第9話
今日はポスターの色が緑だった。
だいたい危険な色だ。
(正しさを売りに来ている)
女はじっと読んでいる。
CO₂。
沈黙。
未来の子ども。
「大事なテーマですね」
「逃げ場がないですね」
入場前、靴底が少し濡れる。
外は雨上がり。
中は乾いている。
滑らない。
でも、気になる。
チケットを買う。
今日は中央寄り。
前回、端で冷房が直撃した。
今回は快適。
その代わり、
前の席との間隔が狭い。
前回のほうが、まだマシだった。
売店。
何も買わないつもりだった。
「フェアトレードコーヒー」
の文字を見る。
買う。
温い。
(倫理は熱量を奪う)
場内。
静かすぎる。
客層が揃っている。
うなずきが早い。
女が隣に座る。
「これ、評価高いですよ」
「評価は、たいてい安全です」
暗転。
映画が始まる。
森。
工場。
泣く子ども。
説明は丁寧。
主張は明確。
悪者は悪い。
善人は疲れている。
(判断材料が少ない。これは誘導だ)
サスペンスの音楽。
緊張する前に、答えが出る。
誰が悪いか。
何をすべきか。
全部、先に言う。
女が真剣に観ている。
俺は姿勢を正す。
(姿勢だけは、合わせる)
中盤。
登場人物が語り始める。
独白。
演説。
告発。
銃は出ない。
逃走もない。
ただ、正論が詰められる。
肩が凝る。
コーヒーがまだ温い。
終盤。
悲劇が起きる。
予定通り。
回避不能。
エンドロール。
拍手はない。
場内が静か。
誰も立たない。
女が息を吐く。
「考えさせられました」
「考える余地はありました?」
俺は小さく言う。
「……正しいとは思います」
「そうですね」
外に出る。
夜風が軽い。
「何も言えなくなりますね」
女。
「言えなくするのが、目的でしょう」
少し歩く。
別れ際。
的外れなことを言う。
「椅子、もう少し柔らかくした方がいいですね」
女は一瞬考えて、
「それは思いました」と言う。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
――正しさに負けた気はしない。
濡れた靴底だけが、現実だった。




