Ⅱ 悪い予感
──心音が魔法を使うことが出来ないことは上手く隠し、逆に先日グリフォンを立派に育て、異世界からの客に満足してもらえた事など心音の活躍をシルバは話した。
その裏には「異世界から来ていても、きちんと仕事をこなしている彼女は、危険ではない。寧ろ危険どころか、この国に貢献している」と伝えていた。
「持ち主を知っていたと言う事実、会議初めにお伝えしなかったことは申し訳ありません。
ですが彼の者は職業認定証所持者。国が干渉できる範囲が定められている身ゆえ、言って良いものかと。」
ファスティアス国は異世界からの来訪者が多い。だからなのか心音のスクールバックのように得体の知れない物が騎士団に届くことは多々あった。
通常ならば、どの様に使うものなのか分からない危険物を長く保管する事は出来ず、何ヶ月かして持ち主が現れなければ処分される。
しかし何故心音のバッグだけが会議の議題となっているのか…それは職業認定証が関係していた。
職業認定証の所持者が誰かということを国が把握するため、その者が職業認定証に触れた瞬間、予め書き記していた自分の名前の書類にその者の魔力も登録される。
心音の場合はシルバが代筆し、魔力は彼女がこの世界に来たときに使われたと思われる魔力が登録されていた。
そして職業認定証は簡単に言えばそれを持つだけで国に支配されることなく仕事が出来る物。だが国からすれば、職業認定証を持つ者は強制的に城に連れてくるなどが出来ぬ相手になる。
今回バッグが見つかったとき、職業認定証の登録名簿の中にあった心音の魔力と、スクールバックから微量に検出された魔力が一致した為、騎士団の者が勝手に返すことも出来ず、こんな事になっていた。
「シルバ殿の話は分かった。そうだな…職業認定証が関係している以上、これはその者に返した方がいいだろう。
得体の知れない物を此処に置いておくのは気が引ける…ということもあるが。…シルバ殿、任せてもよいか?」
「御意。」
「皆もそれでいいだろうか?」
シルバの説明に誰もが納得したようで、カスラムの言葉に皆が頷き、シルバは胸中で安堵の息を吐く。
しかし心音の件が終わったかに見えた、その時。またもあの男…レオナルドが口を開く。
「ちょっと、宜しいでしょうか」
(コイツ…)
向かいに座るレオナルドの発言がまた心音についてではないかと、シルバが少し苛立ちを口にしそうになる。しかしレオナルドは違う話題を口にした。
「最終の議題はこれで解決…ということでしたら、今度行われる“妖精舞踏会”について話しませんか?」
突然の話題変換に戸惑う面々に、カスラムが可笑しそうに笑い声を上げた。
「そうだな。こうも早く議題が解決してしまうとは思わなんだ。レオナルド殿の言うとおり、妖精舞踏会について話し合おう」
カスラムに、ニコニコと気味の悪い笑み浮かべ、一礼したレオナルドにシルバは不信感を抱いた。
(奴は…こんなにあっさりと話題を変える奴だったか?)
シルバが思うことは、後ろに控えていたシオンと隣に座るユーリも思ったのか、やはり不審そうにレオナルドを見つめていた。
それもそのはず、何しろ心音のことをシルバに話させるよう仕向けたのはレオナルド自身だからだ。
それ以前に面白いことにはすぐに首を突っ込み、部下や周りを巻き込む彼の性格や行動からして、此処はもっと心音についてシルバを問い詰めるだろうと皆が思っていた。
けれど彼は、自ら話を逸らした。それが何を意味するのか…シルバたちが警戒するのも無理はない。
《シルバ》
皆が妖精舞踏会について話合っている時、魔法念話と呼ばれる、魔法を使い相手の意識に直接語りかける声がシルバの脳に届く。
《なんだ、ユーリ》
その相手が隣のユーリだと分かり、シルバはレオナルドたちの話を聞いているふりをしてユーリに自らの声を送る。
《レオナルドの奴、何か企んでるかもしれない…気をつけろよ》
《言われなくとも》
《そうじゃなくて!…あのバッグの持ち主だって言う子のことだよ!
そりゃあ、シルバのことを心配しているのは本当だ。けど…レオナルドのことだから、そっちに手を出す…たぶんだが、そんな気がする》
シルバ同様に話に参加することなく、聞くふりをしていたユーリはシルバを盗み見る。
《…また、お前の“勘”か?》
《…ああ。》
シルバはその視線を受け、初めてユーリと出会った時を思い出す。
その時シルバたちはある事件を追っていて、彼の勘が皆を助けたことがあった。それは一度だけでなく、今まで何度も。
そんなハズレたことがない彼の勘だからこそ…シルバは小さく溜め息を吐いた。
(本当に厄介なことになりそうだな…)
シルバは柱と柱の間から覗く外の風景に、ファームの景色を重ねクロム達に思いを馳せたのだった。
(気をつけろよ…ココネ)
* * * *
「ん?……シル、バ?」
ファーム内、クロムの家。
シンプルな花の絵柄の壁に、床はフローリングのリビングに置かれたふかふかの白いソファー。
そこで寝ていた心音が、誰かに呼ばれたような気がして静かに目を開いた。
(気のせいかな?…って、そっか。なんで此処で寝てるのかと思ったら、昨日のあれか…)
──グリフォンとの別れから数日経ち、 心音は何とかグリフォンのいない生活に慣れ始めていた。
心音言うあれとは、第四エリア・花畑の草むしりをしたことだ。
昨日、この世界の花の種類すら分からないのに、栄養や花の魔力を吸ってしまう魔法草があるからと、クロムとファイと共に一日中心音は草むしりをした。
「人へは害をなさないから大丈夫」とクロムが言ったのだが…何かネバネバしている液を飛ばしてくる花のような草や、自力で地面から這い出て走り去っていく草(心音曰く、それはそれで助かった)や、引っこ抜いた瞬間に破裂して霧(心音曰く、レモンみたいな匂い)になってしまうもの。
変なのか、面白いのか、危険なのか。よくわからない物が多く、心音は心身ともに疲れてしまい、家のソファーに横になった途端に寝てしまったのだ。
「ん…うぅ~ん!…ん?」
全てを思い出した心音が起き上がり大きく伸びをすると、体に掛かる青いマントが目に入る。
(あ、そういえば…コレ返すの忘れてた!)
「もしかして…これの所為でシルバの声が聞こえた気がしたのかな?」
「何が聞こえたって?」
「きゃあっ!?」
突然目の前から声をかけられ、心音はマントを落としてしまう。
それを拾い上げたファイが、呆れたように心音を見つめた。
「そんなに驚くことか?…これ、シルバのなんだから大事にしろよ」
「う、うん。ごめんね」
ファイがきちんとマントを畳み脇に置くと、心音の隣にドサッと腰を下ろす。
するとファイは疲れたようにソファーの背に寄りかかり息を吐く。
その横顔が少し疲れているように見えた心音は、ファイにぐっと近寄った。
「何だよ…」
「ファイ…なんか疲れてない?それとも、具合悪いの?」
心配そうに見つめられ、ファイは腕で顔を隠すようにする。そして静かに言った。
「お前には関係ない」
「……そっか」
小さくも胸に突き刺さる言葉。心音は眉尻を下げた笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がろうとソファーに手を着く。
「私、顔洗ってくるね…っ!?」
だが突然ソファーの背を滑るようにしてファイの体が傾き、心音の膝に倒れ込む。
「ちょ、ちょっと、ファイ!?……ファイ?」
慌ててファイの肩を揺すろうとした心音は、すうすうと小さくも安らかな寝息が聞こえ、動きを止める。
「えっと…寝てる?」
(てか…膝枕ですか!?初めては…恋人としたかったのになぁ)
恋人いない歴=年齢の心音の儚い願いが散った。
「でも…」
そう言って心音はファイの横顔を見る。
いつもは反抗的な態度のファイ。けれど寝ている表情は安らかで、さらさらの金髪が呼吸するたびに揺れる。
(こんなことファイに言ったら怒られそうだけど…可愛い)
そんな子供のようにあどけない姿に心音が見入っていると、キッチンに続く扉が静かに開いた。
「おはよう、ココネ。…あ、ファイは此処で寝ちゃったんだね」
「おはようございます、クロム。…あの、ファイどうかしたんですか?凄く疲れてるみたいだから…」
「あ…えっと…」
言いにくそうにするクロムに、心音はしゅんとしたように続けた。
「ファイに聞いても…お前には関係ないって」
「ココネ…」
悲しげに伏せられた心音の瞳に、クロムは歩み寄るとしゃがみ込んだ。
「…どうか、怖がらずに聞いて欲しい。」
「…はい」
コクンと頷いた心音に、クロムは眠るファイを一度見て、話し出した。
「実は…さっき、何者かがファームに侵入した」
「侵入…」
その言葉があまりにも現実離れしていた為、心音は身を堅くする。
だがそれを和らげるように、クロムが穏やかに笑う。
「幸い、ファイが早く気付いたから追い返すことが出来たから、安心して。
でも…さっきまでファイは、その侵入者を追っていたから」
「それで疲れて…?」
ファームにはもういないと知り、心音はホッと息を吐くとファイを見下ろした。
そこにある気持ちよさそうに眠るファイの顔に、心音は微笑する。
「ファイは、頑張ってくれたんですね」
「うん。…ファイはいつも助けてくれる。本当に…助かってるよ」
ファイの頭を撫でたクロムの顔は、子を見守る父のような表情をしていると、心音は思った。
そんな二人だから。…心音は気合いを入れ、疲れているファイの代わりに水やりを頑張ろう!とする。
「よし!私も頑張らなきゃ!水やり行ってきますね」
「あ。今日はやらなくていいよ。…というより、暫くは水やりは無しかな」
「え…?」
何か粗相をしただろうか?と不安な表情を浮かべ、心音はクロムを見る。
その視線に心音が何を思ったのか、分かったクロムは慌てて否定する。
「あ、そう言う意味じゃないんだ。…実はもうすぐ妖精舞踏会があるからなんだ」
「フェアリー…ダンス?」
聞きなれない言葉に首を傾げた心音に、クロムは立ち上がり「ちょっと待ってて」と言って部屋を出て行く。
しばらくして戻ってくると、その手には一冊の本が握られていた。
そして心音の前にあるページを開くと、説明を始めた。
「この本は“妖精舞踏会”について書かれているんだけど…去年の春に植えた花の種が一年かけて蕾に成長し、その間に溜めた魔力を妖精の姿に変え、一斉に花開き、たくさんの妖精が生まれる。
それがまるで妖精の舞踏会のようだからと昔の人が“フェアリーダンス”と呼んだのが始まりなんだ。
昨日草むしりをした第四エリアの花畑にあった花からも、たくさんの妖精が生まれてくるよ。
けれど草むしりをしないでいると、昨日言ったように草に花の魔力が吸われて…生まれてくるはずだった妖精の命が失われてしまうんだ」
クロムが指差した所は文字ではなく、絵が大きく描かれていた。
そこには月夜の晩、一面の花畑から色とりどりの小さな光が舞う景色が描かれており、心音は瞳をキラキラとさせ見入っていた。
(異世界って本当に不思議なことがたくさんね!妖精舞踏会…見れるかなぁ!)
そんな心音にクスリと笑うと、クロムはもう一つ心音に話をした。
「だから産まれる前の蕾にあまり刺激を与えるのは良くないんだ。だから水やりは無し。
それから……実はね、街の方でもこの時期には妖精舞踏会をイメージしたお祭りがあるんだ」
「お、お祭りですか!?」
思わず大きな声を出してしまった心音はハッと口を押さえ、膝で眠るファイを見た。
しかし相当疲れていたのか、ファイは微動だにしていなかった。
「うん、ココネさえ良かったら…ファイと一緒に見てくるといいよ」
「いいんですか!?ありがとうございます!…あ、ならクロムも行きましょうよ!」
心音が興奮したように笑顔でクロムにそう言った途端…クロムの表情が変わる。
「僕は行かないよ。…ううん、行けない」
「え…」
(行けない…?)
「あ。…そ、そうだ!まだ朝食の用意が途中だったんだ!心音はファイをお願い。僕、作ってくるから」
「あ、クロ…!」
心音が声をかける前に、クロムは立ち上がるとキッチンへと続く扉の中に消えていった。
それを呆然と見つめることしか出来なかった心音は、床に置かれたままの妖精舞踏会の本へと視線を移す。
「行けない…って、どういう意味だろう」
そう口に出すも返事があるわけがなかったが、心音はもう一度クロムの消えた扉を見つめたのだった。───
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
誤字脱字など御座いましたら、お知らせ頂けると幸いです。