日本帝国陸海軍合同本土防空基地航空隊
架空の基地航空隊が活躍する架空戦記です。
日本帝国陸海軍合同本土防空基地航空隊。
正式名称が長すぎるため、「防空航空隊」と呼ばれることが多い軍の組織です。
日本以外の国では、「防空軍」と翻訳されることが多いですが、独立した軍種ではなく、陸海軍の合同部隊です。
このような基地航空隊が建隊されたのは次のような理由です。
日本帝国陸軍と海軍にそれぞれ航空隊が建隊された時、日本本土の防空は、陸軍航空隊と海軍航空隊どちらの管轄になるのかが協議されました。
結局、日本本土の防空は陸軍航空隊の管轄となり、海軍航空隊は軍港などの要地の防空が管轄になりました。
しかし、1920年代後半に、海軍側から一つの疑問が提示されました。
「敵性国家の航空母艦が日本本土近海に接近し、艦上機を発艦させ、本土空襲を実行したら対応できるのか?」
陸海軍で激しい議論になりましたが、決論は出ず。
実際に演習で確認することになりました。
空母が二隻「赤城」「鳳翔」、それの護衛に少数の巡洋艦・駆逐艦から成る艦隊が敵役である「赤軍」、日本本土に配備された陸海軍全軍が、味方役である「青軍」になりました。
最初、青軍側は自軍の勝利を楽観していました。
日本本土の陸海軍全軍対空母二隻を主力とする艦隊です。
圧倒的な数の差で押し潰せると考えていました。
ですが、まず、演習の準備段階で問題が発生しました。
日本本土の陸海軍基地航空隊に命令を下せる司令部組織が存在しないということが判明したのです。
陸軍は泥縄式に演習のために「本土防空司令部」を設置しましたが、問題は海軍基地航空隊でした。
陸軍の本土防空司令部が海軍基地航空隊に命令を下せる規則が無いのです。
結局、陸軍の本土防空司令部は、海軍側に情報を流すだけで、海軍側は独自に判断することになりました。
このような状況で演習は始まりました。
もちろん、青軍は、赤軍の空母がどこにいるか、日本本土のどこを空襲するつもりなのかを知りません。
本土防空司令部は、索敵機を日本本土にある陸軍航空隊基地から発進させました。
海軍航空隊も索敵機を独自の判断で発進させました。
索敵機から「赤軍空母発見」の多数の報告が本土防空司令部に入りました。
それらの報告がすべて事実だとすると、赤軍の空母は同時に十カ所以上にいることになりました。
陸軍航空隊が、船舶の識別に慣れておらず。 民間の大型船を空母と誤認していました。
海軍航空隊の索敵機が、正真正銘の赤軍空母を発見していましたが、その報告が海軍から本土防空司令部に転電されるまで、数時間かかり、さらに、報告の真偽を確かめるのに数時間かかりました。
陸軍は「海軍の嫌がらせだ!」と非難しましたが、海軍が得た情報を陸軍に伝達し、情報を評価する仕組みが整っていなかったことから起きたことでした。
赤軍空母は、関東地方に接近しており、帝都東京も空襲可能な位置にありました。
赤軍が日本本土のどこを空襲するかは、無作為に選択されることになっていました。
赤軍が洋上に出てから、壁に貼った日本地図に向けて赤軍指揮官が目隠しでダーツを投げ、ダーツが刺さった場所にすることになっていました。
ダーツが刺さった場所が、帝都東京でした。
もちろん、青軍側は、それを知りません。
「帝都を空襲するのか!?それは不敬だろう!?」「だからこそするのかもしれない!」「帝都空襲は、ハッタリで、他の重要施設が標的かもしれない!」
本土防空司令部では激しい議論が行われましたが、結論は出ませんでした。
とにかく、赤軍空母の位置は判明したので、攻撃隊を発進させることにしました。
陸軍航空隊の攻撃隊は、「赤軍空母に攻撃開始!空母二隻を大破の判定!赤軍空母は艦上機が発艦不能と判定!」と報告し、本土防空司令部は勝利に沸きました。
しかし、攻撃隊が攻撃したのは、民間の大型船でした。
攻撃隊に同乗していた審判役である統裁官も陸軍軍人だったので、船舶の識別に慣れていなかったのです。
演習用の模擬弾だったので、民間船に被害はありませんでした。
一方、海軍航空隊は、本土防空司令部から「赤軍空母の攻撃」を「要請」されていましたが、自己の判断で攻撃隊は出しませんでした。
海軍は空母艦上機の航続距離を知っていたので、赤軍空母の現在地から陸上の目標を爆撃すると、片道攻撃になってしまうため、今日の空母からの攻撃はなく、明日以降と判断していたからです。
しかし、その時、赤軍空母からは攻撃隊が発艦していました。
攻撃隊は、帝都東京の上空に侵入、皇居の前でUターンして、海軍横須賀鎮守府にある飛行場に着陸、そこで「降伏して捕虜になる」ことを搭乗員は申し出ました。
帝都侵入の前に、攻撃隊を目視した各地の陸海軍基地から本土防空司令部に連絡が行きましたが、連絡体制の不備により、連絡が届いたのは、攻撃隊が帝都上空を去った後でした。
演習終了後、陸海軍は大騒動になりました。
日本の本土防空はザルどころか大穴が開いていたのです。
議論・交渉・根回しの末に設立されたのが、「日本帝国陸海軍合同本土防空基地航空隊」、通称「防空航空隊」だったのです。
その名の通り、陸海軍の合同の組織で、日本本土防空については絶大な権限を持ちます。
平時の研究では、電波探知機とロケット機・ジェット機に予算・人員を注ぎ込みました。
電波探知機、通称電探は、海軍では「闇夜の提灯」と嫌う者も多かったのですが、本土防空では陸地から電波を発信するので問題はありませんでした。
ロケット機・ジェット機は航続距離は短いですが、短時間で高空まで上昇できることが、重視され、諸外国で重爆撃機が開発されると、さらに開発は進みました。
そして、太平洋戦争の開戦を迎えました。
1941年12月、日本海軍空母機動部隊による真珠湾奇襲で始まりました。
開戦当初は、日本本土防空が任務である防空航空隊に出番はありませんでした。
初の実戦となったのが、開戦から四ヶ月後の1942年4月でした。
アメリカ海軍の空母が、アメリカ陸軍の中型爆撃機を載せて、日本本土空襲を計画しました。
戦前に行われた演習と似たような作戦ですが、演習内容は軍事機密だったため、偶然、アメリカが似たような作戦を思いついたと推測されています。
電探で空母を発艦した爆撃機を探知して、洋上で全機を撃墜しました。
防空航空隊の有効性が実戦で確認されたので、連合艦隊司令部から提案のあったミッドウェー作戦は中止され、日本海軍は米豪遮断作戦に専念しました。
それにより、オーストラリアは日本と単独講和し、アメリカ軍はオーストラリアを拠点としては使えなくなりました。
アメリカ軍はオーストラリアを拠点としてフィリピンを経由して、日本本土に向かう進攻ルートを中止し、中部太平洋を進攻ルートに一本化しました。
日本側から見ると、アメリカ海軍が二つのルートに分散しないのは不利でしたが、一つのルートに絞りこめるのは有利でした。
マリアナ沖海戦で、日本海軍空母機動部隊は、壊滅的打撃を受けましたが、アメリカ海軍空母機動部隊にも同程度の打撃を与え、アメリカ軍の行動は遅延しました。
硫黄島の攻略ができなかったため、B29は終戦まで護衛戦闘機無しで日本本土空襲に出撃することになりました。
当初、昼間高高度精密爆撃を戦術としましたが、電探で探知され、防空航空隊のジェット機「橘花」やロケット機「秋水」に撃墜されました。
防空航空隊のジェット機・ロケット機は重爆撃機迎撃用に開発され、もし、B29にP51戦闘機が護衛につくか、アメリカ海軍空母の艦上戦闘機が日本本土に来襲すれば、逆にカモにされたでしょうが、硫黄島をアメリカ軍は確保できず。アメリカ空母機動部隊の再建が遅れたため、「橘花「秋水」は、「日本本土の空を守った名機」として歴史に名を残しています。
B29が夜間爆撃に切り替えても、機体に電探を装備した夜間戦闘機を防空航空隊は開発していて、B29の損害は減りませんでした。
大戦末期、B29による広島への初の原爆投下は防空航空隊は阻止できませんでした。
航空燃料が不足気味になっていたため、燃料節約のために「偵察機は見逃す」という方針になっていたため、少数機で侵入した原爆搭載機を見逃してしまったのでした。
しかし、北九州上空に侵入した二機目の原爆搭載機の撃墜には成功し、墜落した機体から原子爆弾を鹵獲しました。
原子爆弾を交渉材料にして、連合国と交渉をした結果、無条件降伏ではなく、条件付き講和となりました。
日本は、領土については朝鮮半島・満州・台湾は手放すことになり、沖縄は在日米軍は駐留することになりましたが、日本領土であり、施政権も日本のままとなりました。
南樺太・千島列島も日本領土のままです。
連合国の要求により、日本は民主化を進め、天皇は国家元首のままですが、軍の統帥権は内閣に委任するとし、内閣総理大臣は他の大臣の任免権を持つことになりました。
陸軍省・海軍省は統合され、兵部省となり、兵部大臣は現役軍人が就任することは禁止になりました。
陸軍参謀本部・海軍軍令部の上位組織である統合作戦本部を設立しました。
さらに、連合国の要求により、日本は軍備制限も受け入れました。
陸軍は、定数十八万人となり、本土防衛軍となりました。
海軍は、戦艦・攻撃型空母の保有を禁止され、対潜空母と駆逐艦を主力とする海軍になりました。
防空航空隊は、空軍となり、戦後も本土防衛を任務としました。
戦後の日本軍の航空戦力は他の国とくらべて少し変わっています。
日本空軍は、戦闘機と輸送機しか保有しておらず。
爆撃機・攻撃機は陸軍航空隊・海軍航空隊の保有となりました。
戦後は、日本は陸海空軍はソ連を仮想敵国とするようになり、陸軍航空隊は日本に上陸したソ連軍への爆撃を想定し、海軍航空隊は洋上のソ連艦隊への対艦攻撃を想定しました。
日本空軍はもちろん、ソ連空軍の爆撃機から日本本土の空を守ることを重視しました。
ソ連崩壊後、2026年現在は、中華人民共和国を仮想敵国としています。
朝鮮半島にある大朝鮮民国は、近年、弾頭ミサイルの開発を進めていますが、中国の支援があることは公然の秘密です。
近年、創隊された日本空軍宇宙作戦隊は、偵察衛星を運用しています。日本本土防空のために、早期に弾頭ミサイルの発射を探知するためです。
そして、真偽不明ですが、攻撃衛星も保有しており、弾頭ミサイルが日本本土に向けて発射された場合の迎撃準備を進めていると言われています。
私は読んでいた紙の本を閉じた。
刑務所の独房にいる私は、電子書籍を読むこともインターネットを検索することもできない。
私が、ここにいる理由は日本本土に向けて弾頭ミサイルを発射する命令をしたからだ。
大朝鮮民国の大統領としての命令だった。
中国から強制されたのだった。
拒否すれば、経済援助を打ち切ると脅された。
弾頭ミサイルは、日本空軍の攻撃衛星によって迎撃された。
中国にとっては日本の防空システムの能力が判明して利益となり、私はトカゲの尻尾切りになった。
中国は用心深く、脅迫して私に弾頭ミサイルを発射させた証拠など何も残していなかった。
私は「一発だけだから誤射だ」と主張したが、もちろん、日本は受け入れなかった。
最初は「日帝に鉄槌を下した。偉大な大統領!」と私を持ち上げた国民たちも日本からの圧力が加わると、手のひらを返して私を弾劾裁判にかけるよう要求した。
中国くらべれば低いが、日本からも多額の援助を受けている。
弾劾裁判の結果、私は終身刑になった。
独房の中で、読書する時間はあったので、私は大朝鮮民国建国からの歴史を学び直した。
大戦終結後、日本の支配から解放された朝鮮半島は、アメリカ軍に全土が占領された。
38度線で、北をソ連、南をアメリカが占領する案もあったので、その場合、かつてのドイツのように分断国家になったかもしれないので、それは幸運だった。
アメリカは、我が国を非武装中立国家にした。
我が国が軍隊を持たないことで、極東の政治バランスは安定すると考えたのだ。
しかし、その考えは甘かった。
ソ連や中国が自国領内に居住する朝鮮民族を共産ゲリラに組織して、朝鮮半島に侵入させたのだ。
警察では対応できず。駐留するアメリカ軍に出動を要請した。
アメリカ軍に多数の戦死者が出ると、アメリカ本土で「なぜ、朝鮮半島でアメリカの若者たちが血を流さなければならないのか!?」と世論が沸騰した。
我が国は軍隊を持つことをアメリカから求められたが、憲法で軍隊の放棄を明記しており、憲法改正には、国民投票が必要であり、反対多数で否決された。
そこで、「朝鮮半島自衛隊」を総隊した。
軍隊ではなく、朝鮮半島を自衛するための組織だということになっている。
なんで、自衛するための組織が弾頭ミサイルを開発しているのだ!?
それを決めたのは、私ではない!二十年前の大統領だ!
そのツケをなぜ私が払わなければならない!
分かってはいる。
我が国は中立の名の下に他国からの経済援助がなければやっていけないのだ。
独立当初は、アメリカとソ連が競うように経済援助をして我が国に対する影響力を大きくしようとした。
当時の我が国の指導者たちが、その経済援助を元手に独自の産業を起こせば良かったのたが、手っ取り早く国民の支持を得るために、援助された資金を国内にばら撒くだけだった。
我が国は、他国からの経済援助がなければ崩壊する経済構造になってしまった。
日本と中国が経済成長すれば、その二ヶ国が我が国への経済援助額一位を競うようになった。
今は、中国が経済援助額一位だ。「だから、朝鮮の大統領は、中国の言いなりなのだ」と思っている者は多い。
だが、単純な話ではない。
昔より、金額は減ったが、アメリカやロシアからの援助もあり、アメリカ・ロシア・中国・日本それぞれに着いている国内派閥がある。
我が国の大統領は、多数の派閥をうまく調整できた者が当選し、調整に失敗した者が権力を失う。そういう構造になってしまった。
私が中国からの要求を無視できなかったのは、私の属する派閥が親中派だったからだ。
しかし、これから、我が国はどうなるのか。
私も含めて歴代の大統領は、任期を無事に終えられた者は少ない。
亡命・辞任・逮捕された大統領が大多数だ。
私の後任の大統領は「日本に媚び過ぎだ」と批判されている。
まあ、いい、今の私にはどうしようもないことだ。
刑務所では数少ない楽しみである。明日の食事のメニューを見た。
朝食 ご飯に白菜のキムチ
昼食 ハンバーガー
夕食 水餃子定食
メニューを見て、私は暗い気持ちになった。
我が国独自の物は、キムチぐらいだ。
米も日本が過剰生産になっている物を格安で我が国に輸出している。
それが原因で、我が国の農業は衰退した。
日本の空軍が、我が国の弾頭ミサイルを迎撃する以前から、こういう形で我が国にダメージを与えていたのだ。
日本の空軍が弾頭ミサイルを迎撃する能力の有無だけではない。
総合的な国家戦略で我が国は敗北しているのだ。
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