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召喚獣☆育成ファーム  作者: カノン
第Ⅲ章 仮面騎士団とフェアリーダンス
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ⅩⅤ 再契約 Ⅰ

怪しい闇を蠢かせる球体を前に、クロムは空中に魔力線で方陣を描く。複雑に入り組む模様を幾つも描き、それらを大きな円で囲っていく。

やがて六つの丸い魔法陣を描くと、五つを五角形を作るよう角にそれぞれ置き一つを球体の下へと置いた。その瞬間球体の下に描かれた魔法陣以外の陣を結ぶかのように水色の線が現れ、それぞれの陣を繋ぎ星の形を作り出した。

それを見届け、集中していた意識をほっと一息吐き緩めたクロムは心音に視線を移した。


「ウォルンの心臓に刻んだファイの契約した証の上に新たな契約の証を刻み込む。

そしてウォルンが湖に戻る前に、この心臓を湖に封じる。

そうすれば今実体化しているウォルンの体は消え、ファイは解放されるはずだ」


「はい!」


言葉にするのと行動に移すのでは訳が違う。

今からやろうとしている事が、とても難しいことなのだと心音はクロムの表情から読み取った。


「心音」


「はい」


「……。君は少し離れていて」


「え…?」


何か自分にも出来ることがあるのではと考えていた心音はきょとんと目を丸くした。 

そんな彼女を見てクロムは、一瞬真剣だった表情を崩し笑みを浮かべると心音に背を向け、魔法陣の中へと足を踏み入れた。


「これ以上、ココネに辛い想いをしてほしくないから…」


クロムは後ろに控えていた心音には聞こえないほど小さな声で呟いた。

それを最後に笑みを消すと、クロムは両手を球体に翳し、短く息を吸うと目を閉じ呪文を唱え始めた。


「“契約せし水の神獣よ。我が魔力により現契約を破棄し、新たな契約を此処に誓いたまえ!”」


言い終えた途端、球体と魔法陣が強い光を放ちクロムはそれに飲み込まれる。


「クロム!?」


一瞬にして水色の光が辺りを埋め尽くし、心音は反射的に目を閉じた。


「“我は鍵を管理し、この地に根を張り、扉を守護する者──名をクロム。盟約に従い我が求めに答え、再びその身を扉に…”」


瞼を強く閉じたままでいた心音の耳に、クロムの声が届く。心音はその声に導かれるようにうっすらと目を開けると、そこには威圧感のある大きな扉が聳え立っていた。


(これ、って……ファイが魔法を使ったときに見た!!)


見覚えのある両開きの扉は、あの時の暗闇の中ではなく、クロムの魔力である水色の光で覆われていた。

ファームの景色に合わないその巨大な扉と対峙するようにクロムは立ち両手を翳していた。


(…同じ扉、だと思う。でも凄く“心地良い冷たさ”と“緩やかな流れ”を感じる)


青々とした扉の真ん中には、消えたと思われていた開かれた金の錠が垂れ下がっていた。

クロムがゆっくりと手を上に動かす。それに共鳴するかのように錠は金の光を纏うと、徐々に扉からずり落ち、扉も少しずつ左右に開いていく。


(クロムはあれを開こうとしているんだ。封じるっていうのは、もしかして扉の中にって事なのかも。でも…)


「くっ…、ぐ!」


何らかの力に押し潰されるような圧力が、クロムにかかっているのか、苦しげな声を漏らした。

それでもクロムは手を動かし続け、錠をずらす。


「頑張って…。頑張って、クロム!!」


何も出来ない自分を歯がゆく思う心音。けれど強く両手を握りしめ、クロムに想いよ届けと叫んだ。


しかし───


「あれ、は!?」


「そんなっ…、戻るにはまだ時間が!?」


心音の叫びとクロムの驚愕の声が響いたその刹那。

城とを結んでいたファーム上空にある黒き雲が、激しく波打ちズシンと大きな音を立て、ファームの結界に重圧がかかる。


───パリンッ!!!


次の瞬間、重圧に耐えきれず結界が崩壊し、まるで硝子の破片のようなものが心音とクロムに降り注いだ。


「きゃっ!?」


「っ!!…ココネ、伏せて!」


クロムは悔しそうに顔を歪めると、魔法陣を光に変え散らし、心音に駆け寄った。

咄嗟の指示に反応する事が出来しゃがみこんでいた心音に覆い被さるようにして、クロムは彼女を抱きしめた。

そして素早く呪文を唱え、結界の欠片から身を護る。


「“魔法守護盾(マジック・シールド)!”」


水色の光が丸い盾の形になり、クロム達の頭上に展開する。

降ってきた欠片は盾に当たると彼らを避けるように地面に落ち、粉々に砕け光となり散った。


「クロ──…っ!!」


心音は咄嗟に庇ってくれたクロムに礼を言おうと顔を上げて、息を呑んだ。

そこにあったのは、湖の方角を見つめたまま悲痛な表情をしたクロムの姿。

そんな彼の視線を追い、心音が見たのは…湖に半身を沈め此方を見つめる大きな龍・ウォルンティシーアだった。

龍はどんどん湖に身体を沈めていき、役目は終えたと言わんばかりに目を閉じていた。


「もう、間に合わない…っ」


頭上から零れ落ちた絶望の色を滲ませた言葉に、心音はビクリと肩を震わす。

その意味が…解ってしまったからだ。


ファイはもう───助からないと。


「私の所為、だ…っ」


触れる身体が震えているのに気づき、クロムはハッとして意識を心音に移した。


「私が…っ、自分の身を守れるくらい力があったら…クロムは儀式が出来たのにっ…。ファイに、力を使わせなければ…こんな事にはっ!全部っ、全部わたしがっ!」


「違う!ココネの所為じゃない!」


震える心音の肩を強く掴み、クロムは視線を交わらせる。


「僕が…僕がココネをっ──!!」


「…?」


クロムの真剣な双眸が心音だけを映す。しかし一瞬瞳が揺れた後、クロムは心音から手を放し視線をも逸らした。

重く悲しい空気が二人を取り巻くなか―――ウォルンティシーアの表情が急変した。


───グオオオオォー!!


「「!!?」」


激しい咆哮に二人は目を見開きウォルンに視線を向けた。

そこには激しく体をくねらせ苦しげに荒く息をする龍の姿。目をきつく閉じ体を揺さぶると、湖の水が波を起こしクロム達にも水飛沫が掛かる。


「何が起きてるの…?」


心音が唖然とした様子でウォルンを見つめる隣で、クロムは考え込むように顎に手を置いた。


「もしかすると…儀式は途中で遮断されたけれど、再契約の証が少しだけでも完成していたのかも」


「えっと…?」


「元の契約の証と、新たな契約の証の二つがウォルンに刻まれ…拒絶反応を起こしている…ということ、か。なら、再契約の義をもう一度行い、新しい契約の証を完全に刻み込むことが出来れば…!」


「!…ファイは助かる!?」


クロムの言葉を引き継ぐように言った心音に笑みを浮かべクロムは頷いた。ぱあっと目の前が明るくなるのを感じ、心音は笑顔をクロムに向け拳を握る。


「なら、もう一度儀式をして下さい!クロム!」


「けれど今暴れているウォルンを前に儀式をするのは危険だ。新たな契約がある所為で苦しんでいるウォルンは高確率で再契約の義を行っている僕たちを襲うだろう。そうなったら…」


暴れるウォルンを見て、クロムはそれが痛みに苦しみ暴れているだけではなく、再契約をした者と身体に刻まれたその半端な証に対しての怒りからも暴れているのだと感じていた。

しかし心音の言う通り再契約を完了させなければ、ファイは助からない。下手をしたら暴れ続けるウォルンまでもが苦しみから死んでしまうかもしれない。

選択を迫られ、クロムは俯くと眉間に皺を寄せた。


「…ウォルンの気を引けば、クロムは儀式に集中できますよね?」


「え…、それは確かにウォルンが他に注意を向けてくれたら助かるけど…―――まさか!?」


「私が、ウォルンの注意を逸らします」


「なっ!?」


自分の不用意な発言を心の中で叱責し、クロムは今にもウォルンに向かって歩き出しそうな心音の手を取った。


「駄目だ!危険すぎる!!」


「っ!でも…このままじゃファイは助からない!!」


クロムの荒げた声を初めて聴いた心音は内心で驚くも、今はそれよりもと自身の込み上げる感情をクロムにぶつける。


「儀式はクロムにしか出来ないし、私は何にも出来ないから。だからせめて…出来ることをしたいの!注意を逸らしたり、気を引かせたりすることくらいなら出来るから!だから…!」


「ダメだ…絶対に、ダメだっ!」


「クロっ―――…いたっ」


握られた手に強く力が込められ、心音はその痛さに顔をしかめる。けれどクロムは弱めるどころか、更に手に力を込めるとそのまま心音を抱き寄せた。

突然の事に目を見開く心音だったが、見上げたクロムの表情にハッと息を呑んだ。


「嫌だ…っ、君までいなくなったら…僕はっ……」


きつく中央に寄せられた柳眉と、涙を浮かべているのか揺れる黒の瞳。少し青ざめた顔は少し幼さが見えた。

それは初めて見えたクロムの心の奥の感情だと心音は悟った。


(まるで置いてきぼりにされた子供のよう。…クロムは、独りになるのが“怖い”んだね)


背に回されたクロムの手に力が込もっている。

痛いくらい強い力で抱きしめるクロムの背に手を回し、心音は彼の胸に頬を当てた。その瞬間、クロムの体がビクリと揺れる。


「平気だよ、クロム。私はクロムを置いて行かないし、独りにもしない。」


「ココネ…」


(クロムにどんな過去があるのかは分からない。けれどここまで怖がるのは、とても深い理由があるんだと思う。―――私みたいに)


自身の『友人の裏切り』という過去を思い浮かべるも、心音は小さく笑んだ。


「“信じて”…貴方が『手伝って』と言って、受け入れた私を。」


信じて。――――自分の口から出たとは思えない言葉に、心音は心の中で苦笑する。

過去に裏切られ、人を信じることに怯えていた心音。けれど変わりつつあった、だが中々崩すことが出来なかった彼女の心の壁を、この世界に来て出会った人達はいとも簡単に壊してしまった。

嫌な出会いや出来事も確かにあった。けれどそれ以上に楽しくて、嬉しくて、幸福な出会いがあったと心音は思う。


(そう思わせてくれたのは…シルバ、ファイ。そしてクロムなんだよ?)


どちらからともなく顔を上げ、体を少し離したクロムの頭に手を伸ばし心音はそのサラサラな黒髪を撫でる。


「ファイがそうだったように、私もクロムのこと大切に想ってる。勿論ファイの事も。だからファイを救い出して、また三人でご飯を食べてお昼寝しよう?…それにクロムが最初に言ったんだよ?」


「何を…?」


心音に撫でられ気持ちよさそうに目を細めたクロムは、抱きしめていた手を放し心音を見つめる。


「“ファイは必ず助ける”って、だから私はクロムを信じたんだよ?…自分の発言には責任を持たなきゃ!…ね?」


「うん」


撫でる手を止め、微笑んだ心音。それに釣られるようにして微笑んだクロムは、次いで名残惜しそうに心音の手を見つめた。

深刻な状況下で、取り乱してしまった心を心音は救ってくれた。


(自分もきっと不安で怖くて泣きたいだろうに…)


彼女より年上であるにも関わらず恥ずかしいな。クロムはそう思い苦笑した後、表情を引き締め掌に魔力を集め始めた。


「“彼の者は羽根なり、彼の者は強固なり、彼の者は風なり”」


水色の光がクロムの手に集まると、クロムはその手を心音の頭に置いた。


「“我が命により施され、我の命によりそれは解かれる。他の者の命には決して従わず、彼の者は生者、決して死者とはならん”」


呪文詠唱を終えた瞬間、クロムの手を纏うように集まっていた光が心音の中に溶け込んでいく。

心地よい光の暖かさに目を閉じた心音は、クロムに声をかけられ再び目を開ける。


「心音に守護の魔法をかけたよ。…ごめん、取り乱して」


「ううん。気にしないで下さい、クロム」


「……ありがとう」


互いに微笑んだ二人は、前を見据えるかのようにウォルンを見上げた。

先程よりは大人しくなっタたとはいえ、まだ激しくもがく龍を前に二人は深呼吸をした。


「僕はさっきと同じように儀式に入るよ。心音はウォルンの注意を僕から逸らすだけで良い。…無茶、しないでね」


「はい、分かりました」


頷く心音にクロムも頷き返すと、転がっていたウォルンの心臓に近づくと魔法陣を描き始めた。


(よし、落ち着いて行動しなきゃ。……で、どうやって気を逸らそう?)


クロムが最初の一つを描き終えるのを見届け、心音は肝心なことを考えていなかったと首を捻る。

だがそんな猶予も与えまいと、ウォルンが魔法陣を描くクロムに気付き大きな瞳をギョロリと動かしクロムを捉えた。


「ちょ、待って!!」


ウォルンとクロムの間はさほど距離は無い。けれどウォルンは動くことなく口を大きく開けると魔法陣を出現させた。

冷たく激しい青色の魔力が大きく開けた口に集まるのを見た心音は、地面を一蹴りするとウォルンの方へと駆け出そうとした。―――が


「え…、きゃー!?」


蹴り上げた瞬間、心音の体はまるで羽根ように身体が軽くなったかのように空中に浮くと蹴り上げた勢いをそのままに宙を飛ぶように移動しウォルンとぶつかった。

するとウォルンはその衝撃に湖へと叩きつけられるように横に倒れ、魔法は強制的に中断された。


「い、いた……あれ?痛くない??」


頭から突っ込んだ心音は蹲ったままゆっくりと地面まで下りていく。しかし押さえた頭に痛みは無く、心音は目をしばたたかせると首を傾げた。


(もしかして、クロムがかけた魔法の効果?)


地面に着地し、視線でそう訴えかける心音にクロムは魔法陣を描きながら笑みを浮かべると肯定するように頷いた。


(そうなんだ…。よーし!何か分かんないけど無敵になった感じがするし、クロムが儀式を終えるまで…)


「クロムには手出しさせないから!!」


心音は仁王立ちすると起き上ったウォルンに対し、高らかに宣言したのだった。




ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


誤字脱字などありましたら、お知らせください。



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