Ⅳ 勇者参上
「はあ…ダメか」
第五エリア内に大きく一つ咲いた花を見上げていたファイは溜め息を吐きながら項垂れた。
果実の木・リジュウに一つ咲いたその花は内側が白く外側が赤に近いピンク色をした花弁が五枚、その一枚がファイの身長と同じくらいの大きさをしていた。
「蕾は開花してたけど…実はまだ出来てない。他を探すか」
花はファイが見上げている木以外の周りの木々には一つも咲いておらず、ファイは再度ため息を吐くと踵を返した。そこへ空から降下し、ゆっくりとファイの肩にラルが降り立つ。
「奥の方にも無いの~」
「そっか…」
「ファイ…。…ごめんなしゃい」
しゅんと耳で泣きそうな顔を隠したラルにファイは苦笑を浮かべると肩からラルを下ろし、そのまま片腕で抱きしめると慰めるように頭を撫でた。
「もうラルを責めてないって。だから泣くな、な?」
「うん…」
ファイの手に頭をすり寄せたラルは目元を擦ると再び空に舞い上がった。
「次は第一エリアの方に行く?」
「そうだな。」
ラルを尻目にファイは手にしていた注文書を広げた。
「“我が求めるは強き獣。其れのみである。ただし、身体の小さな者は却下だ。だが大きすぎるのも如何なものかと思う。よって、程々に良き者を頼む。”…って言われてもなぁ」
上質な紙に達筆過ぎて逆に読みづらい文面にファイは溜め息を零すと、注文書を懐に仕舞った。
「実は見つからないし、見つけても小さいとダメ。それに強き獣って事は『攻』や『防』、もしくは『全』じゃないとダメってことじゃないのか?」
(てか、この注文してきた奴の口調…どっかで聞いたことがあるような? ……。まさかな?)
本日何度目か分からぬため息を吐くとファイは頭を掻き乱した。
「あ~もう!考えてもしかたねぇか!とりあえずココネを起こしに一旦家に戻るぞ、ラル!」
大きな声でそう宣言するも、今朝、布団の中で気持ちよさそうに寝ていた心音を起こすことが出来ず黙って出て行く形になってしまったファイは、そのことを心音が怒っているのではないかと少し沈んだ表情を浮かべた。
「大丈夫、ココネは怒らないよ!あ、でもちゃんと言って欲しかったとは言うかもなの。あれ?それじゃあ、怒られるってことかな?」
「う~ん…」
少し高度を落としたラルの言葉でファイの頭に浮かんだのは、腰に両手を当てぷりぷりと怒る心音の姿だった。
「ぷっ。アイツならやりかねないなっ、あはは!」
お腹を抱えて笑うファイの表情はとても柔らかなものだった。ラルはファイの顔に一瞬目を見張るも、嬉しそうに笑んだ。
(ファイはココネと出会って変わったの。クロムと出会って変わったのとは違う。…もっと、優しいものに変わったの!)
クロムの契約召喚獣のラルはファイが此処に初めて来た時の事を思い出す。
当時ファイは、心音以上に人を信用していなかった。
今ではクロムにベッタリという表現が適切なほど彼の事を信じ、好いているファイだが昔はクロムにさえ心を開いていなかった。
笑う事も、泣くことも、怒る事すらしないファイにラルは少し恐怖を覚えていた。それでもクロムや此処に来るお客、何より自分で育てた召喚獣たちとのふれあいがファイの心を溶かしていったのだ。
それでもまだ他人と接する時のファイは棘がある。けれど心音はいとも簡単にその棘を取り除いてしまった。
「だから…ココネは凄い!!」
ぶんぶんと高揚した気持ちを表すように耳を動かし、ラルは高く舞い上がるとファイの頭上をくるくると旋回した。
「ココネは凄いね!」
「は?何が?」
「凄いの~!」
「…そう、なのか?」
ひたすら旋回を繰り返すラルに首を傾げながらも、ファイは苦笑を零したのだった。
(ファイが笑ってる。…とっても、嬉しいの!!)
「ラルね!」
「ん?」
突然旋回を止め、ふわりと舞い降りてきたラルをキャッチしたファイは大きな瞳で見つめてくるラルと視線を絡み合わせた。
「前のファイよりも、今のファイの方が大好き!」
「い、いきなりなんだよ」
突然とは言え、人(兎か?)に好意を向けられたファイは頬を赤く染める。
「本心だよ?ファイはラルのこと…好き?」
「そりゃあ…嫌いではないよ」
「そっか…。そっかぁ!」
恥ずかしさのあまり顔を反らしたファイにラルは嬉しそうに笑んだ。
けれど何故か自分がホッとしている事に気付き、心の中で首を傾げたのだった。その時――――
「うわ~、リア充爆発しろよ…」
気の抜けたような、けれど怒気の混じった声が聞こえファイは身構えた。
「誰だ!!」
周りに声を響かせ警戒しつつ、右手は腰に帯刀しているナイフの柄を掴む。ラルはそんなファイの邪魔にならぬよう素早く上空に飛び立つと上から怪しい者がいないか探った。
ファイはクロムとココネは勿論のこと、ファームを護る役目も負っている。しかし普段は『結界』により、異世界人やこの世界の住人がファームに入る際に危険な物や思考を持っていないか判別し、安全を確保しているのだが今はその結界が破損し、本来の役目を果たせていなかった。
(今のファームは無防備だ。
だからこそ実を探すという目的に加えてファームの見回りをしていた訳だが、先程の声がするまで気配に気付けなかったなんて…っ!)
護り手として失格だと唇を噛みしめるも、今は目の前の事だと集中したファイは気配を探った。
「ファイ、後ろ!!」
「くっ!!」
上空からのラルの鋭い声にナイフを鞘から引き抜いたファイはそのまま振り返る。次の瞬間、剣が振り下ろされファイのナイフとぶつかる。
キンッという刃の音と共に手に強い重圧が掛かり、ファイは右手に加え左手をもナイフに添えると振り下ろした人物を見上げた。
目の前に迫るチョコレート色の髪と気だるげに細められた同じ色の瞳。服装は赤色の戦闘向きな身軽な物だが、魔法が掛けられているのか見た目よりも丈夫そうである。
加えて背にははためく白いマントがありそれらを身に纏い、神秘的な“白銀の剣”で対峙するのは心音と同じくらいの年だと思われる少年だった。
「な、に…者だっ」
押し付けるように剣に力を入れてきた少年ファイは睨み付けた。
すると少年はつまらなそうに息を吐くとチラリと視線を後ろに移した。その隙を見逃さなかったファイは思い切りナイフで剣を押し返すと次いで蹴りを一発、少年の腹部に食らわせた。
だが少年は痛がることもせず後ろに下がると、再び剣を構えた。
「っ―――。 質問に答えろ!お前は何者だ!」
少年の行動がまるで自分をからかっているようにしか見えず、つい声を荒げてしまったファイは後ろから近づく足音に視線だけを向けた。
「ナイフを仕舞って下さい。さもなければ…この生物の命はありません」
「ファイ…っ」
丈の短い黒のワンピースドレスに身を包んだ白髪のツインテールをした少女と彼女の手に両耳を掴まれ瞳を潤ませたラルの姿。
旅兎は長い耳で空を、時空を飛ぶことが出来る。つまり彼等の弱点は耳なのだ。
「くっ…」
ラルが自力で逃げ出すことは不可能と見たファイは渋々ナイフを腰元に収めた。
「冷静な判断の出来る方で助かりました。そうでなければこのように可愛らしい生物を殺さなければいけませんでしたから」
ツインテールの少女は無表情でそう言うも、ラルを放そうとはしなかった。
「何が目的だ」
ナイフは仕舞っても彼らを敵だと認識したファイの目は殺気に溢れていた。
「そう怖い顔をしないで下さい。私達は敵ではありませんから」
やはり表情一つ変えずに言う少女に、ファイはクロムや心音に危害が及ぶかもしれないという事、そして何よりラルを乱暴に扱う奴を信用など出来ないと言いたげに睨み返した。
「人質を取っておいて理不尽な事を言う」
「ナイフ振り回す君に言われたくないと思うけどな」
少女と対峙していたファイは後ろから聞こえた少年の声にピクリと眉が動く。
「先に仕掛けたのはそっちだろ。俺は応戦したまでだ」
「うわっ。美少年なくせに性格悪いんだな、君」
「何とでも言えば。アンタらに何と言われようと心は微塵も動きやしない。第一、年下相手に二人掛かり。しかも人質を取るだなんて、よっぽど腕に自信が無いんじゃねぇの?」
剣を構えるのを止めていた少年にファイは不敵に笑むと視線だけで少年を見下すように見つめた。その視線に先程までつまらなそうにしていた少年の目に火が灯った。
「悪かったな!年下に馬鹿にされて黙ってられるほど大人じゃなくて!?」
「挑発に乗る辺り、子供なんじゃないか?」
「ぐぬぬ~~!!?」
ふっと見下すような笑みを浮かべたファイに少年は顔を赤く染めると剣を握り締めた手を怒りに震わせた。
「言わせておけば!!」
次の瞬間、ファイに斬りかかろうと少年が剣を振り上げる。だが同時にファイの手元に金色の光が収集される。
(“亡国王に仕えし――――)
「確かにその通りですね」
「「!?」」
少年がファイに剣を振り下ろそうと近づき、ファイが心の中で呪文を唱えていたその時、今まで考え込むように俯いていた少女が顔を上げパッとラルの耳を放した。
「ファイッ!!」
その瞬間、泣きながら飛んできたラルをほっとした表情で受け止めたファイは再び少女の方へと体を向けた。その手元には既に金色の光は無い。
「どういうつもりだ?」
「先程の貴方の言葉が正論だと思ったのです」
「は?」
「人質を取っておいて理不尽だ、という言葉です。確かに敵ではないと言っておいて人質を取るという行動は正義を貫く者として良くないことだと気付きました。申し訳ありません」
深々と腰を折る少女にファイと彼の腕の中にいたラルは目を丸くすると瞬きを繰り返した。
(何なんだこの女?)
少女の態度の急変に驚きを隠せないファイだったが、それは少年も同じだった。
「ちょ、ユキナ!こんなガキに頭下げることないって!」
「は?」
(ああ、いや。こいつは俺より子供。そう、子供だ)
少年の言葉に一々反応してしまうファイは湧き上がる怒りを深呼吸で抑え頭を下げる少女・ユキナに
問い掛けた。
「アンタの言う敵ではないって言葉は……百歩譲って信用することにする。なら、なんで俺らを襲った?」
「それは…」
「はぁ?なんだよ、その上から目線は――――グハッ!?」
ユキナの言葉を遮り性質の悪いチンピラ並にファイの後ろから迫った少年は、ユキナの跳び蹴りを食らい後方に吹き飛んだ。
「失礼、教育がなっていないもので」
「あ、ああ…」
蹴りを入れた後だというのに服装も息の乱れも無いユキナに驚きよりも感心してしまったファイに代わり、ラルがきょとんとした瞳で首を傾げた。
「ユキナ…は異世界の人?」
「察しがよろしいのですね、其方のウサギちゃんは」
「当たり前だ。ラルは旅兎、次元や時間に関することには敏感なんだ」
(てか、なんでちゃん付け?)
「そうなのですか…」
ファイの説明にまるで子供のようにキラキラとした瞳で見つめてくるユキナに、ラルは苦笑を浮かべるとファイの肩によじ登った。
それを見届けたファイは先程のラルの言葉に、ある結論に結び付いたのかハッとしたようにユキナを見た。
「もしかして…アンタ、うちに来たお客?」
「はい。貴方も察しが良いようですね。流石はファームを護る守護者」
「どうしてそれを?」
ファイの訝しむ視線を受け、ユキナは初めて表情が動いた。
「其方のウサギちゃんに注文書をお渡しする際に、色々と聞き及んでおりましたので」
「ラルが?」
肩に乗ったラルに視線を向けたファイは自分の髪に隠れるように顔を隠したラルの頬が赤く染まっている事に気付き首を傾げた。
それを見て、ユキナはファイたちの前で初めて笑みを浮かべた。
「乙女心ですから、ウサギちゃんを責めないで下さいね」
「まあ…元から責めるつもりはないけど」
(俺の事をラルがこの女にいう事と乙女心は関係があるのか?)
心の底から不思議そうにするファイにユキナは微笑を浮かべると、表情を引き締めた。
「話が脱線してしまいましたね。改めて…私はウスレナッド国第二王女、ユキナ・ウスレナッドと申します」
「え、王女!?」
言葉使いや醸し出される高貴な雰囲気に身分が高い事は想像がついていたファイであったが、まさか一国のお姫様だという事実に目を丸くした。
そんな二人の反応を気にした様子もなく、ユキナはファイの背後に手を向けた。
「はい。そして彼方に情けなく倒れていらっしゃるのは、魔王軍を倒すために城下から選抜した我が国が誇る勇者・ユキヤ様です」
「は…」
「え…?」
ユキナの言葉に口をあんぐりと開けたファイとラルが気の抜けた声を上げる。そして体を回転させると、ユキナに蹴られた痛さに耐えつつ立ち上がる少年・ユキヤの姿があった。
「ん?なんだよ?」
ファイとラルの視線を受けたユキヤは服に付いた土埃を払う。
平凡な容姿とファイという年下の挑発で怒り、王女殿下に蹴り飛ばされる男。服装や剣は勇者を彷彿とさせるものであったが、ファイとラルは同時に心の中で呟く。
(ないな。)
(ないなの。)
ファイとラルは感情の無い瞳でユキヤを一瞥すると、何も見なかったようにクルッと体を反転させユキナの方へと体を向けた。
「王女様なら、敬語を使った方が良いか?」
「いいえ。そのままで結構ですよ、守護者様」
「守護者様は止めてくれ。俺はファイだ」
「わたちはラル!」
「はい!よろしくお願いしますね、ファイさん、ラルちゃん」
仲睦まじく談笑する二人と一匹に勇者の少年が声を上げた。
「ちょっと、俺は無視!?これでも勇者だよ、俺!!」
「……。実はですね、今日お伺いしたのは他でもなく、注文書に書いた召喚獣を求めてやってきたのです」
「ユキナが一番ヒデェよ!!」
ぎゃいぎゃいと後ろで騒ぐユキヤにユキナは苛立ちを募らせると手に魔力を集めた。その色は雪のように白く、銀のように輝いていた。
「いい加減にしないとその口を二度と開けないように凍らせますよ?」
「すみませんでした。」
鬼のようにユキナのツインテールが魔法により逆立つと、ユキヤはそんな彼女の前に土下座し身体を震わせていた。
その光景にファイとラルは又しても心の中で同時に呟く。これが恐怖政治というやつか、と。
「全く…。申し訳ありません、ファイさん」
「いや、別に…」
前半を土下座するユキヤに、後半をファイに向けていたユキナに迂闊なことは言えないと冷や汗を額に浮かべたファイ。するとラルがそっと耳打ちをした。
「どうするの?ファイ。召喚獣がいないことを言う?」
「いや。まだ無いと決まったわけじゃないから、いったん家に上げてココネに接待していてもらおう。その間に俺たちは第一や第二とかのまだ探してない場所を探しに行こう」
「分かったなの!」
小声で作戦会議をするファイたちに訝しげな視線を送るユキヤと相変わらず無表情なユキナにファイは歩き出した。
「とりあえず俺たちの家に来てくれないか。こっちも色々聞きたいことがあるし、俺らも召喚獣について詳しい事を話すからさ」
「分かりました」
自分に続いて何の疑いもなく付いてくるユキナと、未だ睨み付けるようにファイを見つめてくるユキヤにファイは目を細めると改めて二人を横目で見た。
(王女と言う割にはラルを捕らえた時の戦闘になれているような素早い動き。そしてムカつくけど剣の腕と気配の消し方がプロの暗殺者並の勇者…か)
只者でないことは“ファイに気付かれず”にファームに入ったという事実が証明している。
(なんか、嫌な予感がするんだよな)
ファイは一抹の不安を胸に、家でまだ寝ているだろう心音の事を思い浮かべたのだった。
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