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ニヒル

群衆の中を慌ただしく走り抜けるその時、

ひとりの男が背を向けて立ち止まった。彼は言った。


――「私は君の手の中で枯れてしまった花だった。そして君は、私が守りきれなかった蓮だった。」


涙を浮かべ、マフラーを握りしめながら、エララは答えた。


――「ルバルナスは……どこに?」


男は微笑み、こう告げた。


――「ルバルナスは存在していた。君がそうであったように……そして存在していなかった。私がそうであったように。」


その瞬間、時と空間は止まった。

音は消え、ただ映像だけがゆっくりと溶けていく。


――「ここはどこ?」エララは震える手でマフラーに触れながら呟いた。――「私はどこにいるの?」


遠くから叫び声が聞こえてきた。

恐怖に包まれた空気を感じ取った彼女は、小屋から駆け出した。

だが無駄だった。入口には怪物がいたのだ。


ニヒル――好奇心も、表情もない瞳で彼女を見つめ、ただ人間を殺し、拷問し続けていた。


怯えたエララは再び小屋へ戻り、息を殺して口を押さえた。

体は震え、耳には絶え間ない断末魔の叫びが響いていた。

やがて、いつの間にか眠りに落ちた。


夜明け、彼女は驚いて目を覚ました。

傷一つ負っていなかったのだ。


だが、その時ひとりの男が入ってきた。

美しい瞳と温かな微笑みを浮かべながら――全身が血に覆われ、顔さえも染まっていた。

裸のままで。


怯えたエララは後ずさった。

男――ニヒルは、ゆっくりと歩み寄り、その優しい笑みを浮かべながら言った。


――「そんなことをしないでくれ。胸が痛む。ただ君の顔に触れたいだけだ。身体の血は許してほしい。入口の血は拭っておいたから、怖がらないで。」


エララの目から涙が落ちた。

ニヒルはそれを理解し、微笑んだ。


――「そうか……血まみれの私が嫌なのだな。しかも裸のままだ、君のような淑女の前で……なんて無作法だ。安心して。すぐに体を清めてくる。でも、どうか逃げないでくれ。」


恐怖に駆られたエララは駆け出した。

だが彼の言葉通り、外には死体も血も残っていなかった。

息を切らしながら走り続けると、前方に光が現れた。

蛍のようであり、蜃気楼のようでもある。触れられるのに、掴めない。


――「私が導こう。この場所には危険が多いから。」


その幻影が語った。

困惑と恐怖の中、エララは従わなかった。だが幻影は微笑み、彼女の額に触れた。

瞬間、意識は闇に落ちた。


――「怖がっても……君は美しい。」


風が花畑を揺らす中、ニヒルは彼女を見守り、柔らかな声で歌った。


> 昔、私は鳥と出会い、花と出会った。

花は蒼白な蓮、それでもガーベラは愛らしかった。

その花は操り人形のような笑顔を見せ、

私は自ら鳥の羽をむしり、首を落とした。

鳥の翼で飛び、花の優雅さと美しさで歩いた。

だが私は、その花を自ら枯らしてしまったのだ。




旋律は風に溶け、景色も消え去っていく。


突然、エララは小屋で目を覚ました。

そっとマフラーを外される感覚。

跳ね起きて振り返ると、そこには再びニヒルがいた。

恐怖に駆られた彼女はベッドの端に身を寄せた。


ニヒルは微笑みながら言った。


――「君に着替えさせようと思ったんだ。その服は不便そうだし。……それに、逃げるなと言っただろう?」


――「近寄らないで!」エララは叫んだ。


ニヒルは笑みを崩さずに答えた。


――「そんな声を出さないでくれ。胸が痛む。怪物の姿で君を怯えさせたことは謝る。次はしない。さあ、その服を着替えて食事にしよう。頑張ったんだ……見てくれ、髪の銀色が少し焼けてしまった。」


彼は焦げた髪を見せた。

恐怖の中、エララは思わず微笑んでしまった。

その瞬間、ニヒルの顔は明るく輝いた。


――「やはり君は、私のそんなところが好きなんだ。私は不器用だが……君よりは気を配ってきた。」


――「あなたは……私を傷つけないのね。」エララは小さな声で言った。


――「どうして傷つける必要がある?もしそうなら、今ここにはいない。だが理解している、君の警戒を。恐怖を感じたのだろう。いい、着替えておいで。待っている。」


エララが口を開く前に、彼は続けた。


――「君の大事なマフラーも、つけていていい。ただ……ここには私がいるのだから。」


エララはその意味を理解できなかった。ただ心で呟く。

――「私はどうしてここに?この怪物はいつでも私を殺せる。出口はない……あの蜃気楼……でも、触れた。確かに声を聞いた。甘やかな光のように……」


思考はニヒルの声に遮られた。


――「エララ、まだ着替えていないな……前より痩せたようだ。」


――「出て行って!」エララは怒りと羞恥で叫んだ。


ニヒルは扉を閉めた。

しばらくして、エララは部屋を出て食卓についた。


――「覗くつもりはなかった。」ニヒルは微笑んだ。


――「もういいわ。」エララは無表情に答えた。「どうせ……見られたのだから。」


――「ほら、毒なんてないだろう?」ニヒルは笑った。「それに、何でも聞いていい。」


エララは彼をじっと見つめ、一気に言った。


――「ここはどこ?どうして私はここに?なぜあなたがいるの?私に何を望むの?この場所は何?」


――「私はニヒル。だが君はもう知っているはずだ。君がここに来たのは偶然。この場所は現実だが、人の目には映らない。出られるか?難しいだろう。なぜなら、ここにいるのは私だから。私の役目は君を守ることだ。やがてこの場所は消えるかもしれない。だから心配せず、私と楽しめばいい。そして……呼んでもいいか?ラル、と。」


――「説明は名前と同じくらい空虚ね。私はエララ。ラルなんて呼ばないで。」


――「ならば、私をニルと呼べばいい。どうせ長い間一緒にいるのだから。」


――「最後に一つだけ……君はその下着で――」


言い終わる前に、エララは彼を殴った。


――「痛っ……血が……!」ニヒルは顔を歪めた。


エララはすぐにその場を去った。

頭を垂れ、冷たい表情で彼は呟いた。


――「ごめん……ごめん……」


だが、エララの姿はもうなかった。


「ここで私は何を?どうすれば出られる?あの男は狂っている……もし出してくれないなら、無理にでも。私は彼ほど強くない。でも、知恵と狡猾さなら負けない。」



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