Ⅰ 王と騎士
ファスティアス国・王都アスゼント。
大きく五つの区間に分けられた住民区には異世界人の姿が多く見られ、他国からも観光地として有名だった。
また貿易も盛んなファスティアス国では、王都に数多くの品物が運ばれてくる。
そのため木箱や荷物を運ぶのは勿論の事、馬車で移動する人、時間短縮のため低空飛行ではあるが空を飛ぶ人々のため、明るめの色を用いたレンガ道は広く造られていた。
近くに海や湖など水場の無い王都だが、土産物屋などが多く出店として配置され、王都はいつ訪れても活気に溢れ、人々の賑やかな声がひしめきあっていた。
そんな五区間に囲まれるようにして建つ巨大な城・レナティアス城。
王都のほぼ中心にある城はヒガミヤ領に建つ城と同じ造りをしていた。
異なる事といえば、城の大きさや庭の広さと内装の一部の配置、そして城を囲むファスティアス国内で最も強大な魔力を秘めた結界くらいである。
結界は伊座という時の国民の避難場所になっている城を護るため、王宮魔法師団に作らせたものであった。
───太陽が真上に輝く正午。
城内の外廊下を歩き進む十人の集団がいた。
青いマントを歩くたびに揺らし、彼らは柱と柱の間から見える城の美しい庭の緑には目をくれることなく黙々と進んでいた。
その目元には銀の刺繍が入った仮面を付けており、ただ一人、先頭を歩いていた男だけは金の刺繍が入ったものを付けていた。
やがて彼らはある扉の前に到着する。魔法を使える者なら誰しも気づくだろう『守護の魔法』がかけられた重厚な両開きの扉。それは悪意ある者の侵入を防ぐ役割があるものだ。
勿論、それだけでなく扉の側には屈強そうな兵士が二人、護衛に就いていた。
「国王陛下並びに仮面騎士団総隊長より帰還の命を受け、仮面騎士団第一部隊、此処に参上した。お目通り願いたい」
二列に並んだ十人の仮面騎士の内、先頭に立っていた第一部隊 隊長レオナルド・シルフレントは自身の仮面を外すと兵士にそれを差し出すように見せる。
予め彼らが来ることを伝えられていた兵士二人は互いに頷き合うと、手にしていた槍の先端を扉に近づけた。
二つの槍の先が扉に触れた瞬間、赤と青の魔法陣が広がる。大きく広がっていく魔法陣はやがて混ざり合い、一つの大きな紫色の魔法陣に姿を変えた。
すると魔法陣は静かに消え、扉は音を立てゆっくりと開いていった。
「陛下は既にお待ちです。お入り下さい」
兵士に通され、レオナルドは部下を引き連れ、中に入る。
謁見の間と呼ばれるそこは海のように青い絨毯が敷かれ、天井には魔法で描かれた動く夜空の景色、壁には間隔を空けて立つ柱以外の全てがガラス張りとなっていた。
ヒガミヤ領レナート城では会議室として使われていた謁見の間は皆が緊張を解けるほど穏やかな場所だった。しかし今レオナルドたちのいる謁見の間には張り詰めたような緊張感に包まれ、空気が重苦しく感じられた。
そんな部屋の奥、段が一つ高い場所に設けられた王座に座る人物ともう一つ傍に仕えるようにして立つ人物を目視したレオナルドは足が震え歩みが止まりそうになる。
「隊長」
レオナルドにのみ聞こえるか聞こえないかの声でルークが声をかける。
「ああ、分かっているよ」
口ではそう答えるもレオナルドはルークの一言で足の震えが止まり、再び歩き出す。長く長く感じられる王座までの道のりをゆっくりと確実に。
「仮面騎士団第一部隊、帰還の命を受け参上致しました。」
王座の前にたどりついたレオナルドは跪き頭を垂れる。その後ろでは同じように第一部隊の面々が頭を下げ、膝を着いた。
「顔を上げよ、レオナルド・シルフレント」
「はっ。」
威厳ある声がかかり、レオナルドは顔を上げた。
王家代々に受け継がれた金色の髪と海色の瞳を携えた、煌びやかな金の細工が至る所に施された豪奢な服の上からでも分かる細身だが鍛えられた体。
齢四十近くになるという髭の生えた男性。王座にふさわしい王冠を被った彼こそがファスティアス現国王――セディック・ファスティアスその人であった。
(幼き日、前国王自らの手で魔物が多く生息する洞窟に放り込まれ、たった二週間で帰還したという伝説の人物。…今も体力には自信があるという訳か)
城下では『勇者セディックの物語』という題名で絵本まで売られている彼は、その功績を称えられ王位継承権第五位という位置にいながらも二十代で王位を継いだ優秀な人物である。
十年前の「戦争時代」には自身の戦闘能力を戦いに使うのではなく、移民や復興のために使い今もその名残から軍事力よりも貿易に力を入れている。
一部の国民からの信頼は厚いが、一方で軍事力が低いが為に賊が徘徊し治安が悪い事を王の所為だと非難する者も数多くいる。
「報告は受けている。ヒガミヤ領で指名手配中の黒竜船団と対峙し幾人かの賊は捕縛するも首領であるガイラスは逃がし、裏切者となった仮面騎士でそなたの部下であるカイル・ナストアーガも逃がした、と。」
耳の痛い話を聞きながらもレオナルドは表情を引き締めセディックを見据える。
すると、セディックの横に立ち今まで静寂を貫いていた人物がレオナルドに歩み寄った。
「貴様は…何をやっていたんだ!!」
「グハァッ!!?」
突然目の前に拳が迫り、レオナルドは反応が遅れもろに拳を腹部に食らってしまう。
「隊長!」
後方に吹っ飛んだレオナルドに駆け寄ろうと膝を浮かせたルークを手で制し、レオナルドは立ち上がるとふらふらとセディックの前に仁王立ちする男の前に歩み寄り、跪いた。
「申し訳ありません、ヴァン総隊長」
レオナルドは腹部に痛みに耐えながら、次の言葉を待つ。
「謝罪など、どうでも良い!貴様は仮面騎士団の名に泥を塗るつもりか!!」
「返す言葉もございません。今回の件に関し私はそれ相応の事をしたのです、然るべき処罰は受ける所存です。ですが…部下たちには軽い処罰をお与え下さい!」
「…なに?」
顔を上げて、レオナルドは自身の上司であり剣の師匠であるヴァンを見上げた。
セディックと共に洞窟から帰還した護衛の騎士であるヴァンは現在六十歳にして数多く存在する騎士の中の最年長にして仮面騎士団を指揮する剣の達人である。
“王の忠実なる二刀流使い”として名を馳せるヴァンは体格も大きくさることながら誰もが恐れ、逃げ出したくなるような威圧感を備えていた。
長い白髪を肩の辺りで一つに結び、同じように少し長い顎鬚を垂らしたヴァンは腕を組む。
「私の意志の弱さが招いた事です。彼らは私の指示に逆らえなかった、ただそれだけです。国王陛下、ヴァン総隊長」
セディックからヴァンへと順番に視線を向けた後、レオナルドは額を床に付けるまで頭を下げた。
「お願い致します!どうか、彼等には寛大なご処置を!!」
「っ―――。レオナルド、貴様……」
ヴァンに続きセディックも、そして同じ第一部隊として共に過ごした時間が長いルーク達ですらレオナルドの行動に目を見開き凝視してしまう。
いつも気だるげで何に対しても自分が面白いかということを優先してきたレオナルド。そんな彼の部下に対する情や真摯に自分の罪を認めていることにヴァンは驚きを隠せなかった。
「ヴァン、それくらいにしてはどうだ?」
次の言葉が出ぬほど驚愕していた事に気づいていないヴァンの背にセディックは笑みを浮かべるとそう声をかけた。
「しかし、陛下…」
「彼の言葉は嘘ではないように思う。彼からは“部下を大切に想う心”が感じられた。それは、ヴァン。お前が一番望んでいたことだろう?」
「むう…」
セディックの言葉は正論で、ヴァンは昔レオナルド達に同じような言葉を言った事があった。それを今、レオナルドは身を持って示している。これ以上ヴァンが言えることはなかった。
「レオナルド・シルフレント」
「はい」
ヴァンが下がったのを見届け、セディックは立ち上がると第一部隊の面々を見つめた。
「そなたの強き意に敬意を評し、第一部隊の者達には一切の処罰を与えぬ。」
「!!…感謝致します、国王陛下!」
レオナルドが礼を述べれば、第一部隊の面々も頭を下げる。
セディックは笑みを深めるがすぐにその表情を引き締めるとレオナルドだけを見つめた。
「しかし今回の件、何も処罰を与えぬということをすれば周りに示しがつかぬであろう。よって、仮面騎士団第一部隊隊長レオナルド・シルフレントには三ヶ月の停職処分を言い渡す」
「そんな!」
セディックの言葉に思わずルークが立ち上がる。
「隊長だけに罪を負わせるなんて、出来ません!」
「ルーク。陛下の御前だ、言葉を慎め」
「しかし、隊長っ!」
尚も食い下がらないルークにセディックは「ふむ…」と顎に手を当て考え込むような仕草をする。
ヴァンもまた視線をセディックに向ければ、彼と目が合いセディックが笑う。
それを受けヴァンは嫌な予感が的中したかのように深く溜め息を吐いた。
「ならば貴様等二人には隣国ジルマネレクに向かってもらおう」
「ジルマネレク…ですか?」
ファスティアス国より東に位置するのがジルマネレク王国である。
ファスティアスよりは劣るも東の外海での漁で生計を立てている水産業国家で、近隣国内では珍しい魔法使いを育成する学校があるのが有名である。
また、ファスティアスとジルマネレクは他三国・計五カ国で同盟を結んでいる。
「知っているとは思うがジルマネレクには魔法学校がある。
そこで今、新たな科として“魔法剣士科”を作ろうとしていると耳に入った」
「魔法剣士ですか?」
「魔法を使い、同時に剣をも扱える人材を育てようとしているようだ。だが魔法の指南役は既に学内に数名いるが…問題は剣の扱いについての講師がいない。
そこで我が騎士団の中から数名、数日で構わないので貸して頂きたいというのがジルマネレクからの依頼だ」
「なるほど…」
神妙に頷くレオナルドに今度はヴァンがセディックの言葉を引き継ぐように口を開く。
「同盟国として我がファスティアスもその要請を無下にもできん。」
「それで…我々に?」
「そうだ。シルフレント郷、そしてルークの二人はジルマネレク王国に向かえ。
ただし、今回の依頼料としてジルマネレクからの報奨金は全てヒガミヤ領へと回す。それが今回の件について君たち二人に与える罰だ。それでどうかね、ルーク?」
(つまりただ働きということ、か)
レオナルドがルークを見ると視線を交わらせたルークが、ぐっと拳を握りしめセディックの前に跪くと頭を垂れた。
「謹んでお受け致します!セディック陛下!」
「ては、出立は明日だ。しばしの休息を与える、下がって良い」
「はっ。」
セディックに再度頭を下げたレオナルド達は静かに謁見の間を後にした。――――
「なんて馬鹿なことをしたんだ、ルーク」
謁見の間から遠ざかり、しばらく守衛騎士団の手伝いをする事となった第一部隊の面々とレオナルドとルークは別れた。
静かな足音が二人分響く廊下で、ルークは立ち止ると声を上げた。
「馬鹿なことじゃないです。隊長だけに罪を負わせることなんて絶対に嫌です」
「それはなんだ、自分も加担したからか?償いの気持ちか?それとも同情でこんなことをしたんだったら…」
「同情なんかじゃありません!」
ルークの大きな声に庭の木々に止まっていた小鳥たちが一斉に飛び立つ。
歩みを進めようとしていたレオナルドも驚いて後ろを振り向けば、そこには一直線に逸らすことなく見つめてくるルークの瞳がレオナルドを捉えていた。
「前にも言いました。自分はレオナルド隊長しか、隊長だとは認めていません!だからどこまでも付いていきたいんです!貴方の…部下でずっといたいんです!」
(新手の告白か!?)
真剣に訴えるルークには悪いとは思いつつもレオナルドは心の中で笑いを堪えるのに必死だった。
言葉ではルークを非難するもレオナルドはあの場でルークが自分を庇ってくれたことがとても嬉しかった。そして、何故かこうなるのではという予感もあったのだ。
(ホント、変な奴)
「あーあ、ヤダヤダ。男にこんな熱く愛を語られても嬉しくないっつーの」
レオナルドはルークに背を向け、首元の後ろで手を組む。
「え…」
ガーン。と効果音が聞こえそうな程ルークが落ち込み、追いかけようとした足を止めればレオナルドはくすっと笑う。
「まあ、例外は一人いるけどな」
「え。…え??」
レオナルドの真意が読めない。とルークが目をしばたたかせれば、レオナルドは顔だけを振り向かせる。
「その言葉に嘘がないんだったら、何処までも俺に付いて来いよ? ルーク」
「!!…はいっ!」
我かながらキザな台詞を言ったなと思うも、まるで忠犬のように嬉しそうな笑みを浮かべ駆け寄ってきたルークに、レオナルドは言いようのない感謝と嬉しさを感じたのだった。
* * * *
「ヴァン、何も言わなくて良かったのか?」
レオナルドたちが出ていってから数分後、セディックは隣に立つ騎士を見上げた。
「ヒガミヤでの事か?」
「ああ。彼なんだろう?―――異世界の少女を黒竜船団の売ろうと企んだのは」
頬杖をつき、微笑んだセディックにヴァンは溜め息を吐く。
レオナルドのした事を全て知りながらもヴァンは彼等の師としての立場から物事を見つめ、セディックも表情には出さずに彼らと会談していた。
「言うも何も“あの方”に頼まれては断れませんよ。
それでなくともレオナルドがあれだけ変わったのは今回の件があったからだ。私に罰を与える権利は有りますまい」
ヴァンの言う通りレオナルドの起こした事は“ある人物”によりもみ消されていた。
そのある人物からの“願い”を忠実に守り、セディックとヴァンはレオナルドたちには何も言わなかった。
ヴァンは我慢できずに一発だけ殴ってしまったが、それも彼なりの弟子に対してのけじめのようなものであった。
「アイツが変われたのが事件の御陰だというのなら、私はあの方の頼みを素直に聞き入れます」
「ヴァンのそういう弟子に対しての深い愛情、昔と変わっていなくて嬉しいよ」
「っ…よくもまあ、そんな恥ずかしい台詞が言えるな」
セディックが優しげに目元を細めれば、ヴァンは気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「けれど、あの方に『今回の件についてレオナルド・シルフレントとルークには罰を与えぬように』なんて頼まれた時は耳を疑ったな」
ははっ。と無邪気に笑うセディックにヴァンも苦笑を浮かべる。
「あの方にも何か考えがあるのでしょう。しかし、自尊心の高い貴族たちには悪いが今回の件には感謝すらしたいよ、私は…勿論あの方にもね」
「なるほど。…やっぱりヴァンは弟子が大好きでしょうがないんだな」
「しつこいぞ、セディック」
睨みつけるヴァンに対し、セディックはニヤリと口角を上げると窓の外を見た。
「しかし…。罰を与えぬようにと言われたのに与えてしまったが大丈夫だろうか?」
「大丈夫だろう。あの方は“異世界の少女”についての件に対し罰は与えるな、と申したのだから」
「そう、だな…」
呆然と相槌を打つセディックの肩をヴァンが叩いた。
「平気だと言っているだろう。それにあんなもの処罰の内に入らんではないか」
「ははっ、ヴァンは厳しいな相変わらず」
可笑しそうに笑い声を上げたセディックにヴァンも歯を見せて笑った。
幼き頃から隣にいるのが当たり前の騎士に対してだけ見せる国王の笑顔に比例するかのように太陽の輝きが謁見の間に広がる。
「そういえば…あの方は今どこにいるのだろうか?」
「推測だが、異世界の少女の所ではないか?」
ヴァンの返答にセディックは大きく伸びをしながら立ち上がると窓の外を見つめた。
「うむ。その少女に一度でいいから会ってみたいものだな」
「奇遇だな。私もそう思っていたところだ」
セディックとヴァンは共に笑い合うと謁見の間を後にしたのだった。
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前章の決着がここでついた感じがしますが、この話は新章の始まりです!
第Ⅳ章お楽しみください!
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