9 フィリベール王太子への報復
フィリベール王太子殿下が不服ながらに、陛下の執務室へ向かう。
浮かない表情の理由。それは、彼は昨日も陛下の部屋を訪ねたからだ。
翌日に呼び出すとは、よくない空気を感じるからだ。
幸せの絶頂期である王太子。それはもう心躍らせ浮かれながら部屋へ向かった。
初めてリナと朝まで一緒に過ごし、ふわふわと心地良い真綿に包まれた感覚で目を覚まし、隣に眠るリナを見つめた。この上なく幸せな顔で。
彼は朝からもう少しリナを堪能したいと、快感を貪り、執務に遅れたほどだ。
そんな足で陛下の執務室へ行き、「ジュディットが他の男の元へ駆け落ちしたため、婚約の解消をした」と伝えた。
陛下も不承不承ながら、禊の儀を済ませたのならと納得していた。
昨日のフィリベール王太子は、ジュディットとの婚約解消とリナとの結婚報告を済ませ、希望に満ち溢れていた。
ジュディットの記憶と魔力を奪った翌日。陛下に伝えることは全て伝えた。
それなのに一夜明け、陛下が自分をわざわざ呼びつけた。それに納得できず憤慨しているようだ。
彼の懸念は、一度はリナとの結婚に納得した陛下が、ジュディットとの婚約を蒸し返したのではと勘繰っているからだろう。
気が重い。そう思いながら致し方なく陛下の執務室の扉を開ける。
そうすれば開口一番、陛下の怒鳴り声が飛んできた。
「何をしておった。遅いぞ! 今朝早々、各地の早馬が国への要望を次々と届けている」
「ん? 何の要望でしょうか?」
「王宮騎士団の援軍要請だ」
「援軍? 何に関する援軍ですか?」
「魔物の討伐だ。結界を突き破って各地に魔物が侵入している」
陛下が嘘を吐いている。そう思い、フィリベール王太子は疑いの眼差しを向ける。
「そんなはずはありません。昨日、リナは大司教の指示に従い、祈りを捧げて来たと言っておりましたから」
「まだ言うかッ! そんな事実があるから言っているだろう!」
一喝された。
陛下のお気に入りであるジュディットがいなくなったため、すこぶる機嫌が悪いのだろう。
怒られてもまだ顔をしかめるフィリベールは、そう感じたようだ。
とりあえず、陛下の機嫌をとるため、どこかの討伐へ自分も赴くべきだろう。そう思うフィリベール王太子が力強く提案する。
「それでは私も、騎士団に加勢いたします」
「駄目だ。お前は王宮で生まれてくる魔物が、王宮の外へ抜け出す前に退治するよう命ずる」
「はい? 王宮で魔物が生まれるとは、どういうことですか⁉」
その間の抜けた言葉が、陛下の怒りに拍車をかけたようで、鬼のような形相に変わる。
「近くにある瘴気だまりの気配に気づかないのか?」
「さあ? 瘴気だまりですか?」
「気づいておらんとは呆れるな。聖なる泉が真っ黒に変色しておる」
「ま、まさかそんなことが、何故に……」
つい先日。その泉でフィリベール王太子とリナが体に付いている穢れを洗い落とし、今後、相手以外に穢れないよう互いに操を立てる誓いを立てたのだ。
その聖なる泉が黒くなるとは、どういうことだと目をパチクリと瞬かせる。
「この馬鹿者! 聖なる泉から魔物が生まれているんだ!」
「い、泉から⁉︎」
「現在、泉にかかりきりになっている王宮の騎士団は、別の仕事を任せる。当面、お前が泉の魔物を対処しろ」
「瘴気であればリナに浄化させればいいではありませんか。間もなく王宮に来るはずですから」
「あの聖女は結界を張るだけで魔力が尽きるらしい。瘴気の浄化まではできないからな」
「それなら魔力を補うのにガラス玉を使えばいいでしょう」
「愚か者がッ! できたらとっくにそうしている! ジュディット様がいない今、ガラス玉がどこにあると言うんだ! 最後の一個をリナ聖女に渡した後で、もう残っているかッ! とんだ女狐に騙されおって。この能無しが」
「陛下! 発言の撤回を求めます。リナと私を侮辱しすぎです!」
「うるさいッ! 昨日、祈祷室から出てきた直後のあの聖女に、黒魔術の跳ね返りの痣を大司教が確認している。お前の傍にいる時は偽装魔法で痣を隠していたんだろう」
「――くっ、黒魔術⁉ ――ぎ、偽装魔法って……」
陛下から飛び出した言葉にフィリベール王太子は耳を疑う。
公式行事の度に各地で魔物騒動を起こし、ジュディットを王都から締め出していたのは、王太子が結婚相手と望んだリナだったのだ。
リナに騙されていたことに、この期に及んで気づき、ジュディットは今どこにいるかと目を泳がせる――。
「陛下。私が間違っておりました。ジュディットが他の男の元にいようと、当初の予定どおりジュディットと結婚いたします。今から彼女を探しますから」
「無理だ。お前がジュディット様と結婚を願っても手遅れだ。この国の王太子は、あの聖女と禊の儀を済ませている。あの聖女以外、お前の闇魔法を継承できないからな。この話はジュディット様から聞いて知っているだろう」
そう言われたところで記憶にない。
公式の場に来ないジュディットをいみ嫌い、避けていたフィリベール。
彼はジュディットの話を常々聞き流していたのだ。
この王太子。禊の儀など、所詮、ただの形式的な意味合いかと思っていたのだ。浅はかな事に。だが現実は違う。
「国王陛下。お許しください。禁術である黒魔術を行使したリナですが、私以外、闇属性を受け継ぐ王族はおりませんし、この件にはどうか目を瞑ってください。リナを処分しないでください」
フィリベールが会った事もない二つ年の離れた弟は、精霊の呪いで魔法が使えない。自然の多い土地で療養生活のような暮らしを送っている。
そんなやつは結婚さえ無理に決まっていると思い込んでいるのだ。実際には違うが。
「あの聖女を処分したくとも。結界と王宮の瘴気だまりの問題がある以上、あの聖女には責任を取って働いてもらわねば困るからな。お前は、さっさと泉へ向かえ!」
「私が、なんとしてもジュディットを探し出します! お許しください」
「お前は瘴気だまりの対処だけしておけ‼︎」
昨日まで、リナとの暮らしが楽しみでしかなかった王太子が、絶望に暮れた―――。
フィリベール王太子がジュディットに期待を寄せるが、そんな彼女はすでに安寧の場所を見つけている。
そう――……。
カステン辺境伯領では、アンフレッド殿下と次期筆頭聖女ジュディット・ル・ドゥメリー公爵令嬢の歪な同棲生活が始まっているのだから。
暗殺者と狙われた王子として……それはもう楽しそうに。
読んでいただきありがとうございます!
もしよければ、広告バーナーの下↓にあります星の★★★★★クリック評価や、ブックマーク追加で応援いただけるととても嬉しいです!
また、短編では、小ざまぁ ということで、長編では別のざまぁを用意しております。
長編版も読んでくださると、すっごく嬉しいです!!!!
こちらも、広告バーナーの下↓に作品へのリンクを貼ってあります。よろしくお願いします。
【短編版】を3人称で書いているので、1人称の【長編版】では表現の難しいストーリーをこちらで投稿できたらいいなと思っております。
ですので、是非、◤ブックマーク登録◢をしておいていただけると助かります。
今回は、長編で予告したエピソードのみをこの短篇に含めましたが、裏エピソード多数の作品です。
【長編予告】
ジュディのことを自分を害する暗殺者だと信じ込むアンドレは、彼女に冷たい態度を取ってしまう。だが、何故か最後まで冷たく仕切れない。
ジュディは送り込まれた刺客だと理解したうえでも彼女に惹かれ、不器用なアプローチをかける。
そんなジュディとアンドレの関係に少しづつ変化が見えてきた矢先。
全てを奪ってから捨てた元婚約者の功績に気づき、焦る王太子がジュディットを連れ戻そうと押しかけてきて――。
ワケあり王子が、叶わない恋と諦めていた『幻の聖女』その正体は、まさかのジュディだったのだ。
ジュディは自分を害する刺客ではないと気づいたアンフレッド殿下の溺愛が止まらない――。
「王太子殿下との婚約が白紙になって目の前に現れたんですから……縛り付けてでも僕のものにして逃がしませんよ」
嫉妬心剥き出しの、逆シンデレラストーリー!