4. 私の気持ち vol.望海 前編
望海視点の話です。
私の父親はろくなやつじゃなかった。
私があいつのことについて覚えているのは、母をこき使って酒を飲む姿。母や私に暴力を振るう姿。そして....あろうことか家の寝室で、他の女と寝ている姿だ。
とにかく父親に会いたくなくて、遅くまで学校に残っていたのを今でも覚えている。
そんな父親とは違って、母は天使のように優しい人だった。
母だって暴力を受けていて。
肉体的にも精神的にも私より辛いはずなのに。
いつも.......私の前では笑顔を崩さなかった。
学校の行事は必ず来てくれた。
いつも父からかばってくれていた。
あのとき、母は私にとっての全てだった。
母がいたから頑張れたし、母がいたからどんなに辛いことが会っても笑っていられた。
なのに.....なのにあいつは.............
あれだけ好き勝手やって、浮気ももうやめてって、やめてくれたら許すからって。
母は寛大な心で受け入れていたのに.......
私が小学5年生になったとき、あろうことか家のお金を全部盗んで、他の女と消えた。
現実味はなかった。
いつもよりも世界が味気ないように思えた。
そして、私と母は抱き合って泣いた。
悲しみの涙ではない。開放の涙だ。嬉し涙だ。
でも...........
私は知っている。
母が、私の一番大事な母が.....私が寝たあとに泣いていたことを.....
それも仕方のないことだ。あんなやつでも母は愛していたのだから。
母の心の傷は、決して消えることはなかった。
私はそんな母をみて泣いた。
◇
それからは幸せな日々だった。
決して裕福ではなかったけれど、母がいるだけで、いっしょに笑えるだけで、私の世界は今までのどんなときよりも鮮やかに見えて。
あいつのせいで、学校の男も教師も、男が大嫌いになったけど、母がいるだけで私は笑うことができて。
なにもない穏やかな日々。
それが私にとって何よりの幸せだった。
そんな幸せがずっと続いていくと、そう思っていた。
でも..........
◇
2年後、母が再婚した。
相手は、職場の取引相手らしい。
私は不安だった。
また暴力を受けるのではないかと。
でもそれは杞憂だったと、後にわかった。
◇
一つ屋根の生活が始まった。
新しくできたお父さんは、とても優しい人で、あいつとは違って家事も手伝ってくれて。
お母さんは毎日が楽しそうだった。
そんなお母さんを見て、私は嬉しかったけど........。
でも....私は心の底から喜ぶことができなかった。
私は...................まだ割り切れないよ、お母さん。
◇
「なあ望海。新しくできたお店でシュークリーム買ったんだけどいっしょに食べないか?」
「いらない。話しかけないで。消えて。」
そう吐き捨てて自分の部屋へと戻る。
同居が始まってからはや2ヶ月。
お兄ちゃんになった綾斗は、この2ヶ月毎日飽きることなく私に話しかけてくる。
私だってわかっている。彼はあいつとは同じじゃないって。いい人なんだって。
でも、心の中ではわかっていても、心の中の弱い私が彼を拒む。はあ。こんなに弱い私が自分で情けなくなる。
そんな思いを胸に抱きながら、私はジャージに着替える。
そして、玄関の扉をそ~っと開けた。
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夜10時、私は一人で近くの公園に足を運んだ。ここに引っ越してきてから、気分が落ち込むたびにここにきている。ここはいい。夜は静かで人気もない。心を落ち着けるのにうってつけの場所だった。
夜の少し肌寒い風が私の頬を撫でる。木々のざわめきが心地よい。
ちなみに、家族にはここに来ていることを話していない。
干渉してほしくないから。一人になりたいから。
「はあ。なんで素直になれないんだろう。」
本当は私だってお兄ちゃんと仲良くなりたい。
でも、どうしても思い出してしまうのだ。
男は怖い生き物だ。関わるとろくな目に合わない。
私の中の悪魔がささやく。
そんなことを考えながら、ひとりうつむいてブランコを漕ぐ。
少しずつ風がやんできていた。
私のブランコを漕ぐ音だけが、公園に響き渡る。
そのとき、私の視界に何本もの黒い影が伸びた。
反射的に顔を上げると.......
「お嬢ちゃん、いっしょに来てもらおうか。」
全身を黒の服に包んだ人たちが、私を囲むように立っていた。
「え、、、、、な、なに?」
私は困惑していた。何なのだろうこれは。よくよく考えれば分かる話だ。深夜。一人の女の子。毎日。
誘拐をするのにこれほど適切な人物は他にいない。
「ほら、連れていけ。」
リーダー格の男がそう言うと、周りの人たちが私を担ぐ。
「ちょ、なに、、、やめ、、、、」
私は必死に抵抗したが、抵抗むなしく、私の四肢は縛られてしまった。
そのとき、私が思い出していたのはあいつの顔。
なんであいつの顔なんて思い出してしまったんだろう。
いや、原因はわかっている。私はこいつらにあの男を重ねてしまっているのだ。
思わず涙がこぼれた。
怖い。怖い怖い怖い。
結局男なんて........トラウマが蘇る。
そう諦めかけていたときだった。
「何してんだお前ら。」
突如後ろから聞こえた声。男たちは驚きを隠せずに振り返る。
そこにいたのは、
いつもうざくて、どれだけ突き放してもすぐに忘れて、笑顔で私に声をかけてくる。
そんな優しい人。
紛れもなく綾斗だった。
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