本番前には練習を
ガッデム!!!!!
救世主様だとおもっていたヒトが、最大の厄ネタ出力機だっただなんて誰が思うってんだ。
何も答えることが出来ないでいるうちに、いつのまにやら話題も移り変わり、自然と俺に「幽世」の監督任務が押し付けられていた……って、なにそれ。ちょっと脳が理解できないって言ってるんだけども。……え、なにこれ。
もう外面モードで作り出した壁は完全に打ち破られて、気を張る余裕もなくなってしまっていた。
触手の色も、紫のなりをすっかりと潜めて、虹色に光を瞬かせる一人エレクトリカル○レード状態になっている。こうなってはもう心を隠し通すことなど出来ない。レジェンズに、この感情暴露大会の詳細が知れ渡っていないことを祈るのみである。
あ、スサノオは別である。あのオッサン、この状況を完全に楽しんで見てやがりあそばされる。
『んぐぅ……、あーもう分りましたよ! 私が幽世の運営を引き受けます。でも、王を承るのは初めてですから、どうなるかなんて分かりませんからね!』
『おや、漸く我ーにも、スサの君の仰られていた”素”とやらを見せてくれるようだね。なかなか元気で宜しいことだよ』
はい、もうそりゃあカラッカラに元気ですよ。こうして外面モードの残滓も、自分から消し飛ばしてしまうほどにはね。
もうやけっぱちだった。頭パーパーにしてなきゃやってらんないよこの現状。
多少砕けた態度になったところで、なりたてホヤホヤとはいえ、既に位階持ちになっている俺がそう易々と消されることはないだろう。無いよね? 無いって信じてるんだから! オラ、我こそは正二位なるぞ! 神階の中では上から三番目だぞ、各所に口出し出来るんだぞ!
『それで、私が運営管理するに当たって、何かしらご報告することやお伺いを立てるような機会があると思うんですけど、どのようにお知らせすればいいですか?』
もうこうなってしまっては、潔く経営方針でも固めてやろうと、必要げなことを確認しておくことにした。
ぶっちゃけ、「原作」においてもラスボス君は、「幽世の女王」と謳われし偽ラスボスこと、九尾の狐のバックに潜んでたんだ。それってつまりは、ポジション的には「王」だったわけだろ。これも原作の流れに沿った動きなんだと考えれば、納得できないこともないのだ。いや、したくは無いけども!
完全に開き直ったこちらを、相変わらずのニコニコポーカーフェイスでいらっしゃる大王様は、特に気にも留めていないような素振りで眺めていた。
『そうだねぇ、まぁ軽く伝令か使いを寄越してくれればいいよ。込み入った話がある時もそれで知らせて。都合の良い時を伝えるから』
『承知です。では、私は伝令の術に適正が無いので、神使を遣わせますね。ああ、それで私、天上に申し付けられまして、既にいくらか幽世について情報を集めてあるんですが、大王様もご入り用です?』
『……ん? うん、あるなら欲しいけど……』
『承りました。では、現在の持ち合わせは下書き用の書物しかないので、後日届けさせますね』
『あぁ、いや、今持ってるならちょっと見せてもらっても良いかい?』
そう言われちゃ渡さざるを得ないが、持ち合わせのものは本当にただの下書きでしかないので、少し気が引ける。太陽の御殿に提出した巻物レポートの、清書に挑む前にレイアウトなどを考えていた段階のものなので、字もテキトーだし、所々修正線が入っていたりして、我ながらとても汚いのだ。
『えっと、どうぞ。でも、ただの草稿ですから、見づらい部分もあると思いますよ?』
『いいよいいよ。……どれどれ……』
今着ている天上界用の服の懐に入れたままにしてあった下書き用の巻物を渡せば、大王様は外周のヒモを解いてするすると紙を開くと、その初めから順に読み始めた。
幽世については、三界調査の一番初めに調べ始めた場所であるが故に、メモの初期の方に書いてあり、特にどこか目を通してほしい場所を指定することもない。そのまま彼が目を動かしている前で、もぞもぞと所在なく居住まいを正すのみである。
さて巻物を転がし読む、さらさらとした紙の音がしばらく続いた後、下書きレポートを読みふけっていた大王様は顎の下をさすりながら言った。
『へぇ……。我ーの持ってる情報より、よっぽど詳しいじゃないか』
張り詰めた緊張が打ち破られた影響から、少しぼーっとしてしまっていた。急にかけられた”声”に、ちょっぴり体をびくつかせてしまったが、目の前の美丈夫の視線は下書きレポートに釘付けであったためにセーフである。(何がだ)
『どうもこれ、幽世以外の記述もあるみたいだけど、一体どうしたんだい?』、
『……ああ、それはですね、三界……今は二界二世とでも称するのが良いでしょうかね。それらを一月の間に自分の足で巡って見聞してきたんです。私、力を三種類持ってるので、どの世界でも対応可能でして』
『はぁ!? これだけの情報量をお前さんひとりで集めたっていうのかい!?』
『いや、別にひとりってわけじゃ……眷属の力や、各地の皆さんのお力添えも借りて調査した部分ばかりですし……』
『そりゃ、それを主催したお前さんの功績ってことでいいんだよ! はー、夜には現世と幽世が繋がって……鎮守の森の常設門の地図に……事実に基づく今の下界の構造の考察? こりゃあ、たまげたなぁ……馬鹿みたいに有益だ……』
レポートをびろーんとアコーディオンのように広げてみせた彼の、何とも言えないその”声音”に釣られたか、途中から何やら楽し気にお茶会を始めていた他三柱が一斉にこちらを振り返った。
『むぅ、何か面白いことでも書いてあるのか? 我にも見せよ!』
『私にも見せなさい!』
『どれ』
早速スサノオにレポートを奪われた大王様は、しかしてそれを取り返すことも無く、俺の方に勢いよく寄るや否や、がっしりと肩を鷲掴んで目を合わせて来た。はわわ、お顔が眩しぃネ……!
『ちょっと、カガチ主君。これ天上に提出してるんだよね? この分だと、きっと追加で上げ続けるよう言われてるんだろ。それなら、ちょーっと我ーの方にも同じもの出してくれないかな? もちろん、無償とは言わないからさ』
『え……いや、既に居館を頂けることになっているんでしょう? これ以上何かを頂戴するというのは……』
『ああ、そうだ! あれは幽世統治の代行の印として建てさせることにしよう。故に、此度の頼み事にも報酬を出さねばならないのは分かるだろう? さて、どうしようかな……
――そうだ、神器! 神器を作ってあげよう。ちょうどよく質の良い黒曜石が採れたのだからね。腕の良い神に任せよう』
『あの、だからべつに、報酬は……』
断ろうと返す”声”は、尻すぼみになって消えて行く。なんてったってギラギラと歯をむき出しにして、微笑みの形式を一応とっている大王様のご尊顔の恐ろしいのなんのって。しかも途中から彼の腕に力が入り渡り始めて、今や掴まれた俺の肩がなんかミシミシ変な音立ててるんだもの。
『ね、カガチ主君。我ーはね、君に命令してるんじゃないんだよ。お前さんを一神と認めて、”頼みごと”をしているんだ。長い付き合いを望んでいるからね。……まさかとは思うけど、あちらだけに差し出して、こちらには出さないだとか、そんなことはしないだろう?』
『しませんしません! もちろん黄泉にも提出させていただきます!』
そう答えた刹那、ぱっと手が離される。瞬間、白熱電球を真正面から見据えたかのような眩しさと、押しつぶされそうな肩の痛みと、謎の圧迫感から一気に解き放たれて、一瞬宇宙を垣間見た心地となる。
『これからも仲良くしようじゃないか、カガチ主君! 困ったことがあれば、気兼ねせずに相談してくれよ。融通は利かすぞぉ』
爽やかスマイルで言ってのけた彼に、胸に秘めたる思いは幾千万。けれども、「つい先ほど、その困ったことを大量に貴方様から頂いたのですけれどもねぇ」などとは絶対に言わない。言えない。
悲しいかな。開き直ってもすぐ閉じられる、小心者のこの俺である。