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宇宙薬  作者: 山岸タツキ
1/3

1-1 回収

『宇宙薬』




あらすじ

駅前の商店街の4階で不規則な生活を送る男、TKこと“山岸タツキ”の実家に成人式の招待状が届く。中学卒業後も度々SNSでやりとりが続いている、“優”と“空也”を誘い成人式に参加することとなったのだが…

当日、市立公民館の会場で予期せぬ事態が巻き起こる。

スピーチ中に鳴り響くまさかの銃声。騒然とする同級生たち。

設備のシェルターにより脱出経路と連絡手段を断たれた。

過去の記憶を頼りに、事件の真相を追っていくTK。

心の底に芽生えた高揚感から、彼は自分の特性を見出していく。

果たしてTKたちは無事にその場を脱出することはできるのか?

また、このテロの目的とは…?




平日の昼間の公園で、リストラ直後の若手会社員を装いながら日光浴を楽しんでいた。

12月真っ只中だというのに、外は珍しく強い日差しでポカポカとしていた。

弱い日差しであれば寒気が上回って、とても外でいられたもんじゃない。

だからこそこんな日は珍しい。

久々に自然の温かみを感じた気がする。

ああ、なんて素晴らしい一日だろうか!

なんて思っていた矢先に、ヒュ〜っと冷たい風が吹き寄せる。

寒気が首元から背筋まで電流のように流れた。

細めた目線の先から陰が迫ってきて、景色全体のトーンが下がる。

その後、二度と目の前の草原が明るい色を取り戻すことはなかった。

ああ、なんて残念な一日でしょう。

数秒前の自分との気分の変わり様に自笑した。

「おじさん、なんで1人で笑ってるの?」

明らかに幼い子どもの声が聞こえてきた。

髪の長い小学校低学年ぐらいの少女。

「あはは、イラついたから笑ってるんだよ〜」

事細かく伝える気が全くないが返答をする。

「イラついたってなーにー?」

この小学生には“苛つく”という言葉は通じないんだ。

怒ることだと説明したら「なんでおこってるのー?」と言われるんだろうな…。

「めんどくさいから教えな〜い」

「えー。…ままぁ〜!」

少女は急に振り返る。

同時に少女の髪からはとてもいい匂いを感じて…じゃなくて、コレはまずい!

先に母親と思われる人物が居ることに気がつく。

呼び止めるにも、あまりに不自然に見えるので諦める。

当然、少女の手を掴むことなど母親の目の前ではできない。

為す術なく、ハラハラする気持ちで、少女へ心の底からの祈りを捧げる。

少女相手に適当な態度を取ったからバチが当たったのだろうか。

いや違うっ!オレはバチなんてものは信じない。

悪いことをしたからバチが当たるわけじゃない。

理由もない不運なことが起こった時に、有りもしない理由を探してしまうだけだ!

いっそのこと、このまま悪者らしくこの場から逃げ出してしまおうか…。

少女は勢いよく、母親の左手を掴みぐるりと後ろに回り込む。

「どうしたの?」

ドキリと心臓が揺れる。

「この人が意地悪する〜」

言われたくなかったことをピンポイントで言い放たれる。

ついてねえ…。

母親と思しき人物は俺の方を見た後、目線を若干落として何かを察したような様子だ。

俺だってすぐに自分の服装を見られているのだと察した。

平日の昼下がりの公園のベンチに腰掛けるスーツ姿の男に抱く印象は、相当哀れなものだろう。

「ごめんなさい。私の娘が、その…休憩の邪魔しちゃったみたいで」

気まずさを表に出さないように、ぎこちない笑顔で言う。

それでも、誤解は免れたようだ。

「ねえお母さん、イラつい…」

「いえ!!!ぜーんぜん大丈夫です!」

明らかに大きな声で言い放ったので、二人共キョトンとしている。

「そ、そうですか」

「ええ…僕もそろそろ仕事に戻ろうとしていたところです…。_では、失礼します」

早足にその場を離れる。

後方からもう一つの言われたくなかった言葉が聞こえてきたが、それ以上考えない事にした。


待ち合わせのカフェに入り、カウンターに並ぶ。

少し冷えた体を温めるために、ホットのココアを注文する。

カップに注いだココアをスチーマーで温め始めると、甘く香ばしい匂いがこちらまで漂ってくる。

トッピングの生クリームとパウダーをのせて仕上げたものを笑顔で差し出してくる。

自分と同じぐらいの年齢。学生さんだろうか。

ここの店にもすっかり常連客となっているのだが、未だにこの笑顔に飽きる気がしない。

わざわざ自転車で片道30分もかかるこの場所に待ち合わせ場所を設定するのもこれが理由だ。

昔からタイプの女性が多くて困る。

いつかは自分に自身を持って好きな人と親密な間柄になりたいものだが、今の俺には荷が重い。

トレーごと受け取り、二人用のテーブルを陣取る。

ガラス越しに見える隣の喫煙席で、タバコを吹かす40台前後のおっさんの後ろ姿を見ながら考える。

22歳現在貧乏。将来安定して稼げる保証もない。

それでも俺は今の生活が好きだ。自分のペースでしたいことをする。

サラリーマンには選択の余地もないことだ。

そしていつかは…金持ちになって人生を優雅に送りたい。

ここまで考えて、いつもどおり安直な目標しか出てこないことを残念に思う。

先が暗く思える。自分の選択は間違っていないはずなのに、すでに何かを忘れているようだ。


約束の時間を過ぎても、クライアントが現れない。

勘ぐってメッセージを開いてみると、案の定『すまん!ちょいとおくれる』と連絡が入っていた。

そしてもう一件、友人の横山優からもメッセージが届いている。

中学時代の腐れ縁8人のグループメッセージから送信しているようだ。

ほぼほぼ俺か優が切り出す。それに返事をくれるのはその他純平と空也ぐらいだ。

『成人式あるってよ』

あ、今更やるんだ。もうお酒を合法的に飲めるようになって2年が経過しているというのに。

『いつ?』

『5月1日。GWの祝日の合間にするらしい』

『今更?結構前に届いてただろ』

空也もメッセージに参加する。

『言えよ』『言えよ』

『住所移してても実家に届くのか。そんな不便な』

『中学の繋がりがないと気付きもしなかったな、タツキ。感謝しろ』

『感謝?あんなところに行ったら例のウイルスに感染するから誰も行かないだろ』

『なーにいってんだよ。もうほとんど治まってるだろ』

勿論そんな事は知っていた。

『冗談、行くに決まってる」

その発信を境に既読3が表示されたままやりとりが止まった。


近年社会活動を妨害しているヘロストウイルス感染症。

ヘロストって名称の由来は確か、気分がハイになってすぐにロストするからだったか?

いやそれがデマで、薬物ヘロインの摂取後と症状が似ているからだったか…?

感染した者は、気分が否応なしに高揚し、極度の興奮状態になるらしい。

そのまま発作で亡くなる場合もあれば、落ち着きを取り戻した後、脳機能が停止した事例などが想像以上に多数ある。

当初は自ら感染して効果を確かめようとするバカが居たが、それもヘロストウイルスの驚異によって軽視する人間は少なくなった。

当然、感染しても無事完治している人間も居るようだが。

感染した殆どの人間が、脳機能の低下を訴えているようだ。


一段のセンチメートルがやたら長い段を踏みしめて、階を上がる。

廊下には常にだしの匂いが漂っている。

1階に店を構えているのは、鯛の出汁を使った魚介ラーメン屋で、ここら辺では美味しいと有名だ。

ただ、この汚い壁をすり抜けて漂ってくるこの匂いには、美味しそうなんて感想は一切出てこない。むしろ魚介の匂いが鼻につく。

部屋の中へ逃げ込み、抱えていた荷物を下ろす。

ユニットバスの鏡の前にたち、鏡に写った自分を見つめる。

コンタクトは目についているはずなのに、効果が切れたかのように裸眼の時と変わらないほどぼやけて見える。

2つの指の腹でつまむと、目に空気が入った。

この開放感を味わう度に、何のためにコンタクトを着用しているのか疑問に思う。

何も付けないで目が悪く無ければどれだけ良かっただろう。

また無駄なことを考えていると反省し、顔を洗う。

そばに置いてあった度の入っているメガネをそのまま着用し、ポケットからスマホを取り出す。

デスクに向かいながら、母親に成人式の通知について確認を取る。

すぐに既読になり、届いていると連絡が入った。

昔みたいになんで言わなかったのか言及もしない。

相変わらずだな、とほくそ笑んだ。

成人式なんてものは書類なんかなくてもなんとかなるだろう。

それでも連絡を入れたのは、不満の行き先を確かめる意味があった。

いくら前向きで余裕のある人格を磨いても、彼らと付き合ってる限り不満が募るだろう。

寛容ではない自分の心を引き出さされているようだ。

その度に自分がなりたい自分から離れてしまうのだから。

デスクでノートパソコンを開き、前回の続きから文章をすすめる。

こういった時には決まって上手く文章が書けないのだが、やめるわけにはいかない。

今日会った男との話を振り返る。


1月1日の朝、目覚めると昨日の晩のことを思い出す。

年末だというのに誰とも顔を合わすことなく終わってしまった。

誕生日、ハロウィーン、クリスマスイブ。

何も今回に限ったはなしではないが、毎度毎度考えてしまう。

自営業を始めて、会える人とはできる限り会おうとした結果、毎日出会いのある生活を送っているはずなのだが。

大丈夫だ、このまま続けてたら気の合う人間と出会って、親友という間柄になれる時が来る。

年季の入り、床すれすれまで垂れ下がったハンモックから抜け出し、フローリングに着地すると、足に冷たさを感じる。

シャワーから水を浴槽に垂れ流しながら、お湯になるまでの間に家着をハンガーから外しユニットバスの入口前に投げ捨てた。

続けざまにタオルをかさばるように投げたところでスマホを踏んづけたので、拾い上げて画面の明かりを灯す。

メッセージが入っている。またもや優からグループに送られたメッセージ。

『あけおめ』

優は定期的にメッセージを送る。

それが3ヶ月空いたりしたこともザラだが、中学を卒業した後もこのグループが続いているのはあいつがそれをやめなかったからだろう。

中学の大切な思い出を繋げたいと言う意思を汲み取って、こまめに返事だけはする。

『あけおめ』

気がつけば年末年始におけるマウントの取り合いと、成人式に先駆けた同級生の洗い出しにより盛り上がりを見せた。

『じゃあ、今から初詣行くか』

話の節目で、どうせ断られると思いながら誘ったのだが。

『別にいいけど。絶対混んでるぞ』

意外なことに、いつにない乗り気な返事だった。


神社の駐輪場に付くと、お気に入りのマウンテンバイクを地面に寝かした。

この強風であれば、倒れるのも時間の問題だと判断したからだ。

時刻は10時10分。

現在住んでいる場所からここまで、片道1時間は優に超えるはずだったが、ことごとく追い風に乗り、予定より20分も早く着いた。

そして来る途中交通量から察していたが、有名な神社だけあって、鳥居から続く参道は初詣に向かう人々でごった返していた。

今朝のニュースでは、ヘロストウイルスの感染者数は年末の週で4名のみと公表されてたが、今日でまた日刊に10名以上の表記が続くのだろうと想像した。

正直感染力がどれほどのものかはわかっていない。

ウイルスを触れたらいけないのか、吸ったらいけないのか。

そもそも見えるものではないので、赤外線カメラで紫外線を確認するように可視化してくれればいいのだが。

俺だってここに居る人間と同じく、自分はかからないだろうとたかをくくっていたものの、この人数を目の前にすると多少の不安は感じる。

脳は何よりも守らなくてはならないはずだ。

もし自分1人で生活できなくなったら、実家に戻り介護される事になってしまう。

もし感染したら、まず目をつむって司会の情報を無くすことで脳を刺激しないようにしよう。

それから… おそらく無駄な対策方法を考えているとスマホから通知音が鳴る。

成人式のグループに招待がかかったようだ。

グループへの参加を押すと32人の同級生がすでにグループへ参加していた。

招待中は80名程。記憶では学年全体で180名は居たはずだ。

残りの人間がどうなっているのかが気になったが、とりあえずこれを今日の話のあてにでもしよう。


近くまで来たが渋滞していて進めないと連絡が入ったので、二輪で通れる裏道を案内することにした。

近くのコンビニエンスストアで待つように連絡を送る。

実を言うとここら周辺のマップには詳しい。

去年と一昨年、ここの神社の看板のデザインを任されたからだ、

ありがたいことに、自営業を始めて知り合ったデザイナーから、仕事を分けて貰えることがちょくちょくある。

そしてここが、初めての仕事場となった。

初詣に向けた案内地図を作成するため、現地に必要以上に足を運んだ。

一昨年の仕事は問題なく完了し、担当者とも上手くやれている。

去年も続けて仕事の連絡が入ったので、譲ってくれた堤さんに連絡を入れた。

今年からは堤さんに仕事が渡ると覚悟していた。

しかし堤さんからは「初仕事でもちゃんとこなせたじゃないか。次も頑張れよ」とありがたいお言葉を頂いた。

この人は信用してもいいだろうと思った。

だからといって頼りすぎるのもいけないし、信用しすぎるのもいけない。

何事も一つの出来事だけで決めつけてはいけないのだ。

それはこいつも同じだ。

コンビニ前でスマホに目線を落としながらスマホに目を落とす優。

隣においてあるバイクは、この前2輪の免許をとって中古で買ったと言っていた50ccのモンキーだろうか。

横山優。こいつはすぐに裏切る。

事あるごとにこちらの移行を聞いてきて、こちらの同調意欲を掻き立てておいて、いざ蓋を開けてみれば自分だけ良さげなものを選び取っている。

それに気がついてから俺は、こいつには流されないように努めている。

時にはあちらを宛が外れたように仕向けることもある。

互角になってしまえば、基本俺らはお互い協調することはない。

一緒に名古屋にライブを見に行った時、優の知り合いの大人たちに聞かれた。

「二人はいつから友達なの?」

そう聞かれてむず痒い気持ちになった。

そう言えばこいつは俺の友達だったんだと。

でも優はこう答えた。

「友達じゃないっすよ。ただの部活が一緒だったやつってだけです」

俺は合わせるように答えた。

「腐れ縁です」

とっさに出てきた言葉がやけにすっぽりとはまった。

特にショックを受けることはなかった。

改めて、こいつとの関係性を明確に認識した。


優と合流した後、来た道を通り駐車場に乗り物を寝かせた。

鳥居の前には屋台が並んでいる。

去年は1人ここでりんご飴を食べていた。

考えてみればこういった大きな神社に誰かと来るのは初めてかもしれない。

地元で住んでいたときは行っても爺婆しか居かったし、ガキ使を見た後仁出発するため、朝に詣でることはなかった。

薪で遊んだり、小屋で酒盛りをしているところに挨拶に行って、お菓子・おしるこ、時には日本酒を飲ませてもらったり。

俺たちは特に話をすることもなく、目的を果たしに動き出す。

こんな大勢の人の中に入っていくんだから、優はヘロストウイルスについては特に気にしていないのだろう。

それにしても、器用に人混みをすり抜けていく。

多少の接触を厭わずに決めたルートを突き抜けていく。

行動パターンから学び、優が左に抜けていくのに対して逆の方向へ進み始める。

見様見真似のイメージ通りに情報を処理しながら進むと案外上手くいった。

二人はほぼ遠目に確認できる位置取りで平行線を進んだ。

本坪鈴に立ち並ぶ行列の最後尾につくと、ぎくりとポケットから財布を取り出した。

予感はあたっており、5円玉はないので、辛うじてあったのは1円玉4枚だ。

どうでもよくなり、1円玉1枚だけを取り出して財布をしまった。

「俺は今年、これにかけるで」

親指人差し指で強調するように見せた。

わざと口を半開きにして、なにだおまえという目を向けてくる。

順番が回ってきたので、賽銭箱に1円玉を放り入れた。

隣は何を用意していたのか見てなかったが、2枚横目に放られたのが横目で見えた。

俺は3秒も待たずに横に流れて行った。特に何も考えていない。


特に盛り上がりを見せることもなく初詣を終え、自転車を起こす。

神社を数百メートル離れると、ここは畑の並ぶ田舎の町だ。

さっきまで鳴り止まなかった騒音が消え、乾いた風が枯れた野原を駆け巡る音だけが聞こえる。

「そう言えば、就活はどうよ?」

新卒採用の期限も迫っている時期なのに、未だに一切その結果を耳にしていなかった。

「ああ、受かって来年から東京に行くよ」

再度沈黙が訪れた。…こいつ、隠してやがったな?

まんまと置いてきぼりを食らったような気分になり、やはりこいつは人の動揺を誘う節があると改めて痛感した。

ここで、なんでいわなかったのかを聞くのは野暮ったい。

「へ、へぇ…なんて会社?」

「コレ」

そう言ってスマホの画面を差し出すと、そこに表示されたのはいつものグループメッセージだ。

画面を間違えたのかと思ったが、それは違った。

人差し指でメッセージアプリ、LINEのマークを指差していたからだ。

「マジで!」「おん」

間髪入れずに、当然ぶった適当な返事をくらう。

「はああ、専門からLINEの会社に就職ねえ」

腕の立つやつだとは思っていたが、まさかここまでとは。

どれぐらいの規模かは分からないが、誰もが知っているアプリに携わるんだ。

それなりのノウハウが身につくのだろう。


帰り途中にゲームセンターに寄ることになった。

1人あたり200円もを掛けてゲームの中の車でレースをする。

車に詳しくはないので、見た目重視の高級車らしきものを選択。

1戦目は相手の妨害行為が上手く行き、俺が勝利。

勝ったものは次のレースをた無料で走れるというルールだった。

優が追加の200円を入れ、再戦。

2戦目はミスが多く目立った俺に対し、無難に走りきった優に敗北した。

追加の200円を入れ、再び再戦。ここで決着か。

コツを掴んだ俺は、ギアをうまく使い壁にできるだけ当たらないようインコースを走りきった。

結果、序盤から一回も追いつかれることもなく走りきった。

さっきの憂さ晴らし、とまでは言わないが少しは自尊心が取り戻せた。

と、ここで追加の200円を投入される。

俺は先程の勝負が頭に残ってるので、負ける気がしなかった。

レース序盤、前回の俺の走り方を見てコツを掴んだのか、格段にギアの使い方がうまくなり、走り方も俺に近くなっていた。

3周目に突入するまで、ほぼ互角に並んでいた。

残り1kmを切ったところで前へ出た。

コレはいける!そんな気持ちがはやり、さっきよりもアドレナリンが多く分泌される。

300m先のカーブで悲劇が起きた。

インコースを走っていた俺のさらに内側から加速してきた優の車に上手く入り込まれ右方へ押される。

コース中心にあったゲートの先端に正面衝突し、致命傷となった。

そのままゴールを取られる。

「かああああ」思わずそんな声が出る。

次を入れるか入れないかを考え、ゲームに600円も使いそして負ける可能性を孕んだ選択を渋った。

お互い400円ずつの出費で丁度いいし、これで終わるよう提案した。

優は残りの1人レースをめんどくさそうに走りきった。


無性にゲームの続きをしたくなった俺は、家に変えると、放置していたプレーステーション4のホコリを払い、置物と化しているデジタルテレビに接続する。

昔プレイしていたオンライン銃撃戦ゲームはアップデートを繰り返し、目新しさだけが目立った。

変わらないコマンドを確認する度に懐かしさを感じる。

とはいえ、当時もそこまで熱中していたわけではない。

高校時代の友人から譲り受け、小学校以来にゲームに触れて、やっぱりその不毛な時間の捻出に耐えかねて、1年余りで引退したのだ。

昔から勝負事は好きだった。

勝負して勝つことは、何をしているかよりも重要だった。

でも大人になるにつれ、身にならない勝負に時間を割くことはしなくなった。

オンラインに潜り込んでみると、あっけなく敵に見つかり逃げ切ることもできず敗退した。

後ろに倒れ込むと、自分の背中の重みが崩れていくのを感じた。

地べたに寝転んでいられるのはやはり家。

とはいえ、俺ならば人目につかない場所であれば、屋外でも平気で寝転んでいるのだが。

どこが転機となったかは理解している。

高3の夏、自立をに身をやつし、マインドを手にしたからだ。

自立してみれば、今まで決めきれなかった将来なりたいものはすぐに決まった。


特に職業の一覧を見ることもなく、デザイナーになりたいと思った。

高校卒業後、地元の専門学校デザイン学科に入学した。

他の学科には、グループの優や純平が在学している。

俺は一年目を迎えて、2学年半期の授業料支払いの直前で退学することを決めた。

未完成の教育スケジュールは、年々生徒のレベルによってイージーからハードに揺れ動く。

そんな中でも、デザイナーやエンジニアの先生と出会い、交流を持つようになったり、優秀な先輩とたまにお茶をするような仲になったりもした。

高校卒業後就職した同期とも、たまに連絡を取ることがあるが、彼らからは将来の目標を感じない。

進学したのはよかったし、十分手に入れるべきアイテムを踏んだ上での、満を持しての退学だった。

長い待機時間に対し、早めの退場が3回続いたところで、もう二度とゲームはやらねえと心のなかでデジャブを感じる誓いを交わした。


1月2日の朝、目を覚ますと時刻は11時を回っていた。

照明がついたまま、スマホで動画を見ている途中で値落ちしたようだ。

布団に包まって寝ていようが、照明に寄る影響は多少あった。

寝不足を感じながらも、休日昼過ぎまで寝ていた昔の自分はもういない。

なんとか立ち上がると感じていた寝不足感は勘違いだったかのように溶けていく、

風呂に入るのは面倒だけど、シャワーを浴びてみれば全然面倒なことなど無かったと言うような感覚だ、

特に予定もなかったが、このまま家にいては二度寝してしまうか、PCに向き合ったかと思えば動画を見始めて気がつけば夕方という落ちになりかねないので、外出しようと思う。

風呂に入るのは面倒だったので、そのまま外出用の服を着こなし黒のボアの帽子を被って洗面台に立つ。

図書館で作業をするのに必要なアイテム、PC、充電器、イヤホン、そして充電の切れたスマホをPCケースに詰める。

アゲハのクリップを胸ポケットにはさみ、チェーンで繋がった部屋の鍵を中にしまう。

出口のドアノブのボタンを押し外に出た後、ドアを締めるだけで鍵がかかる。

古典的な仕様にしては、使い勝手が良かった。

しかし、金属バットでもあれば容易に破壊できてしまいそうなドアには不安を感じる。

まあ、それも大したことじゃない。

身軽さを武器にしてきた俺は、今やミニマリストと言ってもいいほどにシンプルな部屋を作り上げていた。

泥棒もきっと、ドアのガラス部分をかち割り部屋の中を覗き込んだ瞬間、後悔することになるだろう。

とは言え、いくら削ぎ落としても盗まれたくないものの1つや2つは必ず存在するため、当然狙われないに越したことはなかった。

徒歩5分の図書館に向かう最中、あることに気がつく。

年末年始は休館日ではなかっただろうか?

一度行ってみることもできたが、その可能性が濃厚であり無駄足も踏みたくない。

そこで急遽、駅横に入っているお高いカフェに向かうことにした。

こういうときには値段などは割り切って、今飲みたいものを選択するのが良いだろう。

スマホでスターバックスのHPを開きメニューを確認する。


カスタマイズとは奥が深く、自宅から徒歩2分で注文までありつけるであろうスターバックスの前で20分ほどスマホ画面を睨んだ、

見ればホイップクリーム、シロップ、チョコチップまで、なんと無料で追加/増量が可能だと書いてある。

無料のホイップクリーム増量、モカシロップ追加/増量、チョコレートソース追加/増量、チョコチップ増量、追加料金でブラベミルクに変更…よし!これでいこう。

そこまで考えたところで先程からざわつく不安の正体に気がつく。

これだけの追加を店員に頼み切るガメつさは俺にあるか。

結局、俺は希望を削いで、モカシロップとチョコソースの追加/増量、ブラベミルクの変更に留まった。

まあ、これでいい。

別に生クリームはあってもなくても対して味変わらないし、チョコチップだってもともと入っているんだ。

それよりも、モカシロップとチョコソースの追加/増量。

十分得はしているじゃないか!

そう思いつつも、やるせない気持ちは収まらなかった。

それはこんな小さいことに意気消沈している自分の弱さみたいなものに対してもだ。

目線の先の若い女性と目が合う。

もしかすると先程まで考え込んでいた間も、目線はそっちを見ていたのかもしれない。

ストローを咥えながら、こちらをじーっと見つめ少し呆れたような表情をしている。

さり気なくそっと目をそらした。

「ずっとこっち見てんじゃねえよ。ヤマギシ」

その言葉にもう一度彼女を見ることになる。

今日はコンタクトを付けていないのでピントが合うのに2秒。

誰であるかを認識するのには1秒もかからなかった。

渡部遥。元恋人だった。

髪を金色にして、何があったのだろう。

それに先程俺に対して放った言葉。

記憶とのギャップに困惑する。気になる…とても!

きっと今にも彼女を問いただし始めそうな好奇心がふつふつと湧き出てきた。

彼女カップには俺と同じフラペチーノ…否、少し量が大きめのクリームとチョコチップが散りばめられていた。


何も言えずにいた俺に今日実をなくしたのか、わざとスマホを高く構え顔を隠すように眺め始めた。

集めのメイクを整える素振りを見せたので、鏡代わりに使っているのかもしれない。

それにしても中学時代、どちらかと言えばおっとりしたイメージだったはずの彼女がここまで変貌を遂げるとは。

それでも、昔から色白だった肌は今でも健在のようだ。

むしろ以前より白さが際立っているのは、肌の露出が増えたからだろう。

すると突然前置きなく椅子をギーっと音を立てて席を立ちあがる。

飲みかけのカップを持ち、こちらには目もくれない様子で去ろうとするので、俺は呼び止めた。

その後「ちょっと話さない?」と遠慮気味に提案する。

このビルの屋上には、人の寄り付かない子供向けの遊び場がある。

返事は帰ってこないが、目線で否定の色が見られなかったので先導するように出口に向かい始めると着いてきた。

エスカレーターを上る途中、自分の高校進学後の経緯を話した。

濃いめの内容を提供するために、次々と刺さりそうな出来事をチョイスする。

笑顔こそ見せなかったが、話は聞いてくれた。

あった目線から覗き込んだ遥の瞳は輝いて見えた。

目の水分量が多くなっているのだと気がつく。

それでも堂々とした態度は変わらない為、感情的なものではないのかもしれない。

エスカレーターを5Fまで淡々と上がり、別棟の通路に向けて歩く。

寄り道をしない学校までの経路を辿っているようだ。

屋上まで上がるエレベーターはすでに5Fに待機していた。

そのまま8階まで登る。

ここのエレベーターは建付けが悪く、扉が開く瞬間に不安な揺れが毎度起こる。

隣で腕を組む彼女を密かに意識する。

効果音が鳴り扉が開く瞬間、案の定落下していきそうな一瞬の揺れが起こった。

ちらりと確認すると、彼女は目を丸く開いていた。

しかしすぐに表情を戻し、こちらとアイコンタクトを合わせることなく前へ進む。

遅れて外へ出ると、古いゲームのと車道でタイヤが擦る音だけが鳴っていた。

人はいないことを確認すると、遥が切り出す。

「話って?」

その言葉を待っていたと言わんばかりに、ゆっくりとその場に膝をついた。

戸惑っているのが目にわかる。

続けて両手、終いには額を地面に引っ付けた。

人生で初めての土下座は想像以上に恥ずかしい。

ドラマでみる人通りの多い場所での土下座がいかにとち狂った行為なのかを身にしみて感じる。

される側にも多大な羞恥心を味合わせることになるだろう。

冷たい地面からデコを離すと、下から彼女を見上げる。

「ずっと謝りたかったんだ…。実は連絡先を探したりもしたけれど、見つからなくて。高校に入ってからもずっと渡辺さんのことをばかり考えてた」

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