Ⅵ 魔法検査
「…ココネ」
「はい?」
だがカップに口をつけようとした瞬間、クロムが神妙な面持ちで彼女の名を呼んだ。
「本当に…文字、読めないんだよね?」
「え…そうですよ?」
訝しみながらも、心音はファイにもう一度本を見せてと頼む。
けれど渡された本の表紙や中身を見ても、やはり読めそうになかった。
「ダメみたいです…」
首を横に振り、落ち込んだように俯く心音。そんな彼女にクロムは真剣な表情で問いかける。
「もしそれが君から見て異世界の文字だというのなら……どうしてココネと僕達は言葉が通じているんだろう」
「「あ…!」」
ファイと心音はハッとしたようにお互いの顔を見る。
「確かに…そうですよね」
「そうだよ。お前、異世界から来たんだもんな?」
「その…筈だけど……」
曖昧な返答にファイの片眉がピクリと動く。
(私自身、神社から落ちた時以降のことは覚えてない。だから…どうやって来たのかなんて分からないし、それ以前にクロムたちの言葉は……日本語に聞こえるんだもの)
心音の耳には確かに日本語としてクロムたちの言葉は聞こえていた。
しかし、手元の本に書かれている文字が此処での言語なら、それは余りにおかしかった。
「あの…念のために聞きますけど、ここの言葉は“日本語”ではないですよね?」
「うん、違うよ。“シクライ語”と呼ばれる古くから伝わる言葉だ」
「シクライ語…」
言葉を反芻したまま黙り込んでしまった心音に、ファイが突然「あ~もう!」と叫び、テーブルを強く叩いた。
「それはまた後で話し合うとして、グリフォンの方を何とかするのが先だろ! ね、クロムさんっ!」
「…そうだね。何にせよココネとこうして話が通じることは良いことだ。だから今は深く考えなくていいのかもしれない」
「……はい」
コクンと頷いた心音に、ファイは安心したように息を吐いた。
「あ、そういえば…あの子魔法使えるみたいなんです」
「え?」
突然の話の切り替えに目を見開くクロムとファイに、心音は花畑へと降り立つ前のことを話した。
「グリフォンが使ったのは“風”系統の魔法かな、浮かせるのは風を利用するからね。だとすると下級魔法か…」
クロムは顎に手を当て考え込むように呟きを漏らす。
するとその隣でファイが手元の本の、あるページを開いて心音に説明を始めた。
「ここに書かれてるんだけどな、魔法には三つの階級が存在するんだ。下から『下級魔法』『中級魔法』『上級魔法』…って感じに。
下級魔法は魔力消費が激しくない。逆に言えば上級魔法は魔力消費が激しく、魔法の修業を積んだ者や生まれつき強大な魔力を持っているやつなんかが使えるんだ」
コクコクと頷きながら聞くも、ファイが指差した場所に書かれていた文字は、やはり心音には読むことが出来ない。
だが、その側に描かれた不思議な図形のような物は見て分かった。
「それってもしかして…」
「ん? ああ、これは“魔法陣”だ」
「ま、魔法陣!!」
その言葉を聞いた瞬間、心音の目の色が変わる。
(魔法陣! それはファンタジー小説にはかかせないキーワードッ!! 魔法を使うために描かれた不思議な文字と図形などの組み合わせ!
円型の陣がよく使われるけど、四角とかもあったりするのかな!? アニメとかでも見たよ! 気になる~!)
キラキラ、ワクワク。目を輝かせた心音に一瞬ファイは後ずさったが、気を取り直して説明を続けた。
「ま、魔法陣ってのは、地面に棒状の物で直接描き込むものが基本だな。
だけど最近では違う手段を使うことが多くなってる」
「それは…?」
身を乗り出した心音とそれにたじろぎながらも答えるファイを、微笑ましげに見つめていたクロムが口を挟んだ。
「“魔力線”で描くんだよ」
「…まならいん??」
「ふふ、じゃあ外に出よう。…良いものを見せてあげるよ」
そう言って席を立ったクロムに、不思議そうな顔をする心音と意味深に微笑むファイが続き、三人は外へと出た───
夏が近づいていると言っても外はまだ肌寒く、大きな月と星の光だけが輝き、辺りはすっかり暗くなっていた。
「わぁ…!空が綺麗…」
心音が住んでいたのは都会に近かった為、星空はビルや家々に遮られることが多い。けれどここは自然豊かなファーム。遮るものがなく、何処まで続いている星空と柔らかな風に揺れる木々たちを見て感動していた。
くるくると回りながらはしゃぐ心音の隣にクロムが並ぶ。
「見てて」
それだけ言うとクロムは右手の人差し指を自身の胸の前に掲げた。
すると指先に淡い水色の光が灯り、温かくクロムの分身のような気配を身に纏っていた。
(綺麗な光…)
食い入るように心音が見つめる中、クロムはその指先を滑らせ、宙に何かを描き始める。
指先が通った道には先程の光が残り、だんだんと何かの絵が出来上がっていった。
「これが…魔法陣ですかっ?」
心音は目の前に浮かぶ小さな円の中に星の形が描かれたそれを見つめ、クロムに問いかけた。
「うん。自分の中にある魔力を指先に集中させ、それを魔力の線…マナラインにして陣を描く。魔力には色があって、僕の場合は水色。そして出来上がったら発動の呪文を唱えるんだ。例えば……」
スッと魔法陣に手をかざし、クロムが唱えに入る。途端、彼の身体から何か底知れぬ力が溢れ出る。
「“次元と空間の狭間を旅する者にして、力強き優しき者よ 主たる我が呼びかけに答えよ”」
短くも長く感じた呪文を唱え終えた瞬間。魔法陣はクルクルと回りだし、強い水色の光を放つ。
その光に誰もが目をきつく閉じた次の瞬間、パァンッ!と大きな音を立て魔法陣が砕け散った。
「あ、あのクロム? 魔法陣が壊れちゃったけど…」
心配そうに声をかけた心音にクロムは微笑みかけると上空へと手を伸ばした。
「いいや、成功だよ」
「え…?」
クロムの指す方向。そこには薄ピンク色の体毛で、長く垂れた耳をパタパタと動かし、空を浮遊する兎がいた。
(…ダ○ボみたい。……ゾウさんじゃないけど)
某有名なゾウの子供を思い浮かべながら、心音は呆然と空を見上げていた。
「今のは召喚術だよ。契約している召喚獣を呼び出す魔法。そして使った魔法陣は役目を終えて砕け散ったんだ」
「クロム~」
兎はクロムに気づくと、のほほんとした声を上げて長い耳をピンと立てるとクロム目掛けて突進してきた。…というよりは落下した。
それを「うっ…」と呻き声を上げて尻餅を着きながらも、しっかりと受け止める。
「相変わらず極端だね…もうちょっと下まで降りてきてから耳を動かすの止めてくれるかな?」
「え~…だって、面倒くさいも~ん…」
スリスリとクロムの胸に頭をすり寄せる兎に、クロムが呆れたように息を吐く。
それを目を丸くして見つめていた心音にファイが声を掛けた。
「コイツは“旅兎”。次元や空間の狭間とか、色々な世界との境界線みたいな所を旅するのが好きな…物好きなウサギだ。
因みにコイツはクロムさんの契約召喚獣で、此処の生まれだ」
「へぇ~!」
「んん? …その子は、だぁれ?」
そこでやっと心音の存在に気付いたのか、フワッとクロムの腕の中から飛び立つと、旅兎は心音の肩に乗った。
「あ、私は最近此処でお世話になることになった御加瀬心音と言います。…えっと」
「そうなんだぁ~…わたちは名前ないのぉー…ヨロシクネ」
(か…可愛い!!)
スリスリと心音の頬にすり寄る旅兎に、心音は身悶えした。
人懐っこい性格が基本の旅兎に心音が表情を和らげていると、クロムが何か思いついたように手を打った。
「そうだ。ココネがその子の名前を考えてくれないかな?」
「え、私がですか!?」
「うん。本当は契約時に主となる者が付けるんだけど…すっかり忘れてて。
しかも名前があるともっと召喚術って楽なんだよね…はは」
照れくさそうに笑ったクロムに心音は漫画並みに転けそうになる。
「名前大事じゃないですかっ!」
「わ~い! つけて、つけて~!」
けれど肩で喜ぶ旅兎に心音はしぶしぶ考えてみることにした。
「……。ラルゴはどうでしょう?」
「ラルゴ?」
「はい! 音楽用語で“とてもゆっくりと”っていう意味なんです! でもこの子女の子…なので“ラル”っていうのはどうでしょう…」
自信なさげにする心音に、クロムとファイの二人は旅兎へと視線を移す。
「いい…ラル! いい名前! 好き!」
きゃ~! と声をあげて心音の周りを嬉しそうに飛び回る旅兎、もといラルはクロムの肩に止まった。
「ありがとうっ! ラル、嬉しい!」
キャッキャッと耳をパタパタと上下に動かし喜ぶラルに、心音は気に入ってもらえて良かったと笑みを浮かべた。
「僕からもありがとう。ラルはこういう性格だけど、これからも仲良くしてくれると嬉しいな」
「はいっ!」
元気良く返事をした心音にクロムはハッと何かを思い出したのか気まずそうに切り出した。
「あ、ごめん。ラルを喚びだして、肝心なことを忘れてた。…ココネ」
「は、はい?」
クロムの真剣さに知らず体を強ばらせる。
「グリフォンのことだけど…。たぶん君に魔法を見せたくて、喜ばせたくて…あの子は魔法を覚えたんだと思うよ」
「え…」
(あの子が…自分で?)
驚いて固まる心音に今度はファイが口を挟む。
「お前とグリフォンの絆がそうさせたんだ」
「…私とあの子の?」
心音に深く頷くと、ファイは思い出すように言った。
「前に一度、俺が初めて育てた召喚獣が教えていないのに魔法を使ったことがあったんだ。その時は何故だろうって思ってたけど…その召喚獣との間に俺は絆を感じてた。だからグリフォンもあいつと同じ様に、お前に見せるために魔法を覚えたんじゃないか?」
「……。」
「きっとそうだね。ココネに魔法を褒めて貰いたかったから。…かもしれないね」
クロムが、微笑ましげに心音を見つめる。
その視線を受け、心音はこの成長を喜ぶ親のような気持ちになっていた。
(そうだったら…嬉しいな)
「でも、だからこそ…本当に大丈夫なのか?」
心音を心配そうに見つめたファイの心には先程の話にあった「彼が初めて育てた召喚獣」との別れのことを思い浮かべていた。
今でも別れの時の悲しみを覚えている。だからこそ彼女の「心」を心配していた。
「ありがとう、ファイ。私は大丈夫だよ」
ファイの気持ちが痛いほど伝わった心音の瞳に、強い光が宿る。
「それにあの子も別れは辛いと思うから、私がしっかりしなくちゃ!」
トンッと胸を叩く心音にクロムとファイは複雑な表情を浮かべる。だが、彼女の気持ちを尊重しようと話を進めた。
「僕達も全力でサポートするよ。だから遠慮なく何でも聞いてね。
「はい!」
「…よし! じゃあまずはあの子の“内なる力”が何なのか確かめなくちゃだ」
「え? クロムはもう分かっているんじゃないんですか?」
「バカ。いくらクロムさんが凄いからって、それは魔法検査しなくちゃわかんないんだよ!」
「そ、そうなんだ…」
(つまり日本と同じ様に品質検査みたいな事をしないと、商品として売り出せない。…みたいな感じかな?)
自分なりに納得した心音にラルが飛び移る。
「じゃあ、それは明日にするの~…ラルは、もう眠い…ムニャ…」
それだけ言うとラルは心音の腕の中で寝息を立て始めた。
「うん、元からそのつもりだったから…今日はもう休もう」
「「はい」」
三人と一匹は家に入ると、それぞれが就寝に着いたのだった。
* * * *
次の日の朝。
家の周りにある草原の坂の無い平らな場所でクロム、ファイ、ラル、心音、グリフォンが勢揃いしていた。
「ファイ、準備はいい?」
「大丈夫でーす! 準備万端!」
クロムの声に何か円状の図形を木の棒で地面に描いていたファイが大声を上げて心音とグリフォンの所へと駆けていく。
「グリフォンをあの魔法陣の真ん中に」
「うん」
心音が「行こう」と言うと、グリフォンはすんなりと魔法陣の真ん中へと駆けていく。それを見送り、魔法陣の外へと出た心音に近寄ったクロムとファイは彼女の隣に並んだ。
「マナラインより、地面に書いた方が魔力を多く使う上級魔法なんかが使いやすいんだ。今回はココネに知ってもらうためでもあるけど、グリフォンの身体が大きいからこっちを使うね」
「はい!」
心音が頷くと、クロムは満足げに笑い魔法陣の端に手を着き、ゆっくりと目を閉じた。
「“陣に命ず、汝に書かれし古の言葉に従い、彼の者の内に秘めたる力を此処に示せ。我は主にして、魔力提供者 クロム”」
唱え終えた瞬間。魔法陣が輝きを放ち、水色の光がグリフォンを包み込んだ。
しばらくして霧のように光が消えるとそこにはグリフォンと何やらくす玉のような物があった。
「成功…したの?」
心音の問い掛けには答えず、ファイはくす玉へと歩み寄ると垂れ下がる紐を引いた。すると…
───ポンッ!パンパカパーン!
ファンファーレのような景気の良い音楽がなり、中から二つ折りの紙が出てきた。それを無言で拾ったファイは、此方に見せるように紙を大きく広げた。
「属性 癒 育成ランク A+ 体調 問題無し……です」
「うん、分かった」
「………。いや! 何ですか、これ!?」
冷静にツッコミを入れた心音に、クロムがきょとんと首を傾げる。
「何って…魔法検査だよ?」
(え? 魔法ですよね? なんで商店街とかのおめでたい日にやるような手作り感満載のくす玉なんですか!?)
あまりに驚き過ぎて心の中でツッコミを続ける心音に、ファイが歩み寄る。見れば先程まであったくす玉や紙は、跡形もなく消えていた。
「これが魔法検査なんだから、文句言っても仕方ないだろ?」
「そ、それでいいの…?」
もっと凄いことをイメージしていた心音はガックリと肩を落とす。
「とりあえず、この子は“癒”の力を秘めてる事が分かったから、その魔法を中心的に教えていこう。
一緒に頑張ろう……ね、ココネ?」
「はい…」
気を取り直して頷いた心音に、グリフォンが近づくと慰めるように体をすり寄せたのだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
誤字脱字などございましたら、お知らせ頂けると幸いです…。
そして!召喚獣☆育成ファームも、この話でついに10話達成です!
これからも、読んで頂けたら嬉しいです!