Ⅵ 裏切りの騎士団
城でそんな騒ぎが起きていることも知らず、民家に囲まれる中ひっそりと佇む二階建てのログハウス風の家の近くにシルバと白虎は身を潜めていた。
そこがまさしく第一部隊の隠れ家だった。
「白虎、裏へ回れ。万が一逃げ出すような奴がいた場合に備えろ。…同じ仮面騎士団だからと言って情けをかけるなよ。いいな」
「了解」
シルバの真剣さに白虎は短く頷いた。
そしてシルバと白虎はそれぞれ正面と裏に回り、白虎が裏についた頃を見計らいシルバは扉を開け放った。
「!…アンタは、第二部隊長!?何故此処に!?」
中は薄暗く、辛うじて分かる大きなテーブルを囲むように三人の仮面騎士団第一部隊の一部面々が顔を揃えていた。
彼らはシルバの姿を見た途端、表情を焦りに変えた。
それがシルバに、第一部隊は皆グルだと教えることになった。
「聞きたいことがある。…彼女は何処だ」
細められたシルバの目には怒りの色が滲み、その凄みに第一部隊の男たちは立ち上がると怯んだように後ずさった。
「な、何の話ですか?異世界人の女なんて、俺達知らないっすよ?」
「…誰が異世界人だと言った?」
「っ…!」
しまったと顔に出した第一部隊の男たちは、シルバに怯えながらスラリと腰の剣を抜き放った。
「墓穴を掘るとはこのことだな。…もう一度聞く、彼女は何処にいる!」
声を荒げシルバは自身の剣を抜く。その怒気のある声に男達は肩をビクッと揺らすと、カタカタと震えだす手をしっかりと握り、剣を構えた。
「俺達だって…こんな事したくてしたんじゃない!!」
一人が悲痛に叫んだ。そして三人は一斉にシルバに襲い掛かる。
しかし腰の引けた彼らの剣がシルバに当たるはずもなく、シルバはひらりと避けると剣の柄で三人の腹部や首後ろに強く打撃を与え気絶させた。
シルバは剣を納めると、倒れる彼らを見下ろす。そして先程の怯えように、これがただの誘拐ではないかもしれないと不安を募らせた。
(…したくてしたんじゃない?…どういう意味だ?…誘拐に対してか、それとも…)
「隊長!」
そこへ二人の男を担いだ白虎が合流した。
しかし白虎の担いでいる男達の服装が、仮面騎士団の物ではなく、賊などが闇夜に紛れやすいような黒い服なことに顔をしかめる。
「白虎、そいつらは…」
「分かりません。ですが裏口にいて、逃げようとしたんで…こう、ガツンと」
殴るポーズを取る白虎に、シルバは何かに気づき、一人の男を下ろすように言い近づく。
そして降ろされた男のポケットに迷いなく手を突っ込んだ。
「!…これは」
そこでシルバが見つけたのは、ヒガミヤ領唯一の城・レナート城の見取り図だった。
「なんで城の見取り図なんかを?コイツ等本当に何なんですかね?」
シルバの手元を覗き込むようした白虎は、ふと視線を感じ、意識を二階へと通じる階段へと向けた。
《隊長。…二人、こっち見てますよ》
《ああ、分かっている》
身体や顔を動かさず魔法念話で意志を伝えあうと、シルバは立ち上がると口を開いた。
「“召喚狼・第一《速》、第二《攻》”」
側にいる白虎に聞こえるか聞こえないかの小さな声に反応し、シルバの足元に二つの魔法陣が広がる。
そこから現れたのは二匹の狼。
シルバの左に姿を表したのは灰色の体毛に緑色の瞳でスラリとした凛々しい狼。右に姿を表したのは黒色の体毛に赤色の瞳をした、大きな身体のいかにも強そうな狼だった。
召喚狼とは、シルバの契約する召喚獣のことを指す。
シルバは速、攻、防、治癒、全とファームで育てることの出来る属性全ての「狼」と契約している。
そんな狼達をまとめて「召喚狼」と称してした。
「“行け”」
シルバの短い命令に、左の“速”の狼が素早く階段を駆け上る。右の“攻”の狼も負けじと階段を上ると、次の瞬間ドスンという音と「うわあぁ!?」と悲鳴が聞こえた。
「白虎、階段の奴等と下の奴を頼む。…俺は上の奴だ」
まだ上に人がいると確信したシルバの命令に白虎は頷く。
そして狼の後を追うように階段を上ったシルバは、二階にある二つの部屋のうち、一つの扉が少し開き、中の明かりが漏れていることに気付く。
その扉の前にはシルバを待っていたかのように、狼達が座っていた。
「速、お前は戻れ…“召喚狼・第三《防》”」
シルバの声に“速”の狼が姿を消す。そして変わりに白い体毛で青色の瞳をした狼が姿を表した。
「行くぞ」
シルバは思い切り扉を開け放ち、いつの間にか抜いていた剣を構え中に突入した。
その後を続くように狼が駆け込むと、そこには厳つい男二人と、灰色の髪をした少年がいた。
(…灰色の髪。アイツか…。っ!この男達は!)
シルバが灰色の髪の少年・第一部隊諜報担当ルークに視線を注いでいると、男二人のうち一人が大股に近づく。
「誰だ、てめぇは!」
しかし男がシルバの前に立つ前に、シルバの姿が消える。
「!?なんだ、どこにっ!」
「邪魔だ。」
一陣の風の如く、男の背を取ったシルバの剣撃が男を襲う。
「うぎゃああぁ!?」
ドスンと音を立て、男が前のめりに倒れた。
それを見たもう一人の男は青ざめ、後ろに距離を取った。
だがルークは笑みを浮かべ、シルバに少し歩み寄った。
「流石ですね…仮面騎士団 第二部隊 隊長シルバ殿」
「…お前も仮面騎士団だろう。何をしている」
シルバはあくまでも冷静に、ルークに話しかける。その側では狼が威嚇するようにルークと怯える男を睨みつけている。
「何、とは?…私はただレオナルド隊長に頼まれ、情報交換していただけですよ」
「…“賊”とか?」
「お気づきでしたか」
ルークがシルバの後ろで血を流し倒れている男を見た。
「指名手配中の人身売買組織。…コイツ等はその中でも幹部に近い存在だ」
シルバの言う人身売買組織とは、心音が初めてこの世界に来たときに出会ったあの二人組とは違い、人身売買だけを仕事としている組織だ。
シルバが追い払った男女は、人身売買だけでなく盗みなどの犯罪も犯す事を仕事にしていた。本来ならばそんな事は許されることではない。
しかし、働かなければならない国で、彼らはそうすることでしか生きられないのだ。
たがそういった者達よりも悪の存在。人や異世界人を売り買いする喜びを覚えてしまった者達の集まりが人身売買組織であり…シルバ達騎士団が捕まえるのに必死に捜し回っている組織であった。
「やはり流石です。隊長格なだけあります」
わざとらしく手を叩き合わせ拍手するルークに、シルバは怒りを鎮めようと剣の柄を握る手に力を込めた。
「考えたくはないが…レオナルドは彼女をコイツ等に売ろうとしたのか?」
シルバの指す彼女が心音のことだと思ったルークは、静かに頷いた。
「そうですよ。…最初はアナタのお気に入りの女がどんな奴か、ただ単純に知りたいと隊
長はお思いでしたが……ふと、野心が芽生えたんですよ。…異世界人なら、高く売れるのでは、と。」
ルークの目は、最早騎士としての意志はなく、ただレオナルドの為に働く兵隊のようだった。
「愚かな。…犯罪を取り締まる騎士団が、人身売買だと?──ふざけるな!!」
声を荒げたシルバを見たことがなかったルークは、一瞬目を見開く。
しかしふっと頬を緩めると、ルークはニヤリと口角を上げた。
「は、何が騎士団だ。俺達だって国の為に働く玩具に過ぎないでしょう?
ただ命令してくださるのがレオナルド隊長だっただけで、俺達だってコイツ等人身売買組織と同じじゃないか…!
働かなければならない国に、どれだけの人間が“幸せ”と感じている?
捕まえたところで、コイツ等みたいなのは嫌という程出てくるさ!」
感情をぶちまけたルークを、シルバは落ち着きを取り戻しまっすぐ見つめた。
「お前は、下にいる同じ第一部隊の奴等の気持ちを考えたことはあるのか?」
「…何?アイツ等だってレオナルド隊長の命令なら喜んで…!」
「違う。…アイツ等は“こんなことしたくてしたんじゃない”と言ったんだ」
「…!…なん、だよ…それ」
訳が分からないと笑い声を上げるルークに、シルバは続ける。
「確かに俺達騎士団は、王や領主の命令に従う兵隊だ。そう言う意味ではお前の言うとおり…コイツ等の組織と同じかもな」
「だったら!」
「だがな、俺達は騎士だ。犯罪を取り締まる役目を負っているんだ、決して犯罪に手を染めることをしてはいけない。」
「…だ、だが…それでも、隊長の命令には従わなければ…」
自分の意志、自分の成すべきことの正しさを見失ったルークは、戸惑いの色を浮かべた。
「ルーク、と言ったか。…部下はな、隊長の命令に絶対に従う義理なんてないんだ。
…ただそれが正しいと思ったら従えばいい、もし間違いだと思ったのなら……止めればいい」
「止める?隊長を…?」
「そうだ。…それが仲間だと、俺はアイツ等に教わった」
シルバの脳裏には自身の部下であるシオンや白虎、第二部隊の者達の顔が浮かんだ。
そして同じ隊長格として、共に過ごした時間の長いグランやユーリの顔も浮かんでいたのだった。
「仲間…」
シルバの話に、ルークは本来の年相応なあどけなさの残る少年の表情で、今にも泣き出しそうだった。
「俺…本当はこんなこと、良くないって思って…だけどっ!」
(そうだった…まだ、子供だったな)
ふっとルークへの怒りを消したシルバは、少し笑う。
「お前はまだ十六だろ?…ここから、やり直せ」
「!!…やり直す?…やり直せ、る…?」
ルークの問いに、シルバは彼に近寄るとそっと肩に手を置いた。
そして力強く頷いたのだった。
「いや、ちょっと待てよ!!」
だが雰囲気をぶち壊すように、先程まで怯えていたもう一人の男が剣を抜き放ち憤慨していた。
「何いきなり降伏してんだよ!話が違うだろ!こっちは異世界人の女を渡してもらわねぇと、ボスに叱られるんだよ!!」
「ああ…お前の存在を忘れていた」
「な、なな何だと!?」
シルバの冷めた視線にビクつくも、男は我慢の限界だとシルバに襲いかかる。
だが、それを意外な人物が止める。
「これ以上、手出しはさせない…っ!!」
サバイバルナイフを両手に持ち、ルークは男の剣を止めると、がら空きの男の腹部に蹴りを入れた。
「ぐあぁっ!?」
後方に吹き飛んだ男は、壁に強く頭を打ちつけ気絶したのだった。
「…流石だな」
「いえ…。俺が、いや俺達第一部隊が犯した罪は重いです。だから…少しでも償えるならと」
毒気の抜けたように、ルークはナイフをしまうとシルバに頭を下げた。
「申し訳ありません、シルバ殿。…あの女性を攫ったのは俺です。そして、此処にはいないんです」
「…気づいていた。狼達がココネの匂いが無いと言ったからな」
「え…?」
(なら何故、此処に来たんだ?…いないと分かっていたのなら、どうして二階に?)
シルバの言葉に驚いたルークが顔を上げると、シルバは一つだけある窓の外を見ていた。
「同じ仮面騎士団だからな。…連帯責任だろ?」
悲しげに、しかし優しく笑ったシルバ。
いつもならこんな風に笑わないだろう。と誰もが思うその笑みに、ルークは泣きたい気持ちになった。
(放っておけなかった…ということか。…同じ仮面騎士団として、共に戦った時もあったから…ですか?シルバ殿。それはあまりにも…優しすぎます)
ルークは少し俯くと、小さく息を吐いた。
そして顔を上げると、何かを決意した表情をしていた。
…とそこへ、白虎が階段を駆け上がってきた。
「隊長!大変です!」
「どうした」
「実はさっきの奴等は賊で…!」
「それならそこに倒れている奴らも一緒だが…」
「そうじゃないんです!」
シルバの言葉を遮るように、白虎は焦りの表情で言う。
「アイツ等城に集まっている貴族全てを他国に売る気だったんです!」
「何!?」
白虎の言葉にシルバは眉間に皺を寄せる。
そしてルークを振り返るも、彼は青ざめた表情をしていた。
「そん、なの…俺達は知りませんでした…あの女性の取引だけとしか…」
(つまりルーク達は良いように利用されたということか…)
決して心音を誘拐したレオナルド達への怒りが収まった訳ではなかったシルバだったが、利用されたことに関しては同情した。
そして悠長にしていられないと、すぐに行動に移す。
「白虎、お前は此処に残って賊を見張れ。それと怪我も治してやれ」
「は…いいんですか?治して」
「いい。…死んだ方がましだったと、思わせるような牢屋に入れてやるからな…生きていてもらわなければ困る」
「了解です!」
にこやかに会話する二人に、ルークは背筋が凍った。
だが次にシルバはルークを見たため、彼はビクッと固まる。
「それから…ココネは城だな?」
「は、はい…そうです。レオナルド隊長は、彼女をパーティーのパートナーとして連れて行くと言っていたので、攫った後は城に連れて行きました」
「ほう…パートナーだと?」
(ひぃっ…)
ルーク越しにレオナルドを睨みつけるシルバの視線に、ルークはゴクリと喉を鳴らす。
(誘拐し、売ろうとして、挙げ句にパートナーだと?──八つ裂きか、いや…火炙りが望みか?レオナルド)
残酷な考えを浮かべるシルバは、「まあ、いい」と次いで両脇に座る狼に視線を移す。
「攻の狼は先に城に行って、ユーリに伝えてくれ…パーティー参加者全員の安全確保をと」
『了解した、主』
返事をすると、攻の狼は部屋を出て行った。
「次だな…“召喚狼・第一「速」”」
魔法陣が広がり、またも狼が姿を現す。
『何用か、主よ』
「速の狼、お前はシオンに全関所を封鎖してくれ。と伝言を頼む…お前の鼻と速さなら街を巡回しているシオン達を見つけるのに何分もかからないだろう?」
『容易きこと。承知した』
攻の狼よりも素早く、部屋の外へと駆け抜けていった速の狼たちを見ていたルークが問いかける。
「何故、関所を?」
「このヒガミヤ領を出るには東西南北に位置する関所を通るしかない。
領の周りを囲んだ壁には、他の街や国に転移出来ぬよう転移無効魔法がかけてあり、しかも壁を上って外へと出ようとする者には容赦なく雷撃魔法が襲う。
ならば賊が逃げるとすれば関所からだ。…そっちはシオン達に任せて、俺達は城に向かう」
「……。」
(今の数分でそこまで考えたのか…)
ルークは感心したようにシルバを見つめた。
しかしそこで言葉の中に引っかかっる単語を見つけ、ルークはもう一度聞き返した。
「あの、俺達って…白虎殿も行くのですか?それでは此処で見張る者が…」
「?…違うお前のことだ、ルーク」
「……。はい!?」
何を言っているんだこの人は!と目を丸くするルークに、シルバはニヤリと笑った。
「まだお前の隊長だろう。…部下であるお前が…止めてやれ」
「!!…俺が」
俯いたルークを置いて、シルバは白虎に一声かけると部屋を駆け出していった。──
外に出れば夜の闇に月だけが輝いていた。
しかし大通りには、魔法の装飾などが光輝き、お祭りの雰囲気が漂っていた。
(…ふっ、来たか)
そんな大通りから外れた裏道を駆けていたシルバの後ろから、一つの影が追いかけるように駆けてきた。
それは第一部隊諜報担当者が身につける黒いマントを羽織ったルークだった。
「ココネは城の何処だ!」
「パーティー後は、たぶんレオナルド隊長の私室隣りの空き部屋かと!」
シルバの問いにきちんと答えるルークは、シルバの横に並んだ。
そんな彼の横顔には迷いは無く、レオナルドを止めようという意志が見られた。
そんな表情に頬を緩めたシルバだったが、その時。
「なっ!!」
「そんな、城が!?」
裏道を抜け、城が見える道へと出たシルバとルークは驚愕の表情を浮かべて足を止めた。
その視線の先には、黒い煙を上げ、一部が赤く燃えるレナート城の姿があった。
「ココネ…、っ!行くぞ、ルーク!」
「っ!…はい!」
シルバが駆け出し、ルークは急いでその後を追ったのだった。───
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