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召喚獣☆育成ファーム  作者: カノン
第Ⅲ章 仮面騎士団とフェアリーダンス
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ⅩⅦ 再契約 Ⅲ

クロムの悲痛な悲鳴が上がると思われた。しかし彼の口から洩れたのは、唖然とした声だった。


「あれは…」


クロムの視線の先には、地面に減り込むようにして横たわる巨大龍・ウォルンティシーアとその頭上に乗る同じように巨大な獣足。そこより視線を上へ移せば、艶やかで美しくふわふわとした白銀の被毛を纏う気高き雰囲気の『狼』が確かに存在していた。


そして狼の頭上に浮く様にして立つ、一人の騎士。彼の腕の中には目を閉じた心音の姿があった。


「お前はっ…馬鹿じゃないのか!!」


怒りの滲んだ大きな声が耳元で響き、心音は瞑っていた瞼をゆっくりと開けた。

最初に飛び込んできたのは銀色の光。それが何なのかはっきりと理解するまで、心音は瞬きを繰り返していた。


「死ぬ気だったのか?それとも自分なら何とかなるとでも思っていたのか?――――思い上がりも大概にしろ!!」


「シル、バ…」


いつも一つに纏められた銀の髪は解け、風に乗り心音の頬を擽った。

けれど一陣の風がそれらを全て払いのけると、現れたのは怒りに顔を少し赤らめたシルバの顔だった。

間近に迫る悲痛なまでに寄せられた柳眉と仮面が外れ露わになっている潤んだアメジストの瞳には怒りと…熱が帯びていた。


「自分から命を投げ出すような真似は二度とするな。」


背と膝下に回されていた手に力を込めたシルバに、心音は眉尻を下げると目に涙を浮かべた。


「ごめ…っ、ごめんなさい…っ」


横抱きにされたまま、心音は側にあるシルバの首へと腕を回した。


「怖かった…っ。死にたくなんか…なかったっ!…シルバっ……シルバ!!」


一度でも諦め「死」を覚悟してしまった。クロムとの約束さえ簡単に破ろうとした。

そんな自分が許せなくて、情けなくて…怖かった。


あのままだったら?もし、シルバが助けてくれなければ私は―――どうなっていた?


心音は様々な感情がせめぎ合い混乱する。

疲弊しきった身体と心で死に直面したのだ。気を失いそうになってもおかしくは無い。

けれど心音は必死にシルバの首に腕を回し、自分は此処にいるのだと強く確信したかった。

ぎゅっとしがみ付く様に抱きつく心音を支えながら、シルバは彼女の華奢な肩に自分の顔を押し当てた。


「もう心配ない……だから泣くな」


「…っ…うん。…うんっ」


暖かな温もりと逞しい腕。自分を包み込んでくれるその優しさに、心音は止まる気配のない涙を流しながら何度も何度も頷いた。

銀色の滑らかな髪に顔を埋めながら、心音の中に今まで感じたことの無い感情が胸に広がった。


(暖かくて、心地いいのに…どうしてこんなに胸が苦しいの…?)


少し熱を持った頬を隠すように、心音はシルバの肩に顔を埋めた。

そんな二人の様子を遠目に見ていたクロムは、苦しげに拳を握りしめると俯いた。


(僕は…心音に相当な負担を与えていたのかもしれない。…だからあんなに)


きつく引き結んだ唇を解き、クロムは顔を上げると前を見据えた。

未だ宙に浮いたままの球体に触れるように手を翳し、クロムは扉の中へとそれを移動させる。


「再契約を完了させる!シルバ、もう少しウォルンを押さえていて!」


「!…ああ!」


クロムの声に弾かれるように顔を上げシルバに抱かれたまま、心音は下に広がる光景に目を丸くした。


「大きな……犬?」


「狼だ。召喚狼・第五《全》。速さ・攻撃・防御・癒しの力、全てに特化した召喚獣

だ。クロムに教わらなかったのか?俺の『全』は『攻』を強く持つ」


シルバの言葉に耳を傾けつつ、心音は以前クロムとファイに教わったことを思い出す。


五法魂魔育成ごほうこんまいくせいというファームでの育て方。

普通ファームで育てられた召喚獣たちは五つの属性・五属性のうち、一つの属性だけをその身に宿して生まれる。


「攻」なら「攻」の魔法・魔力しか扱えない召喚獣、「速」なら「速」の魔法・魔力しか扱えない召喚獣…というようにだ。

『全』とは、この世界における召喚獣の特化した属性「速さ」「攻撃」「防御」「癒し」の四つ全てを保持し生まれ扱う事ができ、そして四つの力の内どれか一つを強く持って生まれてくる存在だ。


例えばシルバの「全」である狼は「攻」の力を強く持つ。つまり四つの力全てを身に持つが、その中でも「攻」の力が他の力よりも格段に上という事だ。


「全」は突然変異のように生まれる事が稀な存在だ。しかしファームで育成する場合『種』の配合や特殊な肥料などにより、意図的に作り出せるという事がつい最近判明した。

クロムのファームではシルバの「召喚狼サモン・ウルフ」の『全』を生み出した以外、まだ他の「全」を生み出してはいない。


(…って聞いたな。)


「じゃあ、あれがシルバの『全』の召喚獣…」


「ああ。俺が無理を言ってクロムに五属性すべての召喚獣を育成してもらった。その中でもアイツは一番初めに契約した奴で、そして他の召喚狼よりも強い。……まあ、そういうと他の奴が煩いのだが」


最後の方は聞こえなかったが、シルバが召喚狼たちを大切にしていることが伝わってくる。そんな暖かな空気に心音は少し落ち着きを取り戻し涙の残る目元を擦る。

それを見つめながらシルバは降下すると、暴れるウォルンとそれに応戦する全の狼から離れた場所に足を着けた。


「お前は此処に居ろ。クロムの儀式が終わるまで絶対に動くなよ」


「シルバは…?」


心音をそっと地面に下ろすと、シルバは腰に差していた剣を鞘から引き抜き眼前に翳す。


「俺は《全》の狼の加勢に向かう」


「でも…!」


「心配ない…すぐに片を付ける」


不安げに見上げてきた心音の頭を優しく諭すように撫でると、シルバは再び空へと舞い上がりウォルンへと飛んでいった。

それを呆然と見送ることしか出来なかった心音は、力が抜けたように地面へと座り込んだ。


(結局こうだ…。自分にやらせて下さいって言っても結局わたしは役立たずで、いつも護られてばかりで……ただこうやって何も出来ずに見ているだけ。)


心音は拳を強く握りしめ、悔しそうに下唇を噛む。


(自分で出来るって言って、信じてなんて言って…結局は私も“あの子たち”と同じじゃない…っ)


――――幼き頃の記憶。

裏切られた過去。自分はそれと同じようなことをしているのではないか。心音の中で自問自答が続く。


「私は絶対にあんなことしない。ううん、もうあんなことを見たくもない…他の誰かが裏切られるのは嫌!」


顔を上げた心音の瞳には強い意志が宿っていた。一度折られた決意を新たに奮い立たせ、先程よりも真剣な迷いの無い強い光が輝きを放つ。

それは心音が昔の事を吹っ切ろうと、前を見据える為の『切っ掛けとなったもの』と出会った感覚に似ていた。


(音楽に……出会った時もこんな感じだった)


不安で、誰も信じられなくて、引きこもるように殻を被った心音に“祖父”が『歌』を教えた。

上手いとも、下手ともいえない祖父の歌声。それでも楽しそうに歌う祖父の歌にいつしか聞き入るまで好きになっていた自分に、心音は迷いや不安が消えていることに気付いた。

その時と同じ、温かな感覚が心音を包む。


(そうだよ…。私に“出来る事”一つだけあるじゃない!)


心音は引き締めた表情で立ち上がると、一歩、また一歩と前へと進んで行った。


 * *  * *


ウォルンと対峙するように白銀の狼が牙を剥き吠える。互いに魔法は使うことなく、牙や爪で戦っていた。

心音の御陰もあってか、またはクロムの儀式が進んでか、ウォルンは苦しげに顔を歪めながらも抵抗していた。暴れまわる度に湖の水が、波を起こし風を起こし狼やクロムを襲う。

そこへ銀の一閃がウォルンに襲い掛かる。

ガキンッ!と音を立てるも、龍の鱗に弾かれシルバは少し刃毀れした剣を片手に距離を取るべく後ろに跳躍した。


――――グオオオオオオオォー!!


その瞬間にウォルンは魔法陣を口前に出現させると冷気を纏った。しかし魔法が発動される直前、白銀の狼が体当たりでそれを阻止する。

見事な連携に目をくれることなく、クロムは詠唱を続けていた。


(もう少しっ…!)


疲れと魔法の大きさによる重圧で震える手に力を込め、クロムは魔力を注ぎ続ける。

再契約の儀式は終盤まできている。しかし此処からが難題だった。


契約の証を刻み込んだ心臓を扉に封印するも、その扉を閉めなくては無効になってしまう。

しかしファイの願いにより力を使ったウォルンに対しその分の『魔力』を対価として支払わなければならない。つまりそれが『命と引き換え』ということである。


この世界で魔力とは人間の命に等しい「生命力」と言っても過言ではない。

今回力を使った事に対しての対価は契約者である「ファイの魔力」、なのでウォルンはファイをその身に取り込んだ。

つまりファイを取り戻すということは、その分の魔力をウォルンに与えなくてはいけないのだ。


クロムの魔力とて無限という訳ではない。無くなれば…「死ぬ」。

それでも再契約分の魔力と、今回の願い分の魔力。どちらも補うのが自分の役目だと考えていた。


これ以上、心音に負担をかけてはいけない。そう考えたクロムはこの事を心音には言っていなかった。


(僕の魔力が足りなければファームに蓄積された魔力も使おう。地に眠った魔力なら、地はまた魔力を貯めようと自力で魔力を生成する。今は一刻も早くファイを救い出さないと!)


強く念じるように魔力を扉に注いでいたクロムは、直ぐ近くで爆発するような衝撃が起き吹いた風に目を瞑った。だがすぐに開き目にした光景に息を呑む。


目の前には白銀の狼が傷つき横たわり、隣に剣と共に地面に倒れるシルバの姿があった。


「シルバ!!」


クロムが悲痛な声で名前を呼ぶも、シルバに反応は無い。

そこへ近づく大きな影があった。その瞳に最早正気は無く闇が広がり、荒く息を吐く龍の体は自身の血が流れ出ているのにも構わず地面に体を引きずるようにして歩く。

赤い点が湖から続き、クロムの方へと向かう。


(既に自我が消えかけている…。前契約と今僕が施そうとしている契約がせめぎ合い、苦しんでいる。……っ、このままじゃファイもウォルンも助からない!)


何もクロムたちはウォルンを殺そうとしている訳では無い。だがこのままではいずれそうなってしまうと、クロムの額に焦りの汗がにじみ出る。


(どうにかして沢山の魔力を手に入れなくては…っ、でも此処にあるファームの魔力を全部注いだら…今育っている物もこれから育てるための土地も全てが朽ちてしまう…っ)


じりじりと距離を縮めるウォルン、魔力の枯渇が近いクロム。焦りばかり募り、クロムの中で残酷な決断が脳を過ぎる。


(このまま…ファイを……。)


そこまで考えてハッとする。そして首を横に振った。


(何を考えているんだ…!)


思い踏みとどまったものの、解決策は今の所無い。


(どうすれば…っ)


――――そんな時だった。


綺麗な歌声が、クロムの耳に届く。

それは緩やかに流れていたファームの風に乗り、全体へと響いていくようだった。


「~~♪…~~~♪…」


激しくも無く、かと言ってのんびりとしていない。

ただ優しく語り掛けるように美しく奏でられたメロディ。

伴奏も無い歌だというのに、聞いているだけでピアノやバイオリンの音色が聞こえてきそうなその歌にクロムはゆっくりと振り向いた。

そこに居たのは、目を閉じ祈るように手を組み歌う心音の姿だった。


「ココネ…」


惹き込まれるように心音から目を離せなくなったクロムは呆然と歌に聴き入っていた。

目を閉じてもそこに広がるファームの情景を表すかのように穏やかな歌を歌う心音。口元には次第に笑みが浮かび、心から歌を楽しいと感じ誰もを惹きつける何かが存在していた。


(心が…澄んでいくようだ)


目元を細め、クロムは歌い続ける心音を眩しそうに見つめた。

夜の闇に立つ彼女だけをまるでスポットライトのように月が照らす。心音だけのステージに聴き惚れていたのはクロムだけではなかった。


『キュルルルルルルー…』


クロムへと近づいていたウォルンが先程までの殺気が嘘のように消え、理性のある瞳を持ち心音を見つめていた。そこにはちゃんとした自我があり、知性溢れる龍が確かに存在していた。

そしてもう一人、怪我をした体を無理やりにでも起こし心音へと視線を向けたシルバが、驚いたように目を見開いていた。


「この歌…何かの魔法なのか?あの龍がたった一人の少女の歌で正気を取り戻すなんて…」


「ある意味…魔法なのかもしれない」


初めて聞いた心音の歌声に、誰もが心を奪われた。

魔力の無い人間の…いや。心音だけが使えた『魔法』に魅了されていた。


(不思議だ…。この歌を聞いていると力が戻ってくるような気がするよ)


目を閉じ魔力の流れを感じ取ろうとしていたクロムは、不意に近づく気配に気付き目を開ける。


「今の内に封印を…クロム」


「!…うん」


小声で指摘されたクロムは樹を引き締めると未だ光を放ち開いたままの扉へと両手を翳した。けれどウォルンの気を逸らすことは出来たが、魔力の問題は解決していなかった。

だがクロムは心音の歌に後押しされ、残された魔力を全て扉へと注ぐ。


(これで…閉じてくれ!!)


――――その時、又も奇跡が起きる。


色とりどりの小さな光が空に舞い上がり、夜空の星と同じような輝きを放つ。

それらは自由に空を旋回すると一直線に扉へと向かってくる。


「君たちは…!」


扉の側に立つクロムは横切っていく小さな光の正体に気付き目を見開く。


《僕たちの力を使って!》


《素敵な歌をありがとう!》


口々にそう言った光の正体、それは『妖精』だった。

葉や花の花弁で作られた服に身を包み、透き通った羽根を背に生やした彼等は髪の色と同じ光を纏い、蕾だった花が綻ぶと空へと飛んでいく。

幾つもの光が舞い上がると、彼らは迷うことなく扉へと向かってきた。


《僕たちはこうして生まれることが出来た。それは彼女の御陰だ、だから僕たちは彼女に恩を返す。それが妖精の掟だからね!》


一匹の青い光を纏った妖精が嬉しそうに笑いながら扉の中へと消えていった。

花が咲き乱れる第四エリアはウォルンの襲撃があったにも関わらず、無傷と言っていいほど荒れていなかった。それは心音が花たちを意識しながらウォルンを誘導していた為だった。

妖精はそれを花の中からずっと見ていた。そして目覚めの歌を心音は歌ってくれた。

それだけで妖精が「信頼できる相手」と認識するのには十分だった。


「けれど扉に入るという事は、君たちの命が!」


《良いんだよ。僕たちはもしかしたら生まれる事が出来なかったかもしれないんだ》


《けれど彼女の御陰で生まれる事が出来た。なら僕たちは彼女の為に、彼女の喜ぶ事をしてあげるんだ!》


赤とオレンジ色の光を纏った妖精が同じように笑みを浮かべて扉の中に消える。それはその瞬間に彼らの命がウォルンの魔力の糧として、灯を消したという事だった。


(暖かい…)


心音は歌いながらそっと目を開けた。

そこで見た光景は、クロムの見せてくれた本と同じ…『妖精舞踏会フェアリーダンス』だった。

一万以上の光が宙を舞う姿はまるで踊っているかのようで、地上では花が綻べばまた新しい光が生まれる。彼等は空で踊ると心音の元へ訪れる。


《ありがとう!》

《歌が素敵だったよ!》

《生まれて来れてよかった!》

《ありがとう!》

《ありがとう!ココネ!》


彼等は心音の髪を引っ張ったり、頬にキスをしたり、手に触れたり、肩に乗ったり。思い思いの行動で心音に触れ、最後には必ず「ありがとう」と言葉を残し扉へと向かった。

心音と扉との間に虹のような光の道が出来る。それら全ての光が妖精だと知り、心音はうっとりと目を細めた。

幻想的な景色の中、彼らの行先が扉だと知り心音はハッと目を見開く。遠目でも分かった。

妖精たちは皆、扉の中に入って行っているのだと。


「ま、待って…皆!」


歌うのを止めた心音は、光の道を追うように駆け出した。

けれど歌う事に夢中になり自分が怪我をしていることを忘れていた心音は足がもつれ転んでしまう。


「ダメだよ…っ、やめて!!」


心音の悲痛な叫びを背に、最後の一匹が笑いながらクロムを見た。


《後は頼んだよ、ファームの主》


「……。」


静かに首を縦に振ったクロムに、妖精は扉へと消えていった。


「“契約により汝を封印する。現れし龍の幻影よ、その姿と共に湖へと帰りたまえ!!”」


高らかにクロムが呪文を終えた。その瞬間、扉は閉まり新たな「金の錠」が掛けられた。

完全に閉じた扉はスウッと徐々にその姿を消していった。



此処まで読んで下さり、ありがとうございます!


誤字脱字などありましたら、お知らせ頂けると有り難いです…。


そして!第三章もそろそろ終盤です!

すこし長々とし過ぎてしまった感じが無きにしも非ずなのですが…、最後までお付き合い頂けると嬉しいです!

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