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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・後
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キラキラ光る黒曜の石よ

 意味の分からなさすぎる現実を背景に、思考に宇宙を展開していると、見知った"声"が意識の外に聞こえてきた。


『おい醜男(シコオ)。それはそうと、屋敷の手前に空いた真新しい穴を見たか。内壁に黒曜石の煌めいていたものだ。あれは先に我とこの神が手合わせしていた折に偶然出来たものでな、砕いてみれば七色に光りおった!』


『ああ! 見ましたよ、見事な結晶に覆われた妙な穴が空いていると思えば……そうか、いつもスサの(きみ)と手合わせされているという角の大蛇(おろち)(くん)は、お前さんのことだったかぁ』


『あら噂の? へぇ、こんな可愛いコだったのね』


『ほう』


 Q:気づけば場の全員の視線を集めていた俺の心境を五文字で述べよ。

 A:おしめぇだ




『……恐縮です』


 辛うじて”声”を絞り出すことに成功する。

 先ほどから神々の対話を軽く会釈することでやり過ごしていたが、ついに俺の存在が話題に上ってしまった。軽率に死にそうである。一応床に広がる触手の色は紫に留めておけているものの、その中をちらちらと走るオレンジの光がいつ前面に現れるか気が気でない。


『ねぇ、お父様。あの宝石の穴、埋め立てるにはもったいないでしょ? あんな綺麗な黒曜石、見たことないわぁ! 加工すれば色々なものに使えるし、私に下さらない?』


『うむうむ、もちろん渡そうぞ、姫。あれはこの神が地を溶かしたところに、我の力が衝突した折に出来たものなのだ。得意な者に申し渡せば、神器を生み出すことも適うだろう』


『やったぁ!』


 スサノオの娘たるスセリビメは朗らかに歓声をあげた。彼女はどうやら、先ほどの「俺フルボッコベント」の時に副産物として出来上がった、割ると断面に七色の艶の出る黒曜石がお気に召したようである。きりりと整った顔を華やかに綻ばせるその様は、美々しい大輪の花を思わせた。


 あの石は確かに鉱物としてかなり綺麗だったから、俺も埋め立てるにはもったいないなと思っていたのだ。装飾品にしたらきっと綺麗だろうな。――そう、そしてこのまま話題よ逸れろ、逸れてくれ。話題の主として、注目をかっさらってしまえ……!


 そう、どさくさに紛れて存在感をフェードアウトさせようとすれど、悲劇って無情の冷血漢。

 娘に甘い顔をしていたスサノオがこちらにちらりと視線を遣したかと思えば、ニンマリ歯をむき出しにして悪い顔をした。ウーワ、嫌な予感しかしねぇ。


『おいヤトノカミ。先から思っていたが、今日は妙に静かだな。常のごとく、面白い話の一つでも申してみよ』


 ア゛ーーッッ!! こんな時にムチャブリすな!! それパワハラですからこのオッサン!! とんでもねぇタイミングでなんというトンチキサンバなことを!!

 頭の中が真っ白になって絶句していれば、尚もによによと嫌な顔をしたスサノオが意気揚々と追撃をしてくる。


『なんだ貴様、緊張しているのか? この我に気安く話しかけるほどの胆力を持っておきながら、今日は如何した、腹でも下したか? あーあ可哀想に、そんなにも彩冠角(かんむり)の色を散らしてしまって』


 はっは、誰のせいでこんなことになってると思ってるんですかねぇ。えぇえぇ、腹はとうの昔にピーピーサイクロンですとも、お陰様でな!!

 それに、俺が砕けた話し方をするようになったのは、アンタが最初にそう喋るよう仕向けたからだろうに……まぁ最近は慣れもあって、随分と気を許せるようにもなって来てたけど……。

 

 このヒトともどういうわけだか長い付き合いになるが、その中で俺の触手の色変わりの秘密など、当の昔に知られてしまっていた。圧倒的ピンチ感による焦りから、触手がより瞬く光を強めるのを見て、彼は実に愉快そうに笑みを深める。


『……面白い話、と急に仰せられましても、生憎滑稽話の持ち合わせはございませぬ故……』


『何か興味深き面白い話をせよと言ったのだ。滑稽話にこだわらずとも良し。それに貴様、何か固いぞ。そんな仰々しくならんとも、いつものゆかしき有り様で良い。このスサノオが許す』


 さり気なく遠慮の意を滲ませてみれば、丁寧に退路を潰されてしまった。

 アンタマジで本当にいい加減にして下さいませんかねぇ? 俺で愉悦に感じ入ってんじゃないよ、満面でニヤニヤしちゃってさ!

 大体、このレジェンズの前でいつもの醜態をさらせってんです? あ、多分このオッサンそう仕向けようとしてるな……? なんなんだよこの状況……だ、だれか助けてくれ~~!!




 しかして、軽やかにやって来る死のステップを幻聴していた折、救世主は僥倖(ぎょうこう)にも舞い降りた。


『まぁまぁ、そこらにしておきましょうよスサの君。此度集ったのは、これからの黄泉の在り方を話し合うためでしょう。このままでは本題に入るまでに3年かかってしまいますよ』


 助け船を出してくれたのは、顔面偏差値オ○クスフォード神ことオオクニヌシ様であった。なんだか顔面が物理的に輝いて見える。こんな状況じゃなかったらきっと涙腺スプラッシュしていたが、外面モードだったので下唇の内側を吸うのにとどめた。

 何だよ、顔面も良ければ心も良いってか。さすがはイヅモの大王様だ! みずらヘアーなのも、俺的に親しみを感じて好感度爆上がりだ!


『ふん、つまらん。ならば醜男、貴様から話せ』


『承知ですよ、スサの君』


 スサノオに”醜男(ブサメン)”などと、なかなかのニックネームで呼ばれているらしい大王様は、懐から木簡のメモ帳をやわらに取り出すと、これまでに集められたらしい黄泉の国における情報を教えてくれた。


 元々黄泉の国には、結界に覆われた主要な都市圏のみが発達しており、あとは基本的に瘴気の充満した不気味な世界が広がっていた。文明都市圏や、あちこちに点在する妖の住まう小さな集落群以外の場所……すなわち荒野だったり、不気味な植生の原生林であったり、”地獄”と呼ばれる穢れた魂の集まる瘴気噴き出す大峡谷などは、毒素が濃く、耐性のある高位の陰属性の神や妖怪、またそれを糧とする祟り神以外はそもそも近づけもしないような、かなりのポストアポカリプス的光景を基盤とする世界であったのだ。


 そんな基本「弱肉強食・自己責任」の文化たるこの終末世界において、今回の災禍に全てを吹き飛ばされようとも、実は天上に比べてほとんど被害程度はないに等しいようなものだった。なんなら、黄泉の国全域の瘴気すらも消し飛ばされた現状、むしろ都市開発のまたとないチャンスが訪れたともとれるほどである。


 政治運営するのに重要な拠点……首都の「ヤソクマデ」とスサノオの治める「ネノクニ」という主要都市が防衛出来ている以上、あとは各地に再びリポップし始めている瘴気が再生される前に、都市群をいい感じに再開発して行けば、極論、こちらに関してはそれで良しということになるのであった。




 そうやって、復興しつつある他の都市圏の細部状況など、知らなかった情報も得て知見を深められ、新たなレポートの種に内心ホクホクとしている最中のこと。大王様がずっと微笑みを浮かべていることに気が付いた。ふと湧き出る些細な不思議。角にまとわりつく違和の雲。


『――と、まぁね。別にこの黄泉の国は立て直しのめどが立ってるもんで、聞く天上の沙汰に比べれば全然いいんですよね。いや、よくはないですけどね。

 ……問題は今回、天上から直に言われて、新しく下界に出来たっていう、幽世とかいうところの監督責任者に据えられてしまったことでねぇ……。ふふふ、押し付けられましたねぇ』


 ヒトの心震わせる、甘美なる声で言の葉が告げられ行く。くつくつと艶やかに喉が震えている。

 天上天下にきっての尊顔をもつ美麗な男は、話を楽しむように、にこにこ、ふうわり笑ってゐる。


『だってねぇ、まだ見ぬあちらは妖怪の世だって報告を受けたけれど、ほら、妖力って正直我等(わら)にとっては、あんまり益になることないじゃないですか。……いいや、損得なんてものじゃない。現実、そうであるということです。そこに加えて、今、下界自体に手が出し辛くなっちゃってるとか、ねぇ』


 弧を描いている。

 口元には、三日月の弧が引かれている。


『いやー、この黄泉を任された時も思いましたけど、完全に()ーの力、削ぎにきてますよねコレ!』


 しかして、綺麗な顔ににこやかな顔を貼り付けて朗らかに笑う彼の目は一切笑っていなかった。

 あっはっはと朗らかに笑って見せるその姿に、なにか薄ら寒いものを感じて固唾を飲む。すると、ふいに虚を映していたその黒い目が、ぎゅるりとこちらを向いて――


 既に”俺”は見据えられて(とらえられて)いた。




 凛々しき太い眉の下、裾野を思わせるなだらかな眦の内。

 彼のぬばたまの瞳が、ぼんやりと茜色に色づいて行く。


『なぁ、お前さん。カガチ主よ。君は妖力を持っているんだろう? それなら、()ーの代わりにちょっくら幽世の面倒、みちゃくれないかな』


 ――ねぇ、頼むよ。


 とろけるような甘い声。

 楔を打ち込まれたようにして動けぬ、逸らせぬ視界の前に、落陽の(かげ)が宿っている。

 視線一つに根幹を掴まれて、気づけば燃える夕焼けの中に閉じ込められていた。


 其れ、日の没する処。黄泉の国の大王(おおきみ)の神威の手中。




『お前さんにとってもあそこを好きにできるんだから、悪い話じゃないだろう? あ、無論、滅ぼすとかは無しでな? それはさすがに()ーが怒られちゃうからね。

 どら、お前さんが”王”だ。君に幽世を手入れしてもらって、そしてその上に我ーが”大王”として君臨するとすれば、天の申し付けに離反もせず、何も問題はない。無いだろう。ああ、無いともそうだろう。……だからな、頼まれてくれないかな? ねぇ?』


『ウフフ、私、幽世に行ってみたいわーあ。噂じゃ、本当に妖だけしかいないらしいじゃないの。きっと面白いわよ。愛らしいコ見つけたら、ぜひ可愛がってあげたいわぁ!』


『そうだねスセリ。大王である以上、たまには()ーも赴かなくてはならないから、その時に一緒に行こうか。

 ああ、カガチ主君。我ーに申し付けられたのはあくまで"監督"だから、実際に統治する必要はないのさ。あまり気に背負わなくていいからね』


 既に茜の陰の消えた瞳。ただ艶やかな黒曜石が納められるのみ。目の前の影を映して、七色に瞬く光を映し込んでいる。穏やかにも穏やかな相好。凪ぐ大地の有り様。


『ああ、醜男よ。ついでにこの神に屋敷を与えてやれ。ここに己の住処を持って居らんのだこれは。我の屋敷の一部を貸し与えているというに、これまでも変に遠慮をしてわざわざヨモツヒラサカを通って出入りしていたのだ。どうせならばヤソクマデに置いてやれ』


『それはいけませんねぇ。へぇ、律儀なんだねぇお前さんは。そういえば、カガチ主君は天の君から位階を貰ったんだそうだね。しかも、君はこの黄泉の国にこれ以上ない程の適性を持っているだろう。……ふむ、それでこっちに屋敷がないってのは、ちょっと()ーの神威にもかかわるね。どら、我等(わら)の屋敷の近くに置いてやろう。ちょうどよい機会だしさ』




 会議は踊る。躍る。おどる。

 飛んで跳ねて、表層上の華やかな宴はずんずん進んで、もう届かぬところにそれはあった。

 流れを妨げることは叶わない。ただ、全てを是として受け入れるのみ。


 既に、受け入れる以外の道は、真っ黒こげに焼きつぶされていたのだから。

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