挿話 あの日、ジュディットを捨てた者たち
ジュディが捨てられた日のエピソード!
娘のリナだけをフィリベール王太子の部屋へと残し、退出してきたドゥメリー公爵夫妻。彼らが運ぶ木箱には、オレンジの絵が焼印されている。
一見すると、領地の特産品にしか見えないが、実際にはジュディットが押し込まれていた。
夫妻が王宮内から外へと抜ける。
すると眼球だけを左右に動かす公爵夫人が、周囲に人の姿が見えないタイミングを見計らい、荷台を押すドゥメリー公爵へ訊ねた。
「あなた、その子をどこに捨てる気ですか」
娘の行動範囲を知らないこともあり、即答できない。どうしたものかと考えあぐねいていれば、夫人がすかさず提案する。
「狼の森がよろしいのではなくて」
「あ、いや、何もそこまでしなくても。どこか郊外の道沿いにでも捨て置けば十分だろう」
「駄目ですわ。捨てるならそこしかありませんことよ」
「狼の保護区に捨て置けば、すぐに狼の餌食になるだろう――」
「だからよ。この子の亡骸も見つからないもの、好都合でしょう」
「だが――……」
「琥珀色の瞳なんて珍しい色合いですもの、このまま生きていれば、何かの拍子にジュディットと繋がるかもしれませんわよ。危険だわ。それにあなただってジュディットをずっと嫌っていたでしょう」
そう言われてしまえば否定できない公爵が唇を噛む。
一歳の誕生日に庭師の怪我を治してみせたジュディットだったが、二歳になろうというときに事故に遭った、自分の母親の命は救えなかった。それを今でも根に持っている。
母親譲りの琥珀色の瞳を見る度に元妻を思い出し、日々、ジュディットへ不快感を抱いていたのだ。
実の娘を擁護する気もない公爵が、「まあな……」と沈黙する。
「あなたも見たでしょう。ジュディットの部屋にあった魔法陣とカエルの生贄を。本来なら処刑されるべきなのよ。王太子殿下がなんと言おうとも、わたくしたちは正しい判断をすべきだわ」
「確かにそのとおりだな……」
公爵夫妻が見つめ合うと、息を合わせて頷く。
彼らは王宮の裏手に停めてある公爵家の荷馬車へ向かう。
ジュディットを追求する前に、あらかじめ、ドゥメリー公爵家の従者に命じて運ばせていたものだ。
その荷馬車には、みずみずしいオレンジが詰まった木箱がすでにいくつか乗っている。
それらは、懇意にしている侯爵領へ、「ドゥメリー公爵領の特産品であるオレンジを届ける」と用意したもの。
元から積まれていたオレンジの木箱の横に、ジュディットを詰めた木箱を乗せた。
「それでは道中気をつけて向かってくださいませ。ロンギア侯爵と奥様によろしくお伝えください」
微笑む夫人が、御者の隣りに座るドゥメリー公爵へ告げた。
そうすれば、ムチがしなる音がバチンッと響く。
夫人の見送りの言葉を聞き終えた御者が、オレンジを届けるべく侯爵領を目指す。
「途中、近道のために狼の保護区を通ってくれ」
「かしこまりました」
かつて同じ言葉を聞いた覚えのあるベテランの御者が、なんのためらいもなく返す。
そうして何もかも順調にことが運び、ガラガラと音を立てる馬車は、狼の遠吠えが響く森の中を進む。
誰ともすれ違うことなく進む狼の保護区。そこを突き抜ける一本道の中間地点に差しかかる。
そろそろジュディットを捨てたい。そう思う公爵がキョロキョロと辺りを見回す。幸い、前にも後ろにも人の気配はない。
ちょうど前方に大木が二本並ぶように生えている。ジュディットを捨て置くのに好都合と見込み、公爵が口を開く。
「今、後ろの荷台で音がした、儂が荷物を見てくるから馬車を停めろ」
「はい」
馬に『停まれ』と合図をおくれば、徐々に速度が落ち、完全に停止した。
車輪の音がなくなれば、思った以上に周囲はシーンと静まり返っている。
「よし。このまま馬が動かないように、お前は馬をよく見ていろ。狼の遠吠えに驚いて、馬が駆け出したら大惨事だからな」
「承知いたしました、旦那様」
それを聞き届け、公爵は馬車からひょいッと降りた。
荷台の木箱の蓋を開ければ、未だに深い眠りの中にいるジュディットの姿がある。
起こさないようにと慎重に木箱から出し、大木に隠れるように捨てた。
やり遂げてご満悦の公爵は、にまりと口角を上げ小走りで御者台まで戻る。
「オレンジの箱がずれていただけだった。直してきたから、早く侯爵領まで向かうぞ」
そう指示すれば、「はい」と静かに返答する御者が、馬をゆっくりと走らせる。
ちらりと後ろを振り返る公爵は、長年不満に思っていた大きな荷物を捨て、安堵のため息をこぼす。
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同作品の長編もよろしくお願いします(٭°̧̧̧ω°̧̧̧٭)
現在、第一部完結しております。