Ⅹ 金の守護者と銀の騎士
同じ頃、ファイと心音は城から出るため庭を歩いていた。
心音の腕の中で寝息を立てるラルを気遣い、ファイは心音が持っていたポシェットを持ち、お互いに片手は堅く繋がれていた。
ガイラス達の船を勿論目撃していた心音は、ファイに問う。
「ねえ、さっきの大きな船…浮いてたけどあれも魔法?」
「そうだ。多分、あれはお前を攫った奴等だと思うけど…っ!ココネ、こっち!」
心音の質問に答えながら彼女の前を歩いていたファイは、前方から来る賊を見つけ繋いでいたココネの手を引き、城の外廊下に入ると曲がり角に隠れた。
だが一瞬だったのにもかかわらず、賊はそれを見たのかバタバタと幾つもの足音を響かせ、ファイ達の隠れたすぐ側で足を止めた。
「今、此処に人がいなかったか?」
「いや、人かは分からなかったけど…確かに、何かは居た。」
確信の持てない賊たちの会話に、心音は緊張したように体を強張らせた。
(どうしよう…見つかったらっ)
ドクン、ドクン…と早まる自分の鼓動を聞きながら、心音はファイの手を握りしめる。
「大丈夫だ。」
心音の不安が伝わったのか、ファイは安心させるように微笑んだ。
そして強く握りしめられた心音の手を、ファイはもう片方の手で包み込むようにやんわりと握った。
「…ファイ」
(本当に、私より年下だよね?でも…安心する)
気づけば心音はそっと体の力を抜いて、ファイの手を握りしめる力を弱めていた。
しかし、ファイの次の言葉に心音はまた彼の手を強く握ることになる。
「それに…いざとなったら俺が飛び出して、賊を引きつける。その間にココネは逃げろ。」
「っ!嫌だよ、私も行く。足手まといになるって分かってる…だけど、ファイだけ危険な目に遭わせられないから」
ぎゅっと力を込めた心音に、こんな時だけ年上面かよ。という言葉を飲み込み、ファイはコクッと頷く。その顔は仕方ないなと呆れるも、嬉しそうに笑んでいた。
「わかったよ。ホント、アンタ生意気だよな」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ!」
軽口を叩き合う二人は、フッと笑みを漏らす。
そしてファイは心音の手を握りなおすと、賊たちの気配を探った。
「こっちの方じゃなかったか?」
その時、一人の男の声に数人の賊たちがぞろぞろと外廊下の方へ歩み寄る。
その足音に緊張感を高めさせたファイは、心音に顔を近づけると囁いた。
「いいか。三つ数えたら飛び出して、一気に左に走るぞ」
「うん、わかった」
同じく小声で言った心音とファイは、近づく足音を聞きながら心の中で飛び出すタイミングを見計らう。
(いち…にぃ…さんっ!)
ファイがグイッと心音の手を引き駆けだし、心音も引っ張られるようにして駆けだした。
「!?あ、あいつらだ!」
二人が曲がり角から出ると、そこにはざっと数えて六人のナイフや剣を持った男たちがいた。
それを目の端で確認し、作戦通りファイと心音は左へ曲がると走った。
「ま、待ちやがれ!」
突然飛び出してきた心音たちに、不意を突かれた賊たちは一歩出遅れるも心音達を追い駆けだす。
その様子を耳だけで捉え、ファイと心音は振り返ることなく走り続ける。
「ファイッ!前!」
心音の声にハッとファイが足を止める。
それは前方からまるで挟み撃ちのように、数人の賊が歩いてきていた。
その賊たちはまだ心音達に気づいていないようだった。
「おい!そいつ等を捕まえろ!」
だが後ろから来ていた賊たちが叫んだことにより、前方の賊たちも心音達に駆け寄った。
「っ!ファイッ、こっち!」
心音は策がないかと考えるファイの手を引くと、右に曲がり城の中に入った。
(とりあえず曲がったけど、このままじゃ捕まっちゃう!…どうしたら!?)
宛てが在るわけもなく、心音はがむしゃらにファイと共に走った。
しかし大人と子供。しかも相手はこういった危機を何回も潜り抜けて来たであろう賊たち。心音達の体力の方が先に尽きるのは明白だった。
「待て、ココネ!」
「…っ!?」
突然手を後ろに引かれ心音は足を止める。だが徐々に近づくたくさんの足音に再び走り出そうとする。
「どうしたの?早くしないと追いつかれちゃう!」
「そうじゃない、もう無理だ。…前を見ろ」
「え…?」
ファイの悔しそうな表情に、前を見た心音は崩れ落ちるようにペタンと座り込んだ。
そこには崩れ落ちた上り階段。それ以外に道はなく、心音達は行き止まりに迷い込んでいた。
「ごめん…私が確認しないで走ってたから…っ」
疲労の色を浮かべたまま、罪悪感から俯き、肩で荒く息をする心音にファイは声をかける。
「謝るなよ。…ココネは悪くない。それに…諦めるのはまだ早い」
「え…」
ファイの声に顔を上げファイの方に向けた心音の瞳に、黄金に輝く光が映る。
それは剣の形を取ると、ファイの手に握られる。
「俺のファームでの仕事…知ってるか?」
「…召喚獣を育てること。…じゃないの?」
自分と同じではないのか。そんな心音の表情に、ファイは笑みを浮かべると剣を構えた。
「それは“表向き”だよ。…俺の本当の仕事は…“クロムさんを護ること”だ。」
「クロムを…護る?」
言葉を反芻する心音に、背を向けたままファイは続けた。
「前にクロムさんのファームが五法魂魔育成だって言うのは話しただろ?…それは凄いからこそ、ファームを狙う馬鹿な輩がいるんだ。そんな奴らからクロムさんを護るために、俺はファームで働いてる。」
「そう、だったんだ…」
ファイの本当の仕事。それを知った心音は、驚きよりも…悲しみが胸を締めた。
(そういえば、初めて会ったときにシルバが「ファイはファーム(ここ)を守ってる」って言ってた。でも、ファイはまだ十三歳くらいだよ…?
日本じゃ中学生くらいで……それなのに、戦い慣れてるんだね)
ファイの背を見つめ、心音が感じたのは幾多の戦いを潜り抜けてきたかに見える逞しい背中。
けれどその背は小さく、どこか脆さを感じずにはいられなかった。
「だけどさ…ココネが来て、変わったんだ」
「え…」
ファイの言葉と同時に、数十人の賊が心音達のいる行き止まりへと駆け込んでくる。
その顔には、ニヤリと下劣な笑みが浮かんでいた。
「はは、行き止まり~…さて、と。こっちに来て貰おうか、異世界からのお嬢さん」
背筋がゾクッとするような声音に、心音はぎゅっと抱いていたラルの体を抱き締める。
そんな彼女の不安を祓うように、ファイは顔だけを心音に向けると今まで見せたことのない無邪気な笑みを浮かべた。
「俺が護るのはクロムさんと…ココネだ。…だから、心配すんな」
「…っ!」
ドキンッ…と、不覚にも心音はファイの笑顔に胸を高鳴らせ、頬を上気させた。
それを満足そうに見たファイは、目の前の賊たちに剣を真っ直ぐに向けた。
「彼女には指一本触れさせない」
ファイの冷たく言い放たれた言葉に、賊たちはお互いの顔を見合わせると、吹き出し笑い出した。
「あはは!格好いいな、小僧!…騎士のつもりか?そんなの強くなけりゃ意味な───」
「強くなければ…なんだよ?」
ファイが賊たちの隙をつき、先頭にいた男の喉元に剣を突きつける。
一ミリでも動けば刺さってしまう距離に、一瞬にして笑みを浮かべていた男の顔から血の気が引いていく。
「無駄口叩いてる暇あったら、一斉にかかってくれば?」
そっと男から剣を離し、挑発するような目を向けたファイに、かあっと頭に血を上らせた賊達は雄叫びを上げると一斉に襲いかかる。
しかし賊達の剣撃は全て交わされ、ファイは身軽に動くと一瞬にして三人の男を倒す。
倒れた男達に傷は無く、ただ気絶させられたことが見て取れた。
「な、何者なんだ!?」
だからこそファイの手際の良さに男達は怖じ気づき、逃げ腰になった。
そんな賊達を一瞥すると、ファイは剣を構え襲いかかる。
応戦する者もいれば、逃げ出そうと背を向ける者もいた。しかし逃がさないとでもいうようにファイは剣を振りかざす。
男達の悲鳴にも似た声が上がり、それを聞きながら、目の前の光景を心音は呆然と座り込んだまま見つめていた。
(これが…こんな事が日常の世界なんだ。……本当に、私は何も知らない)
ふと過ぎるのはレオナルドの言葉──「何も知らないくせに」。
その通りだと思った。
だからこそ、心音はこの世界の事、国の事、多くの事を知りたいと思うのだった。
そしてもう一つ…目の前で戦う小さな戦士と自分を比べた。
(私は…こんなにも無力なんだ)
生きてきた世界が違う。そんな言葉で片付けてしまえば簡単だった。
けれど心音はファイやクロムと共に生きたいと思った。ならば自分も隣を歩けるくらいに強くなりたいと思いを募らせたのだった。
「動くな!!」
「きゃっ…!?」
だがその時、突然後ろから心音は強く腕を掴まれ小さく悲鳴を上げる。
その声に振り向いたファイが見たのは、気絶していた筈の賊が羽交い締めのようにして心音を捕らえ、片方の手に持つナイフを彼女の喉元に突きつけている姿だった。
「ココネ!!」
「動くなって言ってんだろ!…動くとこの女を殺すぞ!」
「っ!」
駆け寄ろうとしたファイはピタッと足を止める。
それを見た賊達はニヤリと笑みを浮かべるとファイに殴りかかる。
「やっちまえ!」
「くっ…」
「ファイ!っ…ファイッ!!」
黙り込んだまま抵抗せず殴り、蹴られるファイの姿に心音が悲痛な叫び声を上げる。
ファイに駆け寄ろうと、身を乗り出すとナイフが喉元に当たり、チリッと鋭く痛みが走る。
しかしそれに構うことなく、心音は賊の手から逃れようと身を捩る。
「おい!動くなって…!」
「離して!ファイッ!!」
(私の所為だっ…!)
自分の不甲斐なさに、心音の瞳には涙が浮かぶ。
けれどどれだけ暴れても、大人の男性の力には適わず、心音は抱きしめられるように男の腕の中に閉じ込められてしまう。
「静かに見てろ。…お前のことは悪いようにしないって」
「っ…」
耳元で囁かれる声に、心音はゾクッと青ざめる。
(気持ち悪い…っ)
「離、して…っ」
やっと出た声は震えていて、心音の恐怖に満ちた表情に男は不気味な程嬉しそうな笑みを浮かべた。
「何だ?案外、可愛いじゃねぇか…。
平気だって、ボスもきっとアンタのこと気に入るって」
男は何を思ったのか。抱きしめるようにして心音の腹部に固定していた腕を解くとその手を破れたドレスの隙間から覗いていた心音の白魚のような太股へと伸ばした。
それを見た心音は涙を流し、叫んだ。
「やっ…嫌あぁ!!」
(誰か…助けてっ!!)
男が心音の太股に触れる瞬間、心音の泣き叫ぶ声と共に何かが空を切り、男の肩に刺さる。
「ぎゃあああ!?」
男は肩の痛さに心音から突き飛ばすようにして手を放し、肩を押さえながら床に転がった。
「下衆が…」
低く冷たい声が響く。その主は男を見下ろし、よろけた心音をそっと抱き留めた。
心音は何が起きたのか分からなかった。けれど抱き留めてくれたその温もりと、目の端に映る青いマント。そして何より、先程言い放たれた低くも聞き慣れた声。
それら全てから連想される人物は、一人しかいなかった。
「シルバッ!」
賊から解放された安堵感。そして何よりシルバが助けに来てくれたことが嬉しくて、心音は泣きながらも笑顔を浮かべ、彼の服にしがみついた。
それを受け止めるように彼女の背に手を回したシルバは、やっと触れられた彼女の温もりに無事だと安堵すると同時に、頼られることへの嬉しさを感じ優しげな笑みを浮かべた。
だがすぐに彼女の体中が傷だらけなのと、喉元から流れ出ている血に気付くと、目つきを鋭くし、痛みに顔を歪めて座り込む賊の男を見下ろした。
「…命があると思うなよ」
「…ひっ!」
冷酷な重くのしかかるような重圧を感じるシルバの声に、賊の男は肩の痛みも忘れ後ずさる。
「ホント…よくもやってくれたな?」
するとシルバ達の後ろから、怒りの滲んだ声が響く。
心音がハッと弾かれるようにシルバから体を離し、其方を見れば折り重なるようにして倒れる賊の男達を背に、剣を肩に置き不適に微笑むファイの姿があった。
「ファイッ…!」
無傷にも見えるファイの姿に、心音は安心したようにホッと息を吐いた。
そんな心音に目を向けてから、ファイはゆっくりと腰を抜かした男へと近寄る。
「彼女を傷付けたこと…命を持って償うか?」
剣をまっすぐに男の喉元へと突きつける。
その目は本気で、男は自分は殺されるという恐怖が頂点に達しプツンと意識を手放し、ドサッと倒れた。
「…気弱な奴」
そう呟くと、ファイは剣を握る手を放す。
すると剣は金色の光に変わり、空に溶けるようにして消えた。
「ファイッ!」
「うおっ!?」
静かに佇むファイの後ろから、心音がダイブするように抱きついた。
「な、ななな!ココネ!?」
それを赤面しつつ受け止めると、ファイはバツが悪そうに顔をしかめ俯いた。
「ココネ、俺…」
「ごめんね、ファイ」
「え…」
自分が言おうとした台詞を先に言われ、ファイは心音の腕から抜け出すと彼女の顔を見つめた。
「待てって、それは俺の台詞だろ?…ココネのこと護るって言ったのに…怪我、させたんだから」
「ううん…私があの人に捕まったのが悪かったんだよ。だってファイは、私さえいなかったら…上手く逃げられてたよね」
「そんな訳ないだろ!?だいたい、お前が此処にいなけりゃ、こんな城になんか来てないっての!
それに俺が悪いんだよ…。女一人守って戦えないなんて…不甲斐なくて、ごめん」
「違うよ!私が悪くて…!」
「いや、俺が…!」
お互いに自分を責めている言葉の言い争いに終止符を打ったのは、シルバだった。
「いい加減にしろ。どちらも悪くはないだろう?…だったら、責め合う前にお互いの無事を喜び合ったらどうだ」
呆れたように言うも、優しげに目元を細めたシルバに見つめられ、ファイと心音はお互いの顔を見合わせる。
そして同時にフッと笑みを浮かべた。
「うん、そうだね。…ファイが無事でよかった」
「俺も…ココネが無事でよかった」
微笑み合う二人を見て、シルバは一度笑みを浮かべるとすぐに元の冷静な顔つきに戻った。
「…一段落か?なら、ココネ…こっちに来い」
「?…うん」
シルバに呼ばれ、心音はシルバへと歩み寄る。
するとシルバは心音の顎に手を添えると、上へ向かせた。
(えっ!?…な、何!?)
驚きに目を見開くも、心音は徐々に顔を近付けてくるシルバに声を出すことが出来ず、どんどん頬を赤く染めていく。
「…な、なに!?」
「じっとしてろ…」
心音のやっと出た声を遮るように、シルバの声が重なる。
見れば後数センチで鼻と鼻が触れそうな距離に、心音はもっと顔を赤くさせる。
(えっ?えぇ!?…な、こ、これって…き、ききっ…キス!?そんな、だって…!)
先程の恐怖は何処へやら。混乱する頭で、心音は近付けてくるシルバの顔にこれ以上は無理!…とギュッと目を瞑った。
しかし幾ら待っても思っていた感触は無く、心音は思い切って薄く瞼を開く。
そこにはシルバの顔があるも、瞑る前と違うのは銀色の光が下から光り輝いていることだった。
「…あ。……温かい」
感じる光の温かさは喉元に集中しており、心音の怪我を少しずつ治していた。
その光が放出されているのは、シルバが心音の喉元に翳している手からだった。
「自覚をしろ。…お前は非力な女なんだ。……あまり無茶をするな」
最後の方は聞き取りずらい程小さな声だった。
(心配…してくれたんだ)
けれど心音にははっきりと聞こえており、心音は自然と口元に笑みを浮かべた。
(…って、私とんでもなく恥ずかしい勘違いしちゃってたってこと!?)
治し終わったのか離れたシルバに、心音はボンッと音が聞こえてきそうな程顔を赤らめた。
それを見たシルバは、ニヤッとした笑みを浮かべると心音の顔を覗き込む。
「なんだ?キスでもして欲しかったのか?」
「そ、そんな訳ないでしょ!馬鹿シルバッ!!」
ぷいっと顔を逸らした心音に、やっといつも通りの反応だ。とシルバは声を上げて笑った。
その表情は今まで誰も見たことのない、優しげでとても穏やかな表情をしていた。
もし此処に、シルバの事を「冷酷の銀騎士」という異名で信じている者がいたとしたらきっと…いや、間違いなくそれは間違いだったと思うだろう。
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