Ⅶ 魔王vs勇者…vs?
「魔王シャッテン・フェルカー。それは私たちが倒すべき相手である魔族の頂点に立つ者の名です」
シャッテンとユキヤが対峙する中、心音達の元に歩み寄ってきたユキナがそう言う。
彼女もまた初めて出会った時の柔らかさは消え、今は感情の無い…いや、そう見せかけた静かな怒りと憎しみを滲ませた表情でユキヤたちを見つめていた。
「それって…敵、ということですか?」
「そうです」
「それでも、いきなり剣で襲い掛かるなんて!」
「あんな傷では魔王は死にませんよ?」
まるで残念がっているかのように冷静なユキナの声に心音はぎゅっと胸元を握りしめるとシャッテンを見た。そこには先程受けた傷を気にした様子もなくユキヤから繰り出される剣撃を避け続けるシャッテンの姿があった。
「魔族とは私達の世界では約千年以上も前の時代から敵対している種族です。彼らは人間を脅し、慄かせ、最後には…殺す」
「っ!!」
ユキナの言葉にユーリと心音が息を呑む。しかしファイはその事実を知っていたかのように冷静な態度でユキナを見つめていた。
「大量虐殺という言葉をご存知ですか?」
「えっ…」
突然尋ねられた心音は返答が遅れてしまう。
ユキナはそれには構わずに心音から視線をユキヤたちに戻すと低く言葉を紡ぐ。
「私の国は王である我が父により何とか国を保たせているも、隣国では火の海は当たり前、血の海はそれ以上に週間化。そう言って良いほど多くの命が奪われました。そして我が国でも…犠牲になった村や町は一つではありません」
ユキナの悲しい双眸は、ユキヤだけを映すかのように彼に釘付けになる。
「ユキヤ様の出身地であったセリアダ村もその一つ。五年前、セリアダ村は…消滅いたしました。」
その言葉に誰もが言葉を失う。
「ユキヤ様はたった独り。生き残った御方なのです」
それまでの話はどこかお伽話の世界のように自分の中で理解が追いつかずにいた心音。しかし、消滅という言葉に、先の話よりも重い事だけは伝わった。
命が消えることと、家や家族がそのままの形をしたままで一瞬にして無となること。
消滅とは、死んで動かなくなった体がそこにあることと同じ悲しみだろうか?心音はそう自分に問いかけ…“否”と答えた。
家族や友人の死体を見るだけで辛く悲しいと思うこととは訳が違う。消滅するとは何も“残らない”ということだ。
自分の知る全てが、家の温かさや家族の笑顔や友人の笑い声が、一瞬にして消える。自分の手の届かない場所に、自分の目の前には“無”しかない
それは悲しみがどうこうと言う以前に…何の感情も“抱けない”のではないだろうか。
もし自分が――――その先を考えようとした心音は恐怖で手が震えた。
(自分が独りだって、ユキヤさんは気付くまでにどれくらい掛かったんだろう)
狂喜に満ちた笑みを浮かべるユキヤの剣をシャッテンは次々と避けてゆく。
(復讐ってことなのかな。それって、すごく…悲しいよ)
心音はその光景に胸を痛めた。
「こんな所で会えるとは思わなかったよ、魔王!!」
ユキヤは笑みを浮かべたまま再度、シャッテンに斬りかかった。
目にも留まらぬ斬撃はシャッテンの腹部を一直線に狙い、シャッテンの体が後方に飛ぶ。
「ぐはっ…」
地面に投げ出されるかのようにして倒れたシャッテンは先程の傷口の痛みと腹部の痛みからか吐血し、それきり動かなくなった。そんなシャッテンに目を向けた心音は小さく悲鳴を上げる。
「っ!?―――シャッテンさんっ!!」
「下がれ、ココネ!」
青ざめた心音がシャッテンに駆け寄ろうとしたがそれをファイとユーリが立ちふさがるようにして止める。二人の手には既に剣が握られ、心音を護るように二人は構えるとユキヤに集中していた。
「アイツ、さっきとは全く別人みたいに鋭い殺気を放ってる。今目の前に飛び出したら斬りかかられるぞ」
「でも…!」
ファイの言葉にユキヤに目を向けた心音は、彼が笑ったまま剣を手に地面に横たわるシャッテンにゆっくりと歩み寄っていた。
「今飛び出したらココネちゃんの方が大怪我をしてしまう。俺は騎士だ、領民を護るのが役目。それを理解してくれないかい?」
ファイはファームを護る守護者、ユーリもまた民を護る騎士。
二人の行動や言動一つ一つが自分を護るためだということは心音も理解していた。しかし、それでも怪我をしているシャッテンを前に何も出来ない事を歯がゆいと、心音は唇を噛みしめる。
(もし、シャッテンさんがユキナさんの言う通りの種族でも…こんなの酷いよ!)
「心配せずとも良いぞ、ココネ」
いつの間にか目元に浮かんでいた涙を救うように白くしなやかな指が心音の目元に伸ばされる。それに驚き振り返った心音は目を丸くするとその人物を見つめた。
「シャッテン、さん…?」
「ははは、何だ?まるで幽霊でも見ているかのような顔だな。まあ、それも可愛いらしいがな!」
カッカッカ!と時代劇風に高らかに笑うシャッテンに心音は驚愕の目で彼の顔と体を交互に見た。だがそれは心音だけではなく、彼女を護るように立っていたファイとユーリも驚き振り返ればシャッテンを見つめた。
「だ、だって…さっき!」
「ああ、これか?」
心音が震える手でシャッテンの体を指させば彼が待ち上げた服の下には時間が巻き戻されているかのように大きな傷が自然と塞がっている様子があり、その下では先程受けた一撃の痕だろう腹部の青痣も元の白い肌に戻りつつあった。
「我は不死身の魔王であるからな。どんな攻撃が来ようとも、こうして何事も無かったかのように元通りという訳だ!はっはっは!!」
無邪気に笑い、心音の頭を撫でるシャッテン。しかし心音の拒絶や喜び(ないとは思うが)など何かしらの反応を期待していたのだが、いくら待っても何も返答の無いことを訝しみシャッテンは心音の顔を覗き込む。
「ココネ?」
「何が“元通りという訳だ”ですか!あんなに血だって流れてて…どれだけ心配、したと…っ!」
怒る心音の目からつうっと涙が零れる。
「死んじゃったかと、おもっ…ぐすっ」
それを見た途端シャッテンを始めファイやユーリもぎょっと目を見開き、焦りを見せる。
「コ、ココネ? 我は無事ぞ? あやつの剣などそこの赤毛の小僧よりは確かに腕はあったが、我には通用せんくらい弱っちいものぞ? だ、だから…その、泣くでない」
「俺に対しての悪口は聞かなかったことにします。えっと、ココネちゃん泣かないで?……じゃないと俺がシルバに殺される」
シャッテンはしどろもどろになりながらも心音を慰め、ユーリは笑いながら心音に接し最後の一文だけを小さく呟いた。
そんな二人に心音は一気に緊張が解けたかのように止まることを知らない涙を手で拭い続けていた。
「何、この空気。あれが魔王?――――ふざけるな!!」
先程までの殺伐とした空気を緩和するかのような心音の涙に、楽しみを取られた子供のように笑みを消したユキヤが剣を手に一気に距離を縮めた。
その剣先が向けられたのはシャッテン――――だと思われた。
「危ないっ!!」
しかし、シャッテンに斬りかかろうとしたユキヤとシャッテンの間に立っていたのは―――心音。
シャッテンに執着するあまり周りを気に掛けていなかったユキヤは勢いに任せ振り上げた剣が目的の人物ではなく、無関係な少女を斬ろうとしている事をユーリの厳しい声により理解した。
だが既に剣は驚き振り返った心音の眼前。ユキヤもシャッテンも誰もが心音の悲痛な姿を想像した。
「ふざけるなだって? それはこっちの台詞だ」
――――キイィン!!
銀色の剣と金色の剣がぶつかり合う音が響き、誰もが息を呑む。
心音は恐怖で瞬きすら忘れた瞳に映る鮮やかであり繊細な金糸のような髪をした少年の名を呆然と呟く。
「ファイ…?」
心音の声に誰もがファイと剣を交わらせるユキヤを見た。
不死身の魔王と言えどあそこまでの傷を負わせた銀の剣は震えるほど力が入っていた。が、対する金の剣は微動だにすることなく打ち付けられたような形をしているというのに銀の剣を軽く受け止めていた。
「客だからと、シャッテンだからと、静観していたのが間違いだった」
剣を交えたまま、ファイはそう呟くとユキヤの剣を押し返す。
勇者であることもそうだが、体格から言ってもユキヤの方が優勢であるはずだった。しかし今目の前で起こっていることは偽りなくファイの方が優勢だった。
「魔王と勇者なんてものは関係ない。此処を何処だと思っている。此処はファーム・クロム、召喚獣を育て売る場だ。何人たりとも此処で争う事は許されない」
「くっ…!」
ファイは表情一つ変えずにユキヤの体ごと剣を押して返す。その力の強さにユキヤは荒い息を吐く。
(っ…なんて、力だ!?こんな小さな身体の何処にこんな力が!!)
「俺はファームを守護する者。契約に従い、剣を抜き挙句ファームを血で汚した者に―――制裁を下す」
「くぁっ!!」
最後の一押しとばかりにファイの剣がユキヤの剣を弾き飛ばす。その反動で尻餅を着いたユキヤの後方で飛んでいった銀の剣が地面に突き刺さる。
それを拾おうと立ち上がろうとしたユキヤの喉元に、チャキッという音を鳴らし金色をした剣先が突きつけられる。
「お前…性格変わってないか?」
「……。」
冷や汗を流しながらも口元に笑みを浮かべ見上げてくるユキヤに、ファイは冷たい視線で射貫く。
「制裁は…お前の死、で良いな」
「一択で、しかも決めつけかよ」
苦笑するユキヤにファイは感情の無い瞳を向けると一度剣を手元に戻し、心蔵を貫こうとするかのように構えた。
「はっ!!」
だがその一瞬の隙を付き、ユキヤはアクロバティックな動きを見せると後方の剣の元へ駆け、それを手に取るとファイに向けて構えた。
「魔王に会ったことで我を忘れてたのは認める。けど、今のお前…さっきまでの俺と同じ目をしてると思うぞ?」
「黙れよ。」
静かな怒気のある声にユキヤの全身がぞわぞわと鳥肌立つ。
剣を向けた先から伝わってきたのは殺気。それも今まで自分が相手にしてきた魔族なんかよりももっと鋭く、一度感じてしまえば二度と離れないような恐ろしいもの。
そう認識したユキヤにファイは続ける。
「復讐を考えるなとは言わない。だけどな……ココネを泣かせた奴は絶対に許さねぇから!!」
「「「………。」」」
どんっ!と効果音が付きそうなほど大きな声で宣言するファイに誰もがぽかんと口を開けたまま動けなくなる。その心中は皆同じく「え?それが理由で怒ってるの?」…だった。
だが一人、名を呼ばれた心音だけは嬉しいような、くすぐったいような気持ちで顔を赤らめていた。が、一番は…今この時にいう事ではない。ただそれだけを思い、恥ずかしさに顔をもっと赤らめた。
「うむ…。良かったな、愛されているぞココネ」
「うん…。良かったね、ココネちゃん」
「えっと…おめでとうございます、ココネさん」
近くにいた全員に肩をポンッと叩かれ、心音は益々顔を赤らめた。
(何これ!?すっごく、恥ずかしいんですけど!!)
もはや湯気でも出そうな心音とは裏腹にファイは真剣な眼差しでユキヤを睨みつけていた。
(えー…マジで怒ってるよ。…ってことは、やっぱりあの子がコイツの?)
先程まで感じていた殺気が可愛い物に思えてきたのか、ユキヤは剣を鞘に納めるとファイに手を伸ばした。
「悪かった。確かに無関係なこの場所で争いは良くないよな。帰って元の世界で決着をつけることにするよ」
ユキヤはユキナを見る。
その視線を受けたユキナは隣に立っていたシャッテンを見上げた後、ユキヤの方に顔をむけ静かに一つ頷いたのだった。
だが和解の握手を求められたファイは怒りが収まらないのか、中々剣を手放そうとしなかった。そこへ少し赤みの引いた心音がファイに駆け寄る。
「ファイ!…あの、私はもう大丈夫だから」
「ココネ…」
「うん。護ろうとしてくれてありがとう、ファイ」
心音がお礼を込めてファイの手に触れれば、そこから熱を帯びたようにファイは頬を朱に染めると王剣シツァン・リーブルを光に変え空に溶けさせるように消した。
そしてその手でユキヤの握手に応じたのだった。
「ま、まあ…女を護るのは男の務めだからな」
ユキヤとの握手を終えたファイは頬を染めたまま顔を背けて言う。そんなファイに心音は嬉しそうに笑った。
「うん!家族は助け合いが肝心だもんね!」
「えっ。」
心音の言葉にファイの脳内では教会の鐘が幾つも鳴り、頭の周りで小さな天使がラッパを持って飛んでいた。
(つまり…そう言う事だよな?だって、さっきココネは俺の事……好きって言ったし)
嬉しそうにしたり、考え込むように難しい顔をしたりと百面相するファイ。しかし、その未来予想図は容易く崩壊することになる。
「私もいざとなったら家族であるクロムやラル、勿論ファイのことも護るからね!」
「え…?」
「ん?」
何だか会話が噛みあっていない。
お互いにそう感じたからか二人は同時に首を傾げる。そこへユーリとシャッテンが歩み寄り、心音の方に体を向けた。
「あの、さ…ココネちゃん」
「はい、何ですか?」
「さっきのもそうだけどさ…ココネちゃんはファイ君のことが好きなんだよね?」
「はい」
ユーリの質問に迷いなく頷く心音にファイはかあっと顔を赤くする。だがそんなファイをちらりと見てから、今度はシャッテンが心音に問い掛けた。
「つまりココネはこの小僧を好いている。そう言う事で間違いないのだな?」
「はい、そうですよ?」
シャッテンの言葉にココネは目を丸くすると恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
その表情にシャッテンとユーリはユキヤの行動の所為でうやむやになっていた心音の心中を知り、これ以上は聞くだけ空しくなるとため息を吐き、ファイは照れくさそうに頭を掻いていた。
「だって“家族”のことは皆大好きでしょ?」
「「「え?」」」
シャッテンとユーリ、そしてファイも心音に視線を向けたまま固まる。
「あの…ココネちゃんはファイ君のことは、家族として好きってこと?」
「はい。だって…そう言う意味だってファイも言ってましたから」
不思議そうに言う心音に男三人はまたも数秒固まる。
しかしすぐにシャッテンとユーリは心音に見えない位置で密かにガッツポーズを取り、ファイは力なく膝から崩れ落ちた。
「フハハ!やはり、ココネは我の妻になるべき女であったのか!!」
「うわ~、良かったぁ…!これでシルバに殺されないぞー!!」
「確かに言った……家族として、って。そっか……そっかぁ」
もし此処がボクシングなどのリングであったなら、試合終了のゴングがシャッテンとユーリの勝ちを祝うように高らかに鳴っていた事だろう。
「え? え??」
思い思いの行動をとる三人にどうしたら良いのか視線を彷徨わせる心音の肩をユキヤが叩いた。
「まあ…そこのチビはそっとして置いてやってくれや」
「は、はあ…」
俺は何もかもを知ってるぜ、と語るちょっとムカつく顔をしたユキヤに心音はしばらく三人の面白い行動を見つめていた。
だからだろう、その様子を遠くから眺めていたラルがファイや心音の様子に少しほっとしたような笑みを浮かべている事に誰も気付かなかった。
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