Ⅰ 異世界へ。
前々から、書きたいと思っていた物語です。
誤字脱字があるかもしれませんが、読んで頂けたら嬉しいです!
夕暮れ時の高校。二年一組と書かれた小さな掛け看板のある教室に、長い黒髪を後ろで一つに束ね、茶色のブレザーにグレーのタータンチェックのスカート、首元には赤色のリボンといった格好で、窓の外をぼんやりと見つめる少女の姿があった。
彼女の名は御加瀬心音。人より少し背が低い事と、女性の大半が気にするであろう胸部についてが悩みの普通の女子高生だ。
心音は先程「ちょっと、行ってくるね!」とだけ言い残し、先生に呼ばれていった友人を待っていた。
「実優ちゃん遅ーい!…つまんないじゃん…ってあれ、なんだろう?」
暇を持て余していた心音の耳に、窓の外から、不思議な音色が聴こえてきた。
ピアノのようなのに、鈴の音にも聴こえる不思議な音楽。
一つの楽器で演奏されているようなのに、何故かオーケストラのようにも聞こえる何とも不思議で綺麗な音色だった。
「心音、お待たせ!…って、どうしたの?」
心音を待たせていた友人の佐藤実優が教室のドアを開け、声を掛けた。
だが不思議な音色に心を奪われたように、心音は窓の外を見ていて、実優の存在にすら気づいていない。
「無視ですか…。もう!──心音っ!!」
「!!?…なんだ、実優ちゃんか。」
突然後ろから抱きつかれ、あの不思議な音色から心音の意識が反れる。
すると音はぷつりと止み、心音と実優の声だけが教室に響き渡る。
「あ、止まった…」
「え、何が?」
「いや、さっき凄く綺麗な音色が…」
「そうなの?私も聞きたい!」
心音はもう一度聴きたくて、実優はその正体が知りたくて、共に窓際に近付き目を閉じた。けれど先程の音色は、もう聞こえてこない。
実優は残念そうに俯くと、心音の方を向く。
「何にも聞こえなかったよ…。」
ガックリと肩を落とす実優の横で、心音はパチッと目を開くと急いで美優に顔を向ける。
「でも聞こえたよ!あれが楽譜に出来たら、今度の課題曲に出来るかもしれないっ!」
「心音がそこまで言うってことは…相当いい音色だったのね。もう~!顧問の島山先生の馬鹿!聞き逃したじゃない!
それと、島か山かはっきりしろって感じー!」
「う、うん…?」
(実優…島か山って…)
呆れた表情を浮かべた心音とそれを気にした様子のない実優は合唱部だった。
実優が呼び出しを掛けたのは顧問の島山という人物。ふわっとした癖毛が特徴で、合唱部が主にだが、吹奏楽部にもたまに顔を出している何かと忙しい人物だった。
「まあ、機会があればまた聞けるよね?…とりあえず帰ろー…」
島山に何を言われたかは知らないが、実優は相当長い話を聞かされていたようで、疲れ切っていた。
(これは帰りに甘いもの食べるな…絶対。)
この日部活のない心音は大の甘党である美優の考えを読み取りながらも、後ろ髪引かれる思いで窓から離れ、実優に手を引かれ教室を出たのだった。
──外は静かなものだった。
これから雨が降るでもないのに、道にも道路にも車や人の姿は無い。
まるで廃墟とかした街のようだった。
「ねえ……なんか、人いなくない?」
「ん?…そうかも」
不安そうに問いかけた実優の声は、先程の音色のことしか考えていない心音の耳をすり抜ける。
(ピアノだったのかな?でも、笛みたいに延びる響き。けれどハープのような旋律で…どこか優しく……悲しい感じがしたなぁ…短調かな…いや長調かも?)
うーんと唸りながら本格的に考え込む心音に、半ば諦めたように実優はため息を吐くと立ち止まった。
「わかった、いいよ。もうどこにも寄らないで帰ろう?」
「え?でも…」
「だって心音、さっきの音が気になってしょうがないって顔に書いてあるもん…話も聞いてないし。」
実優が唇を尖らせて言う。
「うっ…ごめんね」
幼い頃からピアノを習っている心音は、好きな音色や楽器の音を聴くとすぐに楽譜にしたくてうずうずしてしまう…という癖のようなものがあった。
それと同じくらい歌が好きな彼女は、親友の実優に誘われ合唱部に入ったのだった。
中学からの付き合いである実優は、お見通しだと言わんばかりに心音の額を小突いた。
「また、いつもの所で書くんでしょ?暗くなる前には帰りなよ!じゃあね、心音!」
「うん…!ありがとう、実優ちゃん!」
丁度立ち止まった所は交差点の横断歩道で、実優は青になったのを確認すると反対側に渡った。
そして一度だけ手を振ると、背を向けて家路を歩いていった。
「…悪いことしちゃったかな?今度ケーキでも奢ってあげよっと」
振り返していた手を下ろし、心音はもう一度「ありがとう」と呟くと、上機嫌である場所に向かった。
そこは彼女がいつも楽譜を書いている場所で、小さい頃に秘密基地として遊んでいた古ぼけた神社だった。
「フォルテ!」
三階建てのビルと同じくらいの長さある階段を上り、神社の敷地に着くなり心音は声を上げた。
「ワォン!」
するとその声に反応するように、一匹のクリーム色の大型犬が側の茂みから飛び出し、心音に駆け寄ってきた。
「あはは、くすぐったいから舐めないでっ」
ペロペロと頬を舐めるその犬は、家で動物を飼えない心音がこっそりと世話をしている犬だ。名前はフォルテ、音楽用語で「強く」という意味を持つ。
この神社に捨てられて衰弱していたフォルテを介抱してからというもの、彼女が来るといつも嬉しそうに尻尾を振って駆け寄ってくるのだった。
(可愛い奴…)
心音が頭を撫でると、フォルテはクゥーンと鳴き、体を心音にすり寄せる。
そんなフォルテから一度離れ、心音は今上がってきたばかりの階段に腰掛けた。勿論その隣にはフォルテも座る。
「あのね、フォルテ。今日スッゴく綺麗な音色を聴いたんだよ?」
心音はフォルテに話しかけ、思い出したように鞄から一冊のノートを取り出す。それは五線譜のリングノート。
かなり使い込んでいる彼女愛用の“楽譜書きため特製ノート”だ。
「確かね、こんな感じだったの…──スゥ…」
まるで彼女の言葉が分かるかのように、首を傾げるような仕草をしたフォルテに微笑み、ペラペラと何ページか捲ったノートとシャーペンを片手に、心音は思い出すように先程聴いたメロディを口ずさむ。
(音符が分からなくても、聴いたままの音を歌うことは出来る。
あの不思議な音色を真似することは出来ないけど、音くらい分かるんだから)
心音の声が辺りに響く。
教室で聴いた音色の主旋律、彼女はそれを歌っていた。
それはいつも心音がしていること。これは最早癖というよりは、才能ではないかと周りから言われるほどだった。
だが心音が気持ちよく歌っていたその時───事件は起きた。
「ウォン!ウォンウォン!!」
突然フォルテが後ろに向かって吠えだし、誰もいない筈の神社の境内から大きな物音が響いた。
「!?…今の、何?…あっ!フォルテ!?」
突然のことに呆然と立ち尽くしていた心音の横にいたフォルテが、一直線に境内に向かい駆け出した。
心音はその後を追いかけようと、慌てて鞄にノートを押し込め肩に掛けると、境内の方を向いた。けれど、その瞬間。
──ドンッ…!
心音は、目の前に人影を見た。
そしてその人影に押され、心音は足を滑らせ後ろに傾く。
(えっ……うそ、でしょ?)
神社へと続く階段は先程上ってきたのだから、間違える筈はない。
つまり、落ちたら最悪の場合は…──。
考えたくない最後を振り払う間もなく、心音は階段に打ちつけられた。そして視界が回る。
空のオレンジ色、階段の灰色、周りに生い茂る木々の緑色。
全てがグルグルと彼女の視界をごちゃ混ぜに埋めていく。
(……私、このまま…死ぬの?)
心音が意識を手放したのは、落ちて数分もなかった。
けれどその数分の間に、彼女は淡く光る綺麗な『雫』を見た。
それは七色に輝き、地面に落ちると弾け、彼女を包み込んだ。
(いや…だ。嫌だ嫌だ!死にたくない!!)
その雫を見て、心音はすがる思いで必死に願った。死にたくないと。
──すると眩い光が辺りを埋め尽くした。
その光は全てを飲み込み、しばらくして消えた。だが光と共に、神社に心音の姿はなかったのだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
次回もどうぞ、よろしくお願い致します。