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第4話 戦士が懐く

 ガルナは、一人で遺跡に飛び込んでいた。


「おりゃあああっ!」


 大剣を振り回しながら、暗い通路を突き進む。

 本来なら全員で行動すべき場所だが、リュシアとセレスが負傷兵の救護に手を取られている間に、ガルナは偵察のつもりで先行してしまったのだ。


 偵察、と本人は言っている。

 実態は突撃だが。


「——っ!」


 足元が光った。罠だ。

 古代の防衛装置が起動し、通路の壁面から石の槍が突き出す。ガルナは大剣で二本を弾き、三本目を横に転がって避けた。


 だが、その先にはさらに罠が待っていた。


 天井から落下する鉄格子。床面から噴き出す腐食ガス。壁面の魔導砲——。


「くそっ……!」


 ガルナは得意の剣技で切り抜けようとしたが、数が多すぎた。退路も塞がれている。


 一瞬——本気でまずいと思った。



   ◆



 するめは、遺跡の別の区画にいた。


 今日の保守点検は、この遺跡の地下二階にある燻製保存庫だ。

 古代魔導文明が残した食品保存設備で、特殊な結界と温湿度管理により、ありえないほど長期間の食品保存が可能になっている。


 するめのお気に入りのスポットだった。


 ここで保存されている古代の燻製肉は、もう二度と作れない味だ。いまの人類の技術でも、魔族の技術でも再現できない。

 このへんの燻製屋がなくなったら、わたしは何をつまみに飲めばいいんですか——と、するめは本気で思っている。


「……ん?」


 接続杖が微かに振動した。

 遺跡内部のセンサーが、異常を検知している。


 するめは遺晶板を取り出して確認した。

 地下一階の通路で、防衛装置が連鎖起動している。


「……誰か入ったんですか。めんどくさ〜い」


 するめはため息をついた。

 通常なら無視する案件だ。侵入者が罠にかかるのは遺跡の防衛機能として正常だし、するめの仕事は保守であって警備ではない。


 ただ——地下一階の通路のすぐ隣が、燻製保存庫の冷却結界の制御ユニットだ。暴れられると結界に影響が出る。


「……ここの燻製だけは失いたくない」


 するめは重い腰を上げて、地下一階に向かった。



   ◆



 ガルナは壁際に追い詰められていた。


 魔導砲の砲口が二つ、ガルナに向いている。大剣で防げる攻撃ではない。


 覚悟を決めかけた、その時——。


 砲口の光が、消えた。


「……は?」


 防衛装置が、全部止まった。

 鉄格子が持ち上がり、腐食ガスの噴出口が閉じ、魔導砲のチャージ音が途切れた。


 通路の奥から、のそのそと歩いてくる影があった。


 黒い外套。フード。細い杖。

 壁の刻印を杖で叩きながら、心底面倒そうな表情で歩いてくる。


「……暴れないでもらえます? 隣の結界に響くので」


 ガルナは目を丸くした。


「お、お前——前に遺跡で会った——」

「知りません」

「いや、知ってるだろ! リュシアが言ってた黒衣の——」

「知りません。保守担当です。今日は燻製保存庫の点検に来ただけです」


 するめは壁の端末を操作して、防衛装置の停止を維持した。


「出口はこっちです。右に二十歩、階段を上がって左。それで外に出られます」


「待ってくれ!」


 ガルナが駆け寄ろうとした。するめは半歩下がった。


「近づかないでください。面倒なので」

「いや、助けてくれたんだろ? 礼くらい——」

「助けてません。燻製が壊れると困るので、装置を止めただけです」


 ガルナが、するめの腰に下がっている酒瓶を見た。


「お前、酒飲むのか?」

「……それが何か」

「奇遇だな! 俺もだ」


 ガルナは背中の荷物から革の水筒を取り出した。中身は安い蒸留酒だ。


「礼だ。一杯やろうぜ」


「……は?」


「助けてもらったんだし、一杯くらい奢らせろって」


「わたし今仕事中ですし、そもそも助けてませんし——」


「堅いな! いいじゃねえか、一杯!」


 するめは心底嫌そうな顔をした。


「……帰ってください」

「いや、でも——」


 するめは壁の刻印を叩いた。通路の照明が落ちる。


「あ、おい、暗くなった——」


「出口は右に二十歩、階段を上がって左です。それでは」


 するめの声だけが暗闇に残り、足音はもう遠ざかっていた。


 ガルナは暗い通路に一人取り残されて、大きく笑った。


「口悪いけど、いいやつだな!」


 暗闇に向かって、ガルナは叫んだ。


「絶対また会おうぜ!」


 遠くから、小さな声が返ってきた。


「……会いたくないです」



   ◆



 勇者一行の野営地。

 ガルナが興奮して話す横で、リュシアは目を潤ませ、セレスはペンを走らせていた。


「あいつ、やっぱりいいやつだったぜ。口は悪いけどな。『燻製が壊れると困るので』って言ってたけど、絶対嘘だ。俺のこと助けるために来たんだよ」


「ガルナ、それは——」セレスが言いかけた。


「あの方は、危険を顧みずガルナを助けてくれたんです」リュシアが涙声で言った。「敵陣にいながら、それでも——」


「ちょっと待ってください。二人とも結論が早いです」


 セレスは手帳の新しいページを開いた。


「ガルナの証言を整理します。黒衣の外套。接続杖。古代端末の操作。装置の即時停止。これらはすべて、前回の観測と一致します」


「だろ? あいつだよ、あいつ」


「加えて、携帯酒瓶を所持。にもかかわらず、自ら飲むのではなく——」


「いや、普通に飲んでたぞ。自分で」


「……そうですか。では、自らの痛みを紛らわせるために——」


「いや、普通に美味そうに飲んでた」


 セレスは一瞬だけ困った顔をして、それからペンを走らせた。


「……過酷な任務のさなかにあっても、平静を装う精神力の持ち主と解釈できます」


 ガルナは首を傾げた。


「いや、あいつ全然過酷そうじゃなかったけど——」


「ガルナ」リュシアが真剣な目で言った。「あの方は、本心を見せない人なんです」


「そうか? めちゃくちゃ本心っぽかったけど——」


 セレスはノートに書き足した。


 ——第四の接触。直接的な救助行為を確認。動機は自称「燻製保存庫の保全」。表面は軽口だが、行動は一貫して人命救助。仮説との整合性は維持。


「口悪いけど気に入った! 絶対また会おうぜ!」


 ガルナが暗い森に向かって叫んだ。


 リュシアが泣いた。

 セレスが分析した。

 ガルナが笑った。


 そして、するめは遺跡の地下で燻製をつまみに酒を飲んでいた。


「……なんか外で叫んでる人がいましたけど、知りません」


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