婚約破棄という悪い夢を見たある貴公子の話
どこから話そうか。
俺は貴族だった。いや、今も貴族か。婚約者はいたさ。
そりゃ。忙しかったけども、月に一度のお茶会を欠かせたこともなく、プレゼントも贈ったさ。
しかし、ある日、婚約は破棄になった。
理由は。
『わ、私はルドルフに乱暴されそうになりましたわ。いつも高圧的に上から物言いをされましたわ』
と婚約者が訴え出たからだ。
はあ?覚がない。
逮捕された日だって、プレゼントを片手にお茶会に向かう途中に貴族院の官吏に拘束された。
いつだって花束を贈ったり手紙を送ったりしていた。機嫌を損ねないように頑張ったさ。
でも俺は人間だ。多少、高圧的な物言いになったことは・・・ない。記憶にない。
「フン、そりゃ、舐められているのよ。女はね。笑顔で花束を持ってくる殿方よりもワイルドな殿方を好んだりするのさ」
「そうか・・・そうだよな。でも、狂言はないだろう」
トントンと隣にいるアニーは俺の肩を叩いた。
話を続ける。
父上と母上、妹、使用人達は俺の人となりを知っていたから庇ってくれたが、裁判になった。
裁判だ。もちろん、婚約者は証拠を出すことは出来ない。
やれ、いついつ、婚前関係を迫られた。罵倒された。とかだ。
面白いだろう。俺が言ったとされる罵倒は、
『浮気女』とか、『性悪女』で、当てはまっているのだよ。
本人はそう思っていない。
自分の浮気は真実の愛で、自分はとても頭が良いと思っている。
これは俺もそうなっていないか反省しなければならない。
実際は、後に分かったことだが、イケメン役者に恋をして、ファンレターの返信を真に受けたらしい。
役者は贔屓が欲しいからな。本気じゃない。
浅はかだろう。
「で、裁判の結果は?」
「それがさ・・・」
嘘判別魔法まで使っても俺の有罪を立証できない。
しかし、社交界はか弱い令嬢の味方だ。
結局、変な判決が出来た。
『ルドルフは元婚約者に賠償金として金貨50枚を支払うこと。
理由は、ルドルフの蛮行は令嬢の夢であった。
夢を見させたルドルフの態度に何らかの問題があると推定する」
だってさ。
婚約者の夢だったそうだ。その原因は俺だから有罪だ。
元婚約者は重要な部分を話さないで俺が有罪と触れ回って、俺だけじゃない父母、妹は社交界に居場所がなくなった。
父母は領地に引きこもり。妹は貴族学園でいじめられて退学したよ。
「まあ、可哀想・・・」
「でも、妹は領地で純朴な青年と結ばれたよ」
で、俺はご存じの通り裏社会に入った。
元貴族だ。頭脳、体力、武術、全てが貧民出身と違う。
先を見通すことが出来る。
いろんなことをやったが、
俺のところにくれば、正直に商売をしてくれると評判になった。
盗品の取り戻しや、地上げ、手形の回収・・・・
頑張ったさ。
そして、貴族の俺は貴族のコネクションもある。貴族の裏の仕事も請け負うようになった。
その頃には、俺は薄々無罪ではないかと思う家門も出てきた。
元婚約者がいろいろ騒ぎを起したのだ。
こうして、今日も没落予定の伯爵家のご令嬢が連れてこられたってワケさ。
「それで、目の前にいるのが、あんたの元婚約者ってワケ?」
「そうらしいな」
話が終わると、目の前の元婚約者が話しかけて来た。
「ル、ルド、昔のあなたは頼りなかったから、少し意地悪しただけよ!」
「そうか、感謝している。今じゃ王都で名の知られたボスになったぜ」
「あなたも悪いのよ!しっかり否定しなかったから」
「そうだな」
「周りも可哀想と言って引っ込みがつかなかったのよ!」
「そうだな。周りも悪いな・・・」
相変わらず他責思考が抜けないな。
だから、両膝を地面について伏せている元婚約者の視線まで俺も膝を折って話しかけた。
「うん、今の君は頼りない。それに、周りは君のことを他人の婚約者を取る女狐。そして、盗ったら盗ったで、貢がせて捨てる性悪女と言っているぞ」
「だって、仕方ないじゃない・・・好きになったのだもの」
「王族、王子殿下に粉かけたのは悪かったな・・・」
そうだ。こいつの最終目標は第三王子殿下になった。
さすがに、王子殿下は食指を動かさなかったが、婚約者の家門から始末の依頼が来た。
「やぱり、私にはルドしかいないわ。やり直しましょう!」
「ごめん、無理、俺には女房がいる。隣のアニーだ」
「浮気者!」
「なあ、これは悪い夢だ。もう良いつれて行け。素敵な殿方と毎晩相手をする仕事だ」
「はい、親分!」
「商会長な」
「申訳ございません」
もう、元婚約者は王都に戻ってこれない。他国の娼館に売る。
隣で話の相手をしてくれた女房は俺の手を握ってくれた。
「なあ。アニー、俺の家族に会ってくれない?公爵家の用事を請け負ったから、商会の看板ももらったよ。表の顔を持つようになった」
「・・・・・」
彼女は無言だ。
彼女は盗賊に襲われた村出身、女奴隷として売られるところを俺がかっさらった。
盗賊や裏組織を襲えば、誰もおいそれとは訴えない。
今のところ貴族の地位もある。
裏組織と貴族の両方の顔を持つ俺は重宝されるだろう。
「ねえ。ルドルフ・・」
「何だ。アニー」
「あの元婚約者の名前は・・帳簿に書かなければいけないわ」
「あっ」
思い出した。俺は辛くて辛くて記憶が一部喪失したのだ。
あの顔をみて欠損した過去が思い出された。
「ごめん。分からない」
「いいわ。メリーにでもしておくわ」
俺も相当辛かったに違いない。今日まで悪い夢を見ていた気分だ。
しかし、悪い夢はもうおしまいだ。
隣に苦労を共にした伴侶がいる。もう、大丈夫だ。
最後までお読み頂き有難うございました。




