ⅩⅩ 謝罪と怒り…と?
第Ⅲ章、最終話です!
ジンセット書店は二階建てになっており店側が一階、二階は住居として使われている。
一階の店は仕切りがなく一部屋だがその分空間が広く、二階は三つ部屋があった。レジカウンターの奥にある扉に隠された階段から二階へと行けるのだが、心音達はそこを上っていた。
「そういえば…どうして本を外に出してたの?」
ユーリが顔だけを後ろに向けると、話しかけられた心音はユーリを見上げた。
「棚の掃除をするので一時的に外に出して置いたんです。日に当て過ぎると紙が日焼けしてしまいますけど、短い間だったら本に挟まっている小さな虫とかも逃げるだろう…ってマリクさんが。」
城の爆発による地震でジンセット書店の本も棚から落ちたりと少しの被害を受けていた。
だがマリクはそれを好機と取り、古い本や何年も棚に並びっぱなしの本を新しい物と交換したり、いっその事すべての棚の埃を取り除こうと考えたり…。
「つまりは大掃除を始めてしまった訳か。」
「うん。いつもは目を背けていたけど、一度始めたら隅々までやらないと気が済まない!…みたいな?」
心音の後ろからシルバが口を挟めば心音も頷き、ユーリも大げさに声を上げた。
「それ、すっごく分かるよ!俺も溜まった書類からいつも目を背けて…」
「お前のそれは最早病気だろう」
シルバのツッコミが入ったところで三人は二階に到着する。
階段を上りきるとすぐにリビングダイニングである部屋が広がる。レンガ造りのキッチンと丸いテーブルを挟んで二脚の椅子。
奥には窓があり、側にはシックなデザインの二人掛けソファーが置かれていた。
騎士団員たちは思い思いの場所に腰掛け、ユーリ達が姿を見せると視線を移し、マリアが一人歩み寄った。
「ユーリ団長、ジンセットさんが手前の部屋を貸して下さるそうです」
「ああ、分かった」
キッチンの対面側に一つと、ソファーのある側の壁に一つ扉があった。
ソファー側はマリクの私室であり寝室。キッチン側は客室として使えるよう整理された空き部屋だった。
マリアが視線で促したのは後者の空き部屋で、ユーリは一つ頷くと心音の方に振り返った。
「あのさ、ココネちゃん」
「はい…?」
「実は…君に会わせたい人がいるんだ。その人はもうすぐ此処を離れなくちゃいけないくて、その前にどうしても…君に会わなくちゃいけない人なんだ。会ってくれるかな?」
(ユーリさん…この事を言いたかったんだ)
先程からユーリやシルバ達の態度に何処となく違和感を覚えていた心音は、本題を中々切り出せなかった事と場所のセッティングに時間が掛かっていたのだと知る。
あの事件以来、ユーリやグラン達のことはシルバの“仲間”としての意識を読み取り、信用しても大丈夫だと認識した心音。
ファイがユーリに憎まれ口を叩きつつも自分が街に行くのに同行することを許した事も、信用に値する大きな要因だった。
だからこそ、相手のちょっとした態度の変化に敏感な心音はユーリ達の態度を気にかけていた。
そして今、その原因が分かり心音は安堵の息を吐いた。
(よかった…。私が何かした訳じゃなかったんだ)
“信頼していた人”に裏切られる。それが心音にとって一番『怖い事』だ。
それは『嫌われる』という事も含まれ、彼女にとってユーリ達はもう“それ”に当てはまる人達だった。
(会わせたい人…か)
だが既に心音が「何かをしたから態度が変だった」という仮説は崩され、ユーリ達は信頼できる相手と再認識した。彼女にユーリ達の頼みを断る理由は最早ない。
「分かりました、良いですよ」
「!…そうか。…ありがとう」
ユーリがほっと胸を撫で下ろすとシルバが心音の隣に立った。
「俺とユーリも付いていく。お前は…ただ、話を聞いてやってほしい」
「うん、分かった」
(シルバが初めて頼み事をしてくれた。…私のできることは、それに全力で応えることだよね!)
安心させるように肩に手を置いてきたシルバの手に自分の手を重ねると小さく握り、放した。そして心音はユーリとシルバを後ろに伴い部屋へと続くドアのノブを回した。
「俺たちは話が終わるまで此処にいるから」
背にグランの声がかかり、心音はそれに小さな頷きで返事をし部屋の中に入った。
そこに誰がいるのか。それは心音以外の者は皆が知っていた。セッティングをしたのだから当然なのだが、彼らは一つ見落としていた。
彼女が“彼等”に会った時、どんな反応をするかという事を。
「あ、なた…は…っ」
室内は落ち着いた色の木目の床とクリーム色の壁紙。家具もそれに合わせ濃い色の木で出来たテーブルや椅子、チェストや本棚、クローゼットに簡易なベッドなどが置かれていた。
ベッドの側には大きな窓が二つあり、どちらともからバルコニーに抜けられ、部屋の中にはそこから日の光が入り昼間という事もあったが、明りを点けずともとても明るかった。
そんな部屋のテーブルには二脚の椅子が対面するように置かれている。その一つに腰かけていたのはレオナルド・シルフレント。そしてその後ろに控えるように立っていたのは灰色の髪をした少年ルークだった。
「…えっと。……こ、こんにちは」
レオナルドは引きつった笑みを浮かべるとそう一言だけ述べた。
だがその瞬間、心音の中で城でのレオナルドの冷徹な笑みと目の前の笑みが重なり、キュッと心臓を掴まれたかのように息苦しくなる。
「な、なんで…っ」
一気に血の気の引いた青ざめた顔でフラッと後ろによろめいた心音をシルバが受け止める。
「落ち着け…大丈夫だ」
「しる、ば…」
両肩を支えるように握るシルバの手の温もりに、心音は冷静さを取り戻すと深く息を吸い、また吐くと目を閉じた。
(そうだよ、ユーリさんやシルバに事件のことは大まかにだけど真相を聞いたじゃない。この人は確かに酷いことをしたけど…今、私がするべきことはこの人と“話し”をすることなんだから)
何度も落ち着かせるように深呼吸をした心音は、ゆっくりと閉じていた瞼を開きレオナルドを見据えた。
「私に…会わせたい人がいる。とユーリさんが言ってました。それは…アナタなんですね?」
「…あ、ああ。そうだよ」
「……。何か…言いたい事があるんですね?」
極めて冷静に言葉を紡ぐ心音とは対照的に、レオナルドは歯切れの悪い返事ばかりか、心音が部屋に入ってきた時のほんの一瞬意外レオナルドは心音を見ていなかった。
「……この、前の」
やっとレオナルドの口から言葉が紡がれる。
それを機に心音は自らレオナルドの対面に位置する椅子に座った。
それに驚くレオナルドだったが、その行為が何処か少し許されたように感じたのか強張っていた表情は緩み、冷や汗は止まる。
「…君を攫い、傷つけ、怖い想いをさせたことを……謝りたい」
消え入りそうな声だったが、心音にはちゃんとレオナルドの言葉が聞こえていた。
(これは…きっと、この人の本心。なら、私も隠すことなく自分の気持ちを言わなくちゃ)
心音は小さく息を吸った。
「私は……アナタの事を許せません」
「っ…。」
この部屋に入って来たときの心音の反応を見て、レオナルドはその答えを予測していた。だがそれでも心音の口からはっきりと拒絶の言葉を言われ、レオナルドは唇を引き結んだ。
心音はそんなレオナルドから目を反らすことなく続ける。
「貴方はラルを傷付けた。それだけじゃない、今この街の人が大変な目に遭っているのは…貴方の所為でもあると私は思ってます。
それに私も……貴方にされた事を消しされるほど心は強く出来ていません」
テーブルの下できつく握り締めた心音の手は、怒りとあの時の恐怖を思い出し堪えているように見えた。
「……すまなかった」
レオナルドは俯き青ざめた表情で身を縮こまらせた。
それは改めて心音と向き合った事で、自分の犯した事がこんなにも心音に恐怖や怒りを植え付けていた事に気付いたのだ。
軽い気持ちで動いた自分の行動で傷付いた人がいる。
心音の言葉はレオナルドの胸に深く響いていた。
「……。貴方がどうしてあんな事をしたのか、それはシルバやユーリさんから聞きました。
それでも、私は…貴方を許せません」
(…こ、ココネちゃん…容赦無さ過ぎじゃないか?!)
心音のことだ、許せない想いでいるとしても柔らかい言葉で言い返すだろうと思っていたユーリは、いつも皮肉たっぷりで上からな態度のレオナルドが震える子犬に見える。と顔には出さないが、内心で驚愕に目を見開いていた。
「それだけ貴方は酷い事をしたんです。それを自覚して下さい。」
(意外にココネちゃんってキツい性格なのか?)
心音に対しての印象がユーリの中で変わろうとしていた時、心音が深く息を吐いた。
「けど…」
「え…」
心音は不意に立ち上がると、テーブルの上で強く組まれ震えていたレオナルドの手を両手で包み込んだ。
「それも、きっと時が解決してくれると思うんです。
今あるこの恐怖や怒りも、時が経てばきっと…消えるはず。……その時、私は貴方を許します」
ふわりと心音は優しく笑んだ。
昔の事を引きずり人を信用できないでいた心音。けれど時が経ち、シルバやクロムたちと出会ったことで少しずつ変わってきている。
それは昔の出来事が時間と共に薄れ、落ち着いてきている証拠だと心音は思う。
だからこそ「時間が解決してくれる」と、そう口にしていた。
(私は変わりたいと思った。なら、この人の事もいつまでも憎むんじゃなくて……許せるように心を強くしていこう)
決意を新たにする心音の顔を見てレオナルドは目を見張る。
いつか許す。と口にされたはずなのに、心音の今見せてくれている笑顔が既に全てを“許す”と言っているように感じたからだった。
初めてみる心音の笑顔に、レオナルドはキラキラと輝く光を見るように目を細める。
(シルバが…この子を気に入った理由が今、分かったよ)
静かに目を閉じたレオナルドは自分の胸の辺りが温かくなっている事に気づく。
それは今までに感じたことのなかった。いや、自ら目を背けていた“人の優しさ”なのだとレオナルドは俯き目を開ける。
「……ありがとう」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
けれど、レオナルドの瞳には確かに強い自らの意志と優しい“光”が灯っていた。
「はあ~…よかった」
一部始終を心音の背後で見守っていたユーリは深く息を吐く。
「俺…もしかしたら、ココネちゃんがレオナルドの事を殴っちゃうんじゃないかと思ったよ」
「え!わたし、そんなことしませんよ!」
話は着いたとばかりに心音とレオナルドの方へと歩み寄ったユーリが、ほっとしたような笑みを受かべ二人の肩を叩く。勿論、心音には優しく、レオナルドには強く、だ。
「よかったな、レオナルド!…ココネちゃんもありがとな、我がままに付き合わせて…」
「い、いえ!…私も、話が出来てよかったと思いましたから」
ユーリに微笑まれ、心音は気恥ずかしげに俯くと視線を落とす。
けれどユーリとは反対の隣に人の立つ気配を感じ、心音はゆっくりとその人物を見上げた。
「シルバ…?」
心音からは束ねられた銀髪に邪魔されシルバの表情は読み取れなかった。
誰もが無言のシルバに視線を送るなか、レオナルドがハッと息を呑んだ次の瞬間――――
――――パシンッ!
「!!」
乾いた音が響き、レオナルドの頬が徐々に赤みを帯びていく。
一瞬、誰もが何が起きたのか分からず放心していた。目に見える光景は赤くなった頬を押さえるレオナルドと彼の真正面に立つシルバ。
「な……何やってんだよ、シルバ!?」
一番早く正気を取り戻したユーリが声を荒げる。しかしシルバは外野など気にも留めた様子は無く、未だ放心状態のレオナルドを見下ろしていた。
「…ココネはそれでいいのだろう。あれが、ココネなりのけじめのつけ方だ。…だがな、お前に対して怒りを募らせているのは何もココネだけじゃない」
シルバの怒りの滲んだ言葉に、ユーリは止めようとしていた手を止めた。
自分にもレオナルドに対しての怒りが少なからずあるからだ。ユーリは今、シルバが何を思っているのか少し理解できた。
「平手だった事を有り難く思え、レオナルド。……二度と“裏切る”な、主を、友を、仲間を。お前を慕う部下達を、だ」
レオナルドの犯した事をシルバは敢えて『裏切り』と表現した。
騎士に取って主への忠誠は絶対で、主の命に背くことは裏切りを指す。だからこそ、シルバは『騎士』としてレオナルドとのけじめをつけた。
「シルバ…。…っ…すまなかった」
レオナルドは酷く泣きたい衝動に駆られる。
それは見つけてしまったから。向けられた言葉の中で、彼がまだ自分を“騎士”として扱ってくれている事を。
王都へ帰れば処罰が待っている。それは最悪の場合、仮面騎士団からの解雇だってあり得る。
それを覚悟の上で王都へと帰ろうとしていたレオナルドに取って、一人の騎士として扱われたことは何よりも嬉しかった。
(甘い…な。いや、甘くなったんだ。あいつ等と出会って…)
必死に涙を見せまいとするレオナルドに声を掛けるユーリと心音、そしてルーク。
彼らに視線を向けながらも、シルバは自分の下した結論に溜め息を零す。
(俺は大切にしたいものを傷つけられることが許せない。今までの俺だったら、レオナルドを絶対に許さなかった。いや…今頃この剣で秘密裏に刺し殺していたかもしれない)
腰元の剣に触れ、シルバは苦しげに俯く。
(けれどそうしなかったのは――――)
ユーリと共にレオナルドに話しかけ、何かを言われたのか恥ずかしげに頬を染めながらも笑う心音を見たシルバは、初対面の頃の彼女とを脳内で比べ、彼女の表情がすごく柔らかなものに変わっていることに気付く。
シルバも心音が他人に対して一線を引いている時があるのには気付いていた。だがそれが人を信用していない為だという事に気付いたのは彼女がクロムたちの元で暮らし始め一週間経った頃だった。
クロムや自分に対しては砕けた態度を取るも、初対面の相手にはどこか固い心音。
そんな彼女が今、たった数日でこの人数全員を信用しているということはシルバにとっても嬉しいことだった。
(…ココネ、か)
シルバは先程から感じていた自分の気持ちが何だったのかようやく気づく。
ファイから心音が攫われたと聞き酷く鼓動が脈打った時の不安感。賊に襲われ泣いていた心音を見つけた時の賊への怒り。自分の腕の中で心音の体温を感じた時の安堵感。
(今もそうだ。レオナルドへの怒りが、心音の考えていた答えを聞いた途端…スッと消えた。)
一人俯きフッと苦笑するシルバ。
全てに結びつく感情が何だったのかを知り、シルバはそっとその気持ちに蓋をする。
(……。いつからそう思うようになっていたんだろうな)
「けど、いきなりビンタするなんて驚いたぜ」
ユーリがシルバに話しかけるも答えは無い。
「…シルバ?」
ユーリが目の前で手を何度も動かすも気づいた様子のないシルバに、首を傾げながら心音が近づく。
するとシルバは苦笑を浮かべたまま自分を不思議そうに見つめる心音の頭に手をやると軽く叩いた。
「いつのまにか、俺も変わったということか…」
「え?何??」
シルバの手を退けるように見上げてきた心音に小さく笑みを零すシルバ。
(今はまだ…この気持ちが何なのかという事は考えないことにしよう)
シルバは大切な物に触れるように片手を自分の胸に添えたのだった。
―――――「今日はありがとう、ココネちゃん!」
「いえ、こちらこそありがとうございました!」
夕方になり街がオレンジ色に染まり始めた頃、ジンセット書店の前でユーリが心音に手を伸ばす。
握手を求めた行動だったのだが、それはシルバによって遮られる。
「本当に送らなくていいのか?」
「うん、大丈夫だよ。いざとなったら防御石もあるから」
パンパンに膨れ上がったポシェットを軽く叩き心音は嬉しそうに頬笑む。
―――レオナルドとの会談後、騎士たちは一度公務に戻っていき、心音はジンセット書店の手伝いを引き続き行った。
そうして時間が経ち数分前、ユーリとシルバ、そして副官のシオンとマリアが食糧や洋服を手にジンセット書店を訪れたのだ。
今心音が着ているのはジャージではない。下から編上げのブーツに赤を基調とし後ろ腰の辺りで結んだ白のエプロンが付いたワンピース。ふわりと広がる裾は膝まであり、白のレースがあしらわれていた。
下ろした髪には同じように赤い花の髪飾りをつけていた。
これもシルバ達が持ってきた服の一つであった。
「あの…本当にこれ全部貰ってしまって良いんですか?」
心音のポシェットは魔法道具で、見た目に反し多くの物が収納できるようになっている。
シルバ達が持ってきた食料などを全てポシェットに詰め込んだ心音が申し訳なさそうに眉尻を下げると、マリアが微笑みかけた。
「良いんですよ、此方としては先の件でココネさんを巻きこんでしまった責任がありますから。それはそのお詫びと思って下されば幸いです。…それに団長とお約束していらしたのでしょう?なら、それは正式な報酬のような物です」
「…そういうことでしたら、有り難く頂戴しますねっ」
(マリアさんって大人な女性って感じで憧れるなぁ!)
笑い合うマリアと心音にユーリがぽそりと。
「いいねぇ、女の子同士の会話ってのは…」
「何処のオッサンですか、ユーリ団長」
「……シオンくんって、冷たいよね」
顎に手を当てしみじみ言うユーリに、シオンが冷たい視線を送った。
「それじゃあ、失礼します」
「あ、待って、ココネちゃん!」
「はい?」
一人一人に頭を下げた後踵を返した心音の背にユーリが声をかけ、心音は振り返る。
「今度はゆっくりとお茶でもしようね!」
「はい!」
「え、ホントに!?」
自分から頼んでおいて何だが断られることを危惧していたユーリの慌てた声にクスリと笑みを零すと心音は後ろ手に腕を組んだ。
「勿論ですよ、此処にいる皆さんからの頼みなら何だって答えたいって思ってますからっ!」
「あ…。悩み相談だと思われてる?…ま、いいか。結構ココネちゃん可愛いし、また会えるだけで儲けもんだよ、な?」
少し落ち込んだ様子を見せるも笑うユーリに、ふっと自然に頬を緩めたシルバだったが少し胸の奥がチリッと疼き、気がつけば無言のマリアと共にユーリを殴っていた。
「なんで!?」
何故殴られたのか分からないユーリに張り付けたような笑みを浮かべるマリアとシルバ。
そんな三人の様子を見守っていたシオンだけが、ユーリを憐みの目で見つめていたのだった。
* * * *
夕焼け空の下、ファームへの道を一人歩く心音は歌を歌っていた。
それはファイをウォルンから助け出すために歌った歌だった。
その時吹いた風が、側の花畑を駆け抜け花弁を空に舞い上がらせる。フラワーシャワーのように花弁が舞うなか歌う心音はまるで可憐な歌姫のようだった。
「遅せぇから迎えに来たぜ、ココネ」
「あ…ファイ!」
道の途中にある木の木陰に座っていたファイに気づくと心音は駆けだした。
ファイは立ちあがると心音に視線を移し、ぎょっとしたように目を見張った。
「そ、それ、どうしたんだ?」
「あ、これ?これはシルバやユーリさんから貰ったの!何だかおとぎ話に出てきそうな服だったし、可愛かったから着て帰ることにしたんだ!…どう?似合う、かな?」
「っ!!…ま、まあまあじゃね」
「そっか…。ふふっ」
口ではそう言ったもののファイの頬が赤い事に気づいた心音は嬉しさのあまり笑みを浮かべる。
「何笑ってんだよ!」
「べっつに~?」
「なっ!?」
駆けだした心音にファイは拳を握りしめると追い駆けだした。
「待てっ!!」
「わっ、やだよー!」
必死に追いかけてくるファイの顔を見た瞬間、心音は笑い声を上げながら逃げるようにファームに向かって走る。
だがむきになったファイが本気で走れば、心音に勝ち目はない。
「あっ!」
「捕まえた!!」
腕を取られ心音はファイを振り返る。その途端…
「「あははっ!」」
二人はどちらからともなく笑い合った。
「私たち子供みたいっ…て、十分子供か!あははっ」
「ホント、走りまわって…バカみてぇ」
互いに何かしたかった訳ではない。けれど何も考えず、ただ走りまわった事が二人にはとても嬉しくて、楽しくてしばらく二人は笑い合った。
きっと気づいていないだけで、二人の中にはたくさんの恐怖や不安が溜まっていたのだろう。
だからこそ“何の意味のない”行動が二人を癒した。
「…帰ろうぜ、ココネ」
「うん。帰ろう…ファイ」
ファイは自分が掴んでいた心音の腕に気づき一瞬目を見張る。けれどすぐに優しげに細めると、手を滑らせ心音の手を握った。
「今度は…絶対に離したりしないから」
「!」
手を握られ驚いたのは一瞬で、心音はファイの目を見て軽く頷いた。
(きっと、私が攫われたのは自分の所為だと思ってるんだ。…そんなこと、ないのに)
伝われ。心音はそう願いつつ、きゅっとファイの手を握り返した。
「ファイ」
歩き出して数秒、心音はファイと向き合うように体を転換させる。
「ん?」
「あの時…助けにきてくれてありがとう。私は此処に居て良いんだって、思えたよ…ありがとね」
「…!」
素直に気持ちを吐露した心音に、ファイも歩みを止めると心音と向き合うように体を向けた。
「なら、もっとちゃんとした証拠をやるよ」
「え…?」
ファイは心音と繋いでいた手を放すと、自身のウエストポーチに手を突っ込んだ。
そして中から取り出したのは…
「…それっ」
「遅れて、ごめん。これはお前のだから…返すよ」
青色に輝く宝石・サファイヤの付いたネックレス―――職業認定証をファイは頭を下げた心音の首に掛けてあげた。
しゃらんと胸元で揺れるそれに、心音が目を奪われているとファイが再度手を差し出す。
「“おかえり”ココネ」
「…っ!……“ただいま”っ!」
泣きそうになるのを堪え、心音はファイの手に自分の手を重ねると嬉しそうに笑んだ。
この時心音はやっと帰って来れたんだと実感することができた。
ファイの言葉は――――心音がファーム・クロムの“家族”だという証拠だった。
夕焼け色に染まる道を歩く二つの影は仲良く手を繋ぎ自分たちの「家」へと帰っていった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
第Ⅲ章、ついに終幕!!
なんだか長くなってしまった第Ⅲ章、最終話も長くなってしまいましたがいかがだったでしょうか?
次回からは第Ⅳ章に入ります!読んで頂けたら嬉しいです!
※誤字脱字等、ありましたらお知らせください。




