無能と捨てられた私は奈落で最強に〜聖女と王子への復讐を始めます〜
――リナに「ゴミ」と呼ばれ、奈落へ落とされるその瞬間、私はただ、理由が欲しかった。
なぜ“親友”だったはずの彼女が、冷たく笑ったのか。
5時限目のけだるい午後。チョークの音が響く教室で、私はいつものように斜め前の背中を見つめていた。
リナ。私の幼馴染であり、この学園の絶対的な「女王」。
成績優秀、容姿端麗、テニス部エース。彼女が髪をかき上げるだけで男子は色めき立ち、女子は憧れの溜息を漏らす。
対して私、ミオは地味で平凡な生徒A。
なぜ私たちが一緒にいるのか、周囲はずっと不思議がっていた。「リナ様の慈悲深いボランティア活動」なんて陰口も聞こえてくる。
(……リナ、消しゴム落としてる)
私が拾おうと手を伸ばした瞬間、教室の空気が凍りついた。
教室の中央、私の頭上。何もない空間に突如として「星」が現れたのだ。
直径1メートルほどの、青白く脈動する光の塊。誰もが事態を飲み込めず、悲鳴すら上げられない中、強烈な重力が私たちを襲った。
「ッ、ミオ!」
リナが私の手首を掴む。その握力は痛いほどだった。
視界が白く塗りつぶされる中、私は最後にリナの顔を見た。彼女は恐怖に震えている私とは対照的に、何かを睨みつけるような、必死な形相をしていた。
――そして、私たちは落ちた。
目覚めると、そこは石造りの冷たい大広間だった。
ステンドグラスから差し込む異質な光。目の前には、絵画から抜け出したような金髪の美青年――レオンハルト王子が、玉座から私たちを見下ろしていた。
「ようこそ、異界の乙女たちよ。復活した魔王を倒し、我が国の危機を救う『聖女』を待ちわびていた」
魔王討伐。あまりに非現実的な言葉に混乱する私たち。
しかし、王子は迷うことなくリナに歩み寄り、その手を取った。
「美しい……。鑑定せずとも分かる。君から溢れる光の魔力、間違いなく君こそが『聖女』だ」
そして、王子は私の前に立った。その端正な顔が、ゴミを見るような蔑みの表情に歪む。
「……なんだこの女は。魔力ゼロ。ただの巻き添えか」
私は萎縮して、助けを求めるようにリナを見た。
リナなら、きっと何か言ってくれる。いつもみたいに、「失礼ね」って庇ってくれる。
しかし。
ひと足先に混乱から立ち直ったリナは王子の腕にすがりつき、私を氷のような目で見下ろした。
「……王子様のおっしゃる通りですわ」
え?
「その子、ミオっていうんですけど……こちらの世界に来てまで一緒なんて、正直うんざり」
リナの声が、淡々と響く。
「元の世界でも、私の金魚のフンだったんです。勉強も運動もできない、何の取り柄もない子。私が親切にしてあげていたから、調子に乗って付きまとっていただけのストーカーも同然の女です」
頭が真っ白になった。
ストーカー? 金魚のフン?
違う、リナ。私たちは……。
「リナ、何言ってるの……? 冗談だよね?」
震える声で尋ねる私に、リナは完璧な冷笑を向けた。
「冗談? 本音に決まっているでしょう。貴女がいると、私が聖女として輝けないのよ。邪魔なの、ミオ」
リナは王子の胸板に指を這わせ、甘い声を出した。
「王子様、この『ゴミ』をどこかへ捨ててくださらない? 視界に入るだけで不快だわ」
王子は満足げに笑い、リナの腰を抱いた。
「ハハハ! 聖女様は合理的でいらっしゃる。気に入った! おい、この無能な女を『奈落の洞窟』へ放り込め!」
「離して! リナ! リナ!!」
衛兵に引きずられていく私。最後に見たリナは、王子と口づけを交わそうとしていた。
私と目が合っても、彼女は眉一つ動かさなかった。
心の中で、何かが決定的に砕け散った音がした。
『奈落の洞窟』は、その名の通り地獄だった。
光の届かない地下深く。凶悪な魔獣が徘徊する死の迷宮。
「うっ……ぐすっ……」
私は魔獣から逃げ続け、岩陰に隠れ、膝を抱えて泣いた。
異世界の恐怖よりも、空腹や喉の渇きよりも、リナに裏切られた痛みが胸をえぐる。
――思い出すのは、小学生の頃の記憶。
遠足の日、リナがお弁当を忘れたことがあった。プライドの高い彼女は誰にも言えず、昼休みに一人で教室に残っていた。
私が自分のおにぎりを半分こして差し出すと、リナは真っ赤な顔で、でも涙目でそれを食べた。
『……ミオのおにぎり、しょっぱい』
『えへへ、ごめんね。これ、私が握ったんだぁ。』
あの時のリナは、誰よりも不器用で、可愛かった。
でも、あれは全部嘘だったの?
私がリナを支えているつもりで、実はリナにとって私は「引き立て役」でしかなかったの?
「許さない……」
涙が枯れる頃、感情はどす黒い憎悪へと変わっていた。
私を捨てたリナ。私をゴミ扱いした王子。
全員、後悔させてやる。
(ガサ…ガサ…)
上から微かな音が聞こえた気がした。
(なんだろ…)
恐る恐る見上げると、そこには巨大な蜘蛛の魔物が吊り下がっていた。
!!!!
「嫌だ!このまま死にたくない!死ぬならあいつらを道連れにしてやる!!」
その時、私の胸ポケットが熱く脈動した。
教室に現れたあの「星」の欠片。いつの間にかポケットに入っていたそれが、私の恐怖と憎悪に呼応するように輝き出した。
『――マスターの感情波動、閾値を突破。魔力回路、接続』
頭の中に無機質な声が響く。
星が私の胸に溶け込んでいく。熱い。焼けるように熱い。
同時に、体中に無限の力が湧き上がってくるのを感じた。
『固有スキル【星喰らい(スター・デボア)】覚醒。この世界のあらゆるエネルギーを捕食し、糧とする権能を与えます』
私は手をかざした。襲いかかってきた巨大な蜘蛛の魔物が、一瞬で黒い光に飲み込まれ、消滅した。
その命が、私の力になる。
「……あは」
私は暗闇の中で笑った。
王子は「魔力ゼロ」と言った。当然だ。私の魔力はこの「星」そのものなのだから。測定できるはずがない。
私は汚泥をすすり、魔物を狩り続けた。食らい続けた。
地底の王となるまで、時間はかからなかった。
ただひたすらに力を溜めた。地上へ這い上がり、あの二人へ復讐するために。
王城の大広間では、盛大な祝宴が開かれていた。
レオンハルト王子と聖女リナの婚約発表、そして「魔王討伐出陣式」を兼ねたパーティーだ。
リナは、宝石を散りばめた純白のドレスに身を包んでいた。
その美しさは筆舌に尽くしがたい。
隣の王子は上機嫌で、リナの肩を抱き寄せている。
「見よ! この聖女リナこそが、我が国に繁栄をもたらす女神だ! かの無能な女を追放し、真の宝を手に入れたのだ!」
貴族たちが喝采を送る。
「さすが殿下!」「あのような地味な女、殿下の隣には相応しくありません!」
リナは一言も発さず、王子に寄り添っている。その手は微かに震えているが、誰も気に留めない。
――その時。
ズズズズズ……ッ!
地鳴りが響き、城全体が激しく揺れた。
シャンデリアが落下し、悲鳴が上がる。
「な、何事だ! 地震か!?」
王子の叫びと共に、大広間の床が爆ぜた。
噴き上がる黒い奔流。
その中心から、一人の少女がゆっくりと浮上してくる。
ボロボロの制服。けれど、その身には王城の結界すら紙切れにするほどの、圧倒的な漆黒のオーラを纏っていた。
背後には、黒く染まった巨大な「星」が、不気味に回転している。
「……お招きされてないけど、来ちゃった」
私が冷たく微笑むと、会場の空気が凍りついた。
「き、貴様は……ミオか!? なぜ生きている!?」
王子が腰を抜かさんばかりに後ずさる。
「地獄の底から這い上がってきたのよ。お祝いを言いたくてね」
私はリナを見た。
リナは目を見開き、唇を震わせていた。
「ミ、ミオ……?」
「久しぶりね、リナ。そのドレス、似合ってるわよ。親友を売って手に入れた幸せの味はどう?」
私は右手を上げた。背後の黒い星が唸りを上げ、周囲の貴族たちが圧力で床にひれ伏す。
リナを守るように立ちはだかった近衛兵も、指先一つで吹き飛ばした。
私は一直線に、壇上の二人へ歩み寄る。
「ひぃッ! 来るな! 衛兵! 誰かこいつを殺せ!」
王子は醜く叫び、リナを盾にするように背後へ隠れた。
「聖女! お前の力でなんとかしろ! お前の友達だろう!?」
リナは震えながら、私の前に立ち塞がった。
「……帰って、ミオ」
リナの声は小さく、けれど必死だった。
「まだそんなこと言うの? 本当に救いようがないわね」
私は右手に魔力を収束させる。黒い雷がバチバチと音を立てる。
これで終わりだ。この一撃で、全部消し飛ばしてやる。
「さようなら、リナ」
私が腕を振り上げた、その瞬間。
リナは抵抗するどころか、ふわりと微笑んだのだ。
それは、私が知っている、あのおにぎりを食べた時のような――泣き出しそうで、心からの安堵に満ちた笑顔だった。
「……よかった。ミオが無事で」
彼女は両手を広げ、私の攻撃を受け入れようとした。
その目には、一点の曇りもない愛情だけがあった。
「――ッ!?」
私は寸前で攻撃を止めた。黒い雷が彼女の髪を焦がし、空へと霧散する。
「……どういうつもり?」
「ミオ、逃げて!!」
リナが突然、悲鳴のように叫んだ。
次の瞬間、床の魔法陣が発光した。
「ククク……かかったな、化け物め!」
王子の哄笑が響く。魔法陣から鎖が飛び出し、私を縛り上げようとする。
これは、対魔族用の強力な封印術式だ。
「城の感知結界が、規格外の魔力接近を知らせてな。まさかあの時のゴミが、これほどの『極上の資源』に化けて戻ってくるとは! 急遽、聖女リナを餌におびき寄せる罠に切り替えたのだ!」
……え?
私はリナを見た。リナは涙を流しながら、必死に首を振っている。
「違う! 私はミオを逃がすために……!」
その時、私の「星」がリナの感情と共鳴シンクロした。
突如として、リナの思考と記憶が、私の脳内に雪崩れ込んでくる。
――あの日、召喚された直後のリナの視界。
固有スキル【未来視】の発動。
『予知結果:王子は聖女を「魔王討伐」ではなく「王国の魔力枯渇を補う生体電池」として利用する。ミオの魔力は無限。このままではミオは地下牢で、死ぬまで魔力を搾り取られる』
リナの絶望。
(ダメ。そんなの絶対に嫌。ミオが傷つくくらいなら、私が……)
(私が聖女のふりをして注意を引く。ミオを無能だと言って遠ざければ、少なくとも城の地下牢に入れられることはない)
(ミオに嫌われてもいい。一生恨まれてもいい。ここから追放されさえすれば、ミオならきっと生き抜いてくれる!)
そして、城での日々。
王子に毎日血を抜かれ、魔力を吸われ、衰弱していくリナ。
それでも彼女は、夜毎に窓の外――私がいるはずの荒野に向かって祈っていた。
『ミオ、会いたい……怖いよ、ミオ……』
『私のこと、忘れないで……』
映像が途切れる。
完璧に見えたリナ。強くて冷酷だと思っていた親友。
その本性は、私がいなければ一人で立つこともできないほど弱くて、泣き虫で……誰よりも私を大切に思っている、ただの女の子だった。
「リナ……あんた、馬鹿じゃないの」
涙が溢れて止まらなかった。
私の拘束が解ける。いや、魔法陣ごときでは私の「星喰らい」は止められない。
私は鎖を引きちぎり、リナを抱きしめた。
「ミ、ミオ……?」
「全部見えたよ。あんたの考えてること」
リナの体は骨のように細くなっていた。
私が森で力を得ている間、リナはたった一人で、私を守るために地獄を耐えていたのだ。
「もういい。もう頑張らなくていい」
私はリナを背中に庇い、王子を睨みつけた。
今までの比ではない、純粋な殺意が膨れ上がる。
「……よくも、私の大事なリナをここまでボロボロにしてくれたわね」
「な、なぜ封印が効かない!? 貴様は何なんだ!」
王子が半狂乱で叫ぶ。
「私はただのミオ。リナの親友よ」
私は右手を天井にかざした。
「星よ、全部喰らい尽くして」
城の上空に展開していた「星」が、極大のブラックホールへと変貌した。
城の屋根が吹き飛び、王都の空が闇に覆われる。
「ひぃぃぃッ!」
王子が腰を抜かして這いずる。
「固有スキル【因果応報】。あんたがリナから奪った魔力、生命力、そして未来……利子をつけて返してもらうわ」
星からの吸引力が王子一人に集中した。
物理的な風ではない。彼の存在そのものを削り取る力だ。
「やめろ! 私は王子だぞ! 未来の王だぞ! ぎゃあああああ!」
王子の肌から艶が消え、髪が抜け落ち、みるみるうちに肉体が萎んでいく。
リナから吸い取った若さと力が、全て吐き出されていく。
数秒後、そこにいたのは、豪華な服を着たシワシワの老人――いや、骨と皮だけのミイラのような生き物だった。
「あ……あ……」
声も出ず、涙と鼻水を垂れ流して失禁する元王子。かつての美貌の欠片もない。
「安心して。命までは取らないわ。これからは、その体で一生、リナに贖罪しながら生きなさい」
私は冷たく言い放った。
周囲の貴族たちは、あまりの恐怖に言葉を失い、石像のように固まっていた。
その中、私はリナに向き直った。
「帰ろう、リナ」
リナは泣きじゃくりながら、何度も何度も頷いた。
「うん……うんっ……! ごめんね、ミオ……大好き……!」
「知ってる」
私は抱きしめたリナの背中を、背骨が浮いた悲しい背中を、さすり続けた。
崩壊した王城の上空。
私の「星」は、元の世界へのゲートを開いていた。
リナは私の手を強く、固く握りしめていた。
その姿は、学園の女王様とは程遠い、迷子になった子供のようだ。
「ねえミオ」
「なに?」
「帰ったら、またおにぎり作ってくれる?」
「もちろん。具は何がいい?」
「……塩むすび。しょっぱいやつ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
下界では、王子の失脚と「真の聖女」の力の前に、国中が大混乱に陥っているだろう。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
偶発的な事故で始まった異世界召喚。
けれど、そのおかげで私たちは知ることができた。
リナの強がりな弱さも、私の知らなかった強さも。そして、お互いがどれほどかけがえのない存在かということも。
「さあ、行こう」
私たちは星の中へと飛び込んだ。
光の向こうには、退屈で、平和で、大好きな私たちの日常が待っている。
――そして、いつかまたリナが強がって無理をしそうになったら、私が何度だって「星」を落としてでも助けに行こう。
だって私は、リナの、親友なんだから。




