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成り代わって蛇  作者: 馬伊世
第二章 神代編・後
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ビックリドッキリ報告会

『――と、言う次第でございます』


 ここは天上界。すっかり元の秩序を取り戻した天上の気候は、いつも通りのぽかぽかあったか小春日和である。しかして、どこからともなくいい香りの漂うこのうららかかさの中で、現在俺はバチクソに緊張してコッチコチに固まっていた。溢れ出る動機息切れ眩暈を息を止めることで無理やり下しながら、「こういう時に呼吸の必要のない体は便利だなぁ」などと、思考を宇宙に飛ばすことで現実逃避をしていた。


 只今の俺の現在地は、太陽の御殿の敷地の内側、朝堂の建物群に囲まれただだっ広い中庭の端。その内の一棟たる立派な建物の前にて頭を垂れて、絶賛殿上は御殿勤めのエライ神々とご対面中である。






 災禍の後、最高神様からのご命令を賜ったことにより、俺はここ一月ほど新システムの始まった下界および、黄泉の国を回って観光……げふんげふん、調査にいそしんでいた。色々調べるうちに何だか楽しくなって来て、体のスペックを生かして一睡もせずに24時間フルで活動していたら、一か月という間にも、いつの間にやら結構な情報がたまっていたのである。

 そろそろ見聞きして覚えるだけでは収集がつかなくなりそうで、社間テレポート機能で天上界の神域(自宅)に戻り、清書用の紙にレポートをまとめること数日。本日やっとこさこの御殿までやって来て、絶賛長い長い報告に明け暮れているというわけだ。最高神様の目と鼻の先たるこの中庭にて、緊張の糸はもうパッツンパッツンだった。


 下界の情報をメインに下の世界でかき集めて来た、この新しくなった世界の仕組みの情報はそれなりに莫大である。報告だけで、文字通り一日が明けて暮れるほどの時間を要していた。まあ、この太陽の御殿で日が沈む時刻など存在しないんだけれども。


 きっちり細やかに巻物に仕立て上げさせて頂いたレポートに、纏めてご報告させていただいている情報の群れを、神殿の役人たる殿上人たちは、他の使いのもたらした情報とじっくりと吟味しながら何やら話し合っている。そうして彼らの中で整理のついたものを、そのままこの場にいる俺に確認をとることで疑問点を潰しているのだった。




『――つまり、天上界、下界、黄泉の国の、社などの媒介なしでのそれぞれの行き来はほぼ不可。さらに二界における神族の在り方は、これまで以上に制限がかかるようになったと』


 ふいに眉間にしわを寄せた赤い衣の官人に問われ、気になって殿上を窺って上がり気味になっていた首を直ちに下げた。


『新たに二つに分かたれた下界において、その半身同士の行き来は、日が沈み夜になると可能になる他、力に満ちた場所ならば夜を待たずとも行き交うことが出来ることもあると』


『その二世(ふたよ)の半身の名を、それぞれ”現世(うつしよ)”と”幽世(かくりよ)”と仮に名付ける時、現世には霊力を持つ者、幽世には妖力を持つ者しか基本的には住まうことは出来ず、それは従来の三世界の枠組みと同じであると』


『おしなべて左様にございます』


 赤に次いで、緑の衣と青の衣の官人に問われたものを、素直に肯定していく。

 殿上の色とりどりの衣を纏った役人の内、この三色官人が質問係に徹しているようで、彼らは奥の方で書物に囲まれて何やら様々な作業をしている役人たちと、仲介役の神使を通してやり取りをしていた。


『よくぞこの短期間で、ここまで詳らかに集めたな』


『はは、お褒めにあずかり光栄にございます』


 そう褒められれば悪い気はしない。

 ほっほ、そうじゃろうそうじゃろう。俺の調べはかなり正確だからな。なんせ、原作知識とすり合わせて色々なルールを確認しに行ったりするついでに、新しく見聞きしたことを追加でまとめて来たんだから。

 あらかじめ何を調べればいいのかわかってるってことは、知識持ちならではの結構なアドバンテージだ。


 と、青い衣の官人が何やら言いづらそうに尋ねて来た。


『……ただ、ほれ、面を上げよ。――問う、黒き神よ。この図は何を指し示しておるのだ』


『どの図にございましょう?』


『うむ、ちと近う寄れ。……ほれ、これだ。この現世の人の子の住まう集落の中におると言う、この……これ、何だ……これらの者共は一体何なのだ?』


 手招きして言われたので、おずおず縁側に近寄り彼の手にしている巻物レポートの当該箇所を確認させてもらえば、現世側のとある集落の見取り図を記録したものの中にちょこっと描いた、村人たちのイラストが目に入った。


『……ああ、それは人の子にございます』


『は?』


 正直に答えれば、一瞬場が静かになった。


『……珍妙な妖ではなく?』


『人の子にございます』


 緑の衣の役人の問いにより、止まった時が一瞬動いたものの、返答した瞬間に再び静まり返った。

 何故か硬直したまま動かない役人たちをどうしたのだろうかと眺めていれば、青い衣の役人が再稼働した。


『えー、コホン。それでは、この山側におる奇怪な姿のこれは、何たる妖か』


『それは兎、山の獣にございます』


『……天変地異により発生した、新たな生命体ではなく……?』


『兎にございます』


『……そうか』


 青い役人は天を仰いで、片手て目元を覆ってしまった。

 その隣に立つ赤の役人が、巻物レポートの図と俺の顔とを二度三度と見比べてくる。


『お主には、世界が一体如何様に見えておるのだ……』


『いや待て、赤の。これは祟り神特有のものなのかもしれぬ。

 ――これを見て見よ。集落の見取り図、および付近の地形は実によく描けているだろう。むしろ、絵師の描くものと謙遜ない程ですらある。すると……こ奴には、生物のみが歪んで見えているのかもしれぬの』


『そうか……それは答え辛いことを聞いたな』


 いやそんなことありませんけれども。

 ちょっと緑のヒト、何ですかその視線は。別に視界は歪んでないよ。正常だよ。人間だった時と比べても見え方なんて何にも変わってないんですけども?

 ちょ、赤のヒトも憐みの視線でこちらを見ないでいただけます? その仮説、全くもって間違ってますので。オレハ、セイジョウデス。


 イラストを差し込むことで、レポートをより分かりやすくしようとしただけなのに、なんて酷い言われようだろうか。こんなボロクソ言われる筋合いはないでしょうよ。

 あ、それとも神様ジョーク的なものなんだろうか。たまにこういう認識齟齬が神族の皆様との間に発生することがあるけれど、ギャグセンスが高等過ぎて、どうやって反応すればいいのかよく解んないんだよな。生まれは人間の小市民、生憎神様的ユーモアセンスの持ち合わせはございませんもんで……。


 そう、どう反応して良いやら困っていれば、建物の奥の廊下から、黒い服に厚く金の刺繍の施された衣を着た少年がやって来るのが見えた。見た目の年齢に加えて、黒色の衣を纏う彼の姿は他には珍しく、何となく目を引くものがある。


 その黒髪のおかっぱの12,3ほどの少年の姿をした神は、まっすぐとこちらに近づいてくると、赤の官人に巻物を手渡した。赤の官人の振る舞いを見るに、姿にそぐわず、どうやら位の高い神らしい。

 渡された綺麗な金の反物に巻かれた書状を見て、赤の官人は少し硬直したようだったが、コホンと一つ咳払いをすると俺に元の位置に付くよう片手を振って指示をする。これ幸いと、俺も再び縁側から数メートルの地点へ行き、彼に向けて頭を垂れた。


 するすると巻物を解いた赤の官人は、姿勢を正して言う。


『……うむ、何はともあれヤトノカミよ。其方の活躍は、災禍の折を含め賞賛に値する。あっぱれなり。ひいては、(かみ)より褒美を遣わす。

 ――褒賞。これまでのものに加え、更なる所領を授け、その総所領に”カガチノクニ”の名を賜る。また、タカマガハラに居館を設け、殿上に正二位の官位を与える。これより昇殿を許し、朝堂に出入りすることを許可する。延いては、カガチノクニ主ヤトノカミに、引き続き三界の調査を求めるものとする。――以上』


『は、ありがたき……!?』


 何かとんでもないことを言われた気がして思わず顔を上げれば、同じように困惑顔に目を彷徨わせる赤の官人と目が合った。訳も分からず、ふたりしてもにょもにょ意味も無く視線をうろつかせていると、官人の横にいたおかっぱ少年の神が口を開いた。


『……つきましては叙位の儀を行うため、大極殿に参るべしとのこと。儀式は数刻後に行うため、朝集殿にて時が来るまで御控え下さい。朝集殿までは私が案内(あない)致します』


 そこまで言った少年の神は、くるりと背後を振り返ってそのまま告げる。


『諸文官は解散して良し。本日もご苦労であった。――ではカガチ殿、こちらに』


『、承知致しました』


 やっとのことで震える”声”を絞り出せば、少年の神はその丸い金の瞳をこちらに遣して、にこりとほほ笑んだのだった。


『……ふふ、私に畏まることなど無いのですよ。これから貴方は、日の御神が御兄弟(はらから)方と、同じ文位位階を授かるのですから』

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