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召喚獣☆育成ファーム  作者: カノン
第Ⅳ章 魔王と勇者のダブルブッキング!?
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Ⅴ それは淡い…?

「ん…」


ゆらゆらと心地の良い揺れと、体に触れる人の体温。そこから何かが流れ込むとまたそちらへと戻っていく、何とも不思議な感覚に心音はそっと目を開けた。


「…む。目覚めたか、ココネ」


初めに目に飛び込んできたシャッテンの心配そうでいてどこかほっとした顔に心音は首を傾げた。


「あれ…?」


自分の置かれている状況が分かっていない心音にシャッテンはふっと表情を和らげた。


「まだ意識が混濁しているようだな。だが、安心すると良い。体に蓄積されていた魔力は今、全て取り除いておる。まあ、しばらくは安静にしておく必要はあるがな」


「ココネちゃん、目が覚めたんだね!」


説明をするシャッテンの隣から顔を覗きこんだユーリの安堵した表情に心音は思いだせるところまで先程の事を思い出した。


「私、そっか。倒れて…」


「うん。魔法中毒といってね、あまり魔力を持たない人が、許容量をこえる魔力を身体に浴びると熱が出たり体に負担がかかるんだ。風に似た症状だから気付くのが遅れてしまうこともあるんだけど……本当によかった」


「すみません、ご迷惑おかけして…」


「謝らないで。君の不調に気付けなかった俺も悪いんだからさ。それと俺が勝手に心配しただけだし、迷惑だなんて思ってないよ」


「ユーリさん…」


少し頬を赤らめたユーリとじーんと感激の瞳で見つめ合う心音。堪らず、シャッテンが割り込んだ。


「我を無視するとは良い度胸だな…若造?」


「い、いや…そんなつもりでは!?」


睨みつけられ、慌てるユーリを尻目に、心音は間近にあるシャッテンの顔を見上げた。


「あの、シャッテンさんもすみませんでした」


「若造のついでのようで気に食わんが…。お主が目覚めて安心した」


シャッテンは柔らかな笑みを浮かべる。

魔王というからにはとても恐ろしい存在なのだろう、と勝手に思っていた心音。

しかし今目の前にいるシャッテンを見てこんな魔王もいるのかな、と少し失礼なことを思っていた。


(でもこれが“シャッテン”という人だというのなら、とても良い魔王なんだろうな)


そう心中で呟くと、心音は笑みを返したのだった。


「あの…今さらなんですが」


「どうした?」


途端に笑みを崩すと、心音は恥ずかしそうに顔を赤く染め俯くと言いにくそうに口を開いた。


「もう…下ろしてもらってもいいですか?」


その一言で誰もが一瞬だけ沈黙する。


「却下だ。」


「どうしてですか!?」


すぐさま沈黙を破り、シャッテンは真顔のまま心音を抱きかかえていた手に力を込め、さらに抗議する彼女に顔を寄せた。


「我より先に若造を気にしたからだ。我はこう見えて嫉妬深いのだぞ?」


「そ、それとこれとは…!」


「別の話ではないぞ? 我はお主を甚く気に入った。だからこそ小僧に良き格好などさせぬように、こうしてお主を我が運んでいるのだ。もう少しでクロムの城にも着く。安心して、身を任すがよい」


嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべるシャッテンに心音は言葉を無くす。

ユーリはというとシャッテンの行動力に呆れを通り越して感心していた。


(俺に運ばせないようにする為だったとか…尊敬の念を抱いた数分前の俺を殴りたい)


ふと、そこで此処には居ない人物の顔が思い浮かんだ。


(この光景を見たらシルバのやつ激怒してたんじゃないか?)


シルバの気持ちを知らずとも、彼が心音を大切に想っていることは彼女とのやり取りを見ていれば一目瞭然だ。


(いや~、今日きたのが俺でよかった……のか?)


「何をしているのだ、小僧」


「は、はい! 今行きます!」


(って、あれ? 若造から小僧に格下げされてないか?)


引きつった笑みを浮かべながらもユーリは後を追いかけた。

そんな彼に視線を向けつつ、心音もまた同じ人物の事を想い浮かべていた。


(こっちにきてからお姫様抱っことか膝枕とか抱き…しめられるとか、多い気がする)


魔法という心音のいた世界からしたら非現実的な存在と共存するこの世界で、体験したことのないことが毎日起こる。


(でも…)


それは彼女の心にも変化をもたらしていた。

心音はそっと胸に手を当て、自分の“鼓動”の音を感じる。

手を通して聞こえてくるのは不自然に加速した音でもなければ、ゆっくりと安心した時の音でもない、普通の鼓動。


(シルバの時は…)


彼の顔を想い浮かべた瞬間、心音の鼓動が跳ねる。


「どうしたのだ?」


「へ? …なにが、ですか?」


突然シャッテンに声をかけられ、心音は首を傾げた。しかし、彼もまた心音の顔を見つめると眉間を不思議そうに寄せた。


「いや、急に顔を赤らめたと思ったら体温が少し上昇した気が―――」


「それは気のせいですよ! 気のせい! ははは!」


「そ、そうか…」


魔王である自分が間違えるはずがない。

確信を持っていたからこそ尋ねたのだが、強く押し切られてしまったシャッテンは不快に思うどころか「我に惚れ直したのか!」と自分の良いように解釈していた。

けれど実際は確かにシャッテンの言う通り、心音の顔は赤く染まり、体温も自分ではあまり分からなかったが上がっていた。そしてそれはシャッテンに惚れたからではなく、ある人物を想い浮かべていたから。


(私、本当に…っ?)


心の中で自問する。そして答えるたびに、トクトクと早まる鼓動。不思議と暖かくなる胸の中に広がる安らぎと苦しさ。

その全てが何を指すのか――――心音が気づくのは時間の問題だった。


「なあ、ココネちゃん」


「ひゃいっ!?」


「え。そんなに吃驚させちゃった?」


突然話しかけられた心音は肩を揺らすと、覗き込んで来たユーリを見つめた。


「えっと、ごめんね?」


「い、いえ! こちらこそ、大きな声を出してしまって…」


「お主ら…二度までも我を無しするとは」


ぬっと現れたシャッテンの顔を加え、三人で顔を寄せあう形になる。と、無言で一番初めに顔を放したユーリが一つ咳払いをする。


「あー…その、なんていうか言いにくい事なんだけど、さ」


「な、何でしょう」


言いにくそうに頭の後ろを掻くユーリに、心音が喉を鳴らす。


「実は…」


「実は…?」


「道に迷っちゃっててさ、ははっ!」


「………。」


乾いた笑い声を上げるユーリに、心音の視線が突き刺さる。


「いや、えっと、最初にフェルカー殿がついて来いって言うから素直について行ってたんだけどさ? なんだか、周りを見渡せば木…木、木…みたいな?」


「………。」


「お、俺もさ! 此処に来るのは初めてじゃないし、平気平気って思って…」


「今度は小僧が迷ったのだ。全く……使えんのう」


「ボソッとそれをフェルカー殿が言いますか!?」


またもぎゃいぎゃいと自分の頭上で言い合いを始めてしまった二人に、心音は溜め息を吐く。


「分かりました。大丈夫ですよ、私が案内しますから」


「ありがとう! 流石、シルバの認めるココネちゃん!」


「そ!? …それは、どうも」


先程まで想い浮かべていた人物の名が飛び出し、心音は誰にも気づかれぬように赤くなった頬を隠した。


(もう! ユーリさんってばいきなりシルバの名前を言うなんて……って、あれ? 迷っちゃって“て”?)


シャッテンに覗きこまれそうになるのを何とか回避した心音はユーリの言葉を反芻し、違和感に気づく。


「もしかして、私が倒れてからずっと――――迷ってるんですか?」


「「………。」」


互いの顔を見合わせたユーリとシャッテンは次いで心音の顔を伺い見ると静かにコクリと頷いた。


「分かりました。二人とも、ぜっっったいに私から離れないでください。良いですね?」


「「はい。」」


抗いがたく、どこか懐かしい母のような凄味があった、と二人はのちに語る。


「じゃあ、シャッテンさん。下ろしてくれませんか?」


「しかし、お主はまだ万全ではない。道案内ならば口ですれば良いのではないか?」


先程まで自身の欲で心音を抱きかけてると表現したシャッテンではあったが、今見せている真剣な表情に彼が自分を心配して抱きかかえてくれていたのだと心音は知った。


「大丈夫ですよ。もう、すっかり元気になりましたから。それに…」


心配そうに眉間に皺を寄せるシャッテンと目を合わせた心音はふわりと笑んだ。


「今のシャッテンさんと同じ顔にさせたくない人がこれから向かう場所には居るんです。だから、私は平気です!」


健気なことだ、とシャッテンは思う。

それと同時に心音の真っ直ぐに人を見つめる瞳の輝きと、大切な人を悲しませないように、辛い顔にさせないようにと行動する。

そんな彼女の優しさにシャッテンは何も言わずに心音を地面に下ろした。


「ありがとうございます!」


「いや…」


お礼を言いつつ笑いかけてきた心音が歩き出そうとすると、まだ少しふらつくのかバランスを崩し後ろに倒れそうになった。

それを受け止めたシャッテンは、ふっと堪え切れず笑みを零した。


「もう、笑わないでください。平気だと言った後にこれです…自分でも恥ずかしいんですから」


「くくっ。いや、何……お主は暖かく眩しいが、熱すぎてたまに嫌になるあの太陽のようだと思っていただけだ」


「それって…。褒めてませんよね?」


「何を言う。ちゃんとした褒め言葉ではないか! はっはっは!」


耐えられないとばかりに大きな声で笑うシャッテンに心音は小首を傾げた。

そんな二人の様子を一歩後ろから眺めていたユーリは苦笑を浮かべる。


(本当に…ココネちゃんって―――――これは俺に割り込む隙はないかな?)


ちょっぴり沈んだ面持ちで二人に近寄ったユーリは、悟られぬようにすぐに笑みを浮かべる。そしてシャッテンが支えていない方の心音の手を取り、歩き出した。


「よっし! じゃあ、ココネちゃん案内よろしくね!」


「そ、そんなに引っ張らなくても大丈夫ですよ!」


「む!? 小童! 我のココネに触れるでないわ!!」


「私はシャッテンさんのものじゃないですよ!?」


ユーリ、心音、シャッテンの順で第一エリアをまるで鬼ごっこのように駆け抜ける。

そして、ようやくクロムの家であり心音も住んでいる家がある草原へとたどり着いたのだった。



 * *  * *



同じ頃、ユキナとユキヤを連れたファイとラルもまた、第五エリアを抜けて草原までやってきていた。


「あれがファイさんのお家ですか…可愛いですね!」


「ぷっ。ココネと同じこと言うのかよ」


「え?」


「あ、いや…何でもない」


どこか嬉しそうなファイに小首を傾げていたユキナは、同じように家に向かって反対側から近づいてくる人影に気づくと目を細めた。


「あら? あの方たちは…」


「え…――――っ!!」


「きゃ~!?」


ユキナの問いに彼女と同じ方向を見たファイは次の瞬間、肩に乗っていたラルを振り落とす勢いで駆けだした。

その後ろ姿を呆然と見送ることしか出来なかった二人の前に、振り落とされたラルが現れる。


「もう…ファイ、ひどい!」


「あの、ラルちゃん。ファイさんはいったい?」


「ん? ファイはココネのことが大好きだから! ラルもココネのことがだーいすきなの!」


「ココネ…さん?」


ユキヤとユキナは互いに顔を見合わせると、同時に首を傾げた。

だがユキヤはもう一度ファイの去っていった方向を見つめ、ニヤリと口元を歪める。


「あれがアイツの弱点か? さっきよりも反応が早いし、面白そうだな! 早く行こうぜ、ユキナ!」


「え、ちょ、ユキヤ様!?」


ファイと同じように駆けていったユキヤに手を伸ばしたまま固まったユキナは、溜め息を零すとラルに視線を向けた。


「私たちはゆっくりと行きましょうか」


「賛成なの!」


フワッと差し出した腕に降り立ったラルと共に、ユキナは静かに歩みだした。――――その先に自分の憎き相手がいるとも知らずに。




ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


誤字脱字などありましたらお知らせください。


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