4 妹リナの高笑い
本話は、長編版には見投稿のシーンとなります。
ジュディットが王太子の部屋から立ち去ろうと思った次の瞬間、崩れ落ちた――。そのまま床に寝そべると、ぴくりとも動かない。
その姿を見て気分を高揚させる妹のリナは、微笑みながら横たわるジュディットを見下ろす。
(やったわ! 全部うまくいった。あ~~、今日の日を迎えるまで長かったわ)
そう思うのも、フィリベールがジュディットとの婚約解消に納得するまで、二年もかかったからだ。
フィリベールは「最愛なのはリナだけだ」と言う割に、ジュディットとの結婚は「王命だから」と、正妃の座をリナに与える素振りは一切なかった。
それもそうだろう。賢王の血を引く王太子の性根は堅実であり、浅はかなリナの想定どおりに動いてはくれない。
リナにとってジュディットは、目の上のたんこぶであり、邪魔者でしかない。
幼い頃から国母に憧れるリナは、フィリベール王太子との結婚を望み、女を磨いた。
だが、いくら努力をしたところで、既にジュディットがその立場を手にしており、覆る気配はない。
聖女が務める公式行事の一つ。祝福の演舞は、自分の方がジュディットより遥かに優れているのにだ。許せないと不満を募らす。
(は? どうしてリナでは駄目なのよ。納得がいかないわ)
それに次期筆頭聖女と、うたうジュディットの魔力も、いまいち怪しいと疑いの目を向け続けた。
魔力計測器の数値をジュディットに問いただしても、あやふやに誤魔化され続ける。
ジュディットの魔力は、本当のところ、大した数値ではないのだろうと大司教に文句をぶちまける。だが相手にしてもらえない。
十七級に届く魔力量にもかかわらず、適当にあしらわれ、またしても面白くない。
リナの魔力量を知れば、さすがのジュディットも、自分が王太子の婚約者であることに引け目を感じるはず。
そう思い、リナの魔力計測値を誇らしげに伝えてみたものの、ジュディットの反応は「そうなのね」の一言。あまりにそっけない。
自分の方が遥かに優秀なのに、歯切れの悪いジュディットがいつまでたっても婚約者のままだ。
だが、そんなリナには味方がいた。焦れるリナの気持ちを、母は応援してくれたのだ。
リナの母である現公爵夫人。彼女は前公爵夫人であるジュディットの母が亡くなり、すぐに嫁いできた後妻である。
とんとん拍子に妊娠した結果、そんなに歳の違わない異母姉妹が揃う。
ジュディットは間もなく二十歳を迎えようとしており、リナは十八歳だ。
その公爵夫人が、黒魔術の魔法陣を手に入れてきたのである。
母がすぐさまそれを試せば、簡単に瘴気だまりが発生し、ジュディットは瘴気だまりの浄化を優先させ、奔走する。
王太子の横に空席ができ、しめたものだと二人でほくそ笑む。
散々手を尽くした結果。フィリベールの心はうまくリナに傾いたが、肝心の結婚には至らない。それでは全く意味がない。
今のままでは彼の感情の吐け口で、ただの都合のいい愛人止まり。
となればジュディットへの恨みは増す一方だ。そうして今、急に倒れた姉を見て訊ねた。
「お姉様は……死んだの?」
「いや。眠らせただけだ」
「じゃあ殺さなきゃ、何を言い出すか分からないわよ」
「大丈夫さ。この女の魔力と記憶を消すから」
「そんなことが、本当にできるの?」
「ああ、王族の血だけに伝わる秘技でね」
床に寝そべるジュディットの額に、フィリベールが手を当てた。
すると、聖女のリナでさえ見たことのない魔法陣が、姉の額に続けて二つ浮かび、消えた。
「これでいい。ドゥメリー公爵、この女をどこかへ捨ててこい。自分に関係する記憶は一切ないから、我々の前に二度と現れることはない」
「それなら、いっそ……」
「いや。陛下がやけにこだわる女だ。禁術に手を染めた悪魔のような女でも、我々の手で殺めて、後で問題になるのは厄介だからな」
「それであれば、ジュディットがいなくなると、陛下が何か仰るのではありませんか?」
ドゥメリー公爵が声を振るわす。
「いや、『王太子との結婚が嫌で逃げ出した』で、説明はつくだろう。陛下には後で、今日の禊の儀はリナが務めていたことを説明する」
「ですが……。将来この娘が、光魔法の加護のある女児を産めば、周囲から疑念を持たれる可能性があります」
光魔法とは、いわゆる聖女の加護だ。
ごく限られた高位貴族の令嬢しか持ち得ない属性であり、結界をたった一人で張れる程の聖女は、そうそう現れない。
何年か後。平民との間に生まれた赤子にその加護が受け継がれてしまえば、ジュディットの正体を怪しまれる。
そう心配した公爵が狼狽える。
「問題ない。昔、私が魔法契約の練習をしていた時の一つに、避妊の魔法契約もあるからな。結婚する時に解呪するつもりでいたが、このままにしておけば、この女に子どもが生まれることはないからな」
その話を聞き腹を抱えて笑うのはリナだ。
そんな魔法契約を何年も解呪しないとは、とんだお人よしだと鼻が鳴る。
リナは吹き出しそうな感情を必死にこらえながら、眠るジュディットの横でしゃがみこむ。
そして、張り付けたような真剣な顔で、ジュディットの綺麗な紫の髪をゆっくりと撫でた。
「良かったですわね、お姉様。魔力が使えないなら、お姉様の働ける場所なんて売春宿しかないですもの。そのまま魔法契約を残してもらえれば、殿方たちから重宝がられ、この先も暮らしていけますね。黒魔術を使った卑劣なお姉様ですが、リナのたった一人のお姉様に違いはありませんもの、死ぬなんて嫌です。フィリが結んだ魔法契約は、リナたちからの花向けですわ」
最初から最後まで優しい口調で告げた。演技派のリナらしい熱演。
それに感動したドゥメリー公爵が、じんわりと瞳を潤ませる。
「我が家の娘が禁術など馬鹿なものを使って、本当に情けない。こんな娘を殿下の婚約者にしてしまい、心からお詫び申し上げます。その点、リナは心優しい娘です。誠心誠意殿下にお仕えできるでしょう」
「ああ。それは私が十分承知している。とにかく、この女の目が覚める前にできるだけ遠くへ連れ出せ」
「はい! 今からすぐに」と深々と礼をするドゥメリー公爵と夫人。
彼らはジュディットを木箱に押し込み、荷台に乗せて運び出していった。
そうなれば必然、リナとフィリベール王太子の二人きりの甘い空気が漂う。
「明日からは、リナが中央教会の大司教の元へ行くんだよ。あの女、一体何をしていたのか知らないが、毎日教会へ行っていたからな」
「ええ。どうせ大したことはしていないのよ。毎日、王妃様の後に一時間、祈祷室で祈りを捧げていただけですもの」
「それだけで、筆頭聖女候補になれるとは、いい身分だな」
「そうなのよ。それに、毎日魔物の討伐に出ていたのも、王宮の騎士団に好きな殿方がいたからなのよ。実際はデートだったんだから。国民を欺きすぎよね。フィリとの魔法契約を逆手にとって、好き放題していたんですもの」
「あの女……そんなことまでしていたのか、チッ」
舌打ちをするフィリベールは、鬼のような険しい形相に変わる。
少しばかり話を盛りすぎたと焦るリナは、ハッとしたのも束の間。瞬時に微笑みに変わる。
記憶を奪った今となっては、バレる術はないのだと気づいたようだ。
むしろこうなれば、大袈裟に話した方がジュディットに余計な未練もなくなるはずだ。調子づいて念押しする。
「頻繁に男を屋敷に連れ込んでいたわよ。フィリベールが騙されていて、リナは見ていられなかったけど。……こうして、この国の未来を正せてよかったわ」
「ああ、本当だ。リナは、教会での祈りが終わったら、毎日王宮へおいで。二人で結婚の準備をしていこう」
「ええ。楽しみだわ」
愛し合うフィリベールとリナは、そのまま王太子の私室へと向かった。
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