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2 『幻の聖女』ジュディットの追放①

 王太子殿下の誕生祝賀会から、一か月が過ぎた頃。

 王宮内にあるフィリベール王太子の執務室。そこで公爵令嬢であるジュディット・ル・ドゥメリーが、静かにお茶を飲んでいた。


 なぜなら、フィリベール王太子自らジュディットへお茶を淹れると、黙ったまま口を開かないからだ。


 それに、居心地の悪さを感じるジュディットは、ついついお茶が進む。

 ジュディットのお茶が半分まで減ると、ようやっとフィリベール王太子が声を発した。

 だが、その声は凍り付くほど冷たい。


「お前は次期筆頭聖女の影響力が、どれほどのものか試したようだが残念だったな」


「ぇ……。何が、ですか……」


「自分が望めば、陛下が立ち合う行事でさえ、中止できると思ったのだろうが、『禊の儀』はリナと済ませた」


「はい? 『リナと済ませた』とは、何を仰っているのか、意味が分かりませんわ。禊の儀は『中止される』と、リナから聞いたのですが? あれは妃と側室の立場に大きな優劣を付けるための儀式でしょう。まさかそれをリナと行ったと仰るのですか?」


「何を言っている?」

「ですから――」

「煩い! あれはただの形式上の儀式にすぎないが、禊の儀は、ベールで顔も見えないし、声も発しないからな、代役でも無事に済ませられた」


「なんてことを……」

「ふん。筆頭聖女候補とはいえ、お前の思いどおりに王宮は動かせないと、これでやっと分かったか! いつもいつも功労者振りやがって!」

「功労者って……なんのことでしょうか」


 ジュディットには確かに心あたりがいくつかある。だが、その秘密は陛下夫妻や大司教しか知らないはずだ。


 政治上、それぞれの人物には相応の立場がある。

 そのために自分が前へ出ないのであり、彼の言葉は一体、何を指しているのだろうと口を噤む。


 結界、魔力の結晶、ついでにいえば王宮騎士団への加勢。

 さて、どれがバレたかと身構えるジュディット。

 

「これまでお前に騙されていたが、今日、お前が森の奥に瘴気だまりを発生させたことに、私が気づいていないと思っているのか? 全て、お前の仕組んだ狙いだろう」


 いくつかの答えを用意したジュディットだが、これは全くの想定外だ。意味が分からない。


 ――瘴気だまりとは、はてな?

 返答の準備も役に立たず、なんの事だと目を点にする……。


 激昂する彼は、婚約破棄に関する魔法の念書をガラス天板のローテーブルへ、バンッと音を立てて置いた。


 ジュディットは目に映る白い紙をちらりと見る。そうすれば、勝手に『ジュディット・ル・ドゥメリー』と彼女の名前が書かれているではないか。

 目を丸くして驚くのも無理はない。

 その念書には彼女の父であるドゥメリー公爵の署名もある。


 婚約破棄の粗方の準備を済ませた念書だ。

 二人の婚約を解消させるには、ジュディットの魔力を通せばいいだけである。


「先日、王都に突如出現した瘴気だまり。あれも、お前が浄化していたが、ジュディットの仕込んだ黒魔術が原因だと、調べがついている」


 フィリベールの気色ばむ口調に、動揺しながら言葉を返す。


「嘘です。どこのどなたの証言か存じませんが、わたくしはそのようなことをしておりません」


 事態が予期せぬ方向に展開し、微かに唇が震える。

 黒魔術など、断頭台行きの重犯罪だ。そんな罪を被せられれば聖女といえど、ただじゃ済まない。


 すると、フィリベールは眉間に深い皺を刻んだまま、執務室に続く書斎を見やり、「ジュディットが否定している。入れ!」と声を張り上げた。


 そうすれば、ジュディットのよく知る人物たち三人が、ぞろぞろとこの場に姿を現した。


「リナ……。それに、お父様にお継母様。どうしてこちらに……」


 ジュディットのかすれた声に反応し、妹のリナが真っ先に口を開く。

「リナはね。お姉様を庇いたてるのは、国民のためにならないと悩んでいたのです」


「一体なんのことかしら?」

「魔力の大きいリナを、お姉様が恐れていたのは知っていますわ。ですから、リナに筆頭聖女の立場を奪われないために、お姉様がわざとに瘴気だまりを発生させ、魔物を生み出していたのでしょう」


 リナがとんでもない作り話をすれば、「なんて恐ろしい女なの!」と、ジュディットの継母が悲鳴交じりの声を出す。

「……」

 二人がかりでの犯罪の捏造。愕然とするジュディットは言葉を失う。


「お姉様が国民を欺き、悪事に手を染めているのを。……妹として。いえ、同じ聖女として許せなくて」


「ですからなんの話かしら? わたしくしは、何もしておりませんことよ」


「言い逃れはできませんわ。お姉様が故意に魔物を召喚した証拠はお姉様の部屋にありましたもの」


 にやりと笑うリナは、得体の知れない魔法陣が書かれている紙をぴらぴらと揺らしながら見せている。

 だが、ジュディットには全くもって身に覚えのないものだ。


 困惑の色が濃くなるジュディットが、ふるふると首を横に振れば、父が大きな声と共に唾を撒き散らす。


「ジュディット! お前はなんてことをしてくれたんだ! 我が家の恥さらしがあッ。三週間後には、王太子殿下との結婚式があるというのに、こんなことをしでかして。自分の力を見せつけたかったのか? 情けない」


「ですから、わたくしには身に覚えもないですし」


 まだ話を続けようとしたジュディットを、眼光鋭いフィリベールが手のひらを向け、黙れと話を制した。


「いいや間違いない事実だ。王宮へ密告があり、私がお前の部屋を調べたんだからな。お前の机の上に、禁術である黒魔術を使った形跡があった。リナとドゥメリー公爵もその場を一緒に確認したからな!」


「黒魔術な――」

 口を開きかけたジュディットの言葉を遮るように、ドゥメリー公爵が告げる。


「王太子殿下は、お前との婚約を解消し、既に公表している結婚式の日に、リナと結婚してくれることになったんだ。我が家の不祥事に目を瞑り、我が家に恩情を与えてくださった殿下に、これ以上見苦しい言い訳はするな!」


「そうよお姉様。リナがお姉様の代わりに、王太子妃と筆頭聖女を務めるから安心して」


 かわいらしい声で話すリナは、首を斜めに傾け、にっこりと笑った。



お読みいただきありがとうございます。

引き続き宜しくお願いします。

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