8話 榊の心
流は防衛隊基地の食堂へと、6人を案内した。
「ここだよ〜。お腹空いたよね。早く食べよう」
流はニコニコの笑顔で食堂を指差しながらそう言った。
そこはどちらかと言えば食堂というよりも、学校でよくある学食やカフェテリアといった方がその雰囲気が似ていた。
尤も、そこを使用している人は皆、屈強かつ逞しい男女達であったが。皆が皆、黒い隊服を着ているせいで、そこら中が真っ黒の葬式会場のようでもあった。
そんな折、ニコニコの流に話し掛ける男がいた。
「流隊長? ここで何やってるんですか〜? 新人の教育ですか〜? 仕事がまだまだ残ってるんですよ〜。早く戻りますよ!」
どこからともなく現れた縁の細い眼鏡を掛けた神経質そうな男が眼鏡を光らせながら、流に向かってそう言った。その手は既に流の首根っこを掴んでいた。
流は驚きで目を見開いて、その男を見た。
「げ! いや〜、何のことかな〜? 仕事は終わらせたはずなんだけどな〜。あ〜、そんな拳を振り上げないで〜、怜くん、落ち着いて〜。分かった! 分かったから、ね? ホントに! 死んじゃうから。仕事は終わったらするから、夜するからね?」
流はとても焦ったようで、必死で男――怜に必死で言い訳をしていた。
「言いましたからね! 私はしっかりとその言葉覚えましたからね! しっかりとやるんですね? なら良いです」
怜は流を疑いながらも一旦は落ち着いた。
「ふぅ〜、ありがとう。危ない危ない。あ〜、ゴメンね。君たちはまだこの人に会ったことが無かったね。怜くん、自己紹介」
流は横の男をつつき、急かした。先程の焦り様は何処へやらといった様子で、六人は半ば呆れ気味で流を見ていた。
怜は置いてけぼりを食らっている六人に気が付いたのか、そちらに向き直る。
「お見苦しいところを見せてしまい申し訳御座いませんでしまた。私は、霧矢怜と申します。誠に残念ながら、この頭がお花畑の隊長の部下です。階級としては副隊長ですね。以後、よろしくお願いします」
霧矢怜は、ピシッと、効果音が付きそうな感じでお辞儀をした。折り目出しい印象通りのお辞儀であった。
「は、はぁ〜」
榊はコメントし辛そうに間延びした声を上げた。
怜はその表情をきちんと確認したのかどうか分からないが、礼儀正しい言葉で年下の榊達に続けて口を開いた。
「それでは、失礼します。この働かないクソな隊長の尻拭いがあるので」
とだけ言って怜は踵を返し去っていった。
「はは、ゴメンね。いつもはあんな感じじゃないんだけどね」
流はばつが悪そうな顔をして謝った。
そんな流を白けた顔でじっと見つめるのは榊と焔だった。
「いや、これに関しては多分流さんが確実に悪いと思うから、別になんとも思ってないっすよ」
焔は取り繕うのをやめつつ真顔で流にそう言った。
流は図星ということが分かりやすく、肩を一瞬跳ね上げて、視線を逸らした。
「いや、君、急に辛辣だね。ヒドイな〜。まぁ、そんなことは置いといて、ご飯を食べよう。僕はお腹が空いたよ」
流は必死で話を変え、食堂に入って行ったのだった。
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昼食を終えた後、さっきの教室とは違う、広くて中央に大きなステージのようなものがあるところに来た。
「え〜と、ここは訓練所と言って、体を動かしたり、戦う練習をするところだ。君たちには、今から軽くマナを使えるようになってもらうよ。まずは、マナを感じてもらうところから。僕が君たちにマナをぶつけてみるよ」
流はなぜか腰に手を当てながら満面の笑みで言った。
「あの〜、それって危なくないんでしょうか。身体的に……」
顔を引きつらせながら問いかけたのは、凛桜だった。
「多分、大丈夫だよ! 多分……」
流は顔を背けながら返した。尻すぼみになっている言葉によって、六人の不安は一気に増した。
「いや、まぁ試したことは無いけど、別に攻撃するってわけじゃないからね、ダイジョブダイジョブ。ささ、早くやろう!」
流はどこか誤魔化すようにそう言って急かした。
「まぁ、やってみるか……」
控えめに、仕方なさそうにチャレンジ精神を見せたのは、榊だった。
「そうそう、そんな感じだいいんだよ。君たちにも早く戦えるようになってもらいたいし、ね?」
流はそれに乗っかるように、他の五人に目を向ける。
呆れたように頷いた五人を見て、流は喜びながら頷き返した。
「よし、それじゃあ……」
流は目を閉じ手のひらを榊たちの方に向けた。
無言で何も言うことなく、流は六人にマナをぶつけた。
この時、榊たちは不思議な感覚が起こった。
体に触れられているような感じだが、触れられておらず、何やら暖かい感覚があるのだ。
「ん? 何だこれ?」
「何か不思議な感じ……」
「お〜、スゲ〜」
声に出して反応したのは焔、凛桜、榊の3人だったが、他の3人も概ね同じ反応であった。
「えっと、これでマナが使えるようになるんですか?」
真面目に質問をしたのは白亜だった。白亜は不思議そうに首を傾げている。
「うん? これだけだったらまだ使えないけど、感覚はわかったでしょ? これが体の中にあるから見つけて、どうしたいかをイメージして、そうするだけ。意外と簡単でしょ? まぁ、なれるまで大分かかるから頑張ってね」
流は満足げに腕を組みながら言った。
簡単そうに言っているが、初心者である六人には全く理解できず、挙句突き放された為に、五人は「はぁ?」とでも言いたげな表情になっていた。
澪はアワアワと焦っているような感じであった。
「さて、僕は君たちに1ヶ月以内に1番前で戦えるようになってもらいたいんだ。だからこれからはここでの授業、訓練とか練習みたいなもんだけど、やってもらうよ。今日はこれで終わり! 解散! じゃ、自分の部屋に戻ってね。明日からも頑張ろう!」
流は「お〜!」と片手を上に挙げながら笑顔で言った。
六人はノロノロと元気がなさそうに「お〜……」と返したのだった。
ぞろぞろと訓練場を出ていく六人を流は見て、一人に声を掛けた。
「あ〜、榊くんは残ってね。話があるから」
流の声を聞き、榊は立ち止まって元の場所に戻った。
数分後、みんなが出ていった後、流は榊に向き直った。
「君さ、家族の死と向き合えてる?」
流は真っ向からそう問いかけた。
榊は気不味そうに頭を掻いた。
「いや、まだそんなに実感が湧かないというか……、やっと今日少しだけ実感したみたいな感じですね」
「そっか〜、まぁ悲しむ暇も無いぐらいにすぐにこんなことさせちゃったからね。それは僕らが悪いとは思う。ただね、僕は君に言いたいことがある」
苦笑いで告げる榊に、流は何とも言えない表情で謝り、真っ直ぐに榊の目を射抜いた。
「怒るんじゃない、悲しむんだ。悼むんだ、自分の家族の死を。確かに、理不尽な死が周りに降り掛かれば怒りの感情は湧く。仕方ない。だけど、仇を殺したことでも別に何にもならないんだよ。あくまでもそれは、君の感情の捌け口になるだけ。
身を窶して、それに全てを費やした時、君は終わるよ? だから、君の家族の死と向き合うんだ」
流は榊の目を見つめる。榊からは流の目が揺らいでいるように思えた。
「何で、俺だけなんですか? 他の奴らも俺と同じで、家族亡くしてるんですよね?」
榊は拳を握りしめ、問いかけた。
不思議半分、焦り半分といった感情で、榊は流を見る。
「僕はね、人よりも人の心が分かるんだ。焔くんや凛桜くんはおそらくだが、今部屋で泣いてると思う。焔くんは少し自罰的になるかもしれない。白亜くんや澪くん、久龍くんは少し違うかもしれないけど、君だけは明らかに違う。自分を犠牲にしてでも復讐しようとしているのが分かる。どうかお願いだ。僕の頼みを聞いて欲しい」
流は頭を下げた。心の底からそう思っているのだろう。所々声が裏返り、聞き取り辛くもあった。
それを聞いた榊は、唇を一瞬だけ噛んで、真顔を保った。
「……分かりました。すぐには無理ですけど、頑張りたいです。もう部屋に戻りますね」
榊はそれだけ言うと、その場を辞した。
流はその対応を見て、頭をぐしゃぐしゃにした。
「やっぱりダメだったか。泣き落としは通用しないかな……? これは本当に実際に体験させないといけないか……。彼は絶対に生かさなければ……」
流は立ち去った背中の残像を見守りながら、そう呟いた。
誰にも聞かれることはなく、ドーム型の硝子が包む訓練場にはやがて闇が落ちた。