3話 仲間
笑顔の流が部屋を去った後、榊はホテルの様な部屋の中で、自分の言葉と感情を考え直す。
(俺みたいな奴は少ない方が良い。これは本当だし、俺もそう思う。だけど、アイツだけは許せねぇよ。人の親を殺しといて、笑ってやがる! 俺みたいな奴を減らす為に、アイツを殺すんだよ。兄貴も結も殺された。きっとアイツが殺ったんだろうな。許せねぇなぁ……。
あぁ、そうか。俺は怒ってたんだ。人の家族殺しといて笑ってやがるクソ野郎に対して。じゃあ、やるしかねぇ。仇を、自分で)
榊は歯噛みして、あの天使の顔を思い浮かべた。忌々しい程に整った顔立ちを脳裏に焼き付ける。絶対に、確実に次に会う時には思い出せる様に、殺せる様に。
榊は自分の手を握り締めた。
「必ず、俺の手で……」
榊は自分の拳を眺めてそう思った。
部屋を出て行ったと見せかけて、外で待機していた流はこの呟きを聞いて眉を下げた。
「う〜ん……やけに落ち着いてるなと思ったらこの子、危ういなぁ……。まぁ、その内気付くでしょ。仲間も出来るんだし」
流は身を翻した。
人の悲しみ方は人それぞれ。彼にとっての悲しみ方がそれであるんだと、今は取り敢えず納得させた。
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――翌日。
流は榊の部屋を訪れた。コンコンコンと3回ノックした後、ドアを開ける。この間、榊の返答を待たなかった。もし、榊が全裸だったりしたらどうするつもりだったのだろうと、榊は苦情した。
「さて、それじゃ行こっか。うん、その服も似合ってるね!」
「そうですかね……?」
流は微笑んで、榊の身に着けた服を眺めながらそう言った。榊は実感出来ないとでも言いたげな表情で、首を傾げた。
ちなみに、その服というのは、防衛隊の制服である。これは、なかなか特殊な服で、陰陽師の狩衣と神父の服を合わせたような不思議な服だ。上は狩衣そのままなのだが、下の裾が少し長くなっており、その下にズボンを履いていた。これは、動きにくそうだが、その実、何故か普通の服よりかも動きやすいのだ。ちなみに、女子の場合は、裾が更に長くなってスカートの様になっているらしい。
(こんな服なのに動きやすいの意味わかんねー……)
榊は、体を動かしながらそう思ったのだった。
そんな風に二言三言会話した後、部屋を出て榊と流は別の部屋に向かっていたのだった。
部屋に入る前に、流は榊の方を振り向いた。
「この部屋の中にいるのは、君と同い年でしかも同じ境遇の子達だ。君だけが、悲劇の運命にあるのだと思わないで欲しい。とはいっても、そんな子たちが6人もいるということは、僕たちの失態だ。まぁ、できるだけ仲良くしてくれ。これから君とその子達は仲間になるんだから」
流は笑顔でそう言った。しかし、どこか陰が深く感じられた。
榊がそう思うのも束の間、流の元気の良い言葉で我に返った。
「さぁ、行こうか!」
流はそう言うと、ドアを開けて入った。
例えるなら学校の視聴覚室の様な部屋の中には、5人の男女がいた。それを見て、榊はこう思った
(スッゲ〜美男美女ばっか! 俺場違いじゃね?)
確かに彼らの顔立ちは整っていた。
真ん中の椅子に座っていた男子は、赤みがかった髪の活発そうな印象で、クラスの中心人物になっていそうな子だった。
その少し離れた隣に座っている黒髪のショートカットの女子は、少し気弱そうであるが、確かにいかにも薄幸美人のような出で立ちだった。
部屋の1番隅にいた少し長めの髪の男子は、どこか陰があるがしっかりと美青年という感じだ。
1番前の端に座っていた女子は、黒髪のポニーテールにしており、スポーツをしていそうな感じであった。どこか警戒した様子でこちらを見てくる。
そのすぐ隣の女子は、対照的な印象で、花のような雰囲気でふわふわの髪をしていた。
「はい、じゃあ榊くんもどこかに座って。」
流の声で我に返った榊は、真ん中に座っている男子の隣に座った。理由は無い。何となくだった。
「じゃ、よろしく」
榊は笑顔で挨拶した。
「うん、よろしく!」
と彼も同じ様に返してきた。表情は柔らかかった。
そんな明るい様子に、榊は安堵を覚えた。
(ふぅ~。なんとかやっていけそうな気がするな。こんなやつがいるなら。仲良く、ね……)
榊は彼との会話に、心を救われた。その心には、少々の含みがあるようにも思えた。
榊がそんな風に考えていると、教卓のようになっている所に、流が立って声を出した。
「さて、君たちには、今日訓練を受けてもらうといったけれど、まぁ流石に何にも知らないのに、いきなり訓練を受けろっていうのも酷なので、最初の1週間ぐらいは、まずはいろいろとこっちでの常識的なことを教えていこうと思う。いいかな?」
流はいつもの笑顔で言った。
みんなは頷きで返した。それを見て、流は嬉しそうな顔になって、こう言った。
「うん、それじゃまずは、自己紹介から始めよう。まずは僕から。僕の名前は、土岐流というよ。この防衛隊の壱番隊隊長だ。この階級とかは後で説明するから、みんなあとは、自由に自己紹介していって」
それだけ言って、流は椅子に座った。
最初に自己紹介をしたのはやはり、榊の隣にいる活発そうな男子だった。
「俺の名前は、緋野焔。高校1年生だ。みんなよろしく」
活発そうな男子――焔はそう笑顔で言った。
その次に発言したのはやはりこれも、ポニーテイルの女子だった。
「私の名前は、千虎白亜。よろしく」
ポニーテイルの女子――白亜は淡々と言った。
その後すぐに、隣の柔らかい雰囲気の女子が立ち上がった。
「私の名前は、亀龍凛桜です。よろしくお願いします」
柔らかい雰囲気の女子――凛桜はそう言って礼をした。
それから暫くして、隅にいた男子がぼそっと声を出した。
「僕は、青影久龍です……。よろしく」
暗い印象の男子――久龍は立ち上がることもなく、そう言うとまた下を向いた。
その次は、気弱そうな女子が立ち上がった。すっかり緊張してしまっている様子で、顔は少々赤かった。
「わ、私の名前は、香月澪。えっと、よろしくお願いします」
気弱そうな女子――澪はそう言うと、頭を下げていた。
榊は自己紹介を聞きながらぼうっとしていた。
(珍しい苗字多いな〜)
榊がそう思っていると、焔が榊の脇腹を肘でつついた。
「(おい、次、お前だよ)」
焔はそう榊に耳打ちした。
榊はその言葉でハッとすると、立ち上がって自己紹介をした。バツが悪そうに頭を掻いている。
「あ、ごめん。え〜っと、俺の名前は、葵榊です。よろしく。以上です」
榊はそう言って座ると、凜桜はクスクスと笑い、焔はニヤニヤとして、榊は何とも言えない表情をした。
すると、流が立ち上がった。
「さて、自己紹介も済んだことだし、今日は、君たちだけで少し話してから、いろいろなことを教えようかな。じゃあ、どうぞ」
流はあっさりとそう言うと、手で六人の方を指して座ってしまった。
何か話し出すと期待した六人は、肩透かしを食らって呆然とした。
思わずお互いの顔をチラチラと見る。
「どうぞって言われてもなぁ?」
埒が明かないと思い、榊は焔にそう話しかけた。
「確かに、ちょっと困るよね。初対面って何話せばいいのかわかんないし……」
焔がそう答えたあと後、少し沈黙があった。誰も喋り辛いのは本当だった。
流はそんな6人を見て、唇に笑みを浮かべた。
「まぁ、君たちは高校生だから、大人がいると話しづらいか。よし、僕は出ていくことにしよう。じゃ、ごゆっくり〜」
流はそう言うと、手をひらひら振りながら部屋を出ていった。
ドアが閉まるその瞬間、焔の口からは溜息が飛び出した。
「はあ〜、疲れた。なかなかユウトウセイのふりをするのは疲れるわ」
焔が顔を顰めながら、肩を揉んでいた。
「うわ、お前そういう系かよ。だいぶ性格悪いな。まぁ、俺も似たようなもんだから、何も言わないけど」
榊は肩を竦めて、眉を顰める程度だった。
焔はそんな榊の反応に、ニヤリと笑って肩を叩いた。一頻り叩くと満足したのか、他の人達に視線を向ける。
「まぁ、こういうのは置いといて、他のみなさんも話しましょうか。流石に俺たちだけで話すのもキツイっすよ」
焔は他のみんなにそう話しかけた。
(流石! 陽キャっぽいやつは違うな)
榊は心の中で妙な感心を抱いてしまった。
「話すって言われても何をですか?」
そう尋ねたのは凛桜だった。
その尋ねに反応したのは、隣の白亜だった。
「まあ、話すことは思い浮かばないよな。凛桜何か案出して」
「酷い! 白亜も考えるんだよ! 私だけじゃ考えれないから!」
腕組してそう頷く白亜の腕を、凜桜は頬を膨らませてポカポカと叩いていた。
仲が良い様子の2人に、焔が尋ねる。
「そこの2人ってもとから知り合いなの?」
焔の質問に、凜桜は頷いた。
「はい、家が隣同士で、小さい頃から一緒にいるんです」
凜桜が白亜の背後からそう言葉を発した。白亜はこちらをちらりと見て、それに同意する様に頷いていた。
「あ、敬語はいいよ。どうせみんな同い年だから」
榊は何か変だなと思いつつ、そう言った。
お互いを知る為の会話は続く。