Ⅸ 真の黒幕
「何故、お前が?お前は副隊長じゃないか!どうしてレオナルドをっ!?」
(仲間じゃないのか…?)
心音の誘拐や城の放火。それらがレオナルド単独での仕業ではないと考えていたユーリは、協力するならば彼の部下であり仲間の第一部隊の面々だろうと結論づけていた。
しかし、目の前にいるカイルはその中でも隊長を一番身近で支える副隊長だ。
その事にユーリは驚きを隠せなかった。
「邪魔な隊長を始末する為ですよ…ファイン団長」
「…!?」
自身の剣についた血を払うと、カイルはユーリの腕の中で荒く息をするレオナルドに視線を向けた。
「やっ…ぱり、お前だったのか……カイル」
「なっ!動くなレオナルド!今、治癒魔法を…!」
ユーリの制止も聞かず、レオナルドは上半身を起こすとカイルを睨みつけた。
「俺の楽しみを、邪魔をし、…そして、ルークと俺を、利用したのは、お前だろ?カイル…ッ」
「……。貴方は気付いていながら、演技していたと?」
片眉をピクッと上げたカイルに、レオナルドは静かに目を閉じながら不適に笑った。
(どういうことだ?)
レオナルドに治癒魔法をかけつつ、ユーリは状況が理解出来ず、カイルを見た。
治癒魔法はあまり得意ではないユーリだったが、レオナルドの傷口に手を添えると、そこから赤い光が広がりレオナルドの傷口を覆う。
「つまり…今までのレオナルド殿の言動や行動は全て“演技”だった。ということですか…」
「…は!?」
顎に手を当てそう言った青年に、ユーリは目を見開くと青年を振り返る。
「これはあくまで、私の推論ですが…。
心音を誘拐したのはレオナルド殿の興味本位でのこと。
しかし、彼のカスラム殿や貴族の方々を売却する計画を知り、此方も心音を売るという事を賊に持ちかけ、恰も自分はカイル殿の仲間だという演技をし続け…黒幕であるカイル殿を誘き出そうとした。…と、こんな感じでしょうか」
青年の言う事に、ユーリは納得出来るはずもなくレオナルドを見る。
その表情は怒りが滲んでいた。
「今の、どうなんだ?」
「ふ…あってはいるよ。けど一つ違うのは…俺は最初から“彼女”は売るつもりだったってことかな」
レオナルドは傷口が治り始めているのか、余裕にすら感じる笑みを浮かべた。
そんな彼の言葉の中にある「彼女」という言葉が、心音を指していることに気づき、青年は怒りに手を握り締めた。そしてレオナルドに近づく。
「……ふざけるな!!」
──パシンッ!!
叩かれ赤くなる頬を押さえ、レオナルドは叩いた人物を凝視する。
それは青年ではなく、ユーリだった。
「お前…自分が何をしたのか分かってるのか?
何故、カイルが賊と通じていることを俺達に言わなかった?
こんな大きな問題、一人で解決できるわけ無いだろう!」
「ユーリ…」
「それに、売るつもりだっただと?はっ、寝言は寝て言え!!」
怒りに任せ感情をぶちまけるユーリに、誰もが目を丸くする。
何故なら彼の言葉が、レオナルドを責めるように聞こえないからだ。寧ろ…相談されなかったことが悔しいと言っているように聞こえた。
「ふ…あはは!」
耐えられないとばかりに、レオナルドが笑い声を零す。
それにまたカチンときたユーリは胸ぐらを掴む。
「おまっ…なんで笑ってんだ!」
「いや…っ…ユーリって、そんな性格だったんだなと思って…くく」
口元を押さえ、笑い声が漏れぬようにするレオナルドは、それが収まった時…心にかかる雲が晴れたように穏やかな表情をしていた。
「ごめんな、ユーリ。」
「!…レオナルド?」
「カイルは…俺の部下だから。部下の過ちを止めるのは、隊長の役目…だろ?」
いつの間にか傷口が塞がっていたレオナルドは静かに立ち上がると、床にある二本の剣を拾い上げた。
「けどさ。…俺も途中から、本当に売買しようと考えていた。
それこそ誰が傷ついてもいい、俺の願いが達成出来ればそれでいいって…。
きっと胸の奥底にあった野心が、カイルの考えに引かれ浮き上がって来たんだろうね…ホント、今にして思えばなんて愚かな事だろう」
カチャッと剣を構えるレオナルド。その剣先は勿論、カイルに向けられた。
「もう目が覚めたよ。…改めて、彼女には謝罪する。…だから」
「話は終わりましたか?」
レオナルドの言葉を遮るように、カイルは言った。
そして自身も、剣をレオナルドへと向けた。
「我々にも時間がないんです。それに、彼ら賊と契約したのは貴方ですよ…隊長」
カイルがニヤリと笑みを浮かべると、それまで黙って成り行きを見守っていた賊達がじりじりと詰め寄ってくる。
青年はゆっくりとユーリ達を庇うように移動し、ユーリも剣を持つとその背に自分の背を合わせた。
するとカイルの背後から、一つの人影が現れ姿を見せた。
「そういう事にして、そいつに罪を擦り付けようとは…弱そうに見えて案外悪だな、アンタ」
短めの黒髪、気が強そうで射抜くようにユーリ達を見つめる黒の瞳。
腰の両脇に金のサーベルを差し、まるで海賊のような茶色のコートを羽織った青年がニタリと笑いカイルの横に並んだ。
如何にも屈強な戦士といった風貌の彼に、ユーリとレオナルドが反応した。
「お前は…指名手配中の人身売買組織、空賊“黒竜船団”のボス」
「ガイラス・竜燕!」
レオナルドとユーリに名を言われ、ガイラスは「大当たり!」と嘲笑うかのように両手を叩き合わせた。
「ガイラス・竜燕と言えば、自身の生まれ故郷である東方の国を壊滅まで追い込んだという噂を聞いたことがありますが…。
まさかまだ二十代の青年だったとは驚きです」
ユーリ達に聞こえる程度の小さな声で青年がそう言うと、ユーリが話を付け足す。
「それだけじゃない。奴は…自分の家族を売って他国から船を手に入れた」
「…自分の家族を!?」
声を潜めつつも驚く青年に、ユーリは周りを囲む賊達を見た。
「それは決して許される事ではない。だが…ここにいるガイラスと似た様な“仕事”をしていた奴らは、少なくとも彼に救われているのもまた事実だ。
故にファスティアス国の大臣達は“黒竜船団”を表向きには指名手配をしているが、裏では見逃す方を考えている方々も多くいる」
「それは…国から犯罪者を追い出すためと、自国の評価を上げるため…ですね」
青年の言葉に、ユーリは顔をしかめながら小さく頷いた。
(犯罪が減れば、ファスティアス国は安全だと他国にアピール出来る。
そうすれば他国や異世界から多くの観光客が来るだろう。
けれどそれでは黒竜船団の人員が増えるばかりか、本格的に壊滅する国が出てくる。それはこの国も例外ではない)
ユーリの中では考えがせめぎ合っていた。
自分の正義を貫き、彼等を捕縛するか。または忠誠を誓った国の為と、大臣達の考えに従い彼等を見逃すか。
「何か、後ろでゴチャゴチャ言ってっけど。…俺ら、今日のところは引き上げるから安心しな?」
「……は?」
頭を掻きながらそう言ったガイラスを、目を丸くして見たユーリはいつの間にか周りの賊達が剣や斧を下ろしていることに気づく。
「え、いや…」
「この坊ちゃんがそこの隊長仕留め損なったし、異世界の女は逃げるし、興が冷めたし。それに…」
ニヤリと口角を上げたガイラス。すると…
───ゴゴゴゴゴゴォ…!
「なんだ!?」
「地震か!?」
激しい地鳴りと揺れに、ユーリ達は倒れぬよう足を踏ん張った。
しかし賊達は慣れた足取りで早々に窓へと駆け寄ると、一人ずつ身を乗り出し飛び降りていった。
「な!?何してるんだ!」
それを止めようとするも、揺れに思うように足が踏み出せず、ユーリは尻餅を着いた。
それを見ていたガイラスとカイルは、最後の手下が飛び降りるのを見送ると、自身達も窓へと近寄った。
「俺達も死ぬのはごめんなんでな、お先!」
ガイラスは軽い身のこなしで下に飛び降りた。すると大きな風の音と共に、窓の外には巨大な海賊船のような物がゆっくりと上ってきた。
その船の上には先程の賊達、そしてガイラスの姿もあった。
「おい!坊ちゃん、早くしろ!」
自身を呼ぶガイラスの声を無視し、カイルはレオナルドを見つめた。
「今回の計画、私は何年も前から計画していました。
けれど一番騎士の仕事に対して不真面目なアナタに邪魔されるとは思いませんでした。」
「カイル…。俺と、罪を償う気はないか」
「……。あるわけ無いでしょう?…私はまだ諦めていないのだから」
カイルは茫然とするレオナルドに背を向けると窓の縁に片手をかけた。
そしてもう片方の手で、羽織っていた仮面騎士団の青いマントを外し、金糸の細工が施された仮面を脱ぎ捨てた。
風に煽られ広がった青いマントにカイルの姿が隠れる。そしてそれが床に落ちる頃、そこにカイルの姿は無かった。───
やがて揺れが収まり、ユーリは立ち上がると窓へと駆け寄る。
「あいつ等どうやってヒガミヤ街から出るつもりだ!?」
窓の外に顔を出し、上を見上げたユーリは空賊船がどんどん上へと上って行くのを見て、ヒガミヤ街を覆う結界の事を思い浮かべる。
それは転移や攻撃の魔法を無効にするものであり、空賊船のようなものから街を護るためのものだ。
どうやって入ったかについても気になるところではあったが、ユーリは空賊船をジッと見つめた。
そこへ隣の窓から青年が顔を出す。
「あの結界は初代ファスティアス国王がかけた魔法です。…そう簡単に破れはしないはずで──」
青年が言いかけたその時。一閃の黒い光が船の上を斬るようにして走る。
その瞬間、目に見えるように光の膜が現れ、それをこじ開けるような形で黒い光が走った部分が開いていった。
その光景に誰もが息を飲み、食い入るように見つめていた。
「今の…魔法、か?」
ユーリの戸惑いの声に、青年が静かに答えた。
「魔法です。…けれど、とても邪悪で…闇そのもののような魔法」
まるで先程の光の正体に心当たりでもあるかのような青年の言葉に、ユーリは逃げていく空賊船を追うことも出来ず、ただ黙って見つめていた。
「ん?」
しばらくして空賊船が空に消え、ユーリが顔を引っ込めようとしたその時、ふと下に視線を移したユーリは顔をどんどん青ざめていった。
「どうしたんですか?ユーリさん」
心配そうな青年の声に、ユーリは意味のない身振り手振りを織り交ぜて伝えた。
「さっきの揺れは船の風圧で揺れてたんじゃなくて、城が崩れるから揺れてたのか!!」
ユーリはすっかり忘れていたが、今城は燃えている。
その燃える原因となった爆発により、城を支える柱が何本か折れていた。
つまりユーリ達が聞いた音は、まさしく城の崩れる音だった。
「と、とりあえず!…な、何をどうしたらいい!?」
自分が城が燃えていることを忘れていた事に責任を感じパニックに陥ったユーリを制し、レオナルドが言った。
「落ち着け、ユーリ。先ずはカスラム様や貴族の方々の避難。
眠ってるのは、君の魔法だよね?白タキシード君」
「ええ。一対一の勝負に水を差されたく無かったものですから」
ニコリと嫌みな笑みを浮かべた青年に、レオナルドも負けじと笑う。
「まあ、俺は君ともう三人くらい居ても全然平気だったけどね?
とりあえず避難には自分の足で歩いて欲しいから、起こしてくんない?」
「アナタの命令に従う義理などありませんが、状況が状況なので致し方ないですね」
レオナルドと青年の不気味なニコニコ合戦が続く中、青年がわざとらしく溜め息を吐き、パチンと指を鳴らすと眠っていた人達が次々と目を覚ました。
「あれ…?私はどうしていたのか…」
混乱する貴族達に、冷静さを取り戻したユーリが注目させるように手を叩いた。
「皆様!今レナート城に火の手が上がっています。我々が誘導するので、落ち着いて避難してください!」
「なに!?火の手だと!?」
「何故そのようなことに!?」
貴族達は先程のユーリのようにパニック状態に陥り、慌てふためき我先にと出口に駆け寄る。
「どけ!儂が先じゃ!」
「きゃ!?ドレスの裾を踏まないでくたさる!?」
その光景にユーリはしまった、と急いで貴族達に駆け寄り宥める。
「落ち着いて下さい!」
しかし誰も聞く耳を持たず、ユーリが諦めかけたその時。
──パンッパンッ!
短くも、大きく手を叩く音が部屋に響く。
その音に誰もが動きを一旦止め、振り返った。
そこにはヒガミヤ領 領主 カスラム・ミレマナーの姿があった。
「皆様。事情は何にしろ、今は争っている場合ではありません。
どうか、私の部下であり…皆様を護る騎士団の指示に従ってもらえないでしょうか。」
丁寧な物言いに反し、威厳あるカスラムの声に誰もが冷静さを取り戻す。
(やはり流石だ…)
そのことに改めて忠義の意を高めたユーリが、先頭へ移動すると避難を開始した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
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