えち前キョーマと塾講ちゃん♡
今日は塾講バイトの初出勤日。
私は緊張からかホワイトボードの前をうろうろしたり、しゃがんだりを繰り返していた。
ここの塾講師はスーツ着用の義務があるのだが、スーツなど持っていなかった私は姉のスーツを借りて来ることになった。
姉と私はそっくりで、身長も全く同じだ。しかし、胸の大きさだけ違う。姉はDでわたしはG。
はっきり言って、スーツがパッツパツなのだ!
この締め付けが余計に緊張を促進させているように感じる。
これではだめだと思い、教卓の前に立つ。そして、今日来る生徒の名前を改めて確認する。
「えち前キョーマ君か」
中学1年生。成績は中の下だと前情報で聞いている。
どんな子なんだろう。不良じゃないかな等と考えを巡らせていると、授業開始の17時になっていた。
初日から遅刻とは本当に不良なのではと心配していると、教室のスライドドアが勢いよく開く。
ドアは『ドンッ!』と大きな音を立て、その反動でまた閉まろうとする。
その時、完全に閉まりきる前のドアにテニスラケット差し込まれる。
その瞬間差し込まれたテニスラケットの下を何者かが、スライディングで潜り抜けて教室に侵入してくる。
私はいきなりの出来事に「え! 何々!!??」と両手を頭の上に乗せて防衛体制をとる事しかできなかった。
「いちいち騒ぎすぎなんだよ……」
私の様子を見て、その侵入者がいう。
ん? このセリフと行動どこかで見たことが……?
なぜだか落ち着きを取り戻した私は、その侵入者の姿をまじまじと見る。
身長150㎝前後の帽子とテニスバックを持った男の子。
「もしかして、君がえち前キョーマ君?」
「まだまだだね」
うん、話噛みあってないけど多分そうだ。
だって、新テニヌの王子様の一巻第一話のシーンで登場してきたもん!
そして「まだまだだね」という言葉はその漫画の主人公・越前キョーマがよく使うセリフ。
名前が滅茶苦茶そっくりだしまず間違いはないだろう。
「私はあなたの担当の先生の井高凛と言います」
緊張しながらも、自己紹介を行う。
「ふーん。で、あんたは俺に何を教えてくれるの?」
えち前君が席に着く。
「私はえち前君の英語の先生です。授業開始の時間も過ぎていますし、早速始めていきたいのですが、一つ言わなければならないことがあります」
こいつぁ、私の人生で見てきた人の中でも、ぶっちぎりにやばい奴だぜ。
多分だけど舐められたら終わりだ。
正直滅茶苦茶怖いけど、さっきの行動について注意しないと。
「何?」
えち前君が上目遣いで睨むように私を見る。
正直内心ビビりまくりだが、冷静を保ちつつ私は優しく言う。
「あのね、教室に入るのにあんなに激しく入室しちゃいけません。あれ新テニヌの王子様だよね? あれは電車で遅れそうになったのを、ボールやラケットをうまく使って、ぎりぎり電車の出発に間に合わせたからかっこいいの。外国人が『Oh my God!』って称賛してたの。急ぐ必要もない教室のスライドドアでやったら、もうただの奇行なの。全然かっこよくないの。恥ずかしいの」
私の発言に、えち前君は帽子を深くかぶり恥ずかしそうにしている。
良かった、一般的な羞恥心は持ち合わせているようだ。
でも、ちょっと言いすぎてしまったかな。
「うるせぇな、ばばあ」
クソガキの放った弾丸に、私はにこやかな表情のまま固まる。
うん、こいつ一発殴ろうか。
はぁぁぁああ~~~~ああああああんんんんっっ??? 私まだ19なんですけど!!!!
いや、一発顔面にぶち込んだ後、2回往復ビンタして、最後に金的だな。
……。いや、だめ。冷静になるのよ凛。中学生相手に本気になってはダメ。
「そ、そんな言葉使っちゃだめでしょ~。まあ、今日はもう時間になってるし授業始めちゃうね」
顔を引きつらせながらも、平静も保つ。
怒りのおかげ? か緊張もいつの間にかしていない。
「じゃあ、教科書と筆記用具だしてね」
「いや、持ってきてないけど」
クソガキが当たり前のように言ってくる。
「そのバックには何が入ってるのかな?」
クソガキがテニスバックと一緒に持ってきていた、スクールバックを指さす。
すると、クソガキがドヤ顔で「これ?」と聞き返す。
クソガキは私の返事を待つことなく、スクールバックをひっくり返してその中身だす。
そこからは大量のチョコレートがでてきた。今日は2月14日、バレンタインデーだ。
え、このクソガキこんなモテるの?
まるで本家の人気投票と思ったら全部ブラ〇クサンダーだった。
「義理じゃねーか!! ドヤ顔すんなそれで!!!」
勉強道具も持って来ないで何してんだこいつ。
私が突然大きな声で怒鳴ったからか、クソガキが驚いた表情でこちらを見る。
いけないいけない。子供相手に大人げない。少し落ち着かなければ。
私はすぅーっと深呼吸をする。
あれ、さっきよりなんか呼吸しやすいな。
えち前君の方を見るとまだ私の方を見ていた。それも真剣な眼差しで。
少しは反省してくれたのだろうか。
……いや違う。この目。この視線。
街中で世の男性が、すれ違いざまにみてくるあの嫌な視線。
私はすぐに自分の胸元を確認する。
そこには、キツキツだったブラウスのボタンがはずれ、自由となったおっぱいが前線に繰り出していた。
よりにもよって、今日のおっぱいは最強装備(勝負下着)だ。
この後大好きな彼氏に、私という最高のチョコレートをプレゼントするために着けて来たのに、こんなクソガキに見られてしまうとは。
ううっ。ぐすん。
私はすぐに両腕で胸を隠そうとするが、おっぱいは完全に隠れることなく、尚も主張を続けている。
「ちょっと、見ないでえち前君!」
「ふーん、えっちじゃん」
「言わねーんだよ本家はそれ! 気色悪なまじで」
恥ずかしさを、怒りが超えた瞬間だった。
「先生のおっぱい、俺のドライブBみたいに綺麗な形だね」
「ああ~もう、きしょきっしょ!! ドライブBはその軌道がアルファベットのBに似てるのであって、胸の形を表現するものでは決してないんだわ!!!」
「じゃあ、ドライブGだね」
「なんで、こいつ私のバストサイズ知ってんだよ!! きしょさで天衣無縫の極み到達すんな!」
ごみカスが右手を頭の後ろにやって、得意げな顔をする。
「きしょしょい!!! 褒めてねぇーんだよ!!!!」
「井高君、いったい何をしているのかね!」
塾長!? ドア付近に立つ塾長をみて、嫌な汗が全身に広がる。
「い、いつからそこにいらしたのですか?」
私は声を震わせながら、どうにか声を絞り出す。
「そんなことはどうでもいい! 今問題なのは、胸部を露出して興奮した様子で子供を罵倒していたことだ!!」
あ、やばい。この状況、圧倒的に私が不利。変態は圧倒的に私。
「違うんです! これはこのごみ……えち前君が」
塾長が私の言葉をさえぎって言う。
「えち前くん? えち前君はここにいるが?」
塾長の後ろから、おとなしそうな男の子が顔を出す。
「道に迷って遅刻したみたいでね。教室まで送り届けたらこの有様だよ」
「じゃあ君いったい誰なの?」
よく分からない状況に困惑しながらも、私の前に座る男の子に質問する。
「俺? 俺は田中ひろき」
「だれぇぇ??」
意味深に笑みを浮かべてるけど、マジでだれぇ??
「彼が誰かももちろん問題だが、一番の問題は君の勤務態度だ。適正な処分を下すつもりだ。」
塾長が言い詰める。
「クビも覚悟しておいてくれ」
クビぃ!? そんなぁ、せっかくの初バイトなのに!!
私は膝から崩れ落ちながら「はい」とどうにか言葉を絞り出す。
「待ってください! 僕は井高先生に教えてもらいたいです」
本物のえち前君が私と塾長の前に立ち、言う。
えち前君……。私は救済の一言に涙を浮かべる。
「でも、どうして?」
面識のないえち前君がなぜそんなことを言ってくれるのか、理由を知りたくて質問する。
すると、えち前君がにこやかな顔で言う。
「先生のおっぱいにツイストサーブかましたいと思ったからです」
「きぃぃっっっっしょぉおぉぉぉぉおいいいぇ!!!!!! 辞めるわ!!」
ご一読してくださり、ありがとうございます!
もし少しでも面白いと感じていただけましたら、「恋ふぅみ」という作品も書いています。
是非、読んでみてください!