0話「お祭り」
「今年はお祭りのお手伝いをするから星宮さんの所に挨拶しに行きなさい」
中学2年の夏休み祖父母の家に泊まりに来ていた翔太は、家に着くなり祖父からそう言い渡された。
祖父母の家は電車が1時間に2本程度ある最寄駅から更にバスで20分ほどかかる山に囲まれた盆地にある、小さな町だ。
翔太は夏休みに祖父母の家に泊まりに来るのが好きだった。
おばあちゃんは優しくていつもニコニコしているし、おじいちゃんは無口だが翔太を可愛がってくれる。
それに今回はいつものお泊まりではなく、お祭りの手伝いをするという初めての体験に翔太の胸は高鳴っていた。
「お祭りってどんな事するんだろう?」
「それは行ってからのお楽しみよ」
そう言い笑う祖母に翔太は満面の笑みを浮かべると。
「いってきます!」
翔太は神社に向けて蝉の声が響く中駆け出した。
「暑いなぁ……」
翔太が神社へと続く山の階段を上っていると
『あら?もしかして翔太君?』
「え?」
―――最初はオバケかと思った。
階段の途中から分かれる獣道のような脇道から出てきた女の人に突然声をかけられたのだ、
それも暗くても目立つ赤い瞳にすねくらいまである白くて長い髪の見知らぬお姉さんに名前まで呼ばれて。
『やっぱり翔太君だ!久しぶり!』
「あ、お久しぶりです。」
翔太は少し警戒しながらそう答える。
突然知らないお姉さんに親しげに話しかけられれば誰だってこうなるだろう。
「ぼ…俺、お祭りの手伝いで星宮さんの所に行かないといけないから―」
言い訳をしながらオバケ?のお姉さんから逃げようとするが
『ほーら逃げない』『手伝いに呼んだのは私なんだから!』と
逃げようとする翔太の腕をお姉さんにグッと掴まれる。
「え?あなたが星宮さんですか?」
お姉さんはその疑問を聞くとぽかんとした顔に一瞬なった後
先程までの笑顔が嘘だったように悲しそうな顔になり。
『もしかして、私のこと覚えてないかな?』
『私、前の…3年前のお祭りのお手伝いでも翔太くんと一緒だったんだけど……』
お姉さんの問いかけに翔太は困惑し答えようとすると…
『そっか……じゃあ仕方ないね』
お姉さんはそう言って翔太に笑いかける。
『はじめまして私の名前は星ノ宮紅葉…紅葉と書いてくれは。』
『星宮さん家の親戚…かな?』
昔から祖母に「神社の森には入ってはいけない、オバケが連れて行ってしまう」と教えられていた森へと続く脇道から現れたお姉さんは改めてそう名乗った。
『ここが叨盈神社だよ』
雑談をしている内にいつの間にか目的地に着いたようだ。
初めて来た叨盈神社はテレビとかで見る立派なものではなく寂れた社殿と管理のための社務所があるくらいで、まだ日も高いのに後ろにある森に飲み込まれそうな印象をうけた。
『ほら、じゃあこっちに……』
翔太の手を引こうとする紅葉さんに
「ねぇ……そろそろ手を離してくれない?」
そう翔太が言うと。
『あ、ごめんね』
紅葉さんは名残惜しそうに手を離す。
「それで俺はどうしたらいいの?」
『みんな待ってるから社務所まで一緒に行こっか』
1人で歩き始める紅葉さんの後ろを翔太はついて行きながら尋ねた。
「ねぇ、みんなって誰なの?」
『私や翔太くんと同じお手伝いの子達、翔太君が一番お兄ちゃんだね。』
喋りながら歩き社務所に着くと。
『じゃあちょっと待っててね?』
そう言うと紅葉さんは社務所の扉を開けると中に声をかける。
『ただいまー。翔太君も途中で見つけてきたー』
紅葉さんの声とともに社務所の中からは小学生くらいの子たちがぞろぞろと出てくる。
「遅ーい!」
「どこ行ってたんだよ」
子供たちに口々に話しかけられ、困惑する翔太。
『じゃあみんな揃ったし、遊ぼっか』
紅葉さんはそう言って僕たちをつれて社務所の中に入っていった。
『はい。翔太くんこれ忘れ物』
社務所の中に入るなり紅葉さんは階段で出くわした時から片手に持っていた鈴のついたキーホルダーを翔太に差し出して見せる
「忘れ物?」
『前その根付を、七視さんの…翔太くんのおじいちゃんの家に忘れて帰ったでしょ?預かってたから返すね』
「あぁ……ありがと」
翔太はお礼を言って見覚えのない鈴を受け取るとポケットにしまう。
紅葉さんは僕たちにこの町が村だった頃の昔話を聞かせたり、遊んだりしてくれる。
「ねーちゃん川!川行きたい!」
男の子がそんな事を言い出すと。
『もう?』
「だって夏は川で遊ぶもんじゃん!」
『はいはい。じゃあみんなも行こっか』
紅葉さんに連れられ翔太も近くの沢に向かう。
「ねぇ……慣れてるね。」
『ん?あぁ、翔太君は知らなかったんだね』
紅葉さんは可笑しそうに話し出す。
『この神社の奥にある沢はね、夏になるとこの辺りの子供たちがよく遊ぶ場所なの。』
「へー……」
紅葉さんと話をしながら歩いているとすぐに沢についた。
翔太はその景色を見て固まってしまった。
(―――ここを知ってる…?)
『どうしたの?翔太君?』
翔太がデジャブを感じて固まっていると声をかけられてすぐに現実に引き戻された。
「いや、何でもないよ」
紅葉さんの言葉にそう答えながら、翔太は沢に降りていく。
「ねーちゃん!笹で舟作って!」
『はいはい』
子供たちが紅葉さんを呼ぶと、紅葉さんは慣れた様子で少し高い所にある祠まで行き周りに生えていた笹の葉をちぎると笹舟を作り子供たちに渡してまわる。
『翔太君もどう?』
「いや、俺は別に……」
舟を作っているのを見ているだけの翔太に紅葉さんはそう聞いてくる。
「手先が器用なんですね。」
『そこまでじゃないよ。結禍姉さんとかならもっと色々できるだろうし…。』
突然落ち込んでブツブツ言い始めた紅葉さんの様子を見て翔太は慌ててごまかし
「ねぇ紅葉さん!俺にも舟作って!」
紅葉さんに笹舟をお願いしてしまった。
水遊びをしているとあっという間に日が傾き始め。
『みんなー!そろそろ神社に帰るよー!』
紅葉さんが子供たちに声をかけ、全員がそろったの確認すると社務所に向けて歩き出す。
社務所に着くと子供たちは『疲れたー』と口々に言いながら靴を脱ぎ畳の上に寝転んでいる。
翔太は疑問に思っていたことを紅葉さんに聞いた。
「ねぇ……紅葉さん、お祭りのお手伝いはしなくていいの?」
『ん?もう終わったからいいの!』
そう言って笑う紅葉さん。
「え?なにもしてないよ?」
『ダイジョーブ。暗くなる前におじいちゃんの家に帰りなさい。』
翔太は追い出されるように神社を後にする。
「じゃあね。翔太君」
手を振る紅葉さんに翔太は手を振り返すとおじいちゃん家に向かって歩き始めた。
「ただいまー」
翔太が家に着くと祖父が出迎えてくれた。
「おかえり。お祭りの手伝いは終わったかい?」
「うん、終わったよ。でも遊んでただけでなにもしてないの。それでね……」
翔太は今日あったことを話し始める。
「そうか、それじゃその子達の中に神様がいたかもしれない」
おじいちゃんは翔太の話を聞いてそう答えた。
「神様?」
「そうだとも、ここの神様は哀しい神様なんだ」
そう言いおじいちゃんは説明を続ける。
「神様は空から落ちてきちゃって独りぼっちで寂しかったんだよ」
「神様が寂しがってたの?」
「そうだとも、だからみんなで一緒にいてあげようと毎年お祭りをしているんだよ」
おじいちゃんは紅葉さんと同じ昔話をし始める。
「そっか……」
そう言って俯く翔太の頭をおじいちゃんは優しく撫でてくれる。
「翔太も神様と仲良くしてあげてな」
2日後――。
翔太は父親の運転する車で家に向かっていた。
「あれ?翔太、そのキーホルダーどうしたの?」
運転する父親は車の後部座席にいる翔太に横に置いてあるリュックサックを指差し声をかける。
「忘れ物だって言われて渡された。」
「そう…なら違うか…。」
父は思い出すように話し始める
「神社の階段に脇道があるだろ?今は草ボーボーだけどお父さんが子供の頃はな今と違ってちゃんとした道でな、そこを進むと小さな祠があって中にソレと似たのが入ってたんだ。」
翔太のリュックに付いている古い鈴はリン♪と「自分の場所だ」と顕示するように鳴っていた―――。
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それは忘れられた物語――
空に帰られなくなった神様を村達が慰めた昔話――。
巫女はを怖がる子供達に優しく語りかける――。
『怖がる事はないの、"あなた"と"彼ら"はお友達。』
『――でも、畏れを忘れてはいけないよ』
『ただ怖がるのではなく、相手の事も大切にすること――。』
『畏れを忘れたとき、人は不幸になる、だから――。』
『だからどうか、恐れないで怖がらないで――。』
『共にいてあげて――。愛しんで――。』
『でも――、畏れを忘れてはいけないよ。』
『忘れたとき、神様は怒ってしまうかも。』
『怒った神様はきっと私達を罰してしまう――。だからどうか――。』
『独りにしないであげて――。』
―――リン――♪