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宇宙薬  作者: 山岸タツキ
2/3

1-2 夜の

成人式当日の午前2時が回っており、俺は街の郊外へ出て、人目につかず明かりのあるスポットへ移動していた。

探しているわけではなく、以前に行った場所へ向かっているだけだ。

なぜこんな夜遅くに出かける必要があるのかというと、これから目に余るな行いをする必要があるからだ。

とはいえ、俺自身は誰かに迷惑がかかるとは思っていない故、不正だとは思っていない。

公園のベンチで髪を切る、それだけのことだ。

持っている二種類のハサミは銃刀法違反に当たるだろうか?

一つは梳きバサミ。何かを切りつけられるような作りにはなっていないが、普通のハサミを所持してる時点でそんな言い訳は通用しないか。

3回目の犯行となるとなれたもので、高校時代使っていたナイロンのウインドブレーカーを羽織り、両ポケットに刀を直で入れていた。

あとは鏡代わりに使うスマホを持てば充分だ。

本当は12時ぐらいに家を出てもなんの問題もないのだが、寒い中わざわざする必要のないことを行動に移すには少々根気が必要だった。

家で切ることも可能だが、自分のテリトリーを汚す行為が好きでない為選択肢にはなかった。

きっと外で落とした髪の毛は虫たちの養分になってくれるだろう。

駅のホームは、終電の時間を過ぎてから暫く経つ。

入り口のドアは明かりがついたまま鍵が閉まっていた。

おそらく誰も寄り付かない時間帯なのだが、タクシーが1台停まっているのが見える。

近づくにつれ、そのさらに奥から甲高い笑い声が響いていることに気がつく。

俺は顔の角度とキャップの先端の位置を調整し、顔を隠す。10mほどの距離に近づいたところでその笑い声に聞き覚えがあるように感じた。

おそらく、高校時代クラス全体を仕切っていたあの女子生徒に思えた。

少し帽子をあげて再確認する。

想像通りそれは蔭西であったが、その服装はまさにキャバ嬢だ。

すると隣を歩く3人の男のうち、ツイストパーマの男と目が合った。

すぐに帽子を下げたが、4人の声がすぐに止まった。

若干の薄ら笑いが聞こえてきて、少しメンタルを削られる。

隣に差し掛かったところで、右手で帽子を調整するふりをして横顔を隠す。

指の隙間からちらりと覗くと蔭西もこちらの正体を確認しようと言う素振りを見せていた。

久しぶりにみたが、厚い化粧だ。

通り過ぎたところで、何を言われたのかは聞き取れなかったが、煽りを入れられた気がする。

高校3年の卒業式。

学校のママのような担任にわざとらしい感動の演出がフラッシュバックする。

今までやりたいことのなかった彼女に保育士という夢を与えてくれた!とか言うシナリオだったはずだ。

夢はどうした。隣の男たちは誰だ。あのイケイケなお仲間たちはどうした。

色々突っ込みたい事はあったが、堪えるまでもなく聞けない。

状況から察するに酔っ払った男3人に接待しているようだ。

そこに停まっていたのは迎えのタクシーだったのか、と腑に落ちた。

彼女はこのまま、同じタクシーに乗って誰かの住居に泊まったりするのだろうか。

心配しなくても、彼女であれば中学時代から経験済みであることをほのめかしていた。

俺には関係ないと頭を揺らしてからは、自分で髪を切るコツを空になった頭で予習した。


頭は軽くなり、首元がチクチクしていた。

想像していたよりも多くの髪の毛が土の地面に固まっていた。

ウインドブレーカーを脱ぎ上下に叩くように振る。

首元に残っていた分を払い除けても、細かい髪の毛までは確認できない。

気にせず脱いだ服を着直すと、地面に固まっていた髪の毛をざっと集め木の裏に隠した。

公園を出たすぐのことだった。

歩道橋から人が降りてくる。

歩道橋から公園の見え方について考えた。

木があるとはいえ、角度的にベンチが隠れているかは怪しい。

大丈夫だ。後処理の時間を考えれば、散髪をしている間歩道橋にいた可能性は低い。

この人物がずっと上で留まっていなければ。

いや、もし見られていたとしても、他人だ。

逃げてしまえば問題ない。

カツカツと鳴る音に気が付き、悟られぬよう足元を見る。

女性のヒールが見えたため、いざという時は逃げ切れると確信したと同時に、一つ嫌な予感を感じていた。

早めに逃げ出そうと早足で帰路に向かおうとした。

「待ちなさい!」

その声はやはり聞き覚えがあった。

「みてたで~君。随分恥ずかしいことしてまんなぁ?それに君、山岸くん…やっけ?」

何だその喋り方は、蔭西。最悪なやつに見つかってしまった。


ヒールを履いた彼女はには、僅かだがまだ階段が5段残っている。

前方の来た道は自転車専用道路。

本来であれば歩道橋を渡らなければならないが、来た時同様そこを通るつもりだった。

もしかすると、無視して歩き去ればそれ以上追ってくることもないかもしれない。

まだ顔も見せていないのだから、確証は得ていないはずだ。

特段急ぐこともなく、それでも気持ち早歩きで歩道橋を横切る。

後ろからタッ、タッ、タンッと3歩の足音が響く。

ちらりと後ろを振り返ると、すでに歩道に降りているどころか、こちらに向けて今にも走りそうな勢いだ。

ヒールの足階段を跳ねたというのか。二段飛ばしで…

案の定、と言うよりは予想外のスピードで走り始めた。

当然、俺も走るしかなかった。

信号を飛び出そうとした瞬間、横からのハイビームに気が付き、咄嗟に急停止する。

目の前をスポーツカーが走り抜け、一寸先で轢かれる自分の姿を想像した。

肝を冷やし、直立していると、後ろから両手を捕まれ交差させられる。

「確保~!」

掴む力は女子にしてはなかなかのものであったが、捕獲されているとは言い難かった。

ただ、振りほどこうとしてもかなり乱暴になってしまう。

ここで二択を迫られる。

強引に振り払うか、許しを請うか。


試しに軽く腕を引いてみるが、しつこく食らいついてくる。

サラサラと和らいかい手の感触は新鮮だった。

見つかりたくない気持ちを諦めきれずにいたが、内申ではこの後自分が折れて正体を明かすことはわかっていた。

見られては取り返しがつかないぞ…

考えて考えて、ふと不安が気にならなくなる瞬間が訪れる。

どうでもいいだろ。誰に遠慮して生きているんだ、俺は。

両腕にゆっくり力を込め、押し広げる。

すると今度は彼女の両腕がクロスすることになる。

次第に限界を感じたのか、がっしりと俺の両腕を掴んでいた彼女の両掌が開いた。

そのまま逃げれるじゃないか、とさっきまで悩まされていた自分に落胆した。

落胆したのは自分にだっただろうか?本当は逃げたくなかったのかもしれない。

俺はキャップの先端を掴み振り返る。

片目で覗けば、そこにいたのは紛れもない陰西。

今まで遠巻きに見ていた存在が目の前にいた。

「やっぱり山岸くんじゃん〜!ひさしぶり!」

「陰西じゃん!久しぶり〜!」

あえて目を開いて正々堂々と言い放った。

狙い通り、鳩が豆鉄砲を食ったように、瞼から丸い目を覗かせる。

「それは…私のマネのつもり?」

「いーや?そんなこと無いよ!久しぶりに会ったからさぁ」

あくまで悪びれない、堂々とした姿勢で立ち向かった。

「ちょっとまって、整理させて…。山岸くんはさっき、私に見られちゃいけない、はずかし〜い場面を目撃されたんだよね?」

「恥ずかしいこと?俺は何も恥ずかしいことはしていないよ?」

「ん〜…。えっとですね。一部始終見てたんだよ?私。さっき駅前ですれ違った時、見覚えのあるウインドブレーカーを見かけたからさ。すぐに あっ、山岸くんだー! ってわかったもん。それでね、付けてきたの」

なるほど、そういうことだったのか。

よくもまあ、1クラスメイトのウインドブレーカーの柄まで覚えていたものだ。

「なるほど。それで、何を見たっていうのかな?」

思い返して、やはり自分が正しいと思ったのか。

大げさに口に空気を溜め、笑いをこらえているようことを表す。

「ぷっふふふ。公園で散髪してたじゃ〜ん!あはははは」

やはり今の俺はその手の辱めにくらわなかった。

誰になんと思われようとも、平気だとさっき気がついてしまったからだ。

平然と目を細め、笑いかける。

「誰かに広めてもいい?」

聞かなくても広めるだろ、と思った。

「別に構わないよ」

「へぇ〜」

マジマジと向けられる視線にも反応を示さないでいると、挑発のシガイがないと悟ったのか、長い髪をくるくると、いかにも退屈なときに思想な仕草を見せる。

「いつもこんなことやってるの?」

先程の大げさな態度からは一変して、純粋な質問といった様子だ。

「ああ、少し伸びたら切るようにしてるよ。芸能人って毎日のメイクのとき、前髪とかほんの少し切ったりするらしいよ。そんな感覚」

「はあ」

段々と反応も静かになっていく。

彼女と席が隣同士だった頃、自分の机に友人を座らせてだべっていた。

フラッシュバックしたのはその光景ではなく内容の方だ。


「昨日2組に行ってた時にさ~、やべーもん見ちゃったんだよね。高木って奴いるじゃん?」

「あーあの、うちのクラスの陰キャね」

俺の小学校の頃からの同期だ。

「掃除の時間にさ、メモ帳が落ちてたの。表紙に名前も書いてないし、中身を見てみたらぁ、ぷっ...あはははっ」

「なになに?もったいぶらずに早くいいなさいよ~」

そうやって囃し立てる。

「それがさ~、小説の設定書いてあったの。チョー痛いやつ」

「まじで!黒歴史じゃん~」

確か俺も、何度か彼が茶色のB5サイズぐらいのノートに何かを書き込んでいるところを見たことがあった。

あれは小説のプロットだったのか、と感心した半面、やっちまったなと思った。

「雪ちゃんと一緒にじっくり中を拝見して参りました!」

「で、どんな内容だったの?」

大っぴらに話す内容は前の席も振り返り、耳に入れていた。

「ある程度読んだら恥ずかしくなってきちゃって、すぐに胸焼けしちゃった。掃除の時間だったから机は後ろに下がってて、列の子たちに、この本誰の~?って一人ずつ聞いていこうと思ったら...ビンゴ!一人目でそれっぽい子見つけちゃった」

「それっぽいって(笑)。あーでも高木は、たしかに」

それからの学校生活でたまに廊下で見かけた光景は、いじめ染みていたた。

彼女や彼女のボーイフレンドたちは廊下ですれ違ったその時々で、高木にちょっかいを出す。

そのノートは、デスノートと名付けられ、学年中で話題の的となったのだ。


あの時と同じように、これから俺も話の肴にされることは間違いない。

まあ俺の場合は、こちらに非があることは否めないのだが。

「ところでさ、今から暇?」

それぐらいの問いであればすでに答えが決まっている。

「3時までなら開いてるよ」

明日の成人式に向かうまで残り6時間20分。

せめて5時間は睡眠を取りたいので、残り30分だけだ。

「え〜、それじゃあ飲みにも行けないじゃん」

「やだよ、今、陰西と飲むとか気まずいだけじゃん」

あくまで何も動じていないというスタンスだ。

「…うーん、やっぱり引っかかるんだよな〜その反応」


俺たちは近くのコンビニで買った(奢らされた)酒とつまみを持って駅前のベンチに腰掛ける。

聞けば蔭西は俺と同じく保育系の専門学校を中退した身であり、現在は風貌通りのキャバクラで働いてるようだ。

「こっちは仕事上がりだけど、山岸はなんでこんな夜に...ってまじで散髪だけの為に?」

「うん、まじまじ。ついでに言うと今日、成人式なんだ」

「せ、成人式!?今更!?」

「そうそう、へロストの影響で無くなったかと思ったんだけど、するみたいだよ」

「へええ!それでこんな夜中に散髪?気合入りすぎじゃん~」

その声には嫌味はなくなっていた。

一見仲の良い友人同士のいじりのようだ。

「今、後ろ髪を伸ばしてるからさ、しばらく切らずに放置してたんだけど、さすがに前髪とかもっさりしてて。もちろん後ろは切ってないよ」

そうやって後ろを見せると気安く手を伸ばして触ってきた。

さすが男慣れしているな。

「まだまだ短いね~」

まだ伸ばし始めて半年もたっていないので当然だ。

ただ首の根本に当たる髪の感触から、着実に伸びていることは実感しているし、理想の長さにはもうすぐ届きそうだ。

「彼女がロン毛好きだったりとか?」

そんな問いを投げかけてくる。

「いいや、誰にでもあるアーティストへの憧れだよ。髪を括ってキャップの後ろを通したいと思ったんだ」

「あーそうなんだー!で、彼女は~?」

「おいおい、髪の話は興味ないのかよ。聞いておいて」

「もったいぶるなよ~」

約束の3時を過ぎたところだ。

「いないよ、そんな余裕ないし。っとそろそろ3時だね」

「余裕ってなーにー?」

話をそらしたとしてもしっかりとしがみついてくるタイプだ。

それにその、なーにーって言い方はまるであの時の少女じゃないか。

「子供は早くおうちに帰りなさい」

「そうだね~。じゃあ続きはまた今度ってことで」

「ん?今度なんてないだろ」

「そうかもね」

そういって弾み良く立ち上がる。

「家は近いんだっけ?私はあっちの方向なんだけど」

蔭西の指した方向は、俺の家から90度の方角だった。

「真逆だな。じゃあここで解散ということで」

「うん!じゃあ、ばいば~い」

特に返すこともなく歩き始める。

実にあっさりとした別れだった。

別に連絡先を交換したり、家までついてきたりなんて想像してはいなかったが。本当に。

でも、接点のなかったクラスメイトとはこれぐらいが妥当だったのかもしれない。

さて、さっさと帰ってシャワー浴びて寝よう。

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