2話 選択肢
「お…… 俺の名前は、あ……葵榊。」
榊は急にどこからか出てきた男に混乱して、痛みに引き攣りながら答えた。
そんな榊に一切違和感を覚えていない様で、流は笑顔のままだ。
「それで、何に何をされたの?」
流は、にこやかに笑ったまま訊ねた。
「あ……て、天使が、……俺の家族を、み、皆殺し、に、するって」
榊は、時々止まりながらも事情を説明した。少しでも動けば痛みが身体を走る。顔を顰めながら、必死で何とか榊は伝えた。
「うん、天使か……、今、家族を皆殺しって言った?」
榊からの言葉を聞いた瞬間、急に流の顔色が変わった。
急に雰囲気の変わった流に、榊は目を泳がせる。
「は、はい……」
「君の家族は今どこ? 急がないと」
「あ、兄が福岡で、妹が、近くの小学校に、ち、父はこの市内の、会社で……」
榊はそれだけ言うなり、意識を失ってその場に倒れ込んだ。痛みによって、意識を奪われたのだった。ここまで耐えれたのだって、殆ど奇跡だ。
「あちゃ〜、。流石に限界か…… でも、情報はもらえたな。よし」
流は頭に手を当てながらそう苦笑した。そして、右耳に右手を当てる。
「土岐だよ〜。天使に襲われたと言う少年を保護した。今からそっちに戻るけど、早くこの子の家族を確保しに行って。どうやら、家族全員が狙われたみたいだね。なんでかは分からないけど。怜くんに人選は任せるよ」
流はそう言うと、ほっと息を吐いて胸を撫で下ろした。足元で意識を失った榊を見つめる。
「さて、この少年は基地に連れて帰るか……」
流は、その少年を抱えて、その場を去った。
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榊は対幻魔防衛隊基地内の療養棟のベッドで目を覚ました。
「ん……、ここは……、知らない天井だ」
「お、目を覚ましたかい? 榊君」
榊が呆然とそう呟くと、流がその目を上から覗き込んだ。
ぼんやりした記憶の中で、見覚えがあるような気もしたが、やはり記憶にない顔だ。
「えっと、あなたは?」
「あちゃ〜、やっぱり覚えてないか…… まぁしょうがないね。君は気絶しかけてたし…… え〜、僕は対幻魔防衛隊九州支部、壱番隊隊長の土岐流だよ。ちなみに、なんでそんな怪我してるかはおぼえてるよね?」
「はい……、えっと、天使に吹っ飛ばされて……。まぁ、信じてもらえないですよね」
「いや、全然信じるけど」
「うん、そうですよね知って………、て、え? マジで?」
「うん。だって僕はそういうこと専門のところにいるからね。ここの名前聞いてた? 対幻魔防衛隊って言ったでしょ? つまり、そういうことだよね」
流は混乱する榊に笑顔でそう言った。
「まぁ、おふざけはここまでにして、君の家族の事だ。」
流は笑った顔を無くし、深刻な顔をして話し出した。
「あんな風に襲われると分かっていて助けてられなかった。何なら遺体すら見つからなかった。本当に申し訳ないと思う」
そう言うと、流は頭を下げた。
(あ〜……、やっぱ間に合わなかったか……)
榊はそう思った。あんな意味が分からないことを自分にしてきた奴だ。間に合わない可能性が高いぐらいは、榊でも分かった。
そんな風に榊が考えてる間もずっと流は頭を下げ続けていた。
「まぁ、でもあんなもの相手に狙われて、無事に助かるなんて思ってないですよ? 僕もやられてましたし、自分の中でもどこかでそう思ってました。だから、頭を上げてください」
「君がそういうのなら……。こんなことを伝えたあとで悪いとは思うんだが、君には選んでもらわなきゃいけない事がある」
「何をですか?」
「それはだね、2つの選択肢だ。1つ目は、こんなことが起こったということを忘れて、普通の生活に戻ることだ」
「どうやって忘れるんですか?」
「そりゃ君、ここをどこだと思ってるんだい? そんな術はあるんだよ」
「その場合って、どれぐらい忘れるんですか?」
榊は肩を竦めて眉を下げる流にそう尋ねた。
「多分だけど、君の家族の記憶はほとんどなくなると思うよ? 流石にあんなことがあったから、もともと孤児だったという事になると思う」
流があっさりとそう言ってのけた。さもこんな会話は何回もしてきてるとでも言いたげに。
(え? ていうことは、あそこで暮らしたこととか、全部忘れるってこと?)
榊はやや困惑した。
「あともう一つの選択肢は、僕たちの仲間になることだ。つまりは、あぁいった天使とか、人間に敵対する人ならざるものを倒す、対幻魔防衛隊に入るということだ。この場合は、記憶を消さない」
「それって…… どういうことですか?」
榊はいまいち流の言葉を理解しきれず、そう尋ねた。
「つまり、この防衛隊に入って、一緒にあんな天使みたいなのと戦ってもらうということだ。力をつければ、まぁ復讐ってのもできるよね。ただし、君は死んだことになって今までの生活とは決別してもらうことになる」
流は苦笑いでそう言った。流はどちらを勧めようともしていない。どちらに転がってもリスクはあるからだろう。
榊は、どちらを選ぶべきか考えていた。
(俺は、家族のことを忘れたくない……。そして家族を奪ったやつへの復讐もできる。だが、この防衛隊みたいなのに入れば、身の危険がある。どちらを選ぶべきだ?)
流は、その榊の様子を見て、
「今すぐじゃなくても良いよ。この選択はなかなか難しいからね。ゆっくりと考えるんだ。後悔しないように……」
流はいつもの笑いを浮かべながら言った。
榊は、思案をやめて、顔を上げた。
「いえ、大丈夫です。決めました。俺は、防衛隊に入ることにします!!」
「本当にいいのかい? 防衛隊に入ったら、怪我をするし、何なら復讐をする前に死ぬってこともあるんだからね? きちんとわかってる?」
流は、真面目な顔をしてそう言った。
「はい、それは分かってます。身をもってそれは知りましたから…… だけどそれよりも、俺みたいにこんなふうに決断を迫られる子を少しでも減らしたい!! そのためには、防衛隊に入るのが1番だと思いました」
榊は、覚悟を決めた顔で、そう言った。
流は、納得したような顔で頷く。
「分かった。本当にいいんだね?って聞いても意味はなさそうだね。よし、分かった。じゃあ君は今日から防衛隊員だ!! 明日から訓練に参加してもらうよ?」
流の言葉に、少しの違和感を覚え、榊は首をかしげる。
「あれ? 俺、結構ひどい怪我してませんでしたか? 普通に考えて、まだ動けないと思うんですけど…… 」
榊のその質問に、流はふっと微笑んだ。
「何回目かだけど、ここをどこだと思ってるの? そんな風に治せる術とかあるに決まってるじゃないか。多分動けると思うけど、まぁ最初は隊に関することとか、術のこととか、天使とかのことを教わる授業みたいなものだから大丈夫!!」
流はサムズアップしながら言った。
「まぁ、そうゆうことなら、明日からよろしくお願いします」
榊はベッドの上で軽い礼をした。流はそれを見て、笑いながら部屋を出ていった。
榊は今更ながら部屋の中を眺める。修学旅行で泊まったホテルを一人用にした様な感じで、色々な物が揃っている。
真っ白なベッドのシーツに、黒い点が見えた様な気がした。
榊の戦いの日々が始まろうとしていた。
今回も、あまり進まなくてすみません。また、誤字等のご指摘もお願いします。