束縛強化
こちらはバカっぽいのです
ご安心を。
目を開けたら、草原の真ん中だった。
空は青く、風は気持ちいい。鳥が飛んでる。羊が鳴いてる。
あと、スカートの中に土が入った。最悪。
――はい、異世界転生ってやつですね。
おめでとう私。前世:ごく平凡な女子高生。今世:たぶん地味なモブ。
あの女神に会ったとき、私はちゃんとお願いした。
「平穏に生きたいです」って。
欲を出さなかった私を褒めてほしい。
でも、神殿に座ってた女神はやけに露出多めで、
胸とか、脚とか、きらっきらに光ってて、
こっちは会話どころじゃなかった。
で、その女神がくれたスキルがこれ。
【束縛強化】。
説明文にはこう書かれていた。
> 「物理的または精神的な束縛が強いほど、全ステータスが上昇します☆」
……☆いらん。
しかも、妙にハートっぽい飾り文字だった。
あー、そういえば、あの女神エロい格好してたわ。納得。
最初は意味わからなかった。
けど試しに、腕を布で軽く縛ってみたら――
なんか体が軽くなった。
「うそでしょ?」
走ってみたらめちゃくちゃ速い。
木の枝を蹴って二段ジャンプできた。
軽くテンション上がって調子乗った瞬間、
布がほどけて、膝から崩れ落ちた。
え、えぇ……。
どう考えても、この世界でまともに生きていけるタイプのスキルじゃない。
けど、最初の魔物――丸太サイズのイノシシに出くわしたとき、
私は悟った。
――恥ずかしくても、死ぬよりマシ。
それからというもの、私は毎朝「儀式」をするようになった。
夜明け前の安宿。
石壁の隙間から、かすかに光が漏れている。
下の階では、宿の親父がパンを焼く匂い。
隣の部屋から、誰かのいびき。
現実感のある音が、少しだけ心を落ち着かせてくれる。
鏡の前に立ち、革ベルトと包帯をきゅうきゅうに巻いていく。
腰、胸、腕、脚。ぐるぐる。
「……よし、今日も変態スタイル完成」
呼吸が浅くなって、頭が少しぼーっとする。
でも同時に、体の奥が熱くなる。
ステータスウィンドウを開くと、
筋力が三倍、敏捷が二倍。
……やば。バグってる。
誰にも見られたくない。
けど、これがないと私はただの一般人。
いや、一般人未満。風邪で寝込んでるレベル。
真面目に生きてるだけなのに、外から見たら多分変人。
もしくは、朝から変な趣味に全力な人。
宿の外は朝の空気が気持ちいい。
パン屋の煙突から煙がのぼり、
街の石畳が少し湿って光っている。
荷馬車の車輪の音。パンの匂い。
生きてる世界の匂いだ。
私はフードを深くかぶって歩く。
歩くたび、服の下のベルトが軋む音がした。
……やば。これ、誰かに聞かれてないよね?
音がするたび、心臓が跳ねる。
でも、同時に力も強くなる。
ほんと、このスキル性格悪い。
冒険者ギルドの扉を押すと、
中はいつも通りの騒ぎだった。
筋肉自慢の戦士たちが酒をあおり、
魔法使いが紙の束を燃やしかけて怒鳴られている。
受付嬢が「火はダメです!」って半泣き。
うん、平和。
私はできるだけ目立たないように、
そそくさと依頼ボードを覗き込んだ。
「……あ、これだ」
“巨大カエル討伐”。
報酬は安いけど、人の少ない沼地。完璧。
受付で依頼書を出すと、女性が微笑んだ。
「ミカゲさん、今日も早いですね」
「え、ええ。早起きは健康に……いいですから」
※胸を締め上げてる人間が言うセリフではない。
受付嬢の視線が一瞬、私の腰あたりで止まった気がして、
心臓が止まりそうになった。
「……あの、その、ベルトは飾りで!」
「え? あ、そうなんですか?」
「はい! ファッションです!」
(嘘だよ! めちゃくちゃガチの拘束具だよ!)
ギルドを出て、沼地へ向かう道。
革ベルトが軋む音がするたびに、
羞恥と力がワンセットで押し寄せる。
「……お願いだから、誰にもバレませんように」
そう呟きながら、私は今日も歩く。
誰にも知られたくないこのスキル。
でも、それが私の生きるための唯一の武器だ。
羞恥と痛みを力に変えて、
今日も変態スタイルで戦いに行く。
――よし、今日も生き延びよう。
世界よ、どうか私のベルトが切れませんように。




