7 あなたは暗殺者〜幻の聖女とワケあり王子の出会い③~
「ま、待っててば……」
「大司教のガラス玉を売るのは法律で禁じられているんです。お宅が『魔力なし』でなければ。間違いなく金儲けのために貰ってきたか……あるいは僕の……」
「何ッ! 何?」
再び詐欺師の容疑をかけられているのかと、ジュディットは目をパチクリする。
初めからぐちゃぐちゃのジュディット頭の中が、アンドレの取り乱す様子を目の当たりにして、さらに混乱を起こす。
「ガラス玉の一つや二つならまだしも。それだけの量を持っているのは見逃せません」
「えっ、いや、ちょっとぉ!」
「計測器でこれから、お宅の魔力を測りましょう。元々の魔力があれば、ご自分用ではないのが、はっきりします。魔力があれば、お宅は犯罪に関わっていたんでしょう」
アンドレから乱暴に腕を引かれ、半ば無理やり歩かされる。
だが、なんたって彼は足が速い。そのせいで彼女の足がもつれてしまい、自分で自分の足を何度も踏んでしまった。
ジュディットは「うまく歩けないから、ちょっと待って」と言い続けてみたけれど、アンドレは耳を傾ける気はない。
ジュディットへ強い疑念を抱くアンドレは、一向に歩く速度をゆるめない。
そんな彼に強引に連れられ、ジュディットとしても、昨日歩いた記憶が微かに残る道を突き進む。
それからほどなくすると、大きな建物の前に到着した。
一見するとアパートにも見えるカステン軍の寄宿舎である。
ひたすら急ぎ足で歩いたジュディットは、そこの建物に無理矢理連れ込まれ、エントランスに立たされている。
「ねえ、ここはどこよ?」
「カステン軍の寄宿舎です」
「魔力計測器が、ここにあるの?」
「ええ、軍の入隊用にね」
「へぇ~、どうして?」
「魔力量が兵士採用の基準を超えていないのに、『大司教のガラス玉』の魔力で魔法を発動させ、入隊してくる輩がいるんでね。その対策用に置いています。もう時間稼ぎの質問はいいでしょう」
「時間稼ぎって、酷いわ」
質問を何度も重ねるジュディットに、彼はうんざりを絵に描いた顔を向けた。
「お宅に魔力があることが証明されたら、問答無用で拘束します」
「え? 拘束ってどういうことよ! わたしは犯罪者じゃないってば!」
「無実の証言は、お宅の記憶が都合よく戻ってからするといい。僕とは関係のない所でね」
「ねえ、わたしの魔力がゼロだったら、ちゃんと信用してよね。きっと、犯罪者じゃないわよ」
「今は魔力が底をついているから、妙な自信があるんでしょう。魔力の回復が遅いタイプですか? 寝て起きた後だというのに、お宅から魔力を感じませんからね」
「じゃあ、魔力なしでいいでしょう」
「残念ですが、計測器は魔力が枯渇していても、誰かに封じられていても、その人物が持っている魔力の量を示すから誤魔化せません。必ず反応するので覚悟を決めてください」
彼が棚の中にしまっていた石板を取り出す。それを見たジュディットは、とっさに手を背中に隠す。
「え~、なんだか怖いわね」
「姑息なことは考えず、早くはっきりさせてください」
子どもみたいにもじもじしているのを、冷めた顔の彼に、ふんと鼻で笑われた。
この瞬間、名案を思いついたジュディットの瞳がきらりと輝く。彼女は一つ、賭けに出たようだ。
計測器が反応すれば即刻牢屋行き。反応しなければ再び途方に暮れるだけ。
この際。賭け事は利点しかないのだから、持ち掛ける価値はある。
ジュディットは計測器しか見ていないアンドレを、人差し指でツンツンと突くと、真剣な口調で告げた。
「ねぇねぇ。もし、わたしの魔力がゼロで、変な疑いをかけられたことがはっきりしたら、アンドレが暮らす事務所に置いてくれないかしら。行く当てがなくて途方に暮れているのよ」
「まかり間違って計測器の針が動かなければ、お宅を泊めてあげましょう。絶対にないでしょうけどね」
「良かったぁ。これでしばらく暮らす場所ができたわ」
「ありもしない事をつべこべ言っていないで、早く石板に触れてください」
「分かったわよ」と言いながら、アンドレに促されるままに、中央に針が付いた、十センチメートル四方の石板に触れる。
――だが、針はぴくりとも動かない。
これに満足したジュディットは、にんまりと彼を見る。
だが、彼の表情は崩れることはない。至って真面目な顔のままだ。
「よぉぉぉし! やったわね! ふふっ、わたしは魔力なしだわ。どうよ!」
「あれ? 壊れているんでしょうか?」
首を傾げる彼が石板に触れると、ビョンッと針が最大値以上に振り切った。
「ぁ……」
「――……あら。壊れてないわね。それよりも、一番上まで針がいったから、アンドレは二十級以上の魔力があるの⁉ 凄いわね」
感心しきりに彼を見つめる。
二十級を越えるのは相当に稀だ。そもそも、存在しているのか? それさえ知られていないレベルである。
魔力量は全部で一から二十級に割り振られるが、十級を超えないと魔力消費の大きい攻撃魔法の使い手とはならない。
小さな火球一つ二つ飛ばして撃退できる魔物など、たかが知れているからだ。
十三級を越えるとエリートと呼ばれ。十五級辺りが世間一般での限界だと思われている。
「えっと……。お宅は本当に魔力なしなんですか……」
棒読みの彼は、随分と決まりが悪そうだ。
「やっぱりね。わたしが犯罪者なんて、おかしいと思ったのよ」
ほら見た事かと得意気になるジュディットは、アンドレの顔を覗き込んで、にまっと笑う。
すると、何かを吹っ切った様子の彼が、無表情に淡々と告げる。
「これで、お宅について一つはっきりしましたね」
「ええ、そうよ。犯罪者ではなくて魔力なしだってことがね」
賭けに勝ったジュディットは、すっと胸を張って言い切った。
「いいえ。魔力なしの自分のために、独りよがりで根こそぎポケットにガラス玉を突っ込んできた、欲深~い人間だってことですよ」
「ええぇッ~⁉︎ アンドレは、どういう飛躍した解釈をしているのよ!」
「これでひとまず、ご自分を知るヒントが出てきて良かったですね」
ジュディットの質問に動じない彼が、にまりと笑う。
「そんな人物像……嘘だと思いたいけど……」
「どう考えても、それ以外ないでしょう。まあ、二つのポケットがはちきれる程です。それだけのガラス玉を受け取った人物は、相当悪目立ちをしていたでしょうね。中央教会を訪ねると、お宅を覚えている人物がいるはずです。近いうちに中央教会へ行くといいですよ。これで、お宅の行く当てができましたね。さあ、お引き取りください」
ジュディットを見つめる彼は、満足げに頷いた。
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