
皆の視線を受け、どう説明したらいいのか、此処にいる人たちに言って良いのか。と葛藤を見せるユキヤに代わり、彼の隣で意を決したようにユキナがそう言った。
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