4.聖女は聖女を辞めたい!
白い馬車がゆっくりと砂利道を進んでいた。
窓の向こうには、巨大な建造物——大聖堂。
陽光を浴びて白く輝くその姿は、信仰の象徴だった。
だが、馬車の中の少女は退屈そうに欠伸を噛み殺している。
ナノ「マジで……ここで“聖女の心得”とか学ばなきゃいけないわけ?」
茶髪の髪を指先でくるくるいじりながら、聖女ナノはつぶやいた。
その瞳には、神聖さよりも不満の色が濃い。
元の世界に帰るには“魔王を倒す”しかないと、アレクサンダー王に告げられた。
そのためにはまず、聖女として心得を学ばないといけない。
そして、王の命により、ナノはルーク司教に“聖女の心得”を叩き込まれることになったのだ。
馬車が止まり、扉が開く。
眩しい陽光の中、銀の十字を胸に下げた男が立っていた。
ルーク司教「聖女ナノ様。お待ちしておりました。」
声は穏やかだが、どこか冷ややかでもある。
ルーク司教——教会を束ねる高位聖職者であり、誰よりも“正義”を信じる男。
ナノは軽く手を振り、口角を上げた。
ナノ「ども〜。今日からお世話になりま〜す☆」
軽薄な挨拶。
ルークの眉がぴくりと動いたのを、ナノは見逃さなかった。
ルーク「……聖女とは、神に仕える身。言葉も態度も、それにふさわしくあらねばなりません。」
ナノ「へぇ〜。じゃ、聖女って、私は向いてないわ!」
ルーク「…………」
静寂。
聖堂の空気が一瞬で凍りついた。
ルークは深く息を吐き、冷静さを取り戻すように言う。
ルーク「——まずは“見ること”から始めましょう。模範となる聖女がいます。」
案内された聖堂の一室では、白衣に金糸の刺繍を施した少女が祈っていた。
動作のひとつひとつが優美で、静かな威厳をまとっている。
ルーク「彼女が聖女マイです。」
ルークの言葉に、ナノは興味深そうに覗き込む。
ナノ「ふーん……なんか、すっごい真面目そう。」
確かに、マイはまるで人形のように完璧だった。
信者の傷を癒し、パンを配り、微笑みを絶やさない。
けれど、ナノの目には——その笑顔が、少しだけ“無理をしている”ように見えた。
昼の休憩時間。
マイが息をつくようにベンチへ腰を下ろしたとき、ナノは隣に座りこんだ。
ナノ「ねぇ、マイちゃん。なんか元気ないね?」
軽く言うと、マイは驚いたように目を見開き、すぐに笑みを取り繕う。
マイ「申し訳ございません。聖女なのに暗い表情をしていましたか?」
ナノ「ううん、そうじゃなくて……“やりたくない”って思ってたりしない?」
マイの手が止まった。
小さく震える指先。
マイ「……やりたくない。けど、ここしか居場所がないんです。私の運命は決まっているので……。」
ナノは立ち上がり、マイの手をぎゅっと握った。
ナノ「そんなの関係ないっしょ! 自分の人生なんだよ? 自由に生きなきゃ!」
その瞬間——。
ジーンとする温かさが指先から心臓へ流れ込む。
二人は同時に息をのんだ。
ナノ「……い、今の……?」
マイ「わかりません……けど、何かが……」
沈黙が二人を襲う。
沈黙に耐え切れなかったマイが慌てて話始めた。
マイ「そ、それより! あの老人を……癒してください。もし、できるなら……」
マイが指さす先には、ベットでうずくまる老人がいた。
血のにじむ手、荒れた肌。
ナノは眉をひそめた。
ナノ「え、ムリムリ。あたし、癒しの力なんて使ったことないし。」
マイ「試してみてください。貴女には、きっと——」
マイの瞳が真剣だった。
その目を見て、ナノはため息をつき、老人の前に立つ。
右手をゆっくりとかざした。
——そのとき、胸の奥で声がした。
“癒し。”
光が、あふれた。
金色の粒が老人の体を包み、傷口がみるみるうちに消えていく。
聖堂中が静まり返った。
マイが息を呑む。
マイ「……治った……? 本当に……」
急いでナノたちのもとに来たルーク司教。
ルーク司教も目を見開いていた。
ルーク司教「なんて、神々しい聖なる力なんだ。」
ナノは自分の手を見つめた。
指先がまだ温かく輝いている。
ナノ「え、マジ? ……あたし、ほんとに“聖女”なの……?」
マイは震える声で言った。
マイ「ええ……貴女は本物の聖女です。」
その言葉に、ナノの胸が少しだけ熱くなる。
彼女は空を見上げ、つぶやいた。
ナノ「……なんかさ、ちょっと悪くないかもね。」
ナノは両手をあわせて、ハニカミながら微笑んだ。
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心から感謝しています。




