【必殺技図鑑】ソードスラッシュ(『特防美少女騎士ミロック』ep13より)
「へっ、へへへ──へへ、へへ……っ」
降りしきる雨さえ暗闇に溶け混ざる、魔法都市ターミナルバークの夜。
足を引きずり、薄笑いにしゃくり上げ、綺麗な身なりの紳士服さえボロにしながら、魔物人間カウフマンは確かに生きていた。
巨獣グライレックを盾にした、あれが良かった。余剰エネルギーによる大爆炎に、あえて自ら巻き込まれることで、あの忌々しい小柄な女騎士の目を逃れることができたのだ。
地下。暗く、開けた通路に出た。この先へ少し進めば、港王橋に渡れる。貨物船を待ち、紛れ込めばターミナルから隠れ潜み、回復して出戻ることも不可能ではない。
カウフマンは擦り切れ欠けた高帽子を被り直し、もう一息と、元は緑だった紳士服の胸を押さえた。
「へ……クヒフヘヘ、ヘヘ──甘ちゃん騎士がよぉ……」
「同感だ」
どきり、と胸中の内臓が跳ねた。見れば、薄暗い通路の先。魔力防護の薄冷たい色にぼんやり照らされた、背の高い男の影が分かる。
カウフマンは絶望した。足取り重くも、こちらへ近付く、その風貌。その短剣。
頭から覆い被さるような、無造作に散らされた燃えるような冷たい髪。広すぎず、しかし確かに堅牢な肩幅。均整のとれた体格を包む、陣羽織の武者を思わせる隊服。
暗く淀んだ鋭い目付きを取り囲む、魔防装飾の施された面頬。その体格に不釣り合いな、片手に提げた鞘付きのショートソード。
「ミロック隊員も、カブラヤナ隊員も、揃いも揃って甘すぎだ」
「あ、あ、あああ……! あ……あ……っ」
「魔物退治に容赦はいらん。魔物に与した人間になど、尚更だ」
無意識に砂を踏みにじり、後退る。カウフマンとて後ろを見ずに、悪事を働いた訳ではない。
魔物を利用した商売における、最重要危険人物。中央市長に抑えつけられ、ターミナル支部長の首輪をつけられた、特防の狂人。
「ドシュナー……ヘクトハイム……!」
「……俺を知っているのか」
ドシュナーは剣の柄に片手をかけ、冷徹な癖毛の頭をゆるゆると振った。
「いいさ。今さら責めはしない。貴様にも何か事情はあったのだろう。その上で」
かちり、と音が鳴り、カウフマンの肩が揺れた。ドシュナーの妖術紋様がかけられた、剣の刀身が露わになったのだ。
「死ね。せめて愚かな貴様の同胞に、このドシュナーの名を刻め」
「──お、ぉおわぁ~っ! うおぉお~っ!」
カウフマンは服を裂き、濡れた翼を立ち上がらせ、クチバシを生やした顔を突き出した。重たく湿った闇の波動が防護壁を明滅させ、彼は紳士に似合わぬ鋭いツメを握り込んだ。
煤けた緑の高帽と、皮の剥がれた杖を手に取り、カウフマンは叫ぶ。
「殺す! 殺してやるぞ、ドシュナー・ヘクトハイム!」
「魔物は一匹たりとも逃がさん」
ドシュナーは短剣を逆手に握り直し、両手を広げて悠々と歩き出した。
挑発に乗ってカウフマンは杖を振り被る。
「があっ! ぐっ……!」
当然、怒りにかられた直線的な動きは簡単に読まれ、短剣に受け止められる。
力で押し通そうと踏ん張るカウフマンに、ドシュナーは鞘を握った方の手を向けた。
「くっ! ぬぅう……っ」
「"痺れ眩立ち"」
「ぐぅあっ! ぐぅおわっ!」
小さな雷がドシュナーの指先から奔り、カウフマンの巨体を跳ねさせる。すかさずドシュナーは短剣を翻し、一太刀、二太刀と続けざまに切りつけた。
「がぁあっ! うげあ~っ!」
火花が飛び散り、カウフマンが後退する。ドシュナーはずんずん進み、カウフマンの首の羽を鞘ごと掴む。
「冥土の土産に魔法剣をお見せしよう」
「や、やめろ……!」
「"燃焼付与"」
ドシュナーは短剣を順手に持ち変え、横ざまにカウフマンの胸へと滑らせた。激しく奔る炎熱の線が、見た目より深く羽毛の中を抉り込む。
「があぁあっ! うげぇええ~っ!」
「痛いか? それが貴様の罪の証。貴様が殺してきた、他の人々の無念の叫び」
よろめいて壁にぶつかるカウフマンは、毒の吐血を口から滴らせ、通路の床を冷たく染めた。
「まるで飽き足りん……もっと生きたかっただろうに。貴様のせいで断たれたのだ」
「っ、商売のための! 必要な犠牲だ! 凡百のゴミどもの泣き言など、気にして飯が食えるかぁ!」
「そうだな。俺も、お前の悲鳴などでは太刀筋は緩まん」
垂れ下がったクチバシの隙間から牙を覗かせ、カウフマンはわなないた。こんな屈辱は生まれて初めてだ。
名家に生まれ、社会の裏からバカなゴミ共を弄び、人ならざる力を得て、支配者たる暗躍を重ねた、このカウフマンがこんな……つまらない形で。
「ああああ……! ああああ! 俺は……俺は、カウフマンだ! 中央の、名門出の……誇り高きエリートだぞ!? それが、この俺が……! この、こんな……こんな、ところでェエエ~ッ!」
「"身体鋼鉄化"」
自棄を起こしたカウフマンはツメを振り上げ、棒立ちしたドシュナーに殴りかかる。
けたたましい金属音が響き渡り、火花が飛び散り、ツメの欠片が床に散らばった。
「ヒギャアァアアアア!?」
「笑わせるな。魔物に堕ちた人間に、血の誇りなど、名などない。貴様はカウフマンでもなく、名無しの魔物として、ここで死ね」
欠けた腕を振り回し、膝を折らぬのが精一杯によろめく魔物に、歩み寄るドシュナーは短剣を浅く構える。
「貴様を見逃したミロック隊員の不始末は、貴様の絶命の分だけ免責としよう」
「お……の、れ……! ドシュ、ナー……!」
「切り捨て、御免──」
無造作に、軽く突き出した、浅い一突き。
ただのそれだけで太刀筋は空を裂き、通路の遥か先までを鋭く照らした。
踵を返し、靴音を立てて離れるドシュナー。その陣羽織のような隊服の背後で、魔物の体がずれ落ちて──
魔術防護を揺るがすほどの、大爆炎が膨らんだ。




