5.ああ、早く元の世界に帰りたい!
アイカ「さあ、今日もトレーニングだ!」
元気いっぱいの声に、黒髪の少年――アイカは目を細めた。
騎士「さすが勇者様だ!!」
アイカは剣を握り、盾を構える。
しかし、隣の騎士たちの軽やかな動きについていこうとするたびに、胸はどきどきと高鳴り、息は荒くなる。
汗が額を伝うたび、自分の未熟さが身に染みた。
「勇者様、もう少し腕を振れ!」
後ろから声が飛ぶ。
アイカ「は、はい……!」
必死に剣を振るが、剣は重く、盾はぎこちなく揺れる。
周囲の騎士たちが軽やかに剣を振る姿を目にするたび、自分の動きが鈍重な鎧人形のように感じられた。
――やっぱり、俺は戦いに向いてない……
心の奥で、怖さと無力感が膨らむ。
剣が怖かった――その怖さが、剣を持つ手をますます重くした。
休憩時間、ベンチに座り込むアイカの前に、一人の騎士が現れた。
トーマス「おい、まだ疲れてるのか?」
アイカ「え、あ、はい……」
答える声は小さく、どこか頼りなげだった。
トーマスは笑いながら肩を叩いた。その温かさに、少しだけ緊張がほぐれる。
トーマス「アイカ、たくさんの種族が魔王を倒すことを期待してるんだ。頑張ろう!」
アイカ「種族?」
トーマス「エルフ、ドワーフ、小人、獣人……ああ、魔王は魔族だ」
アイカ「この世界にエルフやドワーフがいるの?」
その言葉は、驚きと戸惑いで震えていた。
トーマス「なんで驚いてるんだ?」
不思議そうに首をかしげるトーマスを前に、アイカは自分の世界との違いに圧倒される。
アイカ「……なぁ、この世界のこと、少し教えてくれないか」
肩をすくめ、少し笑いながらも、その目は真剣だった。
知らなければ、立ち向かえない。けれど、知れば知るほど、この世界の残酷さに、胸が締めつけられる思いがした。
トーマスは真剣な顔になった。
トーマス「この世界は、人間界と魔界に分かれてるんだ。人間界にはいろんな種族が暮らしていて、魔界には魔族が住む。
そこから魔王が誕生して、人間界に侵入してきた。自由に暴れまわり、多くの命が失われたんだ。」
*
夜、ベッドに横たわるアイカ。
(地球は平和だった……学校は面倒だったけど、安全だった……)
(ここは……何もかも理不尽だ……)
布団に包まりながら、目を閉じても、胸のざわつきは止まらない。
戦いの重み、命の尊さ、そして自分の無力さ――それらが心の中で渦巻き、眠ろうとしても思考が離れない。
やがて、疲労が思考を押し流し、アイカは眠りに落ちた。
*
翌日、王国から急報が届く。
「王国近くに魔族の拠点が出現! 直ちに討伐せよ!」
アイカは剣を握り、トーマス達と森へ向かった。
奥にはゴブリンたちの小さな基地が見える。
心臓の鼓動が早くなる。
(やらなきゃ……でも、やれるのか俺……)
不安と緊張が、手のひらに汗を滲ませた。
トーマス「行くぞ!」
叫ぶトーマスに続き、アイカも剣を振る――が、ゴブリンに当たる直前で体が硬直する。
アイカ「うっ……!」
焦る心と、恐怖が手足を縛った。
その間に、トーマスは軽やかにゴブリンを倒す。
他の騎士たちも次々とゴブリンを倒していった。
戦いが終わると、トーマスはため息をついた。
トーマス「……お前、攻撃を止めたな。そんなんじゃ、いつ死んでもおかしくないぞ」
アイカはうつむき、ぽつりとつぶやいた。
アイカ「……トーマス、俺、生き物を殺したことがないんだ……」
その言葉には、恐怖だけでなく、罪悪感と自己嫌悪が滲んでいた。
心のどこかで、力を振るうことに踏み切れない自分を責めた。
トーマス「お前のいた世界は、平和だったんだな」
静かに頷くトーマスの言葉に、アイカは少しだけ肩の力を抜いた。
アイカ「ああ、早く元の世界に帰りたい!」
そんな、なさけない俺は、この世界で魔王を倒さないといけない。
最後まで、読んでくださりありがとうございました。
心から感謝しています。




