Ⅳ 攫われた心音
同じ頃、会議を終えたユクンとレオナルド以外のシルバ達隊長格の面々とそれぞれの副隊長が廊下を歩いていた。
「俺ら騎士団は祭りで賑わう街を巡察。グランたち守衛は城の守りだろ?それからシルバたち仮面騎士団は城に残る者と、俺らと一緒に街に行く奴に分かれるんだっけ?」
先頭を歩いていたユーリが皆に聞くように言う。
それに隣を歩くグランが「そうだ」と頷き、後ろを歩くシルバとシオンは言うまでもないと黙々と歩いていた。
──会議で話し合っていた妖精舞踏会。街ではお祭りが催され、城では貴族を招き、舞踏会が開かれるのが常だった。
ユーリの言うとおり、騎士団ごとに配置が決められ、貴族を狙う賊やらを捕らえたり、街では酒で酔った他国の者は勿論異世界人の対処など、この時期は騎士団にとって忙しい時期なのだ。
「でも、街ではお祭りで、城では貴族の皆様を招いて優雅に舞踏会とは…これが平民との差ってやつですかね~」
頭の後ろで手を組ながらそう言ったのはグラン率いる守衛騎士団 第二部隊 副隊長カシック・ジンセットだった。
黄緑色の髪と瞳をした彼はグランの一歩後ろを歩いており、振り返ったグランが凄みを効かせた。
「あまりそう言うことを口に出すもんじゃない。俺達は王に使える者。…命令に従い行動する、手足なんだ」
「は、はい!すみませんでした、グラン隊長」
ビシッと敬礼をしたカシックに、グランは満足そうにニカッと笑うと、シルバの後ろを歩くシオンに目を向けた。
「そういえば、シオン。確か仮面騎士団は第一部隊が城に残り、第二部隊は街に行くんだよな?」
「…そうですよ。話を聞いてなかったんですか…兄さん」
決して不仲ではないクストリーレ兄弟だったが、シオンは守衛騎士団に入ったグランのことを納得していなかった。
剣術も上手く力ある兄のこと、シルバと共に仮面騎士団に入ることも容易いだろうと思っていたシオン。
しかしグランは自ら、城を護る為だけに使われる守衛騎士団を選んだ。そのことがシオンは許せずにいたのだ。
そんなクストリーレ兄弟のやりとりを見慣れているユーリが笑みを浮かべてシルバを振り返る。
「なら、一緒に行こうシルバ!見回り終わったらオリバーのカフェ行けるしさ!」
同僚の誘いに、シルバは心底嫌そうにユーリを見たが、そこでユーリの部下でヒガミヤ領担当騎士団 副団長にして少数しかいない女性団員のマリア・リズリットが止めに入る。
彼女はミルクティー色の長い髪を後ろで纏め、緑色の瞳で鋭く射抜くようにユーリを見つめた。
「ユーリ隊長。アナタに休みはありません。巡察終了後、速やかに溜まっている書類の整理をして下さい」
「マリー…俺にだけいつも冷たくないか?」
「冷たくありません。」
キラリとかけていた眼鏡のレンズを光らせたマリアは、ユーリに自分が手に持っていた書類を押し付ける。
それもまた日常茶飯事だとばかりに皆が呆れながら二人を見ていると、一人の騎士団員が慌てたようにシルバ達に駆け寄ってきた。
「ユーリ団長!」
「どうした?」
ヒガミヤ領担当騎士団の者だと分かったユーリがそれに対応した。
しかし騎士団員は敬礼を取りつつ、チラリとシルバに視線を向けた。
「……。」
(…なんだ?)
「じ、実は城門前に一人の少年が…シルバを出せ。…と」
騎士団員は恐縮しながらそう言うと、ユーリたちは目を丸くしてその団員を見つめた。
しかし一人、シルバだけは無表情をしていた。
「シルバを出せって…決闘か?」
「それとも…何かやらかしたのか、シルバ?」
思い思いの言葉を口にするグランとユーリを無視し、シルバは団員へと視線を移す。
「そいつの名は?」
「は、はいっ!…名は名乗らなかったのですが、緊急事態だ。…と」
団員のその言葉にシルバだけでなく他の者の顔つきも真剣なものへと変わる。
いくら街で誰かが暴れたとしても、緊急事態とまではいかないだろうと誰もが考えていた為、その言葉に余程の事だと推測したのだ。
「その少年は城門にいるのか?」
「は、はいっ!自分で探すと、中に無理やり入ろうとしたので、兵士と騎士団員数人係で取り押さえております!」
(余程切迫しているのか。…しかし、数人係でないと止められないとは…相当な使い手か?)
団員の言葉にユーリがそう思っていると、自分を見ているシルバと視線を交わした。
「…シルバ」
「ああ、すぐに向かう」
ユーリと頷き合うと、シルバはシオンを振り返る。
「シオン。先に第二部隊の奴らと共に街に行け。何事もなければすぐ合流するが、もしもの場合はお前に指揮を任せる。あと“白虎”には城門に来いと伝えてくれ」
「了解しました」
シオンが敬礼をすると、シルバは小さく頷く。
その隣に並び、ユーリがマリアに指示を出す…さり気なく書類をマリアに手渡して。
「マリアも、シオン君と一緒に巡察担当の騎士団員を連れて街に行って。書類は必ずやるから」
「…………その言葉を信じます。了解しました、団長」
「うん…長い沈黙が気になるけど、よろしく」
引きつった笑みを浮かべたユーリと今にも歩き出しそうなシルバに、グランが声をかける。
「俺らは守衛だから、何かあれば城に来てくれ。いつでも手を貸す」
「ああ。」
「頼むよ」
隊長同士声をかけ合うと、それぞれの成すべき行動に移った。
* * * *
「放せよ!!緊急事態だって言ってんだろ!シルバを出せっ!」
「こ、こら!大人しくしないか!」
シルバとユーリが知らせに来た団員と共に城門へとやってくると、五・六人の騎士団員や兵士によって取り押さえられている十三歳程の金髪碧眼の少年が確かにいた。
「くそっ!…やっぱり此処に来るんじゃなくて、自力で探した方が…よかったっ!!」
「うわぁ!?」
シルバたちが駆け寄ったその瞬間、ファイが上手く体を捻らせ騎士団員たちを回し蹴りの餌食にした。
何人かは吹っ飛び、とてつもない威力だと言うことが一目見て分かる状況にユーリは目を見開いて固まってしまう。
(たかが子供の蹴りだぞ?…訓練を積んだ騎士団員がやられるなんて!)
流石に素手で近付くのは危険だと判断したユーリが剣の柄に手をかけようとした時、隣にいたシルバが前に出た。
「ファイッ!!」
「!!…シルバッ!」
シルバの声に倒れる騎士団員を見つめていたファイが顔を上げ、駆け寄った。
(え?やっぱり知り合い?)
その光景に目を丸くするしかないユーリは、近づいて気づいたファイの尋常ない焦りに我を取り戻す。
「お願いだ!シルバ、助けて欲しい!!」
「落ち着け、何があった」
一度も“お願い”だなんて聞いたことのないファイの言葉に、シルバは嫌な予感がした。
胸ぐらを掴みそうな勢いのファイの肩に手を置くと、シルバは視線を合わせるように少し屈む。
「俺、クロムさんに任されたのに…側にいたくせに…守れなくてっ…探したけど、どうしたら、いいかっ…分からなくてっ!」
顔を青ざめ、今にも泣きだしそうなファイ。
そんな彼の表情を初めて見たシルバは、ファイの頭を乱暴に撫で回す。
「いいから落ち着け。…いつものお前はこっちが驚くほど冷静なんだ。そのお前が取り乱
してたら、分かるものも分からないぞ」
「っ!…ごめん。…だけど!ココネが!」
「ココネ…?」
その名に、眉間に皺を寄せるシルバ。
「ココネが…攫われたんだ!!」
「な…!?」
予想だにしていなかったファイの言葉に、シルバが珍しく動揺するのをユーリが気づいた。
(ココネ?…確かさっきの会議で…。あ!あのバックの持ち主か!)
自分の嫌な勘がまたも当たってしまったことに、ユーリはこめかみを押さえる。
そして固まるシルバの肩を叩き、ファイに視線を合わせた。
「攫われたその子の特徴は?犯人はどんな奴だったか、何人だったか分かる?」
「…アンタは?」
ユーリの質問にファイは感情のない瞳で見つめる。
それは心音がファイと初めて会った日と同じ…人を寄せ付けないような瞳だった。
(なんだ…この子は)
不覚にもファイに怯んだユーリに代わり、冷静さを取り戻したシルバが話す。
「こいつはヒガミヤ騎士団団長ユーリだ、心配ない。それで、犯人は?」
「黒いマントを羽織った…たぶん男。攫う時は一人だった。背丈はココネより少し大きいくらいで、たぶん十六歳くらい」
「………。」
(随分と正確だな…)
シルバの言葉にやっと冷静さを取り戻したファイのしっかりとした言葉に、ユーリは感心したように息を吐いた。
「実はソイツ今朝ファームに侵入してきた奴なんだ。その時は追い返したけど、たぶんその時もココネが狙いだったのかもしれない」
今朝そんな事があったのかと驚く前に、シルバは考えを巡らせる。
(犯人の狙いはココネ?いや…狙いはファーム主のクロム…金か?)
もし金銭目的の誘拐となれば、ファームで働く心音を攫い、彼女を人質にクロムから金を取れるからだ。
今では心音はファームの一員。今のクロムならば、心音の安全が最優先と考えるに違いない。とシルバは思った。
(しかし何故か腑に落ちない)
そんな事をシルバ同様ユーリも思っているのか、二人して黙り込む。
そんな二人を不安と苛立ちの眼差しで見つめるファイは、自分の失態だと拳を強く握りしめていた。
(ん?十六歳くらいの男?それに黒いマント?…もしこの子のあの観察力が本物なら!…もしかして!)
ユーリは自分の勘がもし当たっているのなら。そう思いファイに問いかける。
「ファイくんだっけ…その犯人の男の髪の色を見たかい?」
「え?髪?…確か……灰色だった」
なんで今そんな事を聞く?という顔でユーリを見つめるファイ。
しかしその質問の意を理解したシルバがある少年の顔を思い浮かべながら、側にいた騎士団員に声を荒げる。
「おい!レオナルド…第一部隊は城のどこの担当だ!?」
「へっ!?あ、えと…第一部隊長は確か…舞踏会に出席する予定だったかと。」
「何っ!?」
騎士団員の言葉にユーリが驚愕の声を上げる。
仮面騎士団隊長と言えど、パーティーに招待されることはまずない。
あるとすれば誰もが認める功績を残すことだ。しかしユーリの知る限りレオナルドにはそれがないはずだった。
「遠征か…」
ポツリと零されたシルバの言葉に、ユーリは会議の後レオナルドだけ残るよう言われていたのを思い出す。
(まさか…それでパーティーに出席を?)
「なぁ、誰だよレオナルドって。まさか、ソイツが犯人なのか!?」
シルバとユーリの話に身を乗り出したファイは、一人結論に達すると城を見上げた。
「そのレオナルドって奴はパーティー会場にいるんだろ?だったら直接乗り込んでっ…!」
「乗り込んでどうする気だ?…証拠なんて無いだろ?」
ユーリに諭すように冷静に言われ、ファイはグッと拳を余計に強く握りしめ、唇を噛み締めた。
そんな彼の痛々しい姿に深くため息を吐くとユーリはシルバを見た。
「まさか、レオナルドが本当にやるとはね」
「……お前の勘が、それだけ冴えてるということだろ」
ユーリの視線にふっと笑みを零すと、シルバは前を見据えた。
その瞳には怒りの色が滲んでおり、ユーリはビクッと体が震えた。
(こ、怖っ!…こんなシルバは久しぶりに見たな。……ていうか、そんなに大事なその“ココネ”って子に会ってみたくなった)
ユーリは冷や汗を首元に流しながらも、面白くなりそうだと笑みを口元に浮かべた。
「…じゃあ、どうしたらいい!?ココネは今も危ない目に遭ってるかもしれないのにっ!」
そこで今まで俯き耐えるように拳を握りしめていたファイが顔を上げる。
「心配ない。…ココネは必ず助ける。だがその前に、証拠がいるだろ?」
「だけど、そんな証拠なんて…!」
「だから…今から捕まえに行く」
「「へっ?」」
ユーリが嫌な予感を覚え顔をひきつらせ、ファイが不思議そうにシルバを見つめた瞬間。
───ドスンッ!!
大きな音を立て、巨大な何かが空から…いや、城の二階から落ちてきた。
「シオンから聞いて来ました!お呼びですか、隊長」
そこには土埃に紛れ、青いマントを靡かせて立つ白い虎。
獣人の白虎が大振りの薙刀を持ち、仁王立ちしていた。
軍服を捲り上げ、はみ出す手はフワフワ。足もオーダーメイドのブーツで、ニカッと笑う口元には鋭くも白い歯が覗いていた。
そんな彼の登場にファイはポカンとし、ユーリは眉間に手を置きただただ首を振っていた。
「ああ、やっとか。白虎、俺と共にレオナルドの隠れ家に行くぞ」
騎士団員は城での寝泊まりが殆どだ。家庭が在る者もいるが、一番は寝心地がいいことと、すぐに事件などに対応できる為だった。
だがレオナルドは独り身。しかし彼は遠征が多いため、城に真っ直ぐ帰らずゆったりと寝るために第一部隊の隠れ家として家を一つ持っていた。
シルバが言うのはその家のことだった。
「へ?なんで第一部隊長の隠れ家に??」
「そ、そうだよ!レオナルドって奴は城に居るんだろ?だったら!」
我を取り戻したファイに、シルバは静かに言った。
「だから、だ。用を済ませた泥棒は一旦アジトに戻る。だが黒幕はいつも安全な場所だろ?…俺が証拠を連れてくる。
だがもしかしたら城に潜伏していて、隠れ家にはいないかも知れない。そこでだ、ファイ。お前はユーリと共に城を探せ。第二の証拠となる…ココネをお前の手で探し出せ。…言っている意味がわかるな?」
「っ!……上等だっ!」
シルバの言葉に、ファイの闘志に火がついた。瞳は輝きを取り戻し、心強く頷いた。
だがユーリは、少し不服そうにシルバを見た。
「おい、こんな子供を俺と行動させて大丈夫なのか?…もしかしたら戦闘になるかもしれないんだぞ?」
ユーリの小声での問いに、シルバはニヤリとと笑みを深めた。
「大丈夫だ。…むしろ足手まといになるなよ?ユーリ」
「はぁ!?」
(それは俺が子供より劣るってことか!?)
怒りを滲ませ睨みつけると、ユーリはシルバの背中を叩いた。
しかしユーリは気づいていなかった。シルバの言葉の裏に“ファイの実力を見て腰を抜かすなよ”という意味が隠されていることに。
「何かあれば魔法念話で知らせる。…気をつけろよ」
「お前もな!」
未だに怒りが収まらないのか、ユーリは苛立ったようにそう言った。
その言葉を背に受け、笑みを浮かべたシルバは白虎を伴い、隠れ家に向けて走り出した。
(……ココネに手を出したこと、後悔させてやる。…死ぬ程な)
しかしすぐに冷徹な表情に変えたシルバの黒い考えを読み取ったのか、白虎は背筋がぞわぞわとしたのだった。
「さて、俺らも行こうか…って、ファイ君!?」
隣に声を掛けたユーリはそこにファイの姿が
無いことに辺りをきょろきょろと見回した。
「何やってんだよ、アンタ。…置いてくぞ」
すると既に城へと歩き出していたファイが、睨むようにユーリを見つめていた。
「え…なんか俺に対して冷たくない?」
ユーリは自身の部下である副隊長マリアと重なる視線に、早くも泣きたい気持ちになるのだった。───
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