賠償艦 元ドイツ海軍戦艦テルピッツ
第二次大戦における賠償艦をテーマとした架空戦記です。
第二次世界大戦は枢軸国の敗北に終わりました。
枢軸国の海軍艦艇で賠償艦として連合国に引き渡された内の一隻、ドイツ海軍戦艦「テルピッツ」について今回は話します。
第二次世界大戦末期、戦艦「テルピッツ」は外洋での作戦行動が不可能になっていました。
外洋に出た途端、圧倒的に優勢なイギリス海軍に撃沈されてしまうのは確実だったからです。
戦艦「テルピッツ」はノルウェーのフィヨルドに潜んで攻撃を避けようとしました。
イギリスは戦艦「テルピッツ」が外洋に出ずとも存在する限り、それに対抗するための戦力が拘束されるので、「テルピッツ」を撃沈しようとしました。
何度もイギリス空軍が空襲し、イギリス海軍が小型潜水艇で攻撃しましたが、「テルピッツ」は耐え抜きました。
戦艦「テルピッツ」は自力航行可能な状態で終戦を迎えました。
戦艦「テルピッツ」は「北海の孤独な女王」と呼ばれており、その呼び名にふさわしく最後まで屈しなかったのでした。
戦後、「テルピッツ」はイギリスが賠償艦として接収しようとしましたが、それに口を挟んだのがソ連の独裁者スターリンでした。
「ナチス・ドイツを打倒するのに最も貢献したのは我がソ連である。であるから、『テルピッツ』は我が国への賠償艦として引き渡されるべきである」と主張したのでした。
イギリス首相チャーチルはスターリンの主張に反発しました。
「戦艦『テルピッツ』を何度も攻撃し、事実上戦闘不能に追い込んだのは我がイギリスである。『テルピッツ』は我がイギリスへの賠償艦となるのが当然である」と反論しました。
スターリンとチャーチルの議論は平行線となりました。
二人の議論は結論が出ないままイギリス首相はアトリーに代わり、ソ連とのトラブルは避けたかったアトリーは、トラブルの元となっている「テルピッツ」その物の廃棄も一時は検討しました。
最終的に「テルピッツ」の引き取り先となったのは、「中華民国」でした。
第二次世界大戦の敗北の結果、アジア最大の海軍だった日本帝国海軍は消滅し、中華民国の指導者である蒋介石は「日本に代わるアジア最大の国は我が中華民国である」という主張の象徴として素人目にも分かる「戦艦」を求めたのでした。
ソ連もイギリスも「テルピッツ」をどちらの国が入手しても角が立ちそうだったので、第三国である中華民国へ譲ることを了解しました。
こうして、「テルピッツ」は中華民国海軍の軍艦となりました。
中華民国海軍は「テルピッツ」の艦名を「鎮遠」と変更しました。
日清戦争で清国海軍が敗北し、日本海軍に鹵獲された戦艦の名前をつけたのは、海軍が消滅した日本に対する皮肉でした。
戦艦「鎮遠」は中華民国海軍編入後、訓練にはげみました。
戦艦「鎮遠」の乗組員は大多数が中華民国海軍の海軍軍人でしたが、少数の元ドイツ海軍軍人が「軍事顧問」として乗り組んでいました。
戦艦のような大型艦を運用した経験のない中華民国海軍には軍事顧問による指導が初期には必要でした。
日本からの賠償艦である駆逐艦「丹陽」、元「雪風」と訓練している写真が残っています。
さて、中国大陸では国民党と共産党との内戦の結果、国民党は大陸を脱出し、台湾に逃れました。
大陸は共産党が実効支配する「中華人民共和国」となり、国民党の中華民国が実効支配すのは台湾だけになりました。
戦艦「鎮遠」は大陸から脱出する時に活躍しました。
沿岸部の共産党軍地上部隊に向けて艦砲射撃をして壊滅状態にし、貧弱な共産党軍海軍を一蹴しました。
中国は大陸の中華人民共和国と台湾の中華民国の二つに分割し、どちらも自身が「中国の正統政府である」と主張しました。
アメリカ合衆国を始めとする西側諸国は、中華民国を「中国の正統政府」であると承認し、国際連合の常任理事国も中華民国のままでした。
戦艦「鎮遠」は、台湾にあり、共産中国の侵攻からの防衛と将来の大陸反攻に備えていました。
定期的なメンテナンスは、在日米軍横須賀基地で行われていました。
戦艦のメンテナンスができるのは、台湾の近くではそこだけだったからです。
アメリカ海軍がアイオワ級戦艦全艦を一時期予備艦にした時も「鎮遠」は現役であり続けました。
戦艦の火力は実戦で役に立つと判断されていましたし、戦艦の見た目が生み出す印象は軍事に素人の国民に頼もしさを感じさせました。
戦艦「鎮遠」は「台湾の守護者」と呼ばれるようになりました。
その「鎮遠」にとって最大の危機が訪れたのは、アメリカ合衆国が原因でした。
アメリカが中華人民共和国を「中華の正統政府」であると承認したのでした。
中華民国の国家としての国際連合の代表権も中華人民共和国に移り、国家的な危機でしたが、「鎮遠」だけで見ても危機でした。
在日米軍横須賀基地でのメンテナンスができなくなってしまうからと思われたからです。
しかし、アメリカ合衆国政府は「台湾との特殊な関係」は継続し、引き続き中華民国はアメリカから軍事援助を受けられることになりました。
もちろん、「鎮遠」の横須賀基地でのメンテナンスも続けられることになりました。
2022年現在も「鎮遠」は現役でいます。
アメリカ海軍のアイオワ級戦艦は全艦退役しているので、世界で唯一の現役の戦艦となりました。
第二次世界大戦で敗北したドイツの戦艦が歴史上最後の現役の戦艦となったのでした。
中華人民共和国政府はたびたび「戦艦『鎮遠』は戦争犯罪を犯したナチスが建造した戦艦であり、ただちに廃艦すべきである」と主張しています。
もちろん、中華民国政府にその主張を受け入れる気はまったくありません。
さて、ミリタリー・マニアの間で噂された話として「数年前の『鎮遠』の横須賀でのメンテナンスはいつもより長期間になった。大規模な改装をされたのではないか?」というのがあります。
日本で一部のマニアの間で人気のある架空戦記小説で「第二次世界大戦を生き残った戦艦『大和』がイージス・システム搭載艦に改装される」というのがあるので、マニアの間では「『鎮遠』にイージス・システムが搭載されたのではないか?」と憶測されたのでした。
横須賀基地から出港した「鎮遠」の見た目は以前と変わりはありませんでした。
真相は老朽化が進んだのでメンテナンスに時間がかかっただけだったようです。
新たに「鎮遠」の艦長に任命された人物については少し話題になっていて……
私は日本のニュースサイトの記事を閉じた。
各国のニュースサイトを見たが、どうやら「鎮遠」が見た目はそのままで極秘にイージス・システム搭載艦に改装されたことは気づかれていないようだ。
私は中華民国人だが金髪碧眼だ。
私の祖父が軍事顧問として「鎮遠」に乗り組んでいたドイツ人だったのだ。
祖父は中華民国に帰化し、私の祖母と結婚したのだ。
祖父は私が幼い頃亡くなったが、「鎮遠」ではなく「テルピッツ」と呼び、「『テルピッツ』は私の誇りだ」と言っていた。
副長が私に近づいてきて報告した。
「艦長。『鎮遠』出港準備完了しました」
副長に向かって私はうなづいた。
これから私の「鎮遠」艦長としての仕事が始まる。
「『鎮遠』出港せよ!」
そして声に出さずに心の中だけで祖父から習ったドイツ語でも命令した。
「『テルピッツ』出港せよ!」
感想・いいね・評価をお待ちしております。