Ⅸ 遅れた歓迎会
グリフォン…サクラが異世界へと旅立った後、心音はずっと家近くの木に吊されたブランコに座っていた。
呆然と遠くを見つめるその姿を、クロムが心配そうに見つめていると、午後の水やりを一人で終えたファイが近寄ってきた。
「アイツ…まだ、あの状態なんですか?」
「…うん」
ブランコを漕ぐでもなく、ただボーッと座る心音は、魂の抜けた抜け殻のようだった。
「あ!わたち、良いこと考えた!」
「!?…ラル、いきなり現れて…あれ?いつから居た?」
クロムはひょこっと自分の肩に現れたラルに驚きの声を上げた。
しかし、セスカとシュウが此処へ訪れる前には居たが、その後いなかったように思うラルを見て首を傾げた。
「細かいことはいいの~…ラル、もう呼んだからっ」
「??…何を?」
ファイが首を傾げるも、ラルは楽しそうに笑いクロムたちの頭上を飛び回る。
「わたちに任せるの~…でも、手伝ってね!」
「…?」
「あのね…」
訳が分からずただただ頭に疑問符を浮かべる二人に、ラルは降下すると二人に耳打ちをした。
「なるほど。…良いかも知れないね」
「仕方ないか、俺も手伝います」
「そうと決まったら、早速準備開始なの!」
ラルの言葉に、クロムとファイは同時に頷くと準備に取りかかり始めたのだった。
───夕方。…オレンジ色の夕日に、心音はハッと我に返る。
(あれ?…もう、夕方!?……私、ずっと此処にいたんだ)
握りしめていたブランコの綱を放し、心音は地面に足を着ける。
「……ダメだな、私。クロムとファイに迷惑かけちゃったかな」
ずっと同じ体制でいた所為か、心音は凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。
そして後ろに建つ家へと向かおうと、振り返った瞬間。
──パンッ!パンパンッ!!
「…!?」
クラッカーのような音を立て、紙吹雪と紙のリボンテープが心音に降りかかる。
金や銀、青に赤や緑。色々な紙が舞い、心音は目を丸くしたまま目の前を見つめた。
そこにはテーブルに乗り切らないくらいの料理が並べられ、その側にはクロム、ファイ、ラル…そして何故かシルバの姿があった。
「せ~のっ」
「「ココネ!ファームにようこそ!」」
ラルのかけ声に、クロムとラルが笑顔を浮かべてそう言った。
「「歓迎する…」」
そしてファイとシルバは言いにくそうにしながらも、微笑を浮かべて心音を見つめた。
「皆…どうしたの?」
髪につくリボンや紙を払いながら、心音はクロムたちに近づいた。
「遅れたけれど、心音の歓迎会をしようと思って」
「歓迎会…?」
「ラルの提案なのっ!ココネ、元気ないから!…ココネの、初仕事成功のお祝いだよ!」
「お前はギャーギャーうるさい方が、似合ってるんだよ。…だから、その…落ち込むとか、お前らしくないだろ」
「クロム…ラル…ファイ」
優しげに見守るような眼差しで見下ろすクロム。
可愛らしく飛び跳ねながらも心音を気遣うように見つめるラル。
そして言葉は乱暴でも、心音を心配しているファイ。
そんな三人の気持ちに、心音は言いようのない嬉しさが込み上げ泣きそうになってしまう。
「ありがとう…皆…。」
「…お礼を言うのは僕だよ」
「え…」
フワッと頭に手を置かれ、心音はその人物を見上げる。
「此処に来てくれて、ありがとう…ココネ。異世界から来て不安なことばかりだったと思う…そんな中、働かなければならないという理由で、ファームに来ることになって、色々大変だったよね?
…それでもグリフォンを立派に育てて、お客さんにも喜んでもらえて…本当に、よく頑張ったねココネ」
「っ…!!クロ、ム…っ」
頭に伝わる温もりに、心音は抑えていたものを吐き出すように声を上げて泣き出す。
それを見守るように皆は見つめ、クロムは優しく頭を撫でた。
「グリフォンがいなくなって、寂しいかもしれない。けれど…僕たちがいるから。
君の隣に…いるから」
「っ…はいっ…!」
コクンと頷くと、心音は涙を流しながらも笑みを浮かべた。
その表情には悲しさはなく、心から笑った表情だった。
「じゃあ、料理を食べよう!…ラルもう、お腹ペコペコなの~…」
ぐぅ…と鳴るお腹に手を当てたラルに、心音たちは声を上げて笑い合ったのだった。
───「頑張ったんだな」
料理をお皿に盛り、一人離れた場所に移り座っていた心音に、シルバが近寄った。
いつもの仮面とマントは無く、軍服のような格好をしているシルバに、心音は苦笑いを浮かべた。
「それは嫌み?それとも、本心なの?」
「はっ、信用ないな」
「どっちがよ…」
軽口を叩き合いながらも、シルバは心音の隣に腰掛けた。
既に日は落ち、空には月と星々だけが輝いていた。
「主役がこんな所に居ていいのか?」
シルバの言葉に、心音は振り向きテーブルを見る。
そこにはじゃれあいながら料理を奪い合うラルとファイを、笑いながら見つめるクロムの姿があった。
(私が来る前は…あんな感じだったのかな)
「いいの…此処にいる」
「そうか…」
行儀が悪いとは思いつつも、料理を地面に置き、立てた膝に顔を埋めるようにした心音に、シルバは黙ったまま空を見上げた。
ほんの数センチ分の間隔を空けて座る二人は、しばらくの間何も話すことなくただただ沈黙していた。
けれど不意に、心音が顔を上げずに口を開く。
「私ね、本当は…知ってたんだ」
シルバは何も言わなかった。しかし心音は続ける。
「昨日の夜…電気を消し忘れて寝ちゃって、そっと目が覚めたの。
そしたらね、サクラとクロムの話が聞こえて……あの子は本当は話せて、召喚獣の“癒”は…短命だって話」
「!…」
シルバの短く息を呑む音が聞こえたが、心音は堰を切ったように想いを吐き出す。
「だけど、最後まであの子とクロムは私に話してくれなかった。悲しくて、寂しくて…どうして言ってくれないの?…って
でもそれは私を想ってのことだって、ちゃんと気づいてた。
それでも私は…サクラが他の召喚獣よりも短く人生を終えるってことを知らずに、これからを生きていたかもしれないって思ったらっ…すごく、怖かった…!
なのに、あの子は別れ際に『育ててくれて、ありがとう』って言ったんだよ?
…もしかしたら人生の半分以上を私と過ごしたかもしれないのに…そう、言ってくれたんだよ?
他に色んな出会いがあったかも知れないのに、そう、言ったのっ…」
「ココネ…」
シルバの悲痛な声で名を呼ばれ、心音はゆっくりと顔を上げた。
そこには先程までは無かった苦しげな表情で、目元を赤くし涙を零す心音がシルバを見つめていた。
「シルバ……私は、本当に…あの子を育てて良かったのかな?」
「っ!!」
揺れる瞳とその一言に、シルバは心音の腕を掴むと、自分の胸に抱き寄せた。
「その言葉は二度と言うな」
「どう、して…?あの子だって、もしかしたら…っ!」
「そんな事はない!!」
離れようとした心音は、シルバの荒げた声にビクッと動きを止める。
「自分で言っていただろう…アイツがお前の事を想って言わなかったと。
だったらそれは、お前を好きだからだろう…?」
「好き…でいてくれた?」
「自分を育ててくれた者を嫌う奴はいない。もし嫌いだったとしても、心の奥底では好きという感情を持っているはずだ。
たとえそれが人ではなく…獣だったとしてもだ」
シルバはそっと心音の背に手を回し、子供をあやすようにポンポンと叩く。
「あのグリフォンは間違いなく、お前に育ててもらえて良かったと思っている。
お前と共に居られたことを感謝している。
だから、礼を言ったのだろう?……ありがとうと」
「うん…。うん…っ」
シルバの胸に顔を埋め、心音は何度も頷いた。
そんな心音を見て、シルバは思う。
(こんなにも華奢で、自分の腕の中に収まってしまうほど小さな存在で…。
クロムの言うとおり、独り異世界に来て、仕事をして…不安という感情を無意識に押し込めていたのだろう。
だが、グリフォンの世話を終え、取り組むものが無くなり、忘れていた不安が押し寄せた。…という所か)
シルバは小さく囁く。
「クロムたちに見せた涙と、今の涙は少し違う。けれど、どちらもお前の感情だ。
……抱え込むのではなく、吐き出せばいい。
受け止めることなど、造作もない」
頭上から聞こえた、本当に小さな囁き。
けれど心音にははっきりと聞こえていた。
(シルバって…よく、分かんない)
そう思うのに、心音の頬は何故か熱を持っていた。
少しの間シルバに宥めてもらい、心音は恥ずかしさを隠すようにバッと離れた。
「あ、ありがとう…シルバ」
「ふ、顔が不細工だぞ…泣き虫」
「なっ!?悪かったわね!不細工で!」
またも意地悪を言うシルバを振り返った心音は、ハッと息を呑む。
シルバは言葉とは裏腹に優しげな眼差しで、心音を見つめていたからだった。
(…ホント、分かんないっ!)
バッと顔を逸らした心音は、シルバを盗み見る。
心音から視線を外し、空を見上げていたシルバの横顔は、最初こそ女性のようだと思っていた心音だったが…今はそうではなかった。
穏やかに揺れる銀色の髪は野生の狼のように気高く、アメジストの瞳が似合う“男性”の顔に見え、心音の胸が高鳴る。
(気のせい…だよね?……うん!気のせい!)
首を横に振り、心音も空を見上げる。
そこでシルバが「忘れるところだった」と思い出したように何かを取り出し、心音に差し出した。
「なに…?」
「祝いだ」
「え…」
シルバが握っていた拳を開く。
その瞬間、中にあった小さな箱の蓋が開き、眩いキラキラとした光が花火のように飛び出し、心音の体を包むようにクルクルと周りを囲む。
「な、何っ!?」
驚いて立ち上がった心音は、着ていた制服が光になっている事に気づき目を見開く。
すると光る制服が形を変え、ある姿を保つと、光が弾けた。
「まあ…似合わなくもないな」
「な、なな…!?」
シルバの満足げな笑みに、心音は自分の服装を見て驚くことしか出来なかった。
そこへ光に気づき近寄ってきたクロムたちは、心音の服装を見て次々と声を上げた。
「よく似合うよ、ココネ」
「うん!ラルも、そう思うの!」
足元から、ベルト付きの茶色のブーツに黒のシンプルなタイツ、パンツはカーキ色のショートパンツで、トップスは赤のチェックシャツ。その上にデニム風のベスト…という、心音の世界でも流行りそうな現代的ファッションだった。
確認するように自分の服装をあちこち見回した心音は、驚きと感激で言葉が出なかった。
(か、可愛いっ!なにこれ!?こんなの売ってるの?てか、今のも魔法!?)
先程までの複雑な感情はどこへやら。心音は嬉しそうにくるくると回転しながらシルバに礼を言う。
「ありがとう!シルバ!」
「ふっ…ああ。それなら作業もしやすいだろうと思ってな、元着ていた服はこの中にある。…いつか帰る時には、この箱を開けるといい」
微笑みを浮かべ、シルバは淡い水色の箱に青いリボンの付いた小さな箱を心音に手渡す。
それを受け取ると、心音はもう一度「ありがとう」と呟いたのだった。
「ココネ!一緒にご飯食べるの~!」
「あ、うんっ…分かったから、ラル!」
ラルが心音の肩の上ではしゃいだ声を上げると、彼女は地面に置いておいた料理の乗った皿を持ち上げるとテーブルへと近づいた。
それを見送ったクロムが、同じく心音の背中を見つめていたシルバに近づく。
「あれって…街で今人気の“女性”専門の洋服店の服だよね?」
「………。」
シルバは答えることなく、クロムを睨む。けれどそれに動じることなく、クロムは可笑しそうに笑った。
「はは!シルバは、やっぱりココネが気に入っているんだね。
ココネ…辛そうにしていたから、励まそうとしたんでしょ?」
「誰があんな女を気に入っていると言ったんだ!」
「シルバ。それじゃあ認めてるも同じだよ?くく…」
「クロム、貴様ッ!!」
腰にある剣の柄に触れる構えを取ったシルバに、クロムは笑いながら逃げるように駆け出す。
それを追いかけるシルバの頬が、少し赤くなっているのは怒りからなのか…それとも?
「……男の人って、たまに子供よね」
「…よねぇ~」
「いや、ラル…なんでお前まで頷いてんだよ」
話の内容は分からないが、追いかけっこを始めてしまった二人を、テーブルで料理を口に運んでいた心音、ラル、ファイが呆れたように見つめていた。
───こうして、心音の初仕事は成功に終わり、クロム達による遅れた歓迎会も無事に成
功を遂げたのだった。
「そういえば、これって女物の服ですよね?シルバはよく買えましたね…」
「ふふ…色々あったんだよ、きっとね」
「…??」
後日、心音が疑問を口にすると、クロムはクスクスと笑うだけで答えなかった。
「そのうち…話してあげるよ。さ、今日も頑張ろう」
「はい!」
クロムに元気よく返事をすると、心音は走り出したのだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
この話はⅡ章最終話です。次回からⅢ章に入ります!
是非、次回も読んでみて下さい!!
※誤字脱字や矛盾点など御座いましたら、お知らせ頂けると幸いです。