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召喚獣☆育成ファーム  作者: カノン
第Ⅳ章 魔王と勇者のダブルブッキング!?
35/50

Ⅱ 魔王降臨!?

何だかこの章はコメディチックになりそう…汗



「へっくしゅん!」


豪快なくしゃみが部屋に響く。昼過ぎだというのにベッドに潜り込んでいる少女がしたものだ。


「うぅ…誰か噂してる?」


長くいつもなら艶やかな黒髪は寝ぐせでぐしゃぐしゃで、寝間着として着ている学校指定のジャージは捲れ上がり掛布団も床に落ちていた。

―――寝相の悪い彼女の名は御加瀬心音みかせここね

ある日神社へと続く長い階段から落ち、異世界へと来てしまった彼女は運よく仮面騎士であるシルバに助けられ、今は召喚獣育成ファーム・クロムで住み込みで働いている。

しかし心音の日常は召喚獣を育てるだけではなかった。騎士であるシルバの同僚に拉致されたり、危うく売られそうになったり大変な出来事の連続だった。

それでも今この世界にいることに心音は不安もを感じていない。大げさではあるが、それだけシルバや仕事の先輩(年下)のファイやファームの管理人であるクロムの存在が彼女の心の支えになっているのだった。


「あれ!?もうお昼!?」


ガバッと起き上がった心音は窓から差し込む光に気付くとベッドから抜け出し着替えを始めた。


(そっか、昨日遅くまで本を読んでたから…!)


服の袖に手を通しつつベッド脇に視線を移す。

そこには布の被った小さなサイドテーブルの上に、ジンセット書店を営むマリクから譲り受けた“ファスティアス国の歴史”という表紙の本とどんな言語でも訳して見せてくれる“魔法眼鏡”が置かれていた。


(あの眼鏡が便利でつい色々試したくなっちゃって、最近夜更かし気味だから気を付けなきゃね)


テーブル脇には三週間前に同じくマリクから貰った本が山積みになっていた。

それは全て魔法や召喚獣に関しての本ばかりで、元々読書家でもあった心音はすぐに興味を持ち毎晩のように読みふけっていた。


(あの事件からもう一カ月なんだよね。そして私がこの世界に来てから…)


着替えを終えた心音はベッド下に置いておいた“スクールバッグ”を引っ張り出す。


「三カ月…か」


中を見て小さくそう呟く。

レオナルドたちの起こした事件後、ファームを訪れたシルバが心音に手渡した物がこのスクールバッグだった。初めは心音も自分の物かどうか疑ったが中身を見て確信した。


「パジャマ替わりにしてるジャージに、実優ちゃんに借りてた小説。それと現代文の課題のプリントと部活の楽譜。筆記用具に携帯電話、お財布……そして」


心音は言葉を切ると大事そうに一冊のノートを手に取る。


「お祖父ちゃん…」


それは心音が音楽好きの祖父から貰った大切な作曲ノートだった。

間違うはずのないそのノートが、これは心音の物だと訴えかけているようにスクールバッグの中に入っていた。

心音は手元のノートを見た瞬間、心の奥深くに沈んでいた元の世界の情景が蘇った。

いつも一緒に他愛ない話をして部活も一緒で、帰りも一緒だった実優の笑顔。学校の風景、変わらぬ地元、自宅から見える景色。何より…離れて暮らしている祖父の笑顔。どれもまた見られるか分からない彼女にとって愛しく懐かしいものだ。


「お祖父ちゃん、私…こっちでもちゃんと歌うよ。それが私にとって一番元気が出るおまじないだから」


ノートを一撫でし心音は笑う。

幼き頃に心音を救ってくれた祖父の笑顔と歌を胸に、どんな事があろうとこの異世界で強くいられるように。心音はスクールバッグを仕舞うと部屋を後にした。


 ファームに建つクロムの家は二階建て。

一階には広々としたリビングダイニング、清潔感のあるキッチンと洗面所、浴室などの水回り、そしてクロムの私室と書庫が配置されている。

二階には心音が私室として使っている物置部屋ともう二つある物置部屋、そしてファイの私室の計四つの部屋がある。

一階と二階それぞれにトイレと洗面所が配備され、三人で暮らすには十分だった。


部屋から出てすぐ左の突き当たりにある階段を下り、心音は真っ直ぐにリビングへと続くドアの前まで歩いていくとドアノブに手を掛けた。


「あれ?」


リビングに足を踏み入れた心音は首を傾げる。

いつもなら聞こえるはずのファイの元気な声も、ラルの穏やかな口調での会話も何も聞こえなかったのだ。


「外にいるのかな?」


リビングの白いソファーにもダイニングテーブルの椅子にもキッチンにも人の気配を感じない。

心音は不思議に思いつつも外へと繋がる玄関の扉を開けた。そこに広がるのは変わりないファームの景色。

穏やかな風に揺れる草原と遠くで緩やかに枝を擦り合わせる木々たちに心音は気持ちよさそうに目を細めた。


「よし!今日も一日がんばろう!」


太陽の下で大きく伸びをした後、拳を握り締めた心音は早速ファイを探そうと歩き出した。


「どこにいるんだろう…第五エリアかな?もうすぐ咲きそうな花があったし。あ、でも水汲みなら第三エリアだよね。うーん、でも第一エリアの方かも?」 


家の周りの草原を行ったり来たり。

辺りを見回しては進み、心音はとりあえず第一エリアに向かうことにした。


マリクから本を貰って以来、心音は召喚獣や魔法について勉強するようになった。

今までの生活の中には無いものだったので最初こそ苦戦したもののファイやラル、時々シルバにも教わり心音は着実に知識を蓄えていた。


「昨日は第一でずっと成熟した実が無いか歩き回ってたからなぁ…。でも私はすぐバテちゃって、まだまだ体力が足りない証拠だね」


ファームの営業は旅兎トラベルラビットであるラルが異世界へと渡り、注文を取ってくるところから始まる。

注文は自分の欲しい召喚獣の特徴やどんな魔法を使える獣がいいのか。この二点を重点に置き受け付けている。

例えば、心音の育てたグリフォン(サクラ)の場合、予めラルがセスカから「強力な治癒の魔法を使える召喚獣。外見はどんな姿でも構わない」と注文を受けていた。

ファームで育てる召喚獣は生まれてすぐ引き取る客もいれば、セスカ達のようにある程度育ててから引き取りに来る客の二種類がある。


注文を受けてからその要望に添った獣がすぐに産まれる確率は低く、最短でも注文を受けてから用意するのに一ヶ月は掛かってしまう。


だが、そこは異世界と繋がるファーム。

ラルはクロムの指示で此方の世界と時間経過が異なる世界から注文を取っている。

そうすることにより、此方で育てるのに約一ヶ月掛かっても注文した客の世界では数日しか経っていない。という事が出来る。


(昨日はこっちだったから、あっちに行ってみようかな)


第一エリアであるジャングルのような森に入ってすぐの分かれ道の前で心音は右を向いた後、左の道へと足を向けた。道と言っても整備されたものでは無く獣道のように草や苔の生えた道である。


「それにしても…本当にに広いな~、此処。」


木漏れ日が続く道を歩きながら、自分の背丈より倍は大きい木々を見上げながら進む心音は昨日の出来事を思い返していた。


――――『え…明日!?』


魔法トースターに入れていた朝食の食パンが焼けたのを報せる「チンッ」という音と心音の声が重なる。


『そうなんだ、ラルの奴がすっかり忘れてたって』


スクランブルエッグが盛られた皿をテーブルに置いたファイがキッチンに立つ心音から、リビングのソファーで落ち込んだように俯くラルに視線を向ける。


『ごめんなの…』


『そんなに落ち込まないで、ラル。このところ色々あったし仕方ないよ』


大きな瞳を潤ませるラルに声を掛け、トーストをテーブルまで運ぶと心音は苦笑する。だが心音と入れ違いにキッチンへと向かったファイは乱暴に冷蔵庫の扉を開けると中からお茶を取り出す。


『馬鹿いってんなよ。こういうのは客からの信頼が大切なんだぞ?

注文を受けていたのを忘れてただけなら何とかなったかもしれないが…受け取りが明日なんだ、今から成熟した実や開花しそうな花を見つけるなんて出来る訳ねぇだろ!召喚獣のいないファームなんて、ただの農場だ』


ファイが苛立ったようにテーブルに「どんっ!」とお茶の入った容器を置けば、ラルがビクッと身体を揺らし目に涙を溜め始めた。


『そんな頭ごなしに言わなくてもいいでしょ!ラルだって、反省してるんだから!』


『そ…っ。くそっ…!』


心音が泣きそうなラルを抱き上げながら声を荒げれば、ファイは悔しそうに椅子に座るとコップに注いだお茶を一気に飲み干した。


『それに諦めるのはどうかと思うよ。受け取りは明日なんでしょ、ラル?』


『…うん』


腕の中でコクリと頷いたラルに笑い掛けると心音は次いでファイに笑いかけた。


『なら“まだ”明日だよ。今日の時間を全部みつける時間に費やせば何とかなるよ!ね、三人で頑張ろうよ!』


『……ああ』


心音の言葉に頭が冷えたのかファイは俯きがちに返事をすると横目でラルを見た。


『悪かったよ、ラル』


『ううん…ラルが悪いの。ごめんね、ファイ』


心音の腕の中から飛び立つとラルはファイと視線を合わせるようにテーブルの上に着地した。そしてペコリと頭を下げれば、ファイは苦笑を浮かべラルの頭を撫でたのだった。


『よし!じゃあ、まずは朝ごはんだね!はい、ラルの分はそこだよ~』


『ありがとなの!ココネ!』


ラルが自分の席に着くと心音はファイの対面の席に座った。するとファイは言い難そうに口を動かすと心音にちらりと視線を向けた。


『その…ココネも、悪かった』


『はい、良く言えました』


『なっ!急に調子に乗んな!』


『はいはい、じゃあ改めて…』


心音の合図で皆が手を合わせる。


『『いただきます』』


『なの~!』


こうしてその後は召喚獣の卵である“実”探しが始まったのだが――――


「結局、見つからなかったんだよね」


回想を止めた心音はファイたちを探しつつ、召喚獣の卵である花や実も同時に探していた。


「ファイも…苛立ってた理由。ラルのことだけじゃないんだよね、きっと」


いつも怒りっぽい、というよりは自分の中に入れて良い相手とそうでない相手の境界線がハッキリしているファイ。

シルバや最近ではユーリがファイの中で気の“許せる”相手に入っているという事、そして自分もそちら側であると心音も自負していた。

けれどその中でももっと深い場所にいるのがクロムである。そう心音は確信している。


(ファイが行動する時って大抵の理由はクロムが関係しているか…なんだよね)


「だから心配で他のことに気が回らないんだろうな」


ラルのミスではあったが普段のファイならばきちんと注文を把握していただろう。

そう思った心音は一度振り返り、家のある方角を見つめた。


「私も心配してるけど…ファイはもっと心配と不安でいっぱいなんだよね」


ファイが龍に飲み込まれ心音が攫われた事件の時、ファームの結界は壊れた。

一部ではあったがファームに訪れる異世界人とを繋ぐ魔法を使う場合に重要な役割を果たしていたため、すぐにクロムが修復に取り掛かった。

しかし一ヶ月経った今もクロムは自身の部屋から出てきていない。


「食事もしてないみたいだし…。結界って、どうやって創っているんだろう」


空を見上げた心音はクロムの身を案じた。


「でも、今は今日の注文のことだよね!」


(ラルの話によると時間は曖昧だけど受け取りは今日の午後という事になってるんだよね。確か注文の内容は…)


クロムなら大丈夫。

そんな根拠のない想いを抱き心音は気を取り直すとラルから預かっていた注文書をポケットから取り出す。

因みに今日の心音の服装は動きやすいように伸縮性の良いズボンと襟や袖に可愛らしい装飾のついた長袖シャツである。髪はいつものようにポニーテールで纏め、首からは勿論ファスタルを掛け服の中に仕舞っている。


「えっと、何々…


“とにかく強くて、大きくて、何事にも動じなくて、死ななそうな奴。あ、でも可愛げさも欲しい!例えば肩に乗せて「ピ〇!」とか鳴く黄色い生物とか!あ。でも、俺、静電気嫌いか。

なら…あれ!あれだよ、あれ!あれ頂戴!…って何だっけ?分かんなくなった。困ったな。う~ん…決められん。……ま、何でもいっか。とりあえずオススメ下さい”


……。」


思わず足を止めた心音はそっと注文書をポケットにしまう…かと思いきや勢いよく地面に叩きつけた。


(色々と言いたいことはあるけど、まずは…)


「何なのこの人!!?

これ注文というか友達感覚で会話してたのをそのまま書いてる感じだよね!?しかも途中のそれ子供が好きなあのキャラだよね!?私もたぶん知ってるよ!?

それにあれって何よ!?気になるじゃない!」


一人乗りツッコミをした心音は荒く息を吐くと注文書を拾い上げた。


「最終的にオススメ下さいって…うちはファミレスやレストランじゃないっての!」


破きたい衝動に駆られながらも心音はポケットに注文書を突っ込むとまた歩き出した。


(取り乱しちゃった…。と、とにかく!今はファイとラル、それから大きな花や実…を……)


黙々と歩いていた心音は不意に顔を上げた。

其処は木々が覆いかぶさることなく日の光が地面いっぱいに届く隙間のある開けた場所だった。一定の感覚で並ぶ長身の細い幹をした木の根元は少し乾いた土が広がっていた。

そんな中でも一際大きな木の下にいた心音は太陽の光を遮る何かを見上げ呆然と立ち尽くしていた。


(えっと…いくらなんでも、ねえ?)


ないない、と手を横に振りながらも心音は大きなその“実”から視線を外し立ち去ろうとするも再び体を向けてしまう。

木に生っている実は赤に近いピンク色で表面には葉のような緑色の突起物があった。それは心音が日本でも見かけるあの果物。


「ドラゴンフルーツ!!?」


思わず叫んでしまった心音は目の前にある巨大な“ドラゴンフルーツ”にこれでもかと目を見開く。


(サクラの時も苺が大きくなった感じのだったけど、まさかのドラゴンフルーツ?!)


「あ。」


驚愕に膝を着きそうになった心音はある事に気付き、表情を戻す。


(まさか…生まれてくるのは―――ドラゴンだとか言わないよね?)


恐る恐る巨大なドラゴンフルーツを見上げた心音は引きつった笑みを浮かべた。


「と、取り合えずファイを捜さなくちゃ!」


何はともあれ召喚獣の卵が見つかった。その事に胸を躍らせ心音は走り出そうとしたのだが――――


「まてーい!」


「…へ?」


何処からか声が聞こえ、心音は立ち止り周りを見渡す。

けれど人の姿は無く広がるのはいつもと変わらない第一エリアの風景だけだった。


(気のせい…かな?)


首を傾げつつ心音が再度足を踏み出した瞬間、「ちょ、ちょっと待て!」と慌てた声が空から聞こえ、心音は太陽の眩しさに目を細めながらも上を見上げた。

するとドラゴンフルーツの上に先程までは無かった人のような影があり心音は目を細める。


「我を無視して行こうとするとは何とも肝の据わった娘だな。おぬし、名を申せ!」


「え、何その時代劇風な口調…」


聞こえる青年声が人影から放たれたものだと気付くと心音は呆れたように上を見上げたまま叫んだ。


「あの~!そこにいると危ないですし、見えないので下に降りてくださいませんかー?」


「むっ、そうか我の顔がみたいのか。そうならそうと早く言わぬか!」


(なんだろう…すごく面倒くさい人かもしれない)


自分から下に来てくれと頼んだ心音だったが早くも追い返したい衝動に駆られた。


「では、いくぞ!―――とうっ!!」


掛け声と共に人影がドラゴンフルーツから飛び降り、心音の前に着地した。

その瞬間、砂埃が舞い心音は咄嗟に目を瞑る。だが再び目を開けて飛び込んできた青年の姿に目を見開いた。

漆黒の髪と闇を宿したような紫色の混じった黒の瞳。全身黒で着飾られた服とマントが風にはためき、整った顔の口元には自慢げな笑みを浮かべ―――何より目を惹いたのは背に生える大きな漆黒の翼。

しなやかに伸びた白い手には人間とは思えない長い爪が伸び、耳も僅かに尖っていた。


「其方の好意に答え、我の名を教えよう!特別だぞ?」


「え…はい」


ウィンクを飛ばしてくる青年に心音は戸惑いながらも頷く。


「照れておるのか、可愛いのう。我が名は“シャッテン・フェルカー”―――魔界の王だ!」


「……え」


心音と青年・シャッテンとの間を不吉な風が吹き抜けた。



ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


誤字脱字などありましたら、お知らせください。

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